第2話

 システムメニューを更に確認していと、【オプションメニュー】の中に【時計機能】と言う項目があった。

 選択してみると、【表示】【アラーム】【時刻合わせ】【タイマー機能】の項目があり、表示は時計を視界の好きな場所に表示できる機能で、とりあえずテレビのように視界の左上に配置した。

 アラームは設定した時刻に俺だけに聞こえる音で時刻を知らせてくれる。

 時刻合わせは、【ワールドクロックアジャスト】という、何を基準か分からないが、この世界で基準となる時刻に合わせる機能と、【手動設定】とがあった。

 手動設定の方はいらないと思ったが、試しに選択してみると、ウィンドウズの【日時と時刻合わせ】と同じような画面が開いたので、確認してみると一年が十二ヶ月三百六十五日で、一日は二十四時間。一時間は六十分間で三千六百秒間。さらに四年周期でうるう年がある様で、現実世界と変わりは無かった。

「システムメニューが日本語表示と言う段階で、元の現実と完全に切り離された世界だとは思わなかったけどさ」

 この異世界と現実世界との関係について考えていた俺は、うっかり【タイマー機能】に関してスルーしてしまったことに気付かなかった。


 他にも便利な機能が見つかった。【マップ機能】である。

 【周辺マップ】【広域マップ】【ワールドマップ】の三種類と【時計機能】と同じく【表示】があった。

 周辺マップをONにすると自分を中心に周囲百メートルの範囲の地形などを表示してくれる。

 広域マップも同じく、ONにすると自分を中心に周囲三キロメートルの範囲の地形などを表示してくれるようだが、現在はマップの俺を中心とした百メートルの範囲以外は大まかな地形以外は何も表示されていない。どうやら自分が周辺マップに表示された事のある範囲。もしくは自分の目で見たことのある範囲だけが広域マップには表示されるようだ。試しに広域マップを表示したまま歩くと、百メートルの円が俺の歩いた方向へと表示範囲を広げるように移動していく。

 どうやら、OFFにしている間はオートマッピングはされないようなので、これらは常時ONにしておくべきなようだ。


「それにしても単位がメートルとかどういうことよ? この手抜き感は……」

 そんな疑問はさておき、ワールドマップは大陸や大きな島の海岸線だけを表示している。

 三つのマップで共通しているのは自分を示すカーソルが矢印になっていて、現在自分が見ている方向を示しているようで、ワールドマップの中の自分を示すカーソルの部分に視線を向けると、その部分がどんどんと拡大されて、広域マップと同じ状況が表示されたので、ワールドマップも自分自身が世界の各地を巡ることで次第に表示範囲を広げると言う事が分かった。

 そして最後の表示だが、これは時計機能と同じようにマップを視界の何処に表示する。または表示しないを選ぶ機能の他に、マップ内に何を表示するのかも選択する事が出来た。

 たとえば自分自身。これはデフォルトで表示になっているが、非表示も選択できる。他にもパーティーメンバーの表示や、それ以外の生命体──全長三十センチメートル以上の生物。または毒などを持った脅威度の高い生物と設定──。更に戦闘態勢にある生命体をそれぞれ色を指定して表示する事が出来たので、自分自身は青。パーティーメンバー──居ないけど──や友好的生命体は緑。その他の生命体は基本黄色で戦闘態勢に移行した場合は赤で表示するように設定した。


「なんか異世界というより、ゲームの世界になってきた気がする」

 というか、ゲームの世界そのものなんだけどと自分の独り言に突っ込みを入れると、次にいよいよ【装備品】の確認する事にした。

 何故なら、システムメニューを開いた状態だと視界の右上に表示している時間は停止したままだが、左上に表示した周辺マップの表示範囲ギリギリの位置に赤のカーソルが二つ並んでいたからである。

 【装備品】を選択すると【頭】【顔】【耳】【首】【胸】【右肩】【左肩】【右上腕】【左上腕】【右肘】【左肘】【右前腕】【左前腕】…………とずらりと身体の部位が表示され、それぞれに何か武器や防具を装備するのか選ぶようだが、とりあえず俺は利き腕である【右手】を選択し、装備可能な武器を表示させる。

 ナイフ・剣・長剣・槍・弓の五種類の武器が現れる。それぞれの武器には特別な名前は無い。例えばナイフなら『狩猟ナイフ』としか表示されず、攻撃力+一○のような表記は無い。

 そして各武器の名称を選択しても武器の大きさ、重さ、簡単な説明が表示されるだけだった。

「確かに打撃力プラスなんぼはあり得ないよな」

 もし打撃力を数値で表現できたとしても、突くにしても斬るにしても同じなんて事は無いだろう。剣の類の打撃力なんてものは多少の刃の鋭さなどよりも形状と重さで決まるし、それ以上に相手に与えるダメージを決定するのは武器そのものよりも何処をどのように攻撃するか、使い手の技量が大きな比重を占める。


 とはいえ異世界に飛ばされたとか、セーブ・ロードができますとか、システムメニューを開いている間は時間が経過しませんとか、これだけあり得ない事だらけなんだから、打撃力+なんぼがあっても良かったんじゃない? と考えない事も無い。

 だが今は、そんなこと考える前にどの武器を使うかを決めなければならない。

「まあ、弓は無理だな」

 アーチェリータイプの弓は和弓に比べたら使いやすいのだろうが、そもそも触った事さえ無い俺には使いこなせるはずもないし、無理して使ってもろくな事にならないだろう。

「威力なら長剣なんだろうけど……」

 所謂ロングソードと呼ばれる長剣とは、普通想像するようなちょっと長めの剣などではない。剣先から柄頭までの全長は大きいものでは百八十センチメートルを超えるような超重量級の両手剣のカテゴリーに属する化物である。剣道などとは全く異なる身体運用技術を用いなければ満足に振ることすら出来ない代物だった。実際武器リストに存在する長剣は百八十センチメートルとまではいかないが百六十センチメートルを超えるので試すまでも無く俺には使いこなせそうには無い。どう考えても剣を振り回す前に自分の身体が振り回されてしまう。

「一番使いこなしやすいのはナイフだろうけど……」

 全長三十八センチメートルで刃渡りだけでも二十五センチメートルはありそうな大型のナイフだが、相手がどんな魔物か分からない今はどうにも心許無い。

「となれば剣か槍か……」

 試しに剣を装備してみる。すると俺の右手に剣が出現する。なるほどそういうシステムか。

 装備してみた剣は、全長百センチメートル重量三千五百グラム。反りの無い両刃の直刀で、柄と刀身の境に左右に一本ずつナックルガード代わりにもなるハンドルが取り付けられている。多少重たいが鉄の棒として振り回してもある程度の打撃力を期待できそうだ。

 次いで槍を装備してみる。全長二百センチメートル重量四千二百グラム。硬い木製の長柄の先に刃渡り三十センチメートルくらいの金属製の鋭い両刃の矛先。そして反対の柄尻には先端のとがった金属製の石突が取り付けられていた。

「どちらかを選ぶのは相手次第か」

 動きの遅いもの、または猪のように真っ直ぐこちらに突進してくる相手なら槍でも十分に攻撃を当てられそうだが、的が小さく素早く上下左右に動くようなのが相手の場合は剣、またはナイフの方が当てやすい。とはいえ当たった時により確実に大きなダメージを与えられるのは槍だが……


 周辺マップの中を赤いシンボルがかなりの勢いで接近してくるのを、俺は両手に槍を構えながら待ち受ける。

 周辺マップには、俺の居る場所を中心点として二十メートルごとに同心円が配置してあるので、それを目安に導き出されるおよその速さは秒速五メートルほど。潅木や下草の生い茂る森の中を移動するには速過ぎる速度だ。

「……来たっ」

 藪を突き抜けて姿を現したそれは、二頭の緑色の狼。

 緑色は無いんじゃない? と一瞬あっけにとられたが、そこは異世界だ何があっても、そう何があっても仕方ないだ。

 視界の片隅に『森林狼が二頭現れました』というメッセージが表示される。う~んゲームだ。

 システムメニューを開いた状態で森林狼の姿を確認する。しかしまだ十メートルくらいの距離がある上にシステムメニューに表示されている情報や透過性のある黒地のせいで見づらく邪魔だった。


 そう思っていると、メニュー画面の右下に赤く小さな×印が現れて点滅する。まるで此処を押せと言わんばかりの状況に、思わず×印に視線を向けて「決定」と念じる。

 するとメニュー画面と黒地が小さくなり視界の左下に移動した……便利だ。ゲームのタイトル画面のフォーカスのデフォルトを『ロード』ではなく『ニューゲーム』にする様な馬鹿ゲームデザイナーに見習って欲しいくらいだ。

「でかいな」

 視界がクリアになり、狼との距離感もつかめるようになるとその大きさに驚く。

 この目で狼を見たことなんて無いので、目の前の二頭が狼として大きいのかどうかは分からないが、家で飼ってるシベリアンハスキーや近所で飼われているシェパードなんかより遥かに大きい。現在疾走の体勢のままシステムメニューの時間停止で止まっているが、それでも頭の位置が俺の腰ほどまでもあり、普通に四本足で立てば俺の臍よりも上に余裕で頭が来るだろうし、後ろ足で立ち上がれば二メートルを余裕で超えるだろう……やべぇ、ちびりそうなほど怖い。


 メニュー画面を表示させると武器を槍から剣に持ち換える。猪に負けないほど大きいが、狼である以上は猪よりも左右のフットワークは素早いだろう。とりあえず当てる事を考えた結果の選択だ。

『システムメニューON システムメニューOFF システムメニューON システムメニューOFF システムメニューON システムメニューOFF システムメニューON システムメニューOFF……』

 そう素早く念じると、こちらへと突進する二頭の森林狼は、ビデオのコマ送り再生のよう──システムメニューOFF状態の時の動きが速過ぎて停止状態から、次の停止状態までの間がコマ送りのように一瞬で動いているように見えるため──にカクカクとした動きで接近してくる。

 手前五メートルくらいの位置で二頭は別れ、一頭はそのままこちらへ突進。もう一頭は右に回り込む……連携まで取れているのかよ!


 俺は連携した二頭の襲撃のタイミングを少しでもずらすために、右に回りこんだ狼から距離をとるように正面の狼に意識を集中したまま左へと一歩身体を移動させた。

 次の瞬間。正面の狼が地面を蹴ると跳躍する。奴の狙いはその灰色の瞳で見据える俺の首筋。重力を無視したかのような跳躍による高速の攻撃に、本来なら気付いた瞬間には首元に食いつかれていただろうが、このコマ送り状態なら反応する余裕があった。

 右手で持っていた剣の切っ先を上に向けつつ、左手で刀身と柄の境にあるハンドルをしっかりと握り締める。

 そして、狼の動きがそうであるように、コマ送りの動きの中で狼の下顎の辺りに剣先を合わせて上へと突き上げた。

「ギャンッ!」

 狼が上げた短い悲鳴と同時に、顎に食い込んだ剣先は突進してくる狼の動きに従い喉から胸へと切り裂きながら走る。柔らかい下顎から喉までの布を裁つ様な軽い手ごたえとはうって変わり、胸は肋骨が食い込む剣先を弾こうとするが、俺は更に力を込めて剣を突き上げた。

 すると肋骨の部分を過ぎた瞬間に剣先は沈み込むように狼の腹に深く突き刺さり致命傷を与える。

 だが、剣で突き上げられた事により跳躍の軌道を大きく上へとずらされ俺の左頭上を飛び越えようとする狼の身体に、深く刺ささってしまた剣が押されて、握り込んだ左手ごとハンドルの先が俺の額に向かって突っ込んできた。

 一旦、システムメニューONの状態で、状況を確認するもハンドルの先端が頭に当たるのは避けられない事が分かった。だが気付いていたら当たっていたのと気付いていて当たるのとでは、そのダメージもダメージを受けたショックからの回復の早さも全く違ってくる。


 かなり勢いの乗った一撃を受けることを覚悟を決めると、システムメニューを解除する。同時に顎を引き首の筋肉に力を込め、当たる角度を少しでも浅くするために体重を右へと傾けた瞬間、強い衝撃が額の左に加わった。

 一瞬、意識が真っ白になり後ろへと二歩よろけるが、ダメージは最低限に抑えられ剣も放すことなくしっかりと握られていた。

 そう思った瞬間、左足首に鋭い痛みと強く掴まれる圧迫感を感じる。下に目を向けると視界の隅でもう一匹の狼が噛み付いていた。

 拙いと思った瞬間に、足を咥えたままのでの狼の首の一振りで俺はバランスを失い、足首の間接を強く捻られた痛みと共に身体が後ろへと倒れていく。

 せめて倒れる前に一撃だけでもダメージを与えようと、倒れ様に剣を振るが狼は俺の足首を離すと素早く後ろへと飛びのいた。

「くっ!」

 踏み固められていない柔らかい腐葉土と革鎧のおかげで、仰向けに倒れた時の衝撃はたいした事は無かったが、飛びのいた狼から視線が切れてその位置を見失ってしまった。

 次の瞬間、右耳に聞こえる奴の息遣いに反射的に剣を手放し頭と首を庇うように右腕を上げると同時に狼のアギトが篭手ごと右腕に喰らいついた。

「ガゥガゥ、ガガッ、ガゥガァッ!」

 万力のような強い咬合力で締め上げられ、振り回される右腕。しかもかなり丈夫なはずの篭手を貫いた牙の先端が皮膚に突き刺さってくる。

 痛みを堪えながら、システムメニューを開くと【装備品】から【左手】を開いてナイフを装備する。

 ナイフを逆手に持ち変えると右腕に喰らいつく狼の右の首元を狙い振りかぶる。

 その瞬間、何者かが俺の篭手の無い左手首から先に喰らいついた……腹を切り裂いた方の狼はまだ死んではいなかったみたいだ。周辺マップに視線を走らせると確かに自分の左右に赤いシンボルが二つ残っている。

 奴は最後の死力を振り絞り喰らい付いた左手首を首の力だけで振り回す、その度に激痛が襲う。

 両腕を封じられた状態で、背筋に力を込めて背を反らせて反動をつけて左蹴りを放つ、ブーツの先端を補強する金具が頭部を捉えると、ついに狼は力尽きて左手首を放すと地面に倒れ伏し赤のシンボルの一つが消えた。

 だが既に左手首はずたずたに切り裂かれ、筋や神経をやられたのであろう左手には力が入らず、ナイフも既に何処かへと飛ばされていた。

 そして反撃の手段を失った俺の右腕を振り回す狼の口元で「バキッ」という音が聞こえ、右腕にも力が入らなくなる。ついに顎の力で骨を折られたようだが、左腕の傷の痛みで既に俺の痛覚は飽和してしまっていて骨折の痛みは感じられなかった。

 狼は抵抗する力を失った俺の右腕を解放すると、俺の首元に喰らいつこうとゆっくりと大きく口を開き…………



『ロード処理が終了しました』

 聞きなれた女性の声のアナウンスが聞こえる。

 気付くと血塗れで地面に倒れていたはずの俺は、二本の脚でしっかりと立っていた。

 顔の前に持ってきて左の手首を確認しても傷一つ、血の汚れも無い元通りの状態で、折れているはずの右腕も問題なく動かせるし痛みも無い。表示されている時間もセーブした直後の時間だった。

 全ては時間と共に巻き戻されているのに、俺の記憶だけは残されている。

「ロードに救われたのか……」

 奴に喉を食い破られる直前に俺はシステムメニューからロードを実行していた。

 膝から力が抜けて倒れ込みたいが、システムメニューの間は頭や腕、上半身を捻ることも出来るが、何故か両の足は地面から動かす事は出来ない。


「くそっ……最初のスライムに殺される勇者か、俺は!」

 ゲームなら「ゲームバランスしっかり調整しろよクソゲーがっ!」で済む話だが、この場合糞なのは紛れも無く俺だ。我ながら糞過ぎる。

「どんなに凄いチートだって、使い手が馬鹿じゃ意味ねえ……」

 まず時間が経過しないシステムメニューが使えるのだから、焦って戦いに持ち込まないで、もっとしっかりシステムを確認し利用すればこんな状況にならなかったかもしれない。

 次に戦闘中、ただ単純にシステムメニューのON/OFFを繰り返すのではなく、要所要所でONの状態で常に周囲の状況をきちんと把握しながら戦っていれば、剣のハンドルが額に当たって隙を作る事も無かったはず。

 更に周辺マップも使いこなせていなかった。最初の狼を殺したと勝手に思い込んで、マップの中に赤のシンボルが消えずに残っていたのに見逃してしまった。

 自分の愚かさに死にたくなる。悔しくて情けなくて涙が溢れて零れ落ちた。どうせならこんな思いも記憶ごと巻き戻してくれればよかったのに……



 久しぶりに泣いた。ぼろぼろと涙を流して泣いた。

 だが一頻り泣くと、少し気分が落ち着いたのが分かる。そして冷静になった頭で考え出した答えは……

「……リベンジだ」

 この悔しさは、奴らを倒す事でしか晴らせそうに無い。

 俺はデフォルト状態に戻ったマップなどの機能のシステムの設定を済ませると状況をセーブした。

 武器以外の装備の見直しも、所持しているアイテムの確認も、他に便利なシステム機能もチェックしない。

 馬鹿は馬鹿なりに今の状態で奴らに勝つ。何度負けても必ず勝つ。今の条件で勝てなければ、目の前に立ち塞がる壁に正面から挑み乗り越えなければ、俺にはこの先、この世界で生きていける可能性が無いということになる。そして何より、そうしなければ俺の傷ついたちっさい誇りが癒されない……まるで冷静になっていなかった。


「来やがれ、こんちくしょうっ!!!!」

 狼たちを再び引き寄せるために、俺はあらん限りの力を込めて咆哮を上げる。

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