第22話
「んっ!」
ルーセが目を覚ました。
「えっ何?」
だが彼女の両手首は後ろでロープで縛られていて、さらに両足首も縛られてそのロープの先は手首を縛るロープに結ばれた上で、木の枝から吊るされていた。
「さてルーセ君。何か俺に言うことは無いかな?」
「…………変態」
「うっ!」
俺のガラスのハートに突き刺さる言葉の刃。
確かに人気の無い森の中で少女を縛り上げた男……まごう事無き変態である。俺が見かけたなら市民の義務として警察に通報するね。
「変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態…………」
「違うでしょ! まずはごめんなさいでしょ! 何いきなり矢を射掛けてるの? 殺す気なの」
今は心の方が先に死にそうだよ。
「むっ……だまれ変態!」
「ごめんなさいは?」
俺に言葉にルーセはぷいっと顔を背け「リューが悪い」と呟く。
「よろしい。ならば……お仕置きだ」
「お仕置き?」
ルーセは逃げようともがくが、常人の十倍以上の腕力があろうとも漫画じゃあるまいし丈夫なロープは引っ張ったり捻ったりするだけでは千切れる訳も無い……とは思うが、念のために枝から吊るして地面から引き離し、大地の精霊の加護とやらから引き離したのだ。
「ふっふっふっふっふ……」
笑いながら一歩一歩近づいていくとルーセの顔に初めて怯えの表情が浮かぶ。
「謝るのなら今の内だよ」
「いや!」
目尻に涙を滲ませながらも気丈に拒絶する。ここで怯んではいけない。
俺は『大島よ。大島よ。邪悪なるドSの神よ。我にSの心を宿した給え!』と胸の中で祈りを捧げる……よし、何か漲って来た気がする。
「俺もこんなことはしたくはないのだよ」
「ならやめればいい。今なら許してやる」
この期に及んで上から目線。だがSの心を宿した今の俺にその挑発は命取りだ。
「……わかった」
「なら解いて」
「お仕置き執行!」
「や、やめてぇぇぇっ!」
眼下には息も絶え絶えなルーセ。顔中を涙、鼻水、よだれで汚し、身体からは完全に力が抜けて時折ピクピクと痙攣させて無残な姿を晒している。
「やっちまった……」
俺のお仕置き、二分間連続くすぐり無呼吸の刑の結果だ……ヘタレでごめんね。
「はぁ、はぁ……うぅ、変態」
息を吸う事も出来ないほどの極上のくすぐりテクニックのせいで、まだ呼吸が荒い。
「謝りなさい」
「……ルーセ悪くない」
「そうか……」
そう呟きながら両手の人差し指から小指を、某国民的アニメの超巨大虫の爆走時の脚部の様に動かす。
「ひっ!」
自分で見ても気持ち悪い動きだ。彼女にとってどれほど気持ち悪いか想像に難くない。
「あやまりなさい。そしてからかわれた位で人に怪我を負わせるような暴力を振るわないと約束しなさい」
ここはしっかり教育しなければならない。このままでは彼女は大島の様な人間にになってしまう……まあ、俺も他人のことは言えないが。
「……いや! ルーセは臆病じゃないのにビビり呼ばわりしたリューが悪い!」
「その前にルーセは俺をヘタレ呼ばわりしだろ」
「リューはヘタレ」
「そのヘタレに負けたルーセは、三国一のヘタレだ」
「くっ……リューは変態」
「……やっぱりお仕置き続行!」
「いやぁぁぁぁぁっ!」
「うぅぅぅ……ごめんなさい。もう暴力は振るわない」
心が折られ泣きながら謝るルーセの姿に、正直やりすぎたと反省している……さすがにお漏らしさせたのは拙かった。
「分かったならもういいから、泣くんじゃない」
ロープを解きながら慰める。
「もうヘタレって言わないから許して」
ロープから自由になったルーセは泣きながらしがみ付いて来る……ああ、君ね。お漏らししたまましがみ付いたら……
「許す許す」
ひざの上辺りに広がる生ぬるい感触に泣きたくなりながらも、そう言いながら頭を撫でてやる。するとすぐに落ち着いてきた。
「俺達は一緒に火龍を倒す仲間だろ。自分の相棒をあまり甘く見るなよ」
「うん」
「よし、それじゃこれからもよろしくな。相棒」
「うん……でも、やっぱりリューは変態」
俺がまた両手の指を気持ち悪く動かすと、顔色を変えて飛びのく。
「ふぅ……もう変態でも良いから、早くこれに着替えなさい」
そう言って【所持アイテム】の中から着替え用のズボンを取り出してルーセに差し出す。
「あっ!」
ルーセはお漏らししていた事を思い出して顔を赤らめる。
「本当に変態」
頬を膨らましてそう言いながらズボンを奪い取った。
俺も自分のズボンを取り出すと、履いてるズボンを脱いで【水塊】を発動させる。
水で手を濡らすとルーセの小水で汚れたひざを濡らして脱いだズボンの尻の辺りでふき取る。
そして新しいズボンを履くと、汚れたズボンを水塊の中に放り込む。
【水塊】や【水球】は球状の形を保つために中の水は回転しているので、その中に洗濯物を入れて回転速度を上げてやればちょっとした洗濯機だ。
「ああっ凄い! ルーセのも、ルーセのズボンも洗って!」
「はいはい。ズボンを渡しなさい」
お母さんのように答えて、ルーセが差し出すズボンを受け取る……だが、彼女のもう一方の手には俺が渡したズボンがあった。視線を下に向けるとその下半身には何も身につけられておらず、毛も生えていない股間には縦筋が一本走ってるだけだった。
「早くズボンを履きなさい!」
焦って、大きな声を上げてしまった。
「?」
ルーセは不思議そうに首を傾げる……いや、そんな不思議そうな顔をされても困るんですけど。俺って何かおかしな事言ったの?
「いいから、はやく、ズボンを、はく」
噛んで含むように言い聞かせると、納得した様でもないが「分かった」と答える。しかしすぐにズボンを履こうとはしない。
「どうしたの?」
「ルーセも洗いたいから水出して」
そう言いながら自分の股間を指差す……思わずまた見ちゃったよ。
俺はため息を吐いて【水球】を彼女が洗い易い高さに出して後ろを向いた。
くすぐったら変態なのに、裸の下半身を見られるのは平気って、年頃の女の子の考えることなんてまったく分からない俺だが、年頃前の女の子の考えることもさっぱり分からん。
ズボンを入れて十分間ほど回した後、中からズボンを取り出すと【水塊】を解除し、もう一度【水塊】を発動してズボンを放り込む。濯ぎの工程だ。
濯ぎを終えると【操水】でズボンに含まれる水分を取り除き、わずかに残った湿り気はズボンを木の枝にかけて火属性の魔術である【操熱】でズボンの温度を八十度ほどに熱して、風属性の魔術【微風】で風を送るとあっという間に洗濯が終了する。
本当に俺の使える魔術って驚くほど日常生活向けだよな……戦闘にはそれほど役立たないのに。
「うう、大変だった」
藪の中から長剣を担いだルーセが出てくる。俺にデコピンを食らって気絶した時に振り抜こうとして手から離れて飛んで行った長剣を回収してきたのだ。
ルーセにはあえて「あっちの方へ飛んで行った」としか教えてなかったので、俺が洗濯している間ずっと探していたのだ。
「ところでルーセ。システムメニューを開いてみて」
「うん?」
何故といった顔をしながらも素直にシステムメニューを開いた。
「【オプション】の【マップ機能】の【周辺マップ】の【検索】を開いて」
システムメニュー画面を指差しながら指示していく。
「この検索項目という欄に注目して長剣と思ってみて……そうしたら今度は周辺マップを見る」
「あっ!」
俺からは確認できないが、彼女の周辺マップには『長剣』という文字とその場所を示す矢印が表示されているはずだ。具体的に言うと彼女自身を指す矢印が。
「システムメニューって便利だろう。ちゃんと使いこなさないと勿体無い勿体無い」
そう言いながら洗い終えた彼女のズボンを畳んだ状態でその頭の上に乗せた。
「うぅっぅぅぅっ、リューの馬鹿! バーカ! ヴァーカー!」
睨み付けながら罵声を飛ばすが、今度は矢を射掛けてくることは無かった。
「じゃあ俺はオーガを倒しに行くけど。ルーセは見学してるんだよ」
「分かった。気をつけて」
やはりルーセはまだ長剣の扱いにはまだ自信が無いようだ。それに彼女にはオーガ→矢では倒せない→強敵という長年の苦手意識もある。しかも先ほど長剣を使って無手の俺にあっさり負けているのでなおさらだ。
まだ広域マップ内に止まっているオーガとオークの群れに向かって森の中を走る。いや進むと言うべきだろう。自重も糞も無く本気になった俺は、木の幹を蹴り木から木へと飛び、枝を掴み枝から枝へと渡る。
まるで漫画の中の忍者のような人外の移動を続ける俺だが、地面を走りながらも俺の後をぴったりとついて来るルーセの方が人外という言葉がふさわしいだろう。何せ走る彼女の前にある下生えの草や潅木がまるで意思があるかのように避けて道を譲ってる──
なんだそりゃ! 音も立てずに俺より早く森の中を移動できるはずだ……つか、それインチキだろ! 精霊の加護かなんか知らんがインチキだよ。あの餓鬼、こんなインチキ使っておいて人を「狩り下手糞」と扱下ろしてくれてたのか?
大体、一緒に行けば俺もあの恩恵を受けれたんじゃないのか? それをしないで俺には藪の中を走らせて棘とかで引っかき傷を作らせておいて自分だけ楽に移動していたのか……いい度胸だ後でもういっぺんお仕置きしてやる!
『セーブ処理が終了しました』
群れの外周に位置するオーク達に狙いをつける。
深い藪の中に潜むオーク達を、周辺マップは丸裸にしてくれる。枝を利用して上に跳び、上空から襲い掛かる。
いきなり自分の真上に現れた俺の影に、驚き固まるオークの首筋めがけて槍を装備する。
オークの首を貫き地面に突き刺さる形で出現した槍に肩、肘、手首を折り曲げた状態で体重をかけ、次の瞬間に地面に突き刺さっている槍を、更に突き出すように各関節を伸ばして反動を得て上昇しながら。関節が伸び切る瞬間に槍を収納し次の獲物へと襲い掛かる。
地面に降りることなく瞬く間に六体のオークを屠ると次の狩場へと移動して狩りを続ける。
「この深い森はオーガにとっては命取りだな」
既に周辺のオークの半数は討ち取っている。その戦いの中でオーガとも接敵しているが簡単に引き離すことが出来る。
前回オーガと戦った時は同じ森の中とはいえ馬車の通れる道があった。道の上の移動ならオーガはその長いストロークと圧倒的な筋力で今の俺よりも速く走れるだろう。
しかし、ここではその大きな身体が仇となり足場が悪く木々が邪魔をして直線的に走れないために移動能力が著しく制限される。
他のオーガから少し距離のある一体に狙いをつけると一気に間合いを詰めた。
木々の幹の間を跳躍しながら接近する俺に気づいたオーガはその武器である巨大な棍棒を右肩の斜め上に構える。
だが俺は構わず正面から突っ込む。
飛んで火に居る夏の虫とでも思ったのだろうか、オーガはにやりと獣じみた笑みを浮かべると空中であり軌道の変えようの無い俺に向かって棍棒を斜めに振り下ろす。
それを待っていた俺はシステムメニューを経由して【所持アイテム】からあるものを取り出す。
次の瞬間現れたのは一番短い径でも一メートルはある岩だった。それを足場にして蹴るとオーガ目掛けて加速する。一瞬送れて棍棒は岩を打つと粉々に砕け散る。
「ウガァ!?」
目の前で起きた事が理解出来ずに、迫る俺を呆然と見つめるオーガの額を目掛けて槍を装備する。
「まず一体!」
そう呟くと脳を破壊されて崩れ落ちるオーガの頭を踏み台にして、更に高く俺は跳躍した。
オーガとオークの討伐アナウンスとレベルアップのアナウンスを聞きながらルーセの待つ場所へと戻る。
ちなみに俺は三レベル上がってレベル二十七で、ルーセにいたってはレベル十五まで上がっていた。
「こんな短時間に六体のオーガとオークの群れを、しかもあんな戦い方で倒す。やっぱりリューは変た──」
出迎えてくれたルーセに最後まで言わせず、その頬を左右から摘んで引っ張る。
「いひゃい!」
抗議するルーセに対して、俺はにこやかに話しかけた。
「ルーセ君。ルーセ君。君ねさっき俺を追いかけてた時、君の前に何故か道が開けてたよね?」
「あふ……」
拙いものを見られたと言わんばかりに彼女の視線が宙を泳ぐ。
「そう言えば、俺が移動する時に音を立ててうるさいとか遅いとか言ってなかった?」
微笑みながっら語りかける俺にルーセは硬直した。
「だったら酷い話だよね。自分はあんなズルしながら移動してたのに、普通に藪を掻き分けて一生懸命移動してた俺にそんなことを言うなんて?」
そう言って彼女の頬から手を離す。
「ごめんなさい…………お仕置きするの?」
謝った後、泣きそうな目で下から見上げてくる……それだけで怒りが引いていく。
「はぁ……まあ、良いから、倒したオーガとオークを回収してきて。触って収納と思えばしまえるから」
「分かった」
俺の怒りが収まったのが分かったのか笑顔を浮かべると元気に走って森の中へと入っていった。
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