第20話

 朝、目覚めると隣に女の子が寝ていた。

 字面的にはとても素敵なイベントだが、幾ら同世代以上の女性達から敬遠されていても、まだロリコンに走るつもりのない俺にとっては、相手が八歳くらいのルーセでは中学生男子の無限の力を持つ煩悩も開店休業状態だ。


 それどころか小さな身体で俺の腕にしがみ付いた彼女が「お父さん……」と悲しそうに呟くのを見て「あーっ、もう俺がお父さんになってやるよ!」と暴走しかけるほどだ……あれ、これって、また?

 またもやレベルアップの性格変化の影響だと気付いてガリガリと頭を掻き毟りながらシステムメニューをチェックする。

 すると【父性愛】だけならまだしも【母性愛】までも上昇していた。これも【レベルアップ時の数値変動】で固定にしないと……だが待て、固定にしたパラメーターはその後変化しなくなるのか? だとすると拙い。

 俺がもしも、万一にも万一なほど奇跡的に結婚出来たとして子供が出来て【父性愛】などが成長しなければ子供に対して愛情を抱けなくなったりするのか?

 気になったので困った時の【良くある質問】を確認してみる……すると、うってつけな質問があった。

 『【レベルアップ時の数値変動】を固定にした際のデメリットとは?』:身体能力などのパラメーターを固定にするとレベルアップによる成長の恩恵を受けられなくなります。また【レベルアップ時の数値変動】はあくまでもレベルアップ時の変動についてであり、それ以外の環境やプレイヤーの言動による変化などとは一切関係ありません。

 俺は安心して【心理的耐性】関連を除く、【精神】関連のパラメーターの【レベルアップ時の数値変動】を固定にした。


 だが一度、心の底に芽生えてしまったルーセに対する父性愛は消えるわけではない。

 困ったものだと思いつつも、それが嫌ではない自分が居る。本当に困ったものである……本気でマズイから。


 そうこうしている内にルーセがぐずる様に鼻を鳴らしながら首を振る。

「おはよう。ルーセ」

 優しく声を掛けてみた。

「ん…………お父さん?」

 半ば寝ぼけて目を擦りながらそう尋ねてくる。

「お父さんじゃなくてごめんな」

「あっ……」

 相手が俺だと気付いて、わたわたと慌てる姿が可愛くて、慈愛の眼差し投げかけてしまった……決してロリコンじゃないからね。 つかロリコンの語源になった小説って、確か第二次性徴を迎えて子供から女性へと変化する過程にある女の子に夢中になってしまったオッサンの話だろ。ルーセはロリ以前の存在だ。


「いつもは平気なのに、寂しくなった……ごめんなさい」

 要らん事を考えていると、ルーセはベッドを降りると頭を下げた。

「謝らなくていい。いつも我慢してたんだろ。偉いぞルーセ」

 俺は身体を起してベッドに腰掛けると手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でる……猫の毛のように柔らかい。この撫で心地はマルを上回る。

 ルーセは一瞬身体を強張らせると、次の瞬間俺の膝にしがみ付いて顔を伏せる。


「どうした──」

「……撫でて……もっと頭撫でて……」

 消え入りそうなその声に、俺は黙って彼女の頭を撫で続けながらも「どうしたものだろう?」と小さく呟くのだった。


「ルーセ。これから大事な話があるから聞いてくれかな?」

 朝食を終えて、おもむろに話を切り出した。

「何?」

「火龍を倒すために試しておきたい事があるんだ。それが成功すれば短期間で火龍を倒せるようになるはずなんだ」

 先程【良くある質問】を調べている時に『パーティー加入者のシステムメニュー利用範囲』という質問項目を見つけていた。

 その質問への回答は、『レベルアップ時のステータス向上。視界へのマップ等の表示。加入者専用の【装備品】【所持アイテム】の使用権などプレイヤーとほぼ同等に使用可能。ただし【システムメニュー】の操作を行う際、プレイヤーの様な時間停止空間ではなく通常空間での操作となります。また【セーブ&ロード】は使用できず、【BGM】はプレイヤーが再生したものを聴く事のみ可能』だった。


 つまり彼女とパーティーを組めば彼女の力を強化する事が出来る。それは火龍を倒した後の彼女にとって生きていくための力になるはずだ。

 俺の中で高まりきったルーセへの【父性愛】が火龍を倒した後に、そのまま何もせずに彼女を一人残して旅に出ることを、彼女の口から自分の情報が漏れる可能性を考えた上でも善しとする事が出来なかった……本当に困ったもんだよ!


「何を試すの?」

「その前に、それが成功しても失敗しても、これからすることを誰にも言わないと誓って欲しいんだ」

「?……分からないけど、リューがそう言うなら約束する」

「それじゃあ、まず俺と手を握って」

「わかった」

 俺が差し出した手をルーセはしっかりと握り込む……強い。強すぎるよ! 手の骨が軋む様な力だ。だがここは男として痛みを顔に出さず続けた。

「そして、俺の目をしっかりと見つめて」

「うん」

 真剣な目で俺の目をじっと見つめてくる。

「最後に、これから俺が言う言葉に『はい』と答えて欲しい」

「はい!」

「……いや、そうじゃなく今から言う言葉ね」

「……わかった」

 少し顔を赤らめて頷く。


「俺とパーティーを組み、一緒に戦ってくれますか?」

「はい」

 ルーセがそう答えた瞬間『ルーセがパーティーに参加を表明しました。受理しますか? YES/NO』というウィンドウが目の前に現れる。

 勿論YESを選択する。するとどこか聞き覚えのある優しいメロディーと共に『ルーセがパーティーに参加しました』とアナウンスが流れる。

「今の何? 何が起きたの?」

 アナウンスは彼女にも聞こえていたようだ。

「とりあえず成功したみたいだよ。まず頭の中で『システムメニュー』って思ってみて」

「……わかった」

 その直後、ルーセの前に見慣れたシステムメニュー画面が浮かび上がった……これは拙くないだろうか? 他の人に見えたら情報の秘匿も糞もあったもんじゃない。


 驚きのあまりに呆然としているルーセを無視して、システムメニューを開くと【良くある質問】先生に教えてもらう。

『パーティー加入者のシステムメニュー画面について』

 えっと……プレイヤー及び、パーティーに加入しているメンバー以外には見えません……よしOKだ!


「……これは何?」

 我に返ったルーセが当然の言葉を口にするが、それを無視して説明を始める。

「まず【パラメーター】と書かれた場所に意識を集中してみて」

 はっきり言ってパラメーターに類する言葉がこの世界にあるのか分からない。福沢諭吉先生が必死に海外から流入する。今まで日本には無かった概念を理解しやすい新たな熟語を作り日本に広めていったように、システムメニュー先生も必死に翻訳しているのかもしれない。

 どうやらシステムメニュー先生略してSM先生の努力は通じたようで、ルーセは俺の言葉に黙って頷くと、画面が切り替わり【パラメーター】の下の階層が表示された。


「これが今のルーセの力を数字で表したものだよ……ブッ!」

 思わず吹いてしまった。この子……レベル一なのに、レベル一なのに【筋力】に表示されてる平均値が俺より高いよ。レベル二十四だよ俺……しかも年上なのに……死にたい。


「リューどうした?」

 力なく床に崩れ落ちて跪いた俺を不思議そうに見つめるルーセ。

「い、いや何でもないよ。ルーセが想像以上に強くてびっくりしただけだよ」

 そう誤魔化したが、びっくりして失神ならともかく跪く奴なんていねぇよ。

「ルーセが強いのは、加護のおかげ」

 そ、そうだよね。そうじゃなければ、俺の鳩尾くらいの身長しかない彼女に力で負けているなんてないよな……俺は一瞬で復活した。


「このシステムメニューを使えるようになると、魔物などを倒す事で自分を成長させて強くする事が出来るんだ」

「……狩をしていても、十分身体が鍛えられて強くなる」

 何を言ってるんだという風に、不審そうに見つめられると心が乾いちゃうよ。

「違うんだ。システムメニューでの成長は普通に狩などで身体が鍛えられる以上に力がつくんだよ」

 そう説明したが、何か納得できないといった感じだ。

 テレビゲームをした事の無い人間に、いきなりRPGのメニュー画面を説明しても簡単に理解出来ないよな。俺自身説明しようにも下地となる知識が全く無い相手にどう説明したものか分からない。

「これから一緒に狩りに行って、実際に試してみれば分かるよ」

「うん。リューと一緒に狩りに行く」

 どこか嬉しそうにそう答えてくれた。


 森の中を先導して歩くルーセ。その背中の背負われた弓は、彼女の筋力を活かしきれると思えないほど小さく、作りも拙く、もしかしたら彼女の手作りではないだろうか?

 これを使うなら【装備品】の中の弓の方がずっと良いだろう。そう思った俺は【装備品】から弓と矢筒を取り出した。

「これを使ってみてくれないかな?」

 そう言って弓と矢筒を差し出した。俺だって弓が使えないわけではない。セーブした後、何度もロードし直せば百発百中ではあるが……何百回もロードし直すのはもううんざりなんだ。


「良いの?」

「俺って弓が何というか上手く無くてね……多分ルーセが使ってくれた方が弓も喜ぶよ」

「お母さんの弓よりも立派」

 目を輝かせて弓を受け取ると、構えて弦を弾いたり引いたりしている。身長の問題で完全には引き切れていないが今まで彼女が使っていた弓よりは良さそうに感じた。

 今まで気にした事も無かったが、最初から【装備品】に入っていた武器は結構良いものなのかもしれない。


「気に入ってくれた?」

「うん。ありがとう」

 そう答えたルーセの顔は、普通の子供の様な笑顔だった。

「じゃあ、その背中の弓に意識を集中した状態で『収納』と念じてみて」

「?」

 また不思議そうな顔をされてしまった。仕方が無いので左肩に担いでいた槍を彼女に差し出すと、敢えて「収納」と声に出す。

「……き、消えた」

 驚いてる驚いてる。目を見開いて驚いている。システムメニューが目の前に現れた時以上に驚いてる。新鮮だ。あまり感情を面に出さないルーセのレアな表情。これはじっくり鑑賞して完全記憶でお宝画像フォルダーに保存しておかなければ。


「昨日の夜、水龍の角を出すのを見ただろ。あれと同じだよ」

「!」

 首を上下させて頷き素直に感心してくれるとちょっと嬉しくなるのが自分でも分かる。

「じゃあ今度は剣を出すよ。装備!」

 次の瞬間俺の手に剣が握られているのを見て「おおっ!」と感嘆の声を上げる彼女に「これはルーセにも出来るんだよ」と教える。

「本当!」

 被り気味のリアクションの速さに一瞬退くが、期待に満ちたお子様の顔になっているルーセに自分の顔から思わず笑みがこぼれるのが分かる。

「本当だよ。だからさっき言ったみたいに背中の弓に意識を集中した状態で『収納』と念じてみて」

「やってみる! …………収納!」

 だから口で言わなくても念じるだけで良いんだよと思ったが、彼女の背中の弓が消える。成功だ。

「出来た! ルーセにも出来た!」

 興奮する彼女の頭に手をのせて「良く出来ました」と褒めてあげると、ルーセは少し不機嫌な顔をして「子供扱いはやめて」と言って睨んできた。


 その後、収納と装備の練習をするとルーセは直ぐに使いこなせるようになった。やはり小さな子供は頭が柔らかい。

「それじゃあ上級編に行ってみよう」

「上級編?」

「と言っても全然難しくないから安心してね」

 そう告げると辺りを見渡し一番大きな木に近寄ると、手にしている剣を収納した。

 そして「こっちに来て近くで見て」とルーセを呼び寄せる。

「いいかい、こうやって何も手に持たない状態で、手は剣を握る形にして、装備!」

 太さ50cmはあろう木を貫通した形で剣が手の中に出現する。

「!」

 無言で目を丸くして木を貫く剣を見つめる。木の後ろ側に回り込んで貫通して抜けた部分も確認してから初めて「凄い!」と言葉を発した。

 その言葉に気を良くした俺は剣を収納すると、立て続けに3度木を刺し貫いた。

 それに対するルーセの感想は「凄いけど、やりすぎ良くない」だった……反省。

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