第21話
森の奥深くまで踏み入った俺達は、広域マップで周囲を確認する。
この森はルーセにとって庭の様なものであり、彼女とパーティーを組んでる俺のマップ機能にも彼女の知識が反映されているために、広域マップの未表示部分は全体の2割程度だった。
「中心に見える青がルーセ自身。その隣に居る緑が俺。他の黄色いのが森の生き物達。そして今は居ないけど赤いのが興奮状態にある生き物を示すんだ」
「興奮状態?」
「戦っているのか戦うおうとしているのかどっちかだね」
「分かった。これ便利。気に入った」
そう答えたルーセは直ぐにマップ機能を俺以上に使いこなす。俺と何が違うかと言うと広域マップ上にも生物がシンボルが表示されるのだが俺にはそれがどういう動物か判断する知識が無い。そのためか種族名などの表示は周辺マップによって確認する必要があった。
しかし彼女は広域マップ上の三角形の矢印のシンボルを見ただけで、居場所や動き方だけで、それがどんな動物や魔物なのかを的確に見極めてしまう、さすが猟師としか言い様がなかった。
そこからはルーセの独壇場で、彼女は広域マップ上の獲物をどの順番に仕留めていくかを決めると「先に行くから後からついて来て」と言い残すと森の藪の中へと音も立てずに消えて行く。
音を立てないように気をつけながら彼女の後を追うが、音を立てずとは行かない上にどんどんと引き離され、マップで確認しなければ見失うほど距離が開いた。
やっと追いついた時には既に二頭の鹿もどきが倒されていて、ちょうど群れの最後の一頭目掛けて矢が放たれた。
『アピラティ三頭を倒しました』との討伐アナウンスに続き『ルーセのレベルが上がりました』とレベルアップのアナウンスが流れた。
「レベルアップした。、でもどう変わったかわからない」
「もう幾つかレベルを上げれば実感できるようになるはずだよ。とりあえずシステムメニューを出して【パラメーター】を表示してくれる」
ルーセの前に現れたシステムメニュー画面を覗き込む。【筋力】の平均値の伸びが、俺がレベル一から二になった時よりも倍近く伸びている。つまり俺は一生、力でこの子に追いつく事は出来ないというわけだ。こんな小さな女の子に……欝だ死のう。
つかもう要らなくない俺? この調子じゃ狩りでも力になれないし、このまま彼女が一人で狩りをしてレベルアップを重ねれば一週間もかからずに火龍なんて一撃で殺せるようになる気がする。
「……うん。ちゃんと力は上がってるよ。伸びもかなり良い。それに他にも目なんかも良くなっているから今日一日狩をすれば、強くなった自分を実感できるよ」
心で泣きながら面は笑顔。
「本当?」
「火龍を倒せる日もそう遠くないと思うよ」
ルーセはもう二年近くも両親の仇を取るためにたった一人で自らの牙を砥いできたのだ。倒すべき仇の背中がはっきりと見えるところまで来たのだ感慨も深いだろう。
「そう……」
しかし、そう小さく頷くルーセの顔には儚げな笑みだけが浮かんでいた。もう少し喜んでも良いんじゃないだろうか? ……何かが俺の胸の奥に引っかかる。
その後、順調に狩が進んで俺のレベルは上がらないが、ルーセのレベルが五まで上がった。
「確かに強くなった気がする」
弓を引きながら自分の筋力の上昇を確認する。
「遠くがよく見えるようにもなった」
そう言って矢を番えると頭上に向けて弓を構えると、狙いをつける間もなく放たれた矢は高く飛ぶ鳥の群れの先頭を飛ぶ一羽の首を貫いた……何これ? 弓ってそういう武器じゃないよね? 動く標的へ狙いもつけずに射掛けて当たるものじゃないよね?
「でも弓だけじゃ火龍には勝てない」
うん、その通りだね。まずは隙を突いて弓で目を射てもらう。普通なら片目を射るので精一杯だけどゴルゴさんの化身であるルーセさんならば一呼吸に二射し皆中させるのも難しくないと思ってしまう。
はっきり言って自分でもおかしな事を考えていると思うが、それ以上におかしいのは彼女の弓の腕だ。
そして火龍の目を潰すと同時に俺が斬り込んで翼を奪い、空へと逃げられないようにするとして、その後は接近しての打撃戦となる。だが彼女の得物は弓と解体用の短刀くらいだ。
「何か武器ちょうだい」
うわっ! 図々しい。いきなり遠慮がなくなっているよ。だがそれは俺に対して心を開いてくれているということで、そんなルーセに「ちょうだい」と両手を差し出されては……
「……ではこれを」
剣を鞘ごとルーセの両手の上に乗せと、彼女は鞘を払うと片手でブンブンと剣を上下に振る……弓は凄いが剣の扱いは、単に棒っきれを振り回しているようなもので微笑ましい。もっとも片手剣といえども全長は一メートル超えるのでシュールといえばシュールな光景である。
「これ軽くて頼りない」
剣を鞘に納めるとそのままつき返される……頼りないって、あんた何を言ってるんですか?
「もっと大きいのが良い」
子供がおもちゃを強請るみたいに言われても、そこで俺は振れるものなら振ってみろと、半ば自棄になって長剣を取り出して彼女に渡す。
「ん、立派!」
満足気に目を細める。そして長剣を右手一本で持つと、両足を肩の幅に開き、右肘を肩の高さまで上げて自分の目の前に長剣を寝せて構える……様になっているというか、剣先がピクリとも動かないってどういう事? 筋力の問題じゃなく、むしろ筋肉の性質上重たいものを持ったら必ず揺れるだろ。今まで自分が空手を通して身に着けてきた肉体への理解が崩壊しそうだ。
そんな俺の苦悩などに気づく様子もなくルーセは剣を寝せたままに自分の頭の後ろに構え直す。
「ふんっ!」
気合と同時に右足を剣先の方へと踏み出しながら長剣を薙ぐ、剣刃が空を斬り裂けば大気が轟と啼く……小さな身体の体幹を剣の重みに寸毫たりとも乱さぬまま行われた仕儀に、俺の心の中で全物理法則が泣いた……このファンタジーめ!
「気に入った。これちょうだい」
「ん……えっと、良いよ……もう好きにして……」
「ありがとうリュー」
無邪気に笑いながら礼を言うルーセ……何とか兄貴とか隆と呼び捨てではなく、一度で良いからお兄ちゃんと呼んでくれないものだろう? などと思い始める自分が怖かった。
その後、それまでの動物ではなく魔物を狙った狩りを始める。
「北東三百メートル先に居るのは……スライム」
スライム。ファンタジーの定番だ。ついに来たか奴らを倒す日が……だけど何で分かるんだ? マップ上の素ライムと思しきシンボルは動かずにじっとしているだけなのだ。
「どうやって判断したの?」
「このスライムの近くに居る五匹はゴブリンで、スライムに接近しても攻撃せずにすぐに逃げた。しかもゆっくり。だからスライム」
つまり近くに居たゴブリンが襲わなかった段階で、ゴブリンが獲物にする生き物じゃない。そしてすぐに逃げたということはゴブリンにとって脅威だった。そしてゆっくり逃げたということは動きが遅い。この地域でそれに合致する生き物はスライムだと判断したという事なのだろう。
「頭良いなルーセ」
「当然!」
俺に頭を撫でられながら得意気に笑う。
「スライムの弱点は?」
「火か魔術。どちらも無いと苦労するので狩らない」
そうか駄目か。間違っても「俺魔術を使えるよ」なんていう気はない。使えるのはどれも微妙すぎて言ったら恥をかくに決まっている。
「あっオーガ。しかも六匹」
ルーセが新たなる獲物候補を発見した。
「周りに居るのはオークで良いのかな?」
「うん。オーガは大抵オークの群れを率いてる」
「でも何のために?」
「餌。お腹が空いたら食べる」
「じゃあ、オークは何のためにオーガに率いられてるんだろう」
「知らない。リュー質問ばかり」
怒られた。
「他の獲物を探す」
ルーセはあっさりとオーガを倒すのを諦めたみたいだ。
「オーが倒さないの?」
「オーガは弓じゃ倒せない」
「そのための長剣でしょ」
「!! そうだった」
「じゃ狩っちゃう?」
ルーセは装備で右手に出現させた長剣を見つめながら「この子を使いこなせるかな?」と少し不安そうだ。
「じゃあ、俺一人で狩っちゃおうかな?」
「リューには無理」
そう切り捨てられた。やっぱりこの子は俺のこと下に見てるよ。ちょっと便利な機能を与えてくれた駄目な兄ちゃん程度しか思ってないよ……さすがに俺も怒ったよ。見せてやろうじゃないか漢の戦いっぷりを!
「はっはっはっは、何を言うガキんちょ。このスーパーでグレイトなリュウ様がオーガ如きを倒せないなんて事はない!」
取りあえず子供相手に煽るのは止めておこうと思った。何となく大島みたいなんだよ……精神状態が勇者様寄りになってしまったので、あえて反勇者的な言動を意識すると大島になってしまうのだ。
「無理。リューはヘタレ。狩り下手糞。音を立てるし遅い」
この餓鬼やっぱり俺を舐めくさってやがる。
「まあいいさ。オーガは俺がちゃっちゃと倒してくるから、口先ばかりのビビリなルーセちゃんは物陰でブルブル震えてていたまえ。あっくれぐれもチビったりしないで──うぉ!」
いきなり矢を射掛けてきた。久々の必殺コマ送りを使いながら飛んできた矢を人差し指と中指の間を通るようにしながら手を出来るだけ身体から遠ざけるように伸ばすと、矢が指の間を通る瞬間に手首を九十度捻る。某伝説的バイオレンス漫画の暗殺拳の使い手の様に飛んできた矢を相手に送り返すような真似は出来ないが、矢はベクトルを変えられて勢いを減じながらもかなりの勢いで俺の右側を飛んでいく……いかん、挑発しすぎた。どうにも昨日の道場での感覚を引きずってしまった。
「そんなへな猪口な矢は当たらないよ」
だが挑発はやめない。俺に当てる気で矢を放つなど明らかなやりすぎだ。ここは一発ガツーンと教育的指導を食らわせてやらなければならない。
「うぉ! とか言ってビビってた」
「ビビッてませ~ん。矢がハエが止まりそうな程遅くてびっくりしただけで~す」
「その減らず口……叩き潰す!」
「泣かしたる!」
そう言いながら俺はしっかりセーブした……だってこの子本気でヤバイから。
ルーセは先ほどと同じように、右手一本で長剣を自分の頭の後ろで寝せて構える。
俺は彼女の踏み込みを考慮したうえで判断した攻撃範囲のぎりぎり、生と死を分かつボーダーライン上をラテン系のボクサーのような軽やかなステップで舞う。
「ヘイヘイ! こっちは素手だよ。ビビッてるのかいお嬢ちゃ~ん」
そう挑発すると同時に攻撃範囲の内側へと一歩踏み入る。
その瞬間、鋭い気合と共に暴風の如き殺気の塊が飛んでくる。
「甘いな」
俺は踏み入れた一歩でそのまま地面を蹴りヒョイと剣先をかわす。そんな大物を全力で振り切って外した時のリスクを教えてや──
「はっ!」
ルーセは気合と共にもう一歩踏み込みながら振り切った長剣を持つ右手首を返すと、柄を握る右手の上に左手を重ねるとそのまま力ずくで慣性を打ち消す。普通ならルーセの体重ではその力を支えきることは出来ずに体勢を崩して転倒するはずだが精霊の加護とやらで、そのまま両手の力で振り切り斬撃を俺へと送り込もうとする──
だがそれよりも早く彼女の懐に飛び込んでいた。
所詮、飛び道具以外の武器による攻撃は遅い。初速に限った事だがこれは動かしがたい事実だ。もちろん武器による攻撃の終速は無手の攻撃を大きく超える。故に武器による攻撃は強力なのだ。
だが強力な打撃を生み出す大きく重い武器であればあるほど、速度を上げるためには多くの時間を要する。
大きな予備動作。ため。始動から打ち込まれるまでの時間。その攻撃が強力であればあるほど多く必要とする。
故にルーセの圧倒的な身体能力と特殊能力によって初めて可能となった長剣による連撃さえも、その威圧に耐えられる精神力と一気に間合いを詰められる速さを持つ俺にとっては隙だらけだった。
「テイッ!」
俺は気合と共に全身全霊のデコピンを放った。
一撃で頭を仰け反らせて白目を剥いたルーセの手から長剣が飛んでいく……ホームラン。これは探しに行くのが大変な飛距離ですねぇ。まあ他人事だ。
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