第9話

「本当にこの先で?」

 隊長……先ほどの町ネハヘロの自警団隊長──彼等は兵ではなく、町の人達が運営する自警団だった。しかし自警団なのに団長ではないのが謎──がこちらの顔色を伺いながら話しかけてくる。

「オーガが三匹とオークが四十匹くらいの群れがいた」

 もう既に隊長と俺の間で互いの格付けは終了している。先ほどの一件で完全に心が折られたようだ。彼は俺よりずっと年上だろうが、俺からの彼への扱いは空手部の後輩程度、ただし香藤よりは下だ。

 隊長たちを見ていて気づいた事だが、彼等は背中には背嚢。腰には物入れがある。システムメニューがあるなら【所持アイテム】に収納すれば持つ必要の無いものなので、彼等はシステムメニューの恩恵を受けていない。もしくはシステムメニューの恩恵を受けているのはごく一部の人間ということになる。


 前方から風と共に濃厚な血の匂いが流れてくる。咽返る様な臭いに顔を顰める兵士達に囲まれて俺一人だけがとっくに鼻が馬鹿になっていて平気だった。

「こ、これは凄い」

 大量のオークの死体に興奮する隊長。

 道すがら聞いた話では、オークやオーガなどの魔物の肉・皮・骨は全て使いみちがあり、特にオーガ角は価値が高いらしい。

「本当にオーガが、しかも3匹も……」

「まだ信じてなかったのかよ」

「…………おい、町に戻って人手と荷馬車を手配しろ」

 隊長は俺から目を逸らし、部下に指示を出して誤魔化した。


 自警団と町の人間が、荷馬車に、オークとオーガの死体を積み込む作業をしている間、俺はまだ森の中でこちらの隙をうかがっているオーク達を狩っている。

 まだ二十匹ものオークが町の近くの道に出現するのは見過ごせないそうで、既に倒してあるオークとオーガの分も含めて報奨金を出すと言われたので二つ返事で引き受けた。嫌だな最初から金の話をしてくれたら俺の態度も違ってたのに……もう仕方ないな。


 自分のシステムメニューの武器の収納と装備を用いた戦いを他人に見せる気は全く無いが、視界の遮られる森の中なら見られる心配も無いので、周辺マップを見つけたオークを次々と屠り、その度に自警団の団員を呼んで死体を回収させた。


 周辺マップに映るオークを全て駆除するまでに十四体を倒した。まだ数体のオークが居るはずだが既に逃げたのだろう。

 ちなみに今回はレベルアップはしなかった。ログデータを確認するとオーク十四体分の経験値はオーガ一体分よりもかなり少なく、レベル十三にはまだ届かなかった。


 流石に疲れて、気に寄りかかって一息ついていると「あんた本当に強いな。一体何者なんだ?」と死体を回収に来た四十絡みの団員──ただしこの世界の人間のほとんどが三十代や四十代で死んでいくような世界なら二十代の可能性もある。また男達のほとんどが立派な髭を蓄えていて老けて見える──が次々とオークを倒した俺に呆れたように尋ねてくる。


 嫌な事を聞いてくる奴だ。そんなプロフィールなんてまだ考えてないよ。

 仕方ないのでシステムメニューを呼び出し、時間を停止させて向上した知力で考えてみる。

 ・近くの町の出身。

 近くも糞も、この周辺に町があるかどうかすら知らないよ。

 ・他国の出身。

 この国の名前すら知らないのに、どの国の出身を騙れば良いんだよ?

 ・流離の旅人。

 言い方は格好良いが単なる不審者だよ。こんな中世の頃の様な社会だと、村や町に定住しないで目的も無く旅するのはアウトロー、つまり無法者だ。タイホだよタイホ。

 ・正直に異世界人。

 それじゃ可哀想な人あつかいされちゃう。

 ・記憶喪失。

 何でもかんでも記憶喪失さんのせいにして、風が吹くのもポストが赤いのもみんな記憶喪失さんのせいか? ……まあとりあえず保留。記憶喪失さんマジ万能。

 ・魔法の失敗で遠い場所から飛ばされた。

 自分で言ってて何だが魔法に期待をかけすぎだ。人を何処かに移動させる○ーラみたいな魔法があるかどうかすら分からないので迂闊な嘘を吐くのは止めるべき。

 ・なにも言わずに誤魔化す。やっぱりこれかな、面倒な事には関わらず人付き合いも避けて町から町へと移動しつつ、少しずつこの世界での常識を身につけていく。何時か何処かの町に落ち着いて人付き合いをするまでに何か良い言い訳を考えておく。

 それにしても向上しても自分の頭がこの程度なのかと思うと辛い……多分まだ使いこなせてないだけなんだよと自分を慰めてみる。


「一人で自由気ままに旅をするにはこれくらい出来なきゃな」

 馬鹿か俺は? 誤魔化すつもりが、これじゃ流浪の旅人と同じ設定で不審者だよ。

「そうか、自由な一人旅か~憧れないでもないな。でもあんたの腕なら領主様の軍でも出世し放題だろうに」

「それほど大した腕じゃないさ。強い奴は幾らでも居る……ところで此処の領主様ってどんな人なんだ?」

 強引に話題を変える。それにしてもこの口調はいい加減自分でも鼻についてウザイんだけど、今更唐突に改めるのも周囲の反応が怖い。基本的に俺は小心者なんだよ。


「領主様か? 領主様はここいら一帯のミガヤ領を治める伯爵様で、グレイドス・ミガヤ・カプリウル様で、まあ過酷な税や賦役を課したりもしない。その代わりに大きな声じゃ言えないが、この領は貧乏だから大した事もしてくれなかった。それでも……」

 苦笑いを浮かべながらそう話すが、含むところがまだあるようで何か言葉を飲み込んだ。


 彼の話によると町や周辺を荒らす魔物に対して兵を派遣してくれるわけでもなく、自警団は領主から装備などは提供は受けているが団員の給金が支給されるわけでもない。自警団は町の有志が集まり、魔物を倒すと領主が払う僅かな報奨金──普段彼等が戦うのは精々ゴブリン程度で報奨金も安い──と倒した魔物の死体からとれた肉や皮から得た金、そして寄付で運営されている。団員達はそれぞれ本職は別に持っていて、団員として貰える運営費から捻出される僅かな給金は小遣い稼ぎ程度にしかならないそうだ。



「それでミガヤ領ってどの辺までが領地なんだ?」

「このネーリエ湖周辺だな。まあ西のリトクド領以外は東も北も南も閉ざされた辺境だな」

「閉ざされたとは?」

「東は断崖で先に進めないし、北と南はほとんど開発の手が入ってない魔物だらけの森が広がる土地だ。まあ、一応南にはあんたが通ってきたクスラ領と繋がる道があるが、余程腕に自信が無ければあんな危険な道を通る奴は居ない。ドンずまりの田舎だよ……」

 そう言って笑う男の顔には自虐の色は無かった。既にそういうものだと受け入れているのだ。しかしまた何か言いたそうに言葉を飲み込んだ。俺に聞いて欲しいのだろうが俺はあえて聞かない。嫌な予感しかしないから。


 ともかく俺が南の道を通ってミガヤ領に来たものだと勝手に勘違いしてくれたのはありがたい。都合が良いのでその設定は頂きだ。しかしクスラ領についての情報が無いので迂闊に「クスラ領から来ました」なんて言って「クスラ領の何処の町の出身?」返されたらアウトだから、この設定を使うのはある程度クスラ領についての情報を手に入れてからだな。

 その後も男と話を続けて、色々と探りを入れてみる。

 明確に尋ねたわけではないが、この世界の人間にはステータスメニューなんてものは無いらしい。そしてレベルが無い。レベルという概念を知らないだけではなく、魔物を倒していて突然自分の身体能力が上昇するという感覚に憶えが無いそうだ……つまりシステムメニューについて秘匿する必要があるようだ。


「さてと、この辺にはもうオークは居ないみたいだな」

「わかるのか?」

「ああ、何となく分かるのさ。分からなければ一人で旅は出来ないからな……まだ何匹かはいたんだが逃げてしまったみたいだな」

「オーガさえ居なければ、奴らは大きな群れは作らないから、それだけでも大助かりだ。感謝するよ」

 今朝町を出たばかりの商人が、一時間もしない内に慌てた様子で戻ってきて「オーガが出た!」と門番に告げて大騒ぎになり、招集された時は全団員共々死ぬ覚悟を決めていたらしい。


「あんたが居なければ、俺達は全員死んでいた。それでも町を守れるなら良いと思っていたんだが、オーガが三匹じゃ町も全滅していただろうさ。だから今晩は俺達に酒でも奢らせてくれ」

 そう言って手を差し出してくる。握手と思い一瞬手を出しかけて固まる。本当に握手なのだろうか? 互いの掌を勢い良くぶつけ合うとかがこちらの世界の共通だったら? 常識が無いということはこんなにも一々小さいことで困難に突き当たらせるものかと苛立ちすら覚える。

 しかし、無視するのもなんなので俺もゆっくりと手を差し出した。すると男は俺の手を掴み普通に握手した。ほっとする反面、この世界での常識の無さを何とかしなければと思いを新たにしつつ「悪い。俺酒飲めないんだ」と言った。未成年だから飲めないという法律的な意味ではなく体質的に無理なのだ。

「そうか、それは残念だな」

 本当に残念そうにしているので申し訳なくなる。


 それから道まで戻ると、積み込み作業を行っている団員の1人に「ちょっと忘れ物を取りに行ってくる」と告げて森の奥の方へと道を進み、周囲に誰もいないことを確認してから水に濡れままの防具一式を取り出して担いで戻る。

「その鎧はどうした?」

 尋ねてくる団員に「装備したまま川に落ちて、この有様さ。まあ脱いでたおかげでオーガの血に塗れることがなかったんだが」と答えると「臭くないだけ水の方がマシだな。大体オーガ相手に鎧なんて重いだけで役に立たないから脱いでいて良かったんじゃない?」と言われて笑い合った。


 四台の荷馬車に積まれた死体と一生に町へと向かう。

 俺が倒したオーガ三体に、オーク二十二体──追加で倒したオーク十四体は積み切れずもう一度馬車をまわして回収するそうだ。そしてオーガに蹴散らされて死んだオーク四体の重さに荷車を引く馬も苦しそうなので、自警団や町の人間達も荷車を押すが、まだ死体から流れ出ている血が荷台から流れ落ちて、後ろから押す人達の足元を滑らせるせいで転倒が続出し、全員血と土が混ざり合った泥にまみれている。

 例外は周囲の警戒という名目で押し役を免れた俺と隊長。そして自警団団員三名だけだった。


 町の門を通り抜けると、門前の広場に待ち受けていた町の人々の歓声に迎えられた。

 人々の顔には喜びと安堵の表情が浮かんでいる。

「皆聞いてくれ! この町を襲おうとしていた魔物は全て、ここに居るリューが倒してくれた。皆、この若き英雄を讃えてくれ!」

 タカシがリュウにそしてリューになってしまった。


「さあ皆に応えてやってくれ。町の皆がこうして笑顔で居られるのもあんたのおかげなんだから」

 促されて俺は町の人たちに手を振ってみると割れんばかりの歓声が巻き起こる。

 人々の「ありがとう」という感謝の言葉に胸に熱い物がこみ上げる。「すげぇぞ英雄だ!」と男達の賞賛の声に誇らしくて顔が紅潮する。「赤くなって可愛い!」という女性達の黄色い声がかけられたときには、未だ嘗て無いくすぐったい様な胸の疼きを覚える。

 良いものだ。特に女性達の黄色い声は……こんな英雄扱いも悪くない。と思った途端、のぼせ上がっていた頭の奥が急に冷えていく。俺は「英雄」なんてものに憧れるような性格だっただろうか? いやむしろ面倒に感じる性格で、英雄なんてものになりたがるのは、余程奇特な人だと醒めた考えを持っていたはずだ。

 この状況は危険だ。中毒性すらある。もっと賞賛の声を浴びたい。もっと羨望の眼差しで見つめられたい。まだ俺の中にそんな風な思いがあり油断すると簡単に踊らされてしまいそうだ。


 歴史上、英雄と祭り上げられ非業の最期を遂げた者達はお調子モノの馬鹿だったのだろうか? 以前ならあっさりと「そうだろう」と答えたはずだが、今ならば人々の賞賛に背中を推されて、期待に応えようと道を踏み外してしまった可哀想な人達。そんな風にある程度理解出来てしまう。


 スポーツ競技において、ホームで戦う個人やチームの勝率が高くなるのはこの為なのだと納得する。

 一応体育会系の部活に分類される空手部だが、基本的に空手とは流派ごとにルールも異なり他の体育会系の部活のような華々しい大会での活躍という場はほとんどない。


 空手という世界的に名の知れた大看板の割には学校の部活動としては超マイナーであり自分が応援されるという経験は一度も無く、今までは応援の力というものを感じる機会は無かった。

 ちなみに一部のメジャーな流派では中学生同士の大会のようなものもあるようだが、生憎顧問の大島が所属している流派は鬼剋(きこく)流という、黒い空手着を着て最後は主人公にやられる敵役が名乗りそうな流派だった。

 明治時代に古流武術と琉球唐手が融合して出来た流派で全国にも幾つも支部のあるそうだからマイナー流派というほどではないようだが、マスメディアなどへの露出はほとんど無くトーナメント的なものは行っていない。

 門下生は他流派のオープントーナメントでは活躍しているみたいだが、俺達空手部部員はそもそも鬼剋流の正式な門下生ではない。

 中学卒業後、大島から推薦状を貰い鬼剋流の門を叩き、試練を受けて認められれば黒帯──実力が認められて初めて入門が許される鬼剋流には黒帯以外の帯は存在しない──を与えられ門下生となれるそうだが、正直なところ中学卒業した後も大島とつながりを持つというのは御免だった。

 ともかく、英雄という幻想から我に帰った俺だが、それまで通りに笑顔で手を振りその場を取り繕う事が出来た。

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