第51話 (ifルート 最終話)
「リューありがとう!」
そう叫んで抱き着いてくるルーセの腰に両腕を回すとそのまま抱き上げた。
「お父さんとお母さんと……仇を討てた。りゅーのおかげ」
そのまま、両手で首に抱きついてくる。
「おめでとう。これでやっと──」
「ありがとう。それからごめんね」
「ごめんって?」
俺の問いかけに答えず、ルーセはギュッと俺の頭を強く抱く。
それから少しして「ルーセ嘘をついていた。ルーセ、リューと一緒に旅に行けない」と絞り出すように口にした。
「どういうこと?」
「ごめんねリュー」
首に回されたルーセの腕が解けて、俺と正面から見詰め合う。
「ルーセの時間はもう直ぐ終わるから……」
「どういう意味だ?」
「二年前、ルーセはお父さん、お母さんと一緒に死んだ」
「な、何を言ってるんだ?」
「この身体は大地の精霊がルーセに貸してくれたもの。火龍を倒すために……火龍を倒したからもうおしまい」
ルーセの身体がうっすらと輝き始める。それは蛍の光のように幽かであった。
「だったら火龍を倒さなければ──」
まだセーブをしていない今なら、ロードすれば火龍を倒したという事実も無くなる。
「駄目なの。二年だけの約束だから……今日でおしまい」
「そ、そんな……」
「リューに会えて良かった。リューに会えて幸せ。リューに会えなかったらルーセは最後をこんな風に迎えられなかった。リューと一緒だと楽しくて火龍を倒さなくても、時間一杯リューと一緒にいられたら良いとも思った。そんな風に思えたのもリューのおかげ……本当にありがとう」
ルーセはにっこりと幸せそうな笑みを浮かべる。だがその頬を涙が伝っている。
「待て、待つんだルーセ!」
俺の呼びかけなど何の意味も無く、ルーセの身体から光の粒が散り始める。それは春の夜風に呼ばれて散る桜の花のようで……こんな時だというのに魂が奪われそうなほど美しかった。
「大好き。ルーセはリューが大好きだよ! だからリューも笑って、大好きなリューの笑顔を見せて……お願いだからリュー!」
俺はルーセの最後のお願いに、笑顔を作ろうと必死に口角を上げて、目じりを下げて何とか形だけは笑みを作り出す。多分酷い笑顔のはずだ。
「ありがとうリュー」
そう言って微笑んだのだろうが見えない。駄目だ涙でにじんでルーセの顔が見えない。
「ルーセ……嫌だ! こんなのは嫌だ!」
ルーセを抱きしめながら叫ぶ。こんな結末なんて認めたくない。認められるか!
「リュー……リュー、リュー! 嫌だよ。ルーセも嫌だよ。リュートさよならしたくない! リュート一緒に旅をしたい。二人でずっと一緒に色んな場所を……ずっと、ずっとリューと──」
「ルーセ! ルゥーセッ!」
抱きしめていた両腕から突然ルーセの手ごたえが消える。ルーセは俺の腕の中で光の粒となって散り、光の粒は花びらのようにゆっくりと舞いながら岩山の地肌に落ちて、染み込むようにして消えた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
俺は叫び声を上げながら拳を岩に叩きつける。俺の拳と引き換えに岩は砕けて大きくえぐれる。
砕けた拳など無視して両手で砕けた岩を掘り返す。爪が剥がれようが関係ない。俺は必死に光の粒を……ルーセの欠片を探して掘り返し続ける。
だが結局、何一つ見つける事はなかった。
その後、自分で何をしたのかはよく憶えていない。ただ泣き叫びながらルーセを求めて、当ても無く辺りを歩き回った事を断片的に憶えているだけだ。
気づけば目の前に丘があった。ルーセの両親の墓のある丘だ。
無言で丘を登る。つい数時間前にルーセと一緒に上った道を辿る……そう思うだけで再び涙が零れ落ちる。
丘の頂上のルーセの両親の墓の前に座り込んだ。
「ルーセは、貴方達の娘は、立派に火龍を討ち果たしました……貴方達と自分の仇を討ったんです。誉めてあげてください。良くやったと、良く頑張ったと、貴方達の元へ召されたルーセを抱きしめて上げてください。微笑みかけてください。頭を撫でてあげてください……お願いします。お願いします……お願いします……」
墓の前で地面に額ずきながら何度も頼み続ける。
結局俺は、ルーセの気持ちを何一つ気づいて上げる事が出来なかった。
今にして思えばルーセは幾つかのシグナルを俺へと発していた。
なのに全く気づけなかった。そんな様で何の保護者気取りか? 自分が自分で嫌になる。
限られた命。刻々と失われていく時間に彼女はどれほど心を痛めてきたことか、俺には彼女の命を救うことが出来なかったにしても、その気持ちに気づいて寄り添い慰める事は出来たはずだ。
自分の未熟さが嫌になる。何故俺はこんなにも子供なのだろう。何故こうまでも他人の心を思いやれないのだろう。
何時もよりずっと素直に甘えてきたルーセの気持ちを、俺が旅に誘った時に一緒に行きたいと答えて涙したルーセの気持ちを、全く察することも出来ず、彼女の不安や悲しみを受け止めもしなかった……
ふとルーセの両親の墓石の脇に置かれた石が目に入る。
「まさかこれは……」
そっと手を伸ばし石に触れる。そして自分の心の底の罪を覗き込むような恐れを感じながら持ち上げて石の裏を上にする。
地面から上がった湿気に濡れたその裏側には、小さくルーセの名前が刻まれていた。
「……ルーセっ!」
ルーセは精霊に与えられたあの身体で、自分の亡骸も両親の墓の隣に埋めたのだ。
「そんなのってないだろう。畜生、何が加護だ……これは呪いだ!」
ルーセの墓標を胸に抱きしめて叫んだ。
いつの間にか朝が来て、俺はやっとルーセの墓標を両親の墓標に並べて置く事が出来た。
それはどこか仲の良い親子が並んで歩く姿のようで、また涙が溢れた。
三つの墓標のルーセの長剣を突き立てる。
集めてきた花を墓前に供えて手を合わせると、おれはその場を立ち去った。
俺は旅をしなければならない。ルーセと一緒に旅をする約束は叶わなかったが、何時かあの世でルーセと再会した時に、世界中の色んな話を聞かせて上げるために、俺は一人でも旅をしなければならない……せめて、そう思わなければ悲しみが強すぎて、心が壊れてしまいそうだった。
「じゃあ、またな……ルーセ」
俺はそう呟くと、ただひたすらに西へと向かい歩き続ける。日が沈み夜が更けて、やがて夜が明けても俺は歩き続けた。
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目覚めると辺りは薄暗く、そして見知らぬ部屋のベッドの中にいた。
「……病院なのか?」
個室のようだが、この部屋中に充満する独特の臭いは病院であることを疑う余地が無い。
時刻は朝の5時半前、何時もの目覚めの時間だが、何故自分が病院にいるのかが全く理解出来ない。
ベッドから身体を起こすと左腕に違和感を覚えた。
肘の内側にガーゼがテープで止められて、そこから細いチューブが伸びていてベッド横のステンレスのスタンドに吊るされた点滴液の入った袋につながれていた。
俺はガーゼを剥がし点滴針を抜くとベッドを降りて出口へと向かう。
「……隆?」
背後から声をかけられて振り返ると、部屋の隅のソファーから上体を起こして此方を見つめる母さんの姿があった。
「母さん?」
「隆!」
母さんはソファーから飛び上がるように起きると、走り飛びついてきた。
「隆! 良かった意識が戻ったのね」
「意識? どうしたの俺」
「三日も意識がもどらなかったのよ」
三日……そういえば、異世界では三日三晩、休むことなく歩き続けていた気がする。そうか向こうで寝ずに過ごせば、その間現実世界の俺の身体は目覚めない。そして現実で寝ずに過ごせば、異世界の俺の身体も目覚めないということか。
「ごめんね、母さん」
本当に俺は自分の事しか考えていない糞餓鬼だ。自分の事を思ってくれる家族に心配をかけて何をしているんだろう。
「馬鹿ね。隆が謝ることじゃないでしょ。体調に気づいて上げられなかった母さんが悪いのよ。ごめんね隆」
酷いよ母さん。そんな事をいわれたら、これ以上自分を責められなくなってしまう。自分を責める事だけが今の俺にとって唯一の救いだというのに……
しばらくしてから、病院食として出された固形物感ゼロのゆるいおかゆを食べた後、再び眠りに落ちた。身体でも脳でもなく心が疲れきっていた。
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目覚めると薄暗い森の、大木の枝の上にいた。
「そうか……木の上に登ってそのまま寝たのか」
体力が限界に達し、意識も朦朧となっていたので、詳しいことは憶えていなかったが、木に登ったような記憶だけはわずかに残っていた。
木の上で、ブロック状の保存食を調理してシチューを作る。
味はルーセの作ってくれたものと同じだ……不意に熱いものがこみ上げて来るが何とか抑えることが出来た。大分感情のコントロールが出来るようになってきたようだ。
思った以上に身体が飢えていたようで、あっという間に食べつくすと更に追加でもう一度作り直した。
三日間、何も食べずに歩き続けたのだから、身体の衰弱は現実世界の身体以上に溜まっていたはずだが、胃袋は収めた食事を拒む様子は全く無かった。
食事を終えて【ログデータ】を確認する。火龍を倒した直後、俺のレベルは十二上昇していた。レベル十二で水龍を倒した時でさえ十レベルの上昇に止まっていたのに、ルーセとの共同での討伐だったのにも関わらずレベル四十一から一気にレベル五十三だ。
どれだけ火龍が水龍を遥かに超える化け物だったのかが分かる。
「……無い」
ログの中にルーセの死亡とパーティーからの脱退についての部分が見つからない。
ルーセが二年前に死んでいたとシステムメニューが判断したのなら、死亡ログが存在しない事は理解出来るが、パーティーから居なくなったというログが存在しないのはおかしい。
【良くある質問】をチェックしてみると『パーティーからの脱退』という項目が見つかる。
その内容は、メンバーの脱退後にセーブデータが更新されるまでは、システムメニュー上では脱退者はパーティーメンバーとして扱われるために、メンバー脱退後は可能な限り早くセーブを実行する事を推奨とあった。
「つまりロードを実行すればルーセに会える……だが数時間後に再び死なせるのか? そんな馬鹿なことが出来るか!」
俺は即座に【セーブ】を選択する。しかし、何時もならそのまま実行されるはずのセーブ処理は行われずに、『死亡したパーティーメンバーの生存時のセーブポイントです。ロードを推奨します』とアナウンスされる。
「出来ない……出来るはずが無い。そんな事……」
俺にはロードする事なんて出来ない。それは何の救いにもならず、ただルーセを苦しめるだけだ。そしてセーブする事も出来ない。もう一度ルーセを殺すに等しい真似を俺の手でするなんて出来る訳が無い。
どうしてもっとルーセに優しくして上げられなかったのか、もっと甘えさせて上げられなかったのか、後悔が彼女の思い出とともに頭の中に渦巻いている。
また自分を責めている。自分の頭で理解出来る理由を挙げて自らを責め立てることで、頭でなく感情から押し寄せてくる罪の意識から逃れようとしているだけだ……実に女々しい。こんな時ばかりは自分の小心さが許せなくなる。
もしも過去に戻ってルーセを救うことが出来たなら、俺は許されるのだろうか? 過去に戻ってルーセを救う。過去に戻って…………もしかしたら可能性はあるのかもしれない。レベルアップの先に何か希望があるのかもしれない。それだけじゃない異世界のファンタジーって奴ならば何か手段があるかもしれない。無ければ自分で手段を作れば良い。
「……やるか」
ルーセを救うという無理難題なクエストを俺は受ける。
目的は三つだ。
ルーセの新しい身体を作る方法を見つけ出す。
そしてルーセの身体を作る時間を稼ぐために、一時的にルーセの魂を保管するための器を用意する方法を見つけ出す。
最後に、ルーセの魂を器に移したり、器から新しい身体に移す方法も考える必要がある。
セーブポイントからルーセの死までの時間は数時間しかない。ルーセの新しい身体を作る方法が見つかっても、そんな短時間に身体を作り上げる方法は絶対に見つからないだろう。何せゴーレムとかそんなものでごまかすつもりは無く、ルーセの元の身体と全く同じものを作り上げるつもりだから、数ヶ月から数年の時間が必要になるはずだ。
だから一時的にルーセの魂を保管するための器を作る方法を考え出さなければならない。
しかも、ルーセが死ぬ数時間の間に、必要な物を用意して作業を終わらせる方法だ。
かなり無理な話だが、大地の精霊は死んだルーセの魂を二年間という期間にわたり保管する器をその場で作ったのだから、絶対に不可能なわけではない。
物凄いザルな計画だが、はっきりと目標を定めることが大事だ。目標さえはっきりしていれば、途中で道に迷っても立ち止まることだけはしなくて済む。そして歩いてさえいれば必ず目標にたどり着く。
まずはレベルアップだ。これ無しには何も話が進まない。レベルアップで力を蓄えるなければ、俺はただの子供に過ぎない。
レベルアップで、俺個人を強化する。そしてシステムメニューが提供する魔術に出来る限界を確認する。
魔術とは異なるこの異世界の魔法などの神秘的な力について知るためには力と金、そしてそれなりの社会的地位が必要になるだろう。
そのためにはやはりレベルアップが必要になる。
そして現実世界では、医療分野の研究者としての道を進むべきだろう。研究者としての俺にとっても異世界の技術や知識が必ず役に立つ。
異世界と現実世界、両方で知識と技術を集めて磨き上げた先で、初めて俺のクエストは完遂される。
道は長く険しいだろう。多分、俺の一生を使い切っても辿り着けるかどうかは分からない。
だが、その時はロードを実行すればいい。多分怒られるだろうがルーセに会える。そして抱きしめて必ず助けるから待っていろと言ってやるのだ……とは言ってもルーセは待つ暇も無いだろう。
火龍を倒して精霊の加護を失い再び2度目の死を迎えたと思ったら、次の瞬間にはセーブ時の状況に戻されるのだから。
そう思うと少し笑えてきた。心が軽くなる。
そうだな。俺は笑ってルーセと再会するんだ。そのためには笑っていなければ駄目だ。
明確な目標が出来た。実に希望に満ちた美しい未来を示す目標だ。この目標に向かって歩き続ける限り俺は俺でいられるだろう。
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『ロード処理が終了しました』
状況が理解出来ずにキョトンとした顔をしてこちらをじっと見つめるルーセに思わず笑みがこぼれてしまう。
「久しぶりだなルーセ」
「久しぶり?」
加護が切れて死んだと思ってた次の瞬間にはこの有様といった状況だから仕方が無いが、俺にとっては彼女の表情や仕草が懐かしくて仕方が無い。
「俺からしたら百十五年と少し振りってところだな」
俺は百十五年後の未来からやってきた猫型……おっと危ない。
ともかくあの後、百三十歳まで生きてからロードを実行してこのセーブポイントまで戻ってきたのだ。
「百十五年?」
まだ意味が分かってないみたいだ。
「そう。俺にとっては火龍を倒したのは百十五年も前の事だよ」
「……あっ!」
「やっと気づいたみたいだな」
この驚く顔が見たかったんだよ。
「何で? 何でそんな……」
「ルーセに会いたかったからかな?」
百十五年ぶりだ。抑えきれずに抱きしめて頭を撫でてやる。だがルーセは俺の胸板を両手で突いて博愛固めから脱出すると睨んでくる。
「何で百十五年振り?」
怒るのはそこか。
「ここに戻ってくるのは何時でも出来たのに、どうして会いにこなかった!」
放っておかれた……いや、ルーセにとっては一瞬の事で放って置かれてなんていないんだろうけど、機嫌を損ねてしまったようだ。
「まあ、やる事があったからな」
「ルーセと会うよりも大事な事?」
俺の言葉に傷ついたかのように顔を悲しげに歪めると、力ない声で尋ねてきた。
「俺とルーセの為に大事な事だよ……もっとも時間切れで戻ってきたんだけどな」
レベルアップの影響は俺の寿命にまでも伸ばしていた。
百五十歳でも、下手をしたら二百歳でも生きられそうなほど健康爺として過ごしていたが、戸籍も無い異世界ならともかく、医療が発達した未来においても百三十歳で何の病気もせず健康で毎朝十キロメートル以上もジョギングをする俺は世間からは異常だと認識されるようになったため、面倒事になるのを避けてロードして逃げてきたのだ。
その点異世界の方は、戸籍すらないので20年位毎に住む町を変えれば、さほど問題は無かった。
「大事な事って何?」
「決まってるだろう。ルーセと一緒に旅をして過ごす為に必要な事だ」
「一緒に旅? ……そんなの無理。出来るはずが無い」
ルーセは思いっきり首を横に振る。
「無理だと思うよな? 俺だって何度も無理だと思ったさ。だけど今は何時か必ず実現させられるという確信がある」
「どうやって?」
「ルーセの新しい身体を作って、それにルーセの魂を定着させる。といっても加護が切れるまでの間に身体を作るのは無理だから、まずはルーセの魂を一時的に保存できる器に移して時間を稼ぐ。その間にルーセの身体を作る……実はルーセの身体を作る方法については目処が立っているんだ。けど魂の器を作るのに難航していてな……それでまあ、区切りをつけるために一度戻って来たんだ」
異世界にはシステムメニューが提供する【魔術】とは違った魔法と呼ばれる技術体系が存在した。決められた事しか出来ない【魔術】とは違い、魔法は自分で改良したり、新しい魔法を作り出す事が出来る。
そして、単に既存の魔法を使うだけではなく、改良し自分のオリジナルの魔法を作り上げるものを魔法使いと呼ぶ。
俺は魔法使いの一人に弟子入りし修行の末に自分も魔法使いとなった。
魔法の行使や研究には【魔術】の行使と同様に【魔力】が必要とされるのだが、レベルアップによって【魔力】も人外レベルに達していた俺は魔法研究において大きなアドバンテージをもっていた。
また魔法は【魔術】同様に、属性が存在するが、それは単に呪文として存在する既存の魔法を分類しているだけで、魔法の基本とは魔力を介して、あらゆる事象を捉える『眼』とあらゆる事象に介入する『手』の組み合わせによる作業に過ぎない……まあ「あらゆる事象」ってのは言い過ぎであって、実際は「あらゆる事象(を頑張って目指しているので、今しばらく温かい目で見守っていてください)」と言ったところだろう。
つまり魔法技術の進歩とは、観察と考察と実験の繰り返しであり、科学の進歩と大して変わりは無い。むしろ科学よりも遥かに優れた観察と実験手段を提供されていると言えるだろう。
しかし感心すると同時に魔法とは結局は物理法則に従うもので、魂などという概念的な存在に対して、魔法は何の効果を発揮しないという事に気づかされて絶望するも、それは単なる早とちりだった。
魔法には『蘇生』などの死者復活のような魂への干渉を行う呪文も存在する。もっともそれらは上級魔法と呼ばれる難解な魔法の更に上のクラスにあたり、神の創りし魔法とも呼ばれ、改良や類する魔法の作成を創り出すのは未だ誰にも成し遂げられていないのだった。
つまり、俺は前代未聞、空前絶後、史上初の偉業に挑戦しているというわけだ……もっとも、通常の魔法使いにはない科学的な知識とアプローチにより、既にブレイクスルーの引き金となる材料は幾つか集まっており、後百年もあれば何とかなるだろう。
いや何とかしてみせる。
「リュー……ずっとルーセのために?」
詳しい説明を話すとルーセは落ち込んでしまった。
自分の為に誰かがが百年以上も研究を続けていたと知ったら俺でも申し訳なさに落ち込むから……何と言えば良いものやら。
「まあ、そういう事になるのかな」
だから軽く流してみた。
「ありがとう……それから、ごめんなさい」
「ありがとうだけで良いんだよ」
謝って欲しくて百十五年間も研究を続けたわけではない。ごめんなさいはないよな……あれ?
「ところでルーセ。他の事で俺に謝ることは無いの?」
「?」
可愛く首を傾げても俺は許さない。
「何で俺に精霊の加護の期限の事を言わなかったんだ?」
しまったという顔をして言い訳を口にする。
「う……言ったら迷惑をかけると思ったから」
「言わずに突然さようならと言われた方が迷惑だ!」
「あぅ……ごめんなさい」
「今度からは、ちゃんと話してくれ……あれは無いと思うぞ」
「これからはちゃんと話す……」
そういうと泣きながらしがみついて来た。
「さて、そろそろ火龍退治の準備をするか」
本当に早く準備をしないと火龍が戻ってきてしまう。
「いやだ。まだルーセはリューと話したい」
「……また来るからさ。俺にとっては百年年後くらいだけど、ルーセにとってはすぐだよ」
むしろ駄々を捏ねるならこの後百年も研究を続けようという俺だろう?
「リューはルーセに百年も会えなくても平気なの!」
それは逆ギレだろ。
「さびしいけれど、本当にそろそろ木を切り出さないと──」
「ロードすれば良い」
「……おお納得」
その後は、何度かロードを繰り返しながら俺はルーセと話をした。
ほとんどは俺の話ばかりだった。百十五年分もの話題があるのだから仕方の無い事だと思う。
「レベルはどれだけ上がったの?」
「百二十一だったな」
意外な事にレベルの上限は九十九でも百でも無かった。
もっとも年を取ってからは余り闘う事も無かったのでレベルアップはしていない。
実際、六十歳を越えてからのレベルアップはわずかに二レベルに過ぎない……と言ってもレベル百十九から百二十一へのレベルアップに必要な経験は、レベル一からレベル九十までに匹敵するほどだった。
。
「そんなに……ずるい!」
「ずるいと言っても、ロードした今のレベルはルーセと大して変わらない四十一だよ」
これからまたレベルアップしなおすのかと思うと、少し憂鬱になる。
「レベルが上がってなんかすごい事は無かったの?」
「……そう言えば有ったな。色々」
「どんなの?」
「レベル百を超えると……火龍クラスの魔物を倒したくらいじゃレベルが上がらない」
「……つまんない。次!」
俺の小粋なジョークは一刀のもとに斬り捨てられた……相変わらず口が悪い。だがそれが懐かしくて嬉しい。
「……すごい魔術を使えるようになったよ」
「見せて」
「無理。今はレベル四十一だから」
「使えない。次!」
一本取り返して思わずニヤリと笑う百三十歳の大人気の無さにルーセの鋭い視線が突き刺さるが……痛痒も感じぬわ!
「それから、レベル六十を越えた辺りでマップ機能が向上したな。周辺マップの範囲が半径三百メートルになったし、広域マップが従来の三キロと百キロとと二千キロの3段階になって使い勝手がかなり良くなった」
「ふ~ん。次!」
ルーセ的には周辺マップの範囲拡大はともかくとして、広域マップに関しては余り興味が無いのだろう。何せ生まれてからコードア周辺から離れた事がほとんど無い彼女にとっては半径百キロメートルとか言われても、どうでも良いと思っているのかもしれない。
「それから……レベル六十を越えた辺りから明らかにレベルアップ時の能力の向上の幅が大きくなったね」
「何故それを先に言わない! ……もっと詳しく」
「レベル六十からはそれまでに比べて一割位伸び幅が大きくなって、レベル八十からは更に一割伸びて、レベル百でもまた一割と、レベル二十毎に一割ずつ伸び幅が増えてたね」
「うう、レベル60に早くなりたい!」
多分だが、新しい身体にルーセの魂を移したら、いや一時保管の魂の器に移した段階でレベルがリセットされるような気がしてならない……内緒にしておこう。こんな事を話したら絶対に「何とかしろ」と無茶振りされるだけだ。
「じゃあ、他には?」
「他には、そうだな──」
「じゃあルーセの身体ってどんなのを作るの?」
「ルーセの骨から、元通りの身体を作るから安心して」
「骨から? 何それ怖い」
ルーセの顔が一気に青褪める……俺もいきなりそんなこと言われたら引くね。うん、俺の言い方が悪かった。
悪かったけど遺伝子の話をしてルーセに理解してもらうのは無理だろうし、どうしたものかと考えていると、ルーセの興味は既に他へと移っていた。
「じゃあ元通りって何時の元通り?」
「当然、ルーセが火龍に襲われて一度死んだ時の身体だよ」
「嫌! それじゃあ九歳の誕生日の身体になる。ルーセは明日で十一歳」
ちなみにこちらでの年齢は生まれた瞬間に一歳とする。その辺は数え年と同じだが、元日に加齢ではなく誕生日に加齢するので数え年と満年齢の中間的な考えだ。だからルーセは満年齢で考えると八歳で死んだ事になる。
「でも精霊の加護を受けていた二年間はルーセは成長してなかっただろう」
俺も百十五年の間に精霊の加護についてルーセと同じようなケースについて文献や実例を検証する機会に恵まれている。
死後、時間を限定されて肉体を与えられた場合は、肉体的、精神的な成長は一切無い。あるのは記憶の積み重ねだけである。
ルーセは例外的にレベルアップで身体能力を向上させたが、それはシステムメニューの恩恵であってルーセ自身の成長とはいえない。
そういう意味では俺も同じだ。実際身体能力が向上し筋力が十倍以上に向上しても、俺の身体は筋肉ムキムキのボディービルダー体型になったわけではない。それどころか身体のシルエットは全く変わっていない。これはレベルアップに応じてシステムメニューが元々の身体能力などをサポートし向上させているだけで、肉体的には全く変化していない可能性が高い。
それに対して、システムメニューの精神面へのサポートは身体面へのサポートと違って精神的な変化を伴う……俺が苦しんだアレやコレだ。
だが精霊の加護は精神的変化は受け付けない。魂自体に変化があれば、仮初の肉体との整合性が取れなくなるのだろうと俺は考えている。
ルーセがレベルアップしても【魔術】を習得出来ないのも精霊の加護の影響と思われる。
ともかくルーセは現時点で肉体的にも精神的にも満年齢八歳相当、下手したらそれ以下のお子ちゃまなである事は、揺るぎない事実だ。
「……ちゃんと成長していた!」
「うんうん、そうだね」
反論しても無駄なので軽やかにスルー。
「ちゃんと成長していたから年相応の身体が欲しい!」
「はいはい、分かりました」
分かってはいるけど、俺が予定しているルーセの身体を作る方法では、肉体年齢は精神年齢に従うんだよ。
単に身体を作るだけなら、婆さんだろうが赤ん坊だろうが好きなように肉体年齢のいじる事が可能だが、無理なく身体と魂を重ね合わせるためには、魂の宿る肉体に相応しい年齢に落ち着いてしまう。
つまりルーセの望み通り年相応ではあるが、望み通りではない身体になるのは決定事項である。
まあ結果は見てのお楽しみと言う事で、この事は伝える気は全く無い……伝えたら絶対に暴れるだろうから、ああ秘密ばかりが内緒事ばかりが増えていく。
「後ね……リューは結婚したの?」
聞きづらそう話しかけてきた……俺だって話しづらい。
「してないよ」
まさか百三十歳まで生きた挙句に未婚とは……
「どうして?」
「俺は此処に戻ってくると決めていたから、結婚なんて出来ないだろう」
正確に言うならば、もし結婚して子供が出来た後に、ロードして今の時間に戻ったら、俺の子供は俺の記憶の中以外には存在しなくなってしまう。当然孫やひ孫、その全てがである。
とても自分の血を引く存在を生み出そうなんて思えなった。
もし結婚して子供が生まれたなら、俺はこのセーブポイントへ戻るという決断は出来なくなってしまったかもしれない。
だから俺は、結婚どころか女性と親密な関係になる事さえ恐れた。もしも万一にも子供が出来たら、俺はルーセを見捨てる決断を下さなければならないと思えば……勃つものも勃たなくなってしまうのだ。
おかげで俺はまさかの童貞だよ! 百三十歳で童貞って魔法使いの騒ぎではない。魔王だよ大魔王様だよ!! ……いかん、悲しすぎて自虐に走ってしまった。
「そうか……じゃ、じゃあ仕方が無い。ルーセ責任を取る!」
「責任?」
俺が勝手に、いや、ルーセを救わないという選択を出来なかっただけの事だ。責任といわれても全ては俺自身のものだ。
「る、ルーセは責任を取る。新しい身体になったら、責任を取って……責任を取って、ルーセは、ルーセが……ルーセがリューの、リューの」
顔を真っ赤にしながら、真っ直ぐに俺を見据えて……
「……リューをお婿さんにしてやる!」
お嫁さんにしてやるじゃないのね。
そんなルーセの一世一代のプロポーズに俺は……
「……はっ!」
思わず鼻で笑ってしまった。
完
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この51話は、完全に独立した話で、この後の話には全く繋がりません。
更にこの中で語られたシステムメニューや魔法に関する考察も、この話の中だけのもので、この後に更新される話の内容とは微妙に異なっています。
明日更新予定の51話(本編)はルーセ死亡ルートですが、救済案もそれなりに考えてます。
追伸
作者はかなり追い込まれてきているので応援に対する返事も行っていません。(というかアクセス数しかチェックくらいで、メールの確認もしていなかった)
何一つ上手い事の言えない挨拶を返すのに、ああだこうだと悩んで時間をかけるなら、少しでも早く続きを書こうと思ってます。
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