第64話

 大島がやる気をなくしたせいか、それともマスコミの目を恐れたせいなのか微妙だが、何時ものランニングは半分程度の五キロメートルに抑えたおかげで一年生がぶっ倒れる事もなくあっさりと終了した。

 空手部に居ると常識を失いそうになるが、サッカー部や陸上部の連中でも倒れるようなペースだというのに、僅か二週間で一年生がしっかりついて来れるようになったのは、流石は大島の生かさず殺さず……じゃなく、ぎりぎりまで限界を見切った負荷をかける練習法のおかげとも言える。


 ランニングの後の型や組み手等の練習においても大島の指導には熱が入っていない。

 一年生達は、大島の様子に俺が奴をやり込めたからだと勝利感すら覚えているようだが、二年生以上には大島が何を考えているかは手に取るように分かっている。

 そう、冬合宿に変わる楽しめそうなイベントを考えているのだ。もしかしたら「冬休み雪山猛特訓」などという名前だけを付け替えて冬合宿を実行しようと企んでいたとしても全く不思議ではないのだ……それだけは何としても阻止しなければならない。


 朝練が終わったら、直ぐに冬休みに家族旅行のような家族を巻き込む計画を立てて、冬休みのスケジュールを埋めてしまうように皆へ指示を出さなければなら無い。


 だが、それだけで良いだろうか? 冷静さを取り戻した大島の悪知恵は恐ろしく回る。奴がフリーハンドを得て攻めに回れば、その企みの全てに対処するのは不可能になる。


 だからこそ、予め打てる手を全て打っておく必要がある。

 今年の冬休みの期間は二月二十五日に終業式を行い、明けて一月六日に始業式で、実質十一日間であるが三十日から元日までに予定を入れておけば、冬休み中に五日間の合宿スケジュールは組めなくなる……いや待て、二十五日の始業式後にそのまま移動させて、二十六日から二十八日にかけて冬山サバイバルを実行させて二十九日を移動日とすれば可能だ。

 つまり二十九日から元日にかけて予定を入れる必要がある。

 別に、全員が二十九日から元日にかけて予定を入れる必要は無い。部員の半分以上が二十九日前後と元日前後に予定を入れておけば阻止出来るはずだ。

 ……ちょっと無理かな? その時期に受験生である三年生に雪山で冬合宿をさせようという、頭がおかしい奴だから。


 大体、合宿の字を良く見てみろ。皆で何かの目的の為に一緒に宿に泊まると言う意味だ。宿に泊まらないのは合宿とは言わん、小学校の国語からやり直せ……野宿? そんな言葉など知らん!


 話が逸れてしまったが、とりあえず冬休み中の合宿は阻止の為に他にも出来る限りの手は打っておくべきだろう。


 流石に冬休み以降となれば、二月の上旬には私立高校の試験があり、下旬には公立高校の試験があるので三年生の三学期の部活動は校則で禁止されている。

 つまり大島が何かをするとしたら……多分するんだろうが、その前となるはずだ……だが何をする? 九月、十月、十一月にはそれぞれ三連休があるが、十一月下旬の連休時期でさえ冬合宿以前に雪は降っても深く積もるというレベルにはならない。

 それにその時期はまだ熊が冬篭りの準備で活動が活発になっているので、山の中に部員を単独で放置などは流石に無理だ。

 そして十二月には冬休み期間以外に3連休以上の休みは無い。つまり従来通りの冬合宿を行う可能性の芽は完全に潰す事が出来たという事だ。


 それでは次に大島は何を企むのだろう?

 俺達が酷い目に遭い苦労し、それを眺めて喜ぶ。これが大島の基本的な『お楽しみ』というやつだ。では夏冬の合宿に対して大島が求めているものは何か? ……学校というロケーションでは不可能な自由度を確保して、俺達を更なる酷い状況へと陥れることであるのは疑い様もない。


 そんな大島が従来の冬合宿以下のレベルで満足出来ることなど絶対にあり得ない。

 つまり、タイトなスケジュールで従来以上に楽しめるように密度かレベルを上げてくる……自分で想像しておきながら「何て事を考えるんだ。この人でなし!」と突っ込みたくなる。


 だが、この予想は外れないだろう。この手の事に関しては大島が俺を裏切った事はない。

 ならば大島が仕掛けてくるのは九月、十月、十一月の三連休の何れかで、連休前日の部活を休みにして移動して、翌日の朝か二日間、いや三日目の午後までを使って俺達に何かをさせ、帰宅は三日目の夜というスケジュールを組むだろう。


 秋の山……まさか俺達にきのこ狩りをさせる訳もない……狩りか、ウサギや鹿を罠を作るための針金などの道具を一切与えず、山にあるものだけを利用して狩れとでも言うのだろうか。

 食料も与えずに自分の手で捕まえた獲物だけを食べて過ごせという課題なら、捕まえる方法が分からず右往左往する俺達の様子を存分に味わえる……うん、この可能性が高いと思う。

 思うが、非常識人の大島が俺の考えの斜め上を軽く跳び越して行ってしまうというのは良くあることなので、何か見落としていないかすごく不安だ。


 朝練終了後に弁当を食べながら三年生達で、俺の考察について穴がないかを検討する。

「俺は九月の飛び石連休が怪しいんじゃないかと思う。二十二日の月曜日に俺達全員に休みを取らせて、四連休にしてしまえば大島にとってはやりたい放題だぞ」

 伴尾が生徒手帳のカレンダーを見せながら、そう主張する……確かに一理あるが──

「いくら大島でも、何かの大会があって俺達を参加させるという名目もなく、部活で休みにさせることは出来ないだろう」

 櫛木田がすぐに否定する。俺も同感だ。


「ちょっと待て! 俺、今凄く嫌な事に気づいてしまったんだが……」

 今度は田村が……何だよそんなに深刻そうな顔したら怖いぞ。

「何だよ?」

「ここを見ろ」

 田村は伴尾から生徒手帳をひったくると、カレンダーの5月のところを指差して皆に見せる。

「ここに四連休がある!」

「…………」

 良く気づいたと褒めてやりたい一方で、余計な事に気づきやがってと怒鳴り散らしたい。そんな矛盾し理不尽でもある感情が胸の中で交差する。


「そ、その通りだね……僕達は大事なことを見落としていたみたいだ……ありがとう田村君」

 辛うじて紫村が感謝の言葉を口にしたが、その目は親の仇を見る様ですらあった。

「俺だって好きで気づいたわけじゃない」

「分かってる田村。おかげで何とか対策を立てる時間が出来たんだ。感謝している……だから後で殴らせろ」

「何でだよ!」

 田村の抗議を無視して、俺達は対策会議を始める。


「明後日の放課後には僕達は拉致される事なるから、今からじゃ阻止するのは難しいね」

「明後日か、そう考えると本当に時間がないな……高城。大島はどんな事を計画すると思う?」

「多分、今回は夏合宿の前倒しだと思うな。まず一年生に山でのサバイバルを仕込まなければ、流石の大島も無理はさせられないだろう」

 櫛木田の質問に、常識的な判断で答えを返す……絶対に常識だけは納まらないだろうけど。

「そうだね。ほぼ夏合宿と同様だと思うよ……だけど必ず意趣返しはしてくるはずだよ。大島先生の性格上、やられたら必ず何倍にしてもやり返そうとするだろうから」

 紫村の考えに間違いはない。間違いがないから頭が痛い。


「まあ、今回の件は俺と田村は無関係だから、下級生の指導は俺達に任せて、お前達は別メニューって事になるんじゃないか?」

 いきなりふざけた事を抜かした伴尾に、櫛木田が深く溜息を漏らす。

「甘いな。無関係な立場を維持したいなら、黙っていれば良いのに……」

「櫛木田の言う通りだ。そんな友達甲斐のない事を言い出さなかったら、お前達に下級生の面倒を任せて、大人しく別メニューでも何でも受け入れたのにな」

「何をするつもりだ?」

「大島先生に一言『三年生全員で別メニューに参加します』と言えば良いんですよ。彼にとってはどんな些細な事でも理由さえあれば、それで十分でしょうし」

「人を無視しておいて、勝手に巻き込むな!」

 田村が吼えた。




「なあ高城、今日の英語なんだけどさ」

 教室の自分の席で、大島がどんな手を打って来るのか不安に思っていると、前田が話しかけてきた。

「そうか、自分でやってきたのか偉いぞ前田」

「……いや、あのね、見せてほしいんだけど」

 またか一号。数学は自分でやるようになったみたいだが他の教科はさっぱりだな。


「そういえば、お前って今日は当てられるのか?」

 日付や出席番号、前回の授業の当てられた順番などの可能性を考えても今日は前田が当てられる可能性はかなり低いはずだ。

「俺さ、今日誕生日なんだ。堂島って必ず誕生日の奴に当てるだろ……しかもロングバージョンでさ」

 誕生日か、確かに英語の堂島は、そういうウザイ真似をする奴だ。

 八月生まれの俺は夏休み中に誕生日を迎えるので問題無いが、誕生日の奴はその日の授業中ずっと当てられ続けるという嫌がらせを受けるので、一学期が始まり時間割が張り出されると、チェックして自分の誕生日とこいつの授業の日が重なり、崩れ落ちる奴が何人もいる位だ。


「そうか十五歳の誕生日おめでとう。心から、心だけだけど祝わせてもらうよ……だけど十五歳と言えば世が世なら元服して一人前として扱われる歳だ。もうお前も独り立ちして自分の事は自分でやるべきじゃないのか?」

 遠まわしに教えてやりたくないと言ってやる。


「現代! 今は現代! 世が世じゃ無いでしょう! お願い。今日は範囲が広いから時間が無いの。後で何でもするから今は早く教えて!」

 何て愚かな男なのだろう。高々、英語の訳程度で「何でもする」なんて白紙委任状を相手に渡すなんて……しかもこの俺にだ。

 俺なら絶対に嫌だ。そんな真似をするくらいなら今すぐ早退して家に帰って寝る。

「その言葉忘れるなよ」

 念書でも取ってやろうかと思ったが、どちらにしろ「何でもする」という曖昧な内容では法的な拘束力は持たないので、釘を刺すだけにとどめておいた……これでも、この先ずっとネタにすることは出来るだろう。

「忘れないから。早く教えてくれ!」



 HRの時間だ。

 北條先生の姿に癒される。

 はっきり言って先生の美貌はエロフ二人にも劣らないと思う。そして俺の好みとしては先生の方に圧倒的大差で軍配が上がる。

 プロポーションも実に良い。露出の低い教師に相応しいシックな服装だが、その魅惑のボディーラインは隠し切れていない。

 こんな良い女に惹かれないなんて、この学校の男子生徒と男性教師はお子様と玉無しばかりだとしか言いようが無いな。


「なあ、続きを、続きを早く」

 後ろの前田が背中を鉛筆の先で突っついてくる。流石に範囲が広すぎてHRが始まるまでには書き写せなかったためだ。

「やめろ」

 振り向いて小さく一言だけ告げると、再び北條先生を見つめるのだが、三十秒もしない内に再び突っついてきたので、前を向いたまま左手を後ろに回して、鉛筆を持つ前田の右手の中指をこちらの人差し指と中指の間の付け根部分で挟む。そして人差し指で前田の親指の付け根を、そして中指で親指の第一関節から上を鉛筆ごと指をフック状にまげて掴み、前田の中指を間接の稼動範囲とは九十度違う方向へと締め上げてやる。


 当然だが目で確認もせずに仕掛けた関節技など、形の上でこそ出来ても簡単に極まるものではなく、左右に振ったり捻ったりしながら激痛を与えるポイントを──「痛い! 痛いの、痛い痛い!」

 最初からポイントのど真ん中を撃ち抜いていたようで、前田は痛みに大声で叫び声を上げる。


 当然だがその後で北條先生に叱られた。しかし優等生な僕ちゃんは、実は北條先生に怒られるのは初めてなので、これはこれで中々に素晴らしい体験でありぐっと来るものがあった。

 後で空手部の連中に自慢してやらねばならない……ちなみに叱られている間のタイムロスが響いて前田は英語の訳を教科書に書き込み切れなかった。



「一年、二年良く聞け。部活が始まる前に伝えておくことがある」

 授業を終えて部室に集まった下級生達に悲しいお知らせがあった。

「何ですか?」

「明後日の金曜日に、俺達は山に連れて行かれる可能性が非常に高い事が分かった」

「どういうことですか?」

 下級生達に動揺が走る。


「冬合宿を中止に追い込まれた大島が、そのまま黙って引き下がるはずが無い。三年生で話し合った結果、五月三日からの四連休に夏合宿の前倒しを行う可能性が極めて高いと判断した」

「そ、そうですね。大島先生が黙って引き下がるなんて……それは既に大島先生じゃありませんね」

 香籐が結構毒を吐くようになってしまった。これも俺達の薫陶と言う奴なのだろうか……もちろん皮肉だよ。


「詳細は不明だが、金曜日の放課後に部活を中止にしてそのままマイクロバスに我々を乗せて山まで連行という可能性が高い」

 ちなみにマイクロバスは鬼剋流からの借り物だ。貸すなよ!


「主将。部活の後と言う可能性も十分にあるのではないでしょうか?」

「! ……小林。多分正解だ」

 六時位まで部活をやって、そのままバスに乗せて三時間ほど移動し、早乙女さんの山小屋で食事の後、『野外』で就寝。

 俺って奴はまだ大島を見くびっていたのか? そうだよ、奴はぎりぎりまで追い込むんだ。そのための労など厭う筈が無い。


「それでだ。まず用意しておくべきものが幾つかある。まずはトレッキングシューズだ。安物を選ぶのはやめておけ。次に雨具だが、ゴアテックス素材の上下の物を用意することを勧める。雨が降らなければ無用の長物だが、雨が降った場合にそれが無いと下手をすれば命に関わるほど大事な物だ。ゴアテックスが登場するまでは山を数日かけての縦走中に、日中ある程度気温が上がる状況でも雨に降られたら雨具を着てその場に留まり雨が止むのを待つのが常識だったくらいに、有ると無しとでは全く違う装備だ。それと速乾性タイプの吸った汗を水蒸気として放出する機能性下着の長袖、ロングタイツを着用しないとゴアテックスは機能出来なくなるから注意しろ。それらを準備するだけで四万円程度はするので、自分の手持ちや貯金が足りないなら家に帰ったら親に相談しろ」

 防水性と透湿性を兼ね備えたゴアテックスはそれほどまでに大切なものだ。最近はゴアテックス以外にも同様、中にはゴアテックス以上の性能を持った素材も開発されているが。防風性に劣ったりするなどでバランス的、そして後発組みには無い長年の信頼性でゴアテックスで良いだろうというのが俺の判断だった。


「四万円ですか?」

 一年生達が驚きの声を上げる。そりゃあそうだろうな。

「明日の部活が終わった後に買い物に行くから、金の都合が出来ないものは名乗り出ろ。俺達が金を出してやる」

 一年生の中に金が用意できない者がいた場合は上級生が出してやるのは空手部の伝統だった。

 俺は親が出してくれたが櫛木田は先輩に出してもらったはずだ。


「で、ですが……そんな大金を簡単に……」

「安心しろ。俺達は普段金を使わないから小遣いやお年玉がたまってるんだよ」

「先輩達が……ですか?」

「お前らが空手部に正式な部員になってから暇な時間なんて、部活が中止になった先週の日曜ぐらいだろ」

「はい……毎日、家に帰って夕食を食べたら、勉強して、風呂に入ったら寝るだけです」

「それがずっと続くんだ。多分、二学期が始まって暫くすれば体力がついて身体も慣れてきて、多少の余裕が出来るが、それでも休日にどこかに遊びに行くとか、買い物に行くとかは出来ない。もしカメラとか金の掛かりそうな趣味を持っていたとしても遠出して撮影とか出来ないから、新しいカメラやレンズが出てもカタログを見ながら『欲しいけど、手に入れてもなぁ~』と愚痴をこぼすのが精一杯だ。なあ田村?」

「頼むから放っておいてくれ!」

「ちなみにこいつの写真はコスプレした女性をローアングルで撮るいかがわしいものばかりだから、近寄ると病気が移るから気をつけるように」

 伴尾の補足に下級生が退く……二名ほど目を輝かせたのがいたが、気のせいということにしておこう。


「捏造は止めろ! 俺は撮り鉄だ! ちゃんとマナーを守る誇り高き撮り鉄だからな」

「こいつがここまで言ってるんだ、そういうことにしておいてやって欲しい。頼む。本当に頼む!」

 深く頭を下げて心の奥からお願いする。

「誤解を生むような真似はするな!」

 何が気に入らないのか田村が怒るのだった。



 そういうわけで空手部の部員は皆、貯金の額がかなりある。だから、入部したばかりの一年生とは違い、上級生の財布には余裕がある。三年生だけでカンパを募っても十万円程度は軽く集まる。だからこの伝統が受け継がれているわけだ。


 学校の授業と部活、更に好成績を維持するための宿題や予習復習を除けば、睡眠、入浴、食事などの時間以外に残る時間は一時間くらいしかない。俺はその時間をネットで潰していたから本当に趣味が無い。


 伴尾はゲームをやるが、一本の大作RPGに掛かりっきりでもクリアするのに半年とか非常にコストパフォーマンスに優れた趣味だ。

 しかも「どうせクラスの皆と一緒のペースで遊べないから、俺は中古で十分だ。おかげで安上がりで良いんだよ」と強がっていたのには泣けた……だって、基本男子生徒達にすら恐れられ避けられてるから、一緒にゲームの話題で盛り上がれる相手なんていないんだよ俺には。


 だから一年生達には、いずれは後輩達に合宿の必需品のためのカンパ出来るように頑張ってもらいたい……出来るなら合宿自体を止めさせるように頑張れ、多分無理だろうけど。


「それから、今日は先に買っておくものとしては、ひとつはサバイバルシートだ。薄いポリエステルシートにアルミを蒸着させたもので高い保温効果を持つもので登山などでも緊急時には必要なアイテムで、収納時にはポケットティッシュよりも小さなサイズで通常の毛布の三倍程度の保温力があるので幾つかは用意しておくべきだ。後は釣り糸と釣り針。釣り糸は単に魚を釣るだけでなくウサギ捕獲用の罠の材料にもなるので必須だ。先輩方の中には針金製の罠に拘っている方々もおられが俺は釣り糸派だ。それと布製のガムテープも一つ持っておけ。これらは百円ショップで購入出来る。それから食料は取り上げられるから用意しても無駄だ」

 寝る時に雨が降っている場合は、サバイバルシートと釣り糸とガムテープでターフ代わりになる物を作ることも可能だ。

 獲物の解体や調理に使うナイフなどの道具や寝袋などは早乙女さんが貸してくれるので心配無い……テントをくれよ。

「やっぱり獲って食べるんですか?」

「当たり前だ。食べずに山で体力を失ったら死ぬぞ」

 即答する櫛木田に、質問をした一年生、斉藤の顔から血の気が引いていく……気持ちは分かるが、どうせすぐに慣れる。



「何か他に買っておいた方が良い物ってあったか?」

 三年生達に尋ねてみた。

「そうだね、雨が降った時のためにリュックごと包める様な大きなポリ袋があった方が良いと思うな」

「それとカッターだな。ガムテープやテグスを切るのにナイフよりもカッターの方が使いやすい」

「後は懐中電灯だな。最近の百円ショップではLED九灯のそこそこ明るいライトが売ってるから、アルカリの単四電池と一緒に買っておけば良いぞ」

「夏じゃないけど虫除けもあった方が良いかもしらないな。ともかく水が好きなだけ使える環境じゃないから、汚れは水で洗い流せないから着替えとタオルは多めに用意しておけってところじゃないか?」

 紫村達が思いついた必要な物を挙げていく中で、櫛木田はお母さんのように細やかなところに気がつくな。


 放課後の方の部活もあっさりと終わる。明日と明後日もたぶん同様で、ゴールデンウィーク明けからは普段のメニューに戻り、そして十日には延期になっていた一年生の体力向上期間の総仕上げとしてのランニング祭りが開催される。

 二年生以上にとっては体力的にはそれほど辛くは無く、むしろ大島の指導が一年生に集中するので楽な位だが、一年生達の事を思うと憂鬱になる……嘘です。単に吐瀉物の始末とかとても嫌なんだ。

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