第8話

 周辺マップの中、不確定の赤いシンボルがこちらへと向かってくる。オークを示す赤いシンボルを文字通り蹴散らしながら……蹴散らされたオークたちのシンボルは消えていく。

 やがてオークたちのシンボルは赤から黄色に変わると、森の中へと散らばって去っていく。

 良く分からないが、オーガに殺されないように逃げ出したのだろう。想定外だが結果的にオークを排除するという目的は達成された。

「いけ……」

 いけると呟きかけた言葉は、もう1つの不確定の赤シンボルの出現によって遮られる。

 俺は早くもセーブした事を後悔し始める。


「でかいな……本当にでかいな!」

 地響きを立てながら迫り来るオーガを俺は『オーガが現れました』というアナウンスを聞きながら、道の真ん中に立ち剣を片手に待ち構える……セーブ実行。

 十mの距離を立ったの三歩で消し去ると、オーガは勢いに乗ったそのままに右脚で前蹴りを放つ。

 オークどもを一撃で蹴散らし死に至らしめた蹴りを、俺は身を低くし左前へと踏み込みながらかわす……ロード実行。

 オークどもを一撃で蹴散らし死に至らしめた蹴りを、俺は身を低くし左前へと踏み込みながらかわす……ロード実行。

 オークどもを一撃で蹴散らし死に至らしめた蹴りを、目で捉えるのは諦めタイミングだけで俺は身を低くし左前へと踏み込みながらかわした……セーブ実行。

 蹴り足が伸びきった一瞬に合わせて身体を伸び上がりさせながら、オーガのアキレス腱を狙い剣を振るう……ロード実行。

 蹴り足が伸びきった一瞬に合わせて身体を伸び上がりさせながら、オーガのアキレス腱を狙い剣を振るう……ロード実行。

 蹴り足が伸びきった一瞬に合わせて身体を伸び上がりさせながら、オーガのアキレス腱を狙い剣を振るう……ロード実行。

 蹴り足が伸びきった一瞬に合わせて身体を伸び上がりさせながら、オーガのアキレス腱を狙い剣を振るう。

 硬い弾力に押し返されそうになりながらも力の限り剣を押し込むと「ブツッ!」という何かが切れる音と共に抵抗が消える。

 剣を振り切った勢いのままに左側へと転がりながら身を投げ出すと、オーガは右足を地面に突くもそのままバランスを崩して派手に転倒した……セーブ実行。

 うつ伏せに倒れるオーガの足元へと回り込み剣を振り上げると、オーガは起き上がろうと上体を起すが構わずに左足首へと剣を振り下ろす。アキレス腱を断ち切った刃が骨に食い込む。剣を収納……セーブ実行。

 倒れたオーガから距離をとるために、もう一体のオーガの方へと走りながら剣を収納すると、左手に弓。背中に矢筒を装備する。

 オーガとの距離が四十メートルで足を止めると、見よう見まねの素人技で弓を構えて、背中の矢筒から引き抜いた矢を番える……セーブ実行。

 狙っても無駄と知っているので適当に矢を射る。当然外れる。その時、周辺マップにもう三体目のオーガを示す赤いシンボルが現れる。

 舌打ちをして「何匹居るんだよ?」と吐き捨てる……ロード実行。

 何度もロードを繰り返しながら矢を射続ける。何度も弦で指を切り、左腕を打ちながら矢を射続けていると、ロード回数が五十回目位には明後日の方向に飛ぶことは少なくなってくる。

 百回を超えると三回に一回は矢がオーガの顔を捉えるようになってきた。

 ちょうど百五十回目に放たれた矢は、標的であるオーガの右目の僅か数センチメートルの場所に突き立った。

 そして二百回を超えて十二射目に射た矢は、ほぼ偶然で下手な鉄砲数撃ちゃあたるだが、見事にオーガの右の眼球を貫いた……セーブ実行。

 足を止め右目を抑えて苦しむオーガに対して、引き続き左目を狙って矢を射る。ロードを繰り返す事で弓を射るという動作や感覚の経験はリセットされているのだが、記憶だけは残っている。

 どんな風に胸を張り、肩を固めて、腕を上げ、弓を引くか身体が憶えていなくても頭が憶えている。記憶に従い作られた構えから射掛けられた矢は、左目の十センチメートルほど下に突き立つ……ロード実行。

 そしてロード回数四十九回目にして左目を射抜いた……セーブ実行。


 二体目のオーガは潰された両目を両手で押さえている。その右側を三体目のオーガが走り抜ける時刻を確認。後ろのアキレス腱を切ったオーガは立ち上がろうとしては転びもがいている状況……ロード実行。

 視界左上の時計を確認しながら、両目を潰され顔を両手で押さえているオーガ左耳を狙い矢を射る……ロード実行。

 視界左上の時計を確認しながら、両目を潰され顔を両手で押さえているオーガ左耳を狙い矢を射る……ロード実行。

 目と違って、ギリギリのところを外れるような惜しい矢でも、その半分以上がそのまま飛んでいってしまうので微調整がしづらい。

 それでもロード三十五回目で矢が先端の尖った耳朶を貫くと、オーガは反射的に左腕を振り、それが後ろから来た鼻っ面に当ると二体はもつれ合って倒れる……セーブ実行。


 倒れた二体は興奮して互いに攻撃しあう。

 三体目のオーガは、目の見えないオーガに馬乗りになり殴りつける。だが目の見えない方のオーガは自分を殴り続ける腕を掴むと、顎の間接がどうなっているのか疑問なほど口を開き噛り付き、そのまま骨を噛み砕き肘から先の四分の一ほど先を食いちぎった。

「グォオオオオオオオッ!!」

 悲鳴という名の耳をつんざくような轟音。耳を塞ぎたいのを堪えて背後に回りこむと、弓と矢筒を収納して、槍をオーガの背中越しに心臓を貫くようにイメージした構えを取る。

「」

 そしてシステムメニューから装備すると槍はオーガの背中から胸を貫通する形で出現した。だが周辺マップではオーガを示すシンボルはまだ3つとも健在だった。

 次の攻撃のために槍を収納する。次の瞬間吹き出した血が俺の全身を赤く染める。

「くっせぇ~!」

 口の中に入った血を吐き捨て、顔を拭い再び槍を装備する。それを五回ほど繰り返し、奴の背中と胸を穴だらけにしてやると周辺マップからオーガを表わすシンボルがやっと一つ消えた。

 それを確認し終えると槍を収納し死体となったオーガの背中から離れる。

 次に自分の上に倒れ込んできた死体となったオーガの首筋に噛り付いている奴の頭にも同様に槍を二発食らわせてやる。

 オーガはビックビックと二度痙攣すると、また一つ周辺マップからオーガのシンボルが消えた。


「さてと、ラス前にセーブ!」

 セーブを実行し、アキレス腱を切ったオーガへと向かう。

 先ほどまで立ち上がろうともがいていたオーガだが、多少知恵が回ったようで肘と膝を使い身体を地面から持ち上げると、理性も知性も沸騰して蒸発したような目で真っ直ぐに俺を見据えたまま変な匍匐前進で這いよってくる。

「逃げれば良いのに……逃がす気は無いけどな」

 そう言いながら剣を装備する。

 右の肘と掌で上体を支えて起しながら、俺を掴もうと左手を伸ばしてくるので、剣を一閃し人差し指から小指までの四本をまとめて斬り飛ばす……大分、剣の使い方が分かってきた。

 オーガは痛みに左手を右手で掴んでバランスを崩すと、ごろんと形容する程可愛らしくない地響きを立てて半回転し仰向けになる。俺はそのままオーガに歩み寄ると、剣を一旦収納し、2本の角の間に右手を差し伸ばすと再び装備した。


 周辺マップから全てに赤いシンボルが居なくなったのと同時に『オーガ三体を倒しました』のアナウンスの後『てきぃぃぃん』というレベルアップ感の無い効果音が響き『レベルが五上がりました』とアナウンスされる。

「マジ?」

 五と言う数字に聞き慌ててシステムメニューを確認すると、確かにレベルは十二になっていた。

 この短時間に合計七レベル。どれだけ格上だったんだよ? 改めてシステムメニューを使ったチートの恐ろしさを思い知る。


 魔法というか魔術の属性も増えていた。水と土に続き、火だの風だの光だ闇だと、得意分野って無いのと言いたくなるほど○○属性Ⅰが増えていくが、どうせしょうもない魔法だろう。属性は何でも良いからⅡとかⅢに早く上げて使えそうな魔法を憶えさせてくれ。

 だがパラメーターは順調に伸び、正直人間離れしてきた気がする。その一方で、やはり金は手に入らず段々不安になってくる。


 とりあえずオーク達が使っていた分厚い刀身の曲刀を収納していく。鉄屑としてしか利用価値のなさそうなゴブリンの錆びた短剣と違って、売ればそこそこの値段がつくだろう。

 ついでにオーガに使った矢を回収するが、耳に当たった矢は耳朶を貫いて何処かに飛んでいってしまっており、目に刺さった矢はどちらも引き抜くと途中で折れていた。だが鏃と矢羽は再利用できそうなのでそのまま収納する。

 しかし今の俺の血塗れの格好は拙い。この先に町や村があっても入れてもらえるのは牢屋くらいだろう。正直、人前に出ることが躊躇われる。

 傍に湖があるから入って血を洗い流すという選択は、先ほど見た首長竜の存在によりありえない。町や村を見つける前に身体を洗えそうな水場があれば良いのだが……


 ある男がこう言った「神は望む者には決して与えず、望む事を諦めた者に与える」と、すると別の男が「神なんて奴は望もうが望むまいが思ってるだけじゃ何も与えてくれない」と反論し、そして通りがかりの男が「神が与えるのは、そいつが与えて欲しくないものだけだ」と吐き捨てた。

 一体誰の言葉が正解なのだろう……水場が見つからないまま十分ほど歩き森を越えた先に町の姿が見えてきてしまった。


「と、とまれ!」

 町の入り口の門は硬く閉ざされ、門の前には武装した男達が二十人ほど。その中の一人が叫んだ。

 おいおいどうする人間が居たよ。喋ってるよ、しかも言葉通じちゃってるよ。何か少し違和感を感じるが間違いなく言葉の意味が分かる……緊張感たっぷりの相手に対して、俺が抱いた感情はこんなもんだった。

 とりあえず言葉に従って止まってみる。


「そ、そ、その格好は何だ? お前は魔物の類か?」

 そう裏返った声で詰問してくる。一人だけ他より少し立派な兜を被った隊長らしき年長の髭男。しかしこの場に居る男達──兵士なのだろう持っている槍や着ている鎧、それに兜はお揃いだ──も皆髭男だった。日本なら髭だけで十分に特徴といえるのに、この世界では髭は没個性の象徴となってしまうわけである。


 ともかく隊長格の男を含めて全員腰が退けていた。

 そんな兵達の様子に『こいつ怯えてやがる』と独断専行した上に初陣の少年に返り討ちに遭いそうな事を考え、思わずニヤリと口元が崩れる。

 ……まあ、全身血塗れで槍を担いだ男の姿は、俺だって真昼間からでも見たらびびる。それが出会い頭なら、思わず「きゃー」と悲鳴を上げながら回し蹴りを喰らわす自信がある。

「こ、答えろ。さ、さ、さもなく──」

 俺の笑みを侮りと受け取ったのか怒りに目の周りを真っ赤にして叫ぶ。

「俺はた……リュウ、人間だ」

 名前は隆をリュウと咄嗟に読みを変えた。異世界で母音がはっきりと発音する「タカシ」は目立つような気がしたからだった……この世界の人間の名前なんて聞いた事無いんだけどな。


「この血はオークとオーガを倒した時の返り血だ」

 沸点ギリギリといった様子の男が激発してしまわないように答える。舐められないように口調はハードボイルドっぽく声は渋く低くした。別に厨二病が爆発したわけではない多分。

「……オーガをお前が? な、仲間はどうした? やられたのか?」

 彼等の常識的判断では一人でオーガみたいな化け物を倒せるとは思えない……ん? ということは、この世界における兵士のレベルは俺よりも下なのかもしれない。

「仲間はいない。俺一人で倒した。何なら森の中を確認しろ。走ればすぐの場所だ」

 親指を立てた拳を肩の上で軽く前後に振って後ろを指し示す。

「一人でだと? お、おい、確認して来い」

 隊長格の男が、背後の部下に命じる。

「了解しました」

 確認のために森へと向かって走り出した兵達に声を掛ける。

「おい、オーガ三匹は倒したが──」

「三匹!!!」

 兵達の上げた声は見事なまでにハモった。

「ああ3匹だ。それからオーガが率いてたオークは二十匹近く倒したが、まだ半分くらいが森の中に逃げ込んだ。戻って来てるかもしれないから気をつけろ」

「…………そ、そうなのか……わかっ……えっ二十匹のオーク?」

 兵士達はオーガ以前にオークにも一対一では勝てないレベルのようで、二十匹のオークという言葉に恐れをなして俺に一緒に来るように要求してきた。


「嫌だ」

 だが俺は即答で断る。

「い、嫌だとかじゃなく」

「普通この格好を見たら、大変でしたね。大丈夫でしか? 身体を洗う水を用意しますとかいう気遣いが先だろ! どうするの服に血の染みが出来たら! 一張羅なんだよ!」

「血の染みって、もう手遅れのような……」

 そう言いながら苦笑いを浮かべる隊長格の男が気に障った。


「じゃあお前も手遅れにしてやるよ」

 そう言うなり、俺は彼に抱きつくと血塗れの全身を擦り付ける。

 激しく抵抗するが力ずくで押さえ込むと、特に顔には念入りに頬擦りをかましてやる。

 硬い髭の感触が気持ち悪いが奴も「く、くっさい! 止めろ。止めないか、止めてくれ! 臭いぃぃぃっ! お願いだから止めて、止めてください。助けてください!」といい歳して半泣きでもがいているので俺の判定勝ちだ。


 彼の部下達は俺を止めて助けるべきなのだろうが、触れるのが嫌で止められずにいる。

 満足して話してやると地面に力なく崩れ落ちた隊長は「汚されちゃった……」と俯いて呟く、それを一瞥し「思い知ったか」と吐き捨てると、他の兵達を睨みつけて「俺はこれからお前達を抱きしめる。それから皆で森へ確認しに行こうじゃないか」と宣言する。兵達は一斉に退いた。


 それから数分後、何故か俺の前には幾つもの水の張った桶と綺麗な手拭。そして着替えが用意されていた。

 服とズボンを脱いで裸になると、脱いだ服を桶の1つに漬け込む。そして別の桶を持ち上げて頭から水を被った。それを何度も繰り返してから絞った手拭で身体を擦り、こびりついた血を落として満足すると、乾いた手拭で身体を拭き、新しい服に着替える。


「ふぅ、すっきりした」

 人心地がつくとはこのことだろう、清潔な身体とはこれほど素晴らしいものかと再確認する。

「まだ、子供じゃないか」

 謎の全身血塗れ男の正体が、まだ大人になりきれていない紅顔の美少年だと知った兵達から驚きの声を上がる……いわれなくても自分が美少年じゃない事くらい知ってるよ。

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