第27話

「今日もレベルアップ!」

 狩りに向かうルーセのテンションは高い。長剣を装備して無駄にぶんぶんと振り回している。

 以前の俺にも彼女のようにレベルアップに燃えている時期があったが、今ではレベルアップ欲はかなり下がってしまっている。

 システムメニューというチートを得てもなお及ばないルーセの様に、この世界には理不尽な能力を持つ強者が少なからず居るのだろう。

 確かに今後レベルアップを重ねていけば、直に身体能力でレベル一の段階のルーセを超えるだろう。

 だが十年後、身体能力の絶頂期を迎えるルーセの身体能力を超えるために、俺は何レベルなって彼女とどれほどのレベル差を広げる必要があるのだろう?

 ルーセは特別なトレーニングを行わずに、単に加齢による身体の成長だけで現在の三倍以上の身体能力を得るだろう。

 一方俺は加齢だけでの身体能力の向上の余地は精々二割程度だろう。それを加味して今までレベルアップ時のパラメーターの上昇率から考えると軽く百レベル以上は必要だ。

 だがこれはルーセがこれ以上レベルアップしない事が条件だった。


 しかし彼女もレベルアップする。しかもその時の能力の伸び幅は俺異常なのだ……考えただけで凹むわ。

 更にレベルにだって上限はあるだろう。怖くて確認してないが精々九十九とか百じゃないだろうか?


 つまり俺はレベルアップによる身体能力の向上以外で強くなる道を探さなければ、最強という存在になることは出来ないと突きつけられてしまったのだ。

 短い夢だった。努力したわけでもなく棚ぼたというか何となく手に入れてしまったに過ぎないチートだが、そのチートをもってしてもチートとしか言い様のないチートがこんなにも早く俺の前に現れるとは想像もしていなかった……異世界って本当に怖いわ。


 『世界最強』実に格好良い看板だ。格闘技をやっている者なら必ずあこがれるだろうし、妄想レベルでも最強を夢見たことが無いと言える奴はめったに居ないだろう。

 だが現実世界においても、俺が空手を始めてスタート地点立ったと思ったら、そこには生涯絶対に勝てそうに無い奴が、イラっとくるドヤ顔で立ちふさがっていたのだ。俺には最強への夢を抱く機会さえ与えられなかった。


 今の俺なら現実世界で世界最強の座を手に入れるのは難しくないどころか、いずれは確実に手に入れられるだろう。

 だが身体能力だけが強さの全てではない。多分、今の俺では身体能力が勝っていても大島に勝てるとは思えない。

 だから戦うための技術を身につけるのに必要であり、そのために必要なのは努力だ。

 そして努力は誰にも均等に与えら得れているのだから、最強の身体能力を持っていて最強の座に手が届かないなんて甘えたことは俺が俺自身に許すことは無い。


 ……でもインチキなんだよ。自分が最強になったとしても自分自身に誇ることが出来ない。

 異世界なら良いのかといえば、俺にとって異世界とシステムメニューはセットの存在なので余り気にならない。


 十四年間過ごしてきた現実世界と違って、所詮は異世界と何処か俺の中での重みが違う。

 異世界においては俺のシステムメニューというチートが、大したチートでは無いという悲しい事実はあったが、そもそも最強と呼ばれた者達にも、どんな局面でも相手を圧倒できるような超人は存在しない。

 勝負とは、互いのストロングポイントをぶつけ合うものでは無い。相手の長所を殺し自分の長所を活かし相手の短所を攻めるのが基本だ。

 そう考えると俺のシステムメニューというチートは、かなりの優れものなのかも知れない。レベルアップによって自分の能力を全面的に向上させることが出来る。つまり闘いにおいて広く選択肢を持つということだ。

 よし! テンションが上がってきた。俺は俺なりに弱者の勝ち方を突き詰めれば良い。最強の弱者となろう。弱くても勝てば良いのだ。



「今日はトロールを狩る!」

 ルーセが高らかに宣言した。

 この森で最強と恐れられるのが緑色の憎い奴。日本のアニメを代表する超有名アニメ映画で、小さな頃の俺を含め数多くの子供達のハートを鷲掴みにしたモンスターの元ネタとしても有名なアレである。

 もっとも異世界におけるトロールは森の精霊的な存在ではなくRPGに登場するモンスターと同じ存在。

 オーガに匹敵する巨体と力を持つ。だが奴らがオーガ以上に恐れられる原因は半ば不死ともいえる強力な肉体再生能力。

 その肉体再生能力は腕を斬りおとしても短時間で再生し、首を落としても死なず傷口を合わせればすぐにつながってしまう程だ。しかし頭部を完全に破壊すれば復活は出来ず、また傷口は火で炙るなり酸で焼けば再生能力は発揮されないので完全なる不死ではないというルーセの説明だ。


 だがそれが何の慰めになるのだろう、頭部の完全破壊はともかくとしても、傷口を火で炙るとか酸で焼くとか戦闘中にどうしろと? 厄介な敵だよ。


 ちなみにこの森でトロールを狩る狩人は存在しない。

 倒すのが困難な上に、肉は食用にはならず皮も素材として需要が無いためだ。

 トロールが増えすぎると狩りの獲物となる生き物がトロールに捕食されるだけでなく、狩人がトロールに襲われる事故も増えるため問題にはなっているが、討伐による領主からの報奨金も無いコードアでは対策の立て様が無い。だが最大の問題は狩りの手段が弓と罠である狩人にはトロールを狩ることが出来ないという事である。そして最近では狩りの途中でトロールに襲われて命を落とす狩人が幾人も出ているそうだ。


「ルーセは優しいな」

「違う。トロールを倒してレベルアップしたいだけ」

 現在コードアでトロールを狩れるのは俺とルーセだけだ。だから村人達を守るためにもトロールを狩ると言い出したのだろう。

 ルーセの頭をポンポンと叩く。

「リューは勘違いしてる!」

「はいはい。ルーセは良い子だ」

「それは当たり前!」

 そんなやり取りをしながら、俺達は一週間ほど前から何人もの村の狩人がトロールを見たというコードギアの北西にある村アギとの中間地点へと向かう。


「剣の使い方教えて」

 移動の途中で、歩きながらルーセは持っていた弓を収納し長剣を装備するとそう切り出してきた。

「俺も長剣の使い方なんて余り知らないよ。だけどシステムメニューの使い方なら教えてあげるよ」

 昨日のルーセは長剣を普通に使おうとしていた。もっともあんな使い方は普通じゃないが……

「昨日、俺が槍を使って見せたように相手の身体に突き刺さるように構えて、装備すれば相手に突き刺す動作無しに槍は突き刺さる。それは長剣でも同じなんだ」

「でも振り回さないと剣を使った気になれない」

「……た、確かにそういう意見もあるかもね。稀に」

 ここにも脳筋少女が……

「良い方法教えて」

「……それじゃあ、昨日ルーセがやった右左の二連撃をやってみて……だから俺に向けない!」

 やってみてと言われた瞬間に俺に向かって構えた……バイオレンスの不当廉売は止めて欲しい。

「ちっ」

 ルーセは鋭く舌打ちすると、自分の身長よりもかなり大きい長剣を軽々と、いや全く重さを感じさせずに担ぐ。

 今の舌打ちって、昨日俺に負けたことを根に持っているのか?

 そんな俺の疑問を無視するかのように「はっ!」と気合を上げ、右足を大きく前へ踏み出しながら長剣を右から左へと薙ぎ払う。

 振り終わりの直前に手首を百八十度度返したところへ、左の掌を右手に添えるようにして両腕の力で長剣の運動エネルギーを相殺し更に押し返した。


「これがどうした?」

 若干ドヤ顔で俺に向き直る。

「まずは最初に斬りつけた後に柄を両手で押し返して勢いを殺したけど。この場合は振り切ると同時に一度長剣を収納してすぐに装備すれば剣の動きは苫停るから、二撃目に移る隙が半分以下になるはずだよ」

 ルーセはすぐに試して、その効果に「おおっ!」と関心の声を上げる。

「次に、ルーセは長剣の使い方として間違っている。普通、長剣を使って連続で斬りつける場合は、最初に斬りつけた時の勢いを殺さないように、そう今の場合なら剣は勢いに任せてそのまま一回転させて、踏み込んでもう一度右からの振り出すのが正解だよ。本来長剣はぶんぶんと左右に振り回す武器じゃないんだ」

 そう、長剣とは人類が使うために作られた武器であって、ルーセが使う事なんて想定してないのだ。



 俺の言葉を聞いたルーセは、最初は無理に回ろうとして失敗するものの、試すこと三回目にして素人の俺が見ても思わず唸るほど鋭い連撃を放つと、そのまま調子に乗って3撃目、4撃目と独楽のように回りながら前へ前へと進みながら斬撃を放ち続け、二十回転目に目を回して倒れた……いや、あの~身体ごと回転じゃなく長剣を頭上や身体の脇で一周させて斬りつけるんだけどさ。


「大丈夫か?」

「あぅ、目がグルグルまわるぅ~」

 駆け寄って確認する俺に、地面に仰向けに倒れたままルーセは応えた。

 どうやら精霊の加護は三半規管の能力向上には寄与しないようだった。


 倒れているルーセに身体ごと回転するものじゃないと説明したのだが返ってきた答えは「回りながら斬るのが気に入った」だった。

 起き上がれるようになるとルーセは更に「目が回るのを何とかして」と要求してくる……他力本願かよ。

 とりあえずフィギュアスケートの選手がスピンの時に行う、身体の動きとは反対に首を動かして可能な限り一点を見つめる方法を教えたのだが余り上手くいかなかった。

「後はレベルアップすれば何とかなる……はず」

 そもそも、あんな勢いで二十回転も出来たのはレベルアップの恩恵だろう。

「レベルアップ……トロールを一杯倒さないと」

 小さな拳をギュッと握り締める。トロールが絶滅してしまいそうな気がした。



「トロールの気配は分かる?」

「……分からない」

 そんな困ったような目で見られても俺の方が困るが、実のところトロールは普段は山深い場所にいるのでルーセはトロールとは遭遇したことが無いそうだ。


 また現地点はコードギアから北西に位置するが、火龍の巣がある場所は北東でルーセの行動範囲は村の東方向に集中していて、ルーセにはこの周辺の土地勘もあまりなかった。

 流石に精霊の加護による気配を読む能力も、未知の相手では発揮しようが無かった。


「広域マップに映っている中にトロールはいる?」

「分からない」

 そりゃあそうだな。気配と同様にシンボルマークの動きだけを見て判断するための情報が無いのだから。

「じゃあ、広域マップの中にルーセが分からない何かのシンボルは存在する?」

「?」

「いや、ルーセはシンボルを見ただけでどんな獲物かほとんど判別がつくんだろ。だったらルーセが分からないシンボルがトロールの可能性が高いだろ。それにトロールがこの周辺で火龍を除けば一番強い存在なら、結構分かりやすくない?」

「おお!」

 ルーセが感心して声をあげる……いや、なんだもっと尊敬してくれても構わないんだよ。君は普段から俺に対する尊敬が足り無いんだから。


 ルーセと一緒に──行く手の草木が避けてくれる精霊の加護の恩恵が受けられる近い距離で──トロールと思わしき獲物がいる場所へと森の中を進んでいく。

「今度は当たり」

 一発的中だが、実は二回目でもある。セーブ&ロードを使ったためである。ちなみに間違った相手はヒル・ジャイアント、比較的小型の巨人だが知恵もあり、そもそも狩りの対象ではなく向こうも人間を襲ったりはしない。


 そしてロード時に俺だけではなくルーセの記憶も巻き戻しの影響を受けず、セーブ時点からロード実行までの記憶が残る事が分かった。

 流石パーティーメンバーという事なのだが一つ問題がある。

 もし火龍との戦いでルーセが命を落とすようなことがあればロードを実行すれば助けることが出来ると思っていたのだが、その確信が持てなくなった。

 それだけではなく、俺が死んだ時にどうなるのか分からないように、パーティーメンバーのルーセの死亡時に"GAME OVER"という可能性もありえるのだ。

 そしてそれは逆も同じで、俺が死ねばルーセも巻き込んでしまう可能性もある……嫌だな、自分が死ぬ事さえ覚悟出来てないのに、自分より小さな女の子の命の責任まで負うなんて荷が重過ぎる。

 人生なんて適当に生きて、適当に楽しんで、適当に苦労して、適当なところで満足して終えれば良いのに、異世界の人生は大変だよ。

 そんな思いを胸にしまいこんでルーセに提案する。

「とりあえずは、しばらくはトロールを観察だね」

「観察?」

「次からトロールだと特定出来た方が楽でしょう?」

「うん。分かった」


 十分間ほど実際のトロールの動きとマップ内のトロールのシンボルの動き、そして他の森の生き物の動きと比較して見た結果分かったのは、まずはシンボルで示される向いている方向の変化だ。

 森の中には沢山の生き物の気配があるので、捕食される側の弱い生き物の場合はシンボルが常に細かく方向を変えていて、しかも動きが鋭い。

 それに対して捕食する側の強者は、他の生き物の気配にいちいち反応を示さないので、シンボルが向きを変える時もゆっくりと動く。

 そしてもう一つが移動。シンボルの移動は、捕食される側の弱い生き物は木などの遮蔽物を縫うように動くために細かくジグザグに動くが、捕食する側は直進する距離が長く、方向を変える時も大きく弧を描くいて移動する。

 そしてこの2つの傾向は弱い生き物ほど、強い生き物ほどより顕著なようだ。だがそれだけではトロールとオーガの区別はつけられない。

「分からない?」

 ルーセは三分も掛からずに見抜く条件を見極めたようで、余裕の表情で聞いてきた。

「まだ分からないのか……リュー駄目駄目だ」

 くそぉ~この小娘め。

「ヒントください」

 怒りを抑え、屈辱に塗れながらも頭を下げる。

「……長年の経験」

 熟練の職人の台詞をお子ちゃまが抜かしやがった。しかも全く役にたたねぇヒントにがっくりと膝から崩れ落ちる。


「今日はルーセが倒すからリューは黙って見てる」

「ほう、昨日はオーガには尻尾を巻いた癖に……」

 ボソッと呟くと、それを耳聡く聞いたルーセが睨んでくるが最初の頃の様なプレッシャーは感じないので、年相応に可愛いものである。

 思わず頭に手を伸ばして撫でてやろうと思ったら、手首を掴まれて唸り声と共に噛み付かれた。

「痛いがな」

「リューが意地悪ばかり言うから悪い」

 甘えるだけなら可愛いものだが、すっかり反抗期も患ってしまっているようだ。そして、それもまた可愛いものだと思ってしまえる俺にも問題がある……かなりある。将来もしも俺が親になったら子供をスポイルしてしまう気がしてならない。


 発見したトロールは四体。奴らは家族単位で行動するので群れは両親と思われる大きな成体が二体に、その二体より若干小柄な個体と、更にその半分程度、といっても俺と同じくらいの身長のある個体で構成されている。ちなみに雄と雌の区別は全くつかない。


「家族か……殺せるのかい?」

 余計な事かとも思ったが、尋ねずにはいられなかった。

 ルーセが自分の家族と重ね合わせてしまって戦えないというなら俺が戦えば良いだけの事だ。

「殺せる。何人も村の人が殺されている」

 コードアは人口二百人程度の小さな村だ、村の人間は皆顔見知りのご近所さんともいえる。


 トロールの家族を殺すことと村の狩人仲間の命。ルーセはこの歳にして既にどちらを優先すべきか自分の中でケリをつけているようだ。痺れるほどクールだ。だが無理していなければいいのだが……

 ちなみに俺自体は、トロールなどの魔物の類を倒すのに余り忌避感は無い。最初にゴブリンに出会った時には多少の躊躇いはあったものの所詮獣の類だ。

しかも出会ったら殺し合うしかない相容れぬ存在。

 俺にとっては金と経験値稼ぎのお客さんでしかないオークさえも、多くの狩人にとっても一つ間違えば命を落としかねない危険な存在であり、増えれば群れとなって村や町を襲う。人という種にとっては明確な敵対種であり、しかも生活圏をある程度共有してしまっているのだ。

 他者の命を奪うという行為に全く恐れを抱かない訳でもない。そして俺が命懸けてまで駆除しなければならない義務がある訳でもないが、容易く狩れるならば見逃して良い対象ではない。

 正義の味方を気取る気はない──【精神】関連のパラメーター変動で危うくそうなりかけたが──が、人の役に立って、十分な稼ぎにもなり、自分の成長にもつながる……ある意味理想の仕事とも言えるのではないだろうか?


 ルーセはマップ機能を利用し自分とトロールの群れとの間に常に木などの遮蔽物を置くように移動しながら音も無く距離を詰めていく。

 もし自分がマップ機能を持たずに、今のルーセに狙われたらと思うだけで背筋に冷たいものが走る。

 トロールの眼は暗視能力の一種である赤外線視を持つので、こんな木漏れ日のみが差し込む薄暗い森の中ならば藪の中に潜んでいても自らの体熱を発見されてしまうだろうが、木の幹などの遮蔽物を挟んでいては赤外線視も役には立たない。

 ルーセはゆっくりとトロールの群れの進行方向へと回り込み、一本の大樹の陰に隠れて待ち伏せた。

 俺も黙って見てろと言われたものの、気づかれないように出来るだけ距離をつめると、何時でも飛び出せるように身を構える。


 トロールの群れがルーセの隠れる大樹の横を通り過ぎる。

 ルーセはトロールの動きに合わせて大樹を回り込みながらやり過ごして後ろを取ると襲い掛かる。

 ルーセから一番手前にいる、一番小さな個体の背中に振りかぶった長剣を全力で叩きつける。

 腰に刃が走ると、トロールは声を上げる間もなく腰斬され上と下に真っ二つ──と思った次の瞬間、一回転して戻ってきた刃が胸の辺りで更に両断すると、斬り飛ばされた子供のトロールの腕が親トロールの背中に当たった。

「ごぅおおおおおおおっ!!」

 振り返り我が子の無残な姿に気づいた親が怒号を上げる。しかし死の旋風と化したルーセは構わずに踏み込む……その踏み込みの一歩が大きく、そして速い。一瞬で親トロールとの距離を詰めると、その重心の乗った左ひざを両断した。

 そしてバランスを失い後ろへと崩れ落ちる親トロールの首を、3回目の周回で刎ね飛ばした。

 余りの惨劇に俺が思わず口を押さえて固まっている間に、旋風は竜巻と化し残りの2体を飲み込み噛み砕くと血風と共に吹き飛ばしてしまった。


「うっ!」

 抑えていた声が口を突いて出る。まさに凄惨の二文字でしか表現のしようがない。更にバラバラの輪切りになって飛び散ってなお死に切れず蠢くトロール達の肉塊が凄惨さに拍車をかける。

 次の瞬間、思いっきり吐いた。胃の中の物を全て出し切る勢いで吐き続ける……ルーセが。

 調子に乗って回り過ぎて気分が悪くなったのだ。

 レベルアップ時のアナウンスがこんなにも空しく聞こえたのは初めての経験だった。

 ちなみに回転による酔いは今回のレベルアップでかなり改善した。いや改善してしまった。改善しなければ良かったのに。


「リュー。早く止めを刺す」

 言われるままに、バラバラになっても未だ生きているトロール達に止めを刺していく。咽返るような血の臭いだけではなく、ぶちまけた腸から立ち上るえもいわれぬ悪臭に、こみ上げてくる胃酸を何とか飲み下しながら……ここまで無残な死と言うものは初めてだ。死に様に上等も下等も無いと思っていたが考えが甘かったようだ。

「死体の始末は?」

「このままで良い。身体は他の生き物の餌になりやがて森に還る。それに1セネの価値も無い」

 前半は良い事を言っているのに、後半が身も蓋も無い。

 この殺伐した空気をどうにかしようと「トッ○ロトッ○~ロ~♪」とトロール達の冥福を祈り某有名アニソンを口ずさむと、いきなり強く袖を引っ張られる。

「何それ?」

 ルーセの瞳がキラキラと輝いていて眩しさすら感じる。

「う、歌だよ」

「うた? たまに村に来る吟遊詩人はそんな風に楽しそうには詠わない」

 吟遊詩人って曲に合わせて歌うというのではなく、単調なリズムに無理やり合わせて物語を語る奴のことか? どうやらこの異世界は余り音楽は発展していないようだ。


 それでも娯楽の少ないコードアでは有難いらしく、年に二度吟遊詩人が村を訪れる三日間は村の酒場に収まりきらない程の人数が押し寄せるために、広場にテーブルと椅子を並べて夜通し宴が催されるそうだ。

「良いかルーセ。これも歌だと理解してくれ」

 他に説明のしようが無かったので無理やり納得させた。

「分かった。だから続きを聞かせて」

 断る理由も無いので教えてしまったが、これは大いなる間違いだった。


 俺は歌を教えた事を直ぐに後悔する事になった。

 トロールを発見するたびに、聞きなれた明るく楽しいメロディーを口ずさみながら、笑顔で突撃しては次々とトロールの命を刈り取っていくルーセの姿に、この曲が流れる度に、地獄の様なこの凄惨な光景が頭に蘇ると思うと本当に、本当に教えた事を後悔した。

 俺、今度『本当にあった天空のお城』を観ながらバル○と叫ぶんだ……と現実逃避したものしかたの無い事だと思う。



「おう。ルーセにリューじゃないか?」

 二日前、この村に来て最初に知り合った猟師のムカルタが声を掛けてきた。

「ずいぶんと大物だな……」

 そう言いながら、俺が後ろから押し、ルーセが引っ張る獲物運搬用のソリ──ルーセ愛用のソリで、森の中の移動中は【所持アイテム】に収納してあった──の上に掛けられた布をめくって中を確認する。

「お、おい! オーガじゃないか?」

 今日はトロールしか狩っていないが、ルーセが狩人としてのプライドから「手ぶらで帰るのは嫌だ」と強く主張したために、村の近くで先日狩ったオーガの内二体とソリを取り出して載せて引っ張ってきたのだった。


 ちなみに今日の狩りでレベルを二十三まで上げたルーセは二体で一トンを超えるオーガを載せたソリを鼻歌を歌いながら楽々と引きずって行く。おかげで俺は押してる振りをしていれば良かった。

 ちなみに俺のレベルは三十一まで伸びたが、俺一人では引っ張るのは足の裏の摩擦係数が不足しすぎて端から無理であり、後ろから押すのも過積載すぎてソリの足が地面に食い込んでいて、押せないことは無いが鼻歌を歌いながらとはいかない。

 本当に精霊の加護とやらはチートは出鱈目だ。初めてルーセと会った日にルーセが捕まえた獲物である巨大なドンハ……猪モドキでいいや、大木の枝にぶら下げて血抜きをしたというのだが、滑車を使うなどして引き上げるための運動量を倍にすることで引き上げる力を半分にする様な工夫は一切なしに、ロープを枝に渡して一方の端を猪モドキの足に縛り付け、もう一方の端をただ引っ張って猪モドキの巨体を吊るし上げたという。ニュートンが聞いたら吐血して生死をさまようレベルの暴挙である。


「どうやって、こんな大物を倒した?」

「ルーセが足元にロープを渡して引っ張り倒して、俺が槍で急所を一突き」

 ルーセが余計なことを言う前に、さっさと嘘の結論を告げた。こんなとっさの時こそシステムメニューの時間停止が威力を発揮するのだ。

「むぅ」

 出番を奪われてむっとするルーセ。また要らん見栄を張ろうと思ったのだろうと放置する。

「急所を一突きか、やるものだ」

「ルーセが馬鹿力でオーガを引き倒してくれたおかげだ」

「ああルーセの馬鹿力ならオーガを引き倒すくらい楽勝だし、それなら狩るのも無理じゃないな」

「ルーセ馬鹿力じゃない!」

 俺とムカルタの馬鹿力発言にルーセが怒って怒鳴り声を上げた。

「…………いや、馬鹿力だし」

「…………うん、そうだよな」

 別にルーセを馬鹿にするつもりもからかうつもりも無い。俺もムカルタも純粋にそう思っただけなんだ。

「謝れ。謝らないと誓って必ず後悔させる」

 涙目でルーセは俺達を睨み付けてくる。しかし怖さよりも可愛らしさの方が勝っていて、俺もムカルタ思わず笑みをこぼしてしまう。

「謝るといっても……なあ?」

「ああ、ルーセの馬鹿力は皆もとうに知ってるしな」

 それが引き金になってしまった。

「ううううううううう……もう、お前達絶対に許さない」

 ルーセが激しく唸り声を上げた後、そう宣言する。


「何をするの?」

「何だ?」

 二人で首を傾げあった次の瞬間──

「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! リューとムカルタがぁぁぁっ! リューとムカルタがルーセを苛めるぅぅぅっ!」

 突然大声を上げて泣き始めた。

「ちょっと待て! マジ泣きはズルイだろ!」

「汚ねぇ! 子供の特権を利用しやがった!」

「あぁぁぁぁぁぁっ! ぅわぁぁぁぁぁぁん!! うえぇぇぇぇぇぇっん!!!」

 おろおろとしながら抗議の声を上げる俺達を無視してルーセは更に大声を上げて泣き続ける。

「どうした?」

「何があったんだ!」

 耳を劈く泣き声に村人達が次々と集まってくる。

「こ、これは……」

「拙いな。これじゃ俺達、悪もんだろ」

「リューとムカルタがぁぁぁぁぁっ!」

 止めにルーセは俺達を指差して、また泣き始める……有罪確定だよ。


「てめぇら何しやがった!」

「こんな小さな女の子を泣かせて恥ずかしくねえのか!」

「ルーセちゃん苛めやがって!!」

 詰め寄る集団からの理不尽な吊るし上げを食らいながら俺は思った……子供ズルイよ。ズルイよ子供。

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