第4話「僕はもう、部屋荒らしの犯人が誰かわかった」

「いたずらなんじゃないのか?」


 彼女が一度帰宅した後。

 午後五時。彼女の証言しょうげんと書類をめながら、俺は黒川にそう話しかける。


「君の目には彼女がそういう人間に映ったのかい?」

「……いや、そういう奴には見えない。いたずらなんて出来るうつわじゃない。

 あれは真逆だ。『おとなしい』や『人見知り』を超えて『臆病おくびょう』と言った方がいい。ああいう態度が出来るのは生来そういう生き方をしてきた人間か、何百の舞台をこなした名女優くらいだろう」


 それを聞くと、黒川はカラカラと乾いた笑いをする。俺の冗談が面白いと思ったらしい。そして、それと同時に、自分達の状況があまり良くないこともさとっているからこその「乾き」があった。


 大井青子のストーカーは「手慣てなれている」。今のご時世じせい、誰にも気づかれずに部屋に侵入することは難しい。そして、俺も黒川も探偵の経験はない。これが始めての依頼だった。言い訳に使うつもりはないが、他の探偵と比べたら「ノウハウ」というものが不足している。


「難しい依頼だね」

「ああ、だが、難しいからやらないってわけにはいかないだろ。

 これからどうするんだ? ストーカーを捕まえようにも何一つ手かがりがない。今日の六時から彼女のアパートの近くでむ予定だが、もしかして近くの通りを通った男、全員捕まえて調べようっていうのか?」


 ああ、いや「男」と断定するのは危険だな。性別すらわからないのだから。特徴とくちょうは全身黒っぽい服を着ていること。しかし、そんな服装をした人間など珍しくない。


「ははあ? さすがの我が助手もまっているね。

 こういう時はテレビでも見ようじゃないか」

「誰が助手だバカ。お前は俺の借金の肩代かたがわりをしてくれたことは感謝しているが、そこまでする義理ぎりはない」

「ええ……。ひどいなあ」


 そう言いながらも、黒川は顔色一つ変えていない。彼はリモコンを手に取りテレビをつける。ちょうど夕方のニュースが流れていた。内容は、例の通り魔殺人事件だ。大井青子が警察にうまく頼れない原因だった。


「……まだ捕まらないのか。物騒ぶっそうだな」


 俺は率直そっちょくにそう答える。わずか、四、五年しか居なかった自分が言うのもなんだが、元刑事としてずかしい話だ。これ以上時間がかかれば、警察全体の信用にまで関わるかもしれない。いったい何がそこまでことを難しくさせているのだろうか。


 次のニュースは、東京の洒落しゃれた喫茶店が提供するスイーツ特集だった。それをぼんやりと見ていた時、急に黒川は何かに気づいたように声をあげた。


「ひょっとしたら。この事件の犯人と、青子さんのストーキング野郎は同じ人物かもしれない」


 何言ってんだこいつ。

「何言ってんだこいつ」


 思ったと同時に声が出てしまった。しかし、彼にはどうやらそこへ辿たどくロジックを持っていて、それを俺に聞いてもらいたいらしい。俺は嫌々いやいやながらももそれを聞く。


「ええと、そう思った理由は何だ?」

「いいかい、青子さんのストーカーは手かがりすらつかめない」

「そうだな」

「それで、このニュースの連続殺人犯も、手かがりすらつかめず、捕まっていない」

「まあ……そうだな」


 捜査状況を知らないので手かがりすら掴めていない状況かどうかは話からないが、黒川の意見に反対するつもりはない。今の警察の様子を見たら誰だってそう言うだろう。俺だってそう言う。


「だから犯人は魔法使いでさ、姿とか消せる——」


 なるほど、目からうろこが落ちるような名推理だった。真面目まじめに聞いた俺が馬鹿だった。仮眠かみんを取ろうと俺はこの部屋を後にする。後にしようとしたが、黒川に手を引かれて止められた。


「待て、待て、待ってくれって。

 もしかして、僕が本気で魔法使いを信じていると思っているのかい?」

「違うのかよ」

「違うでしょ。魔法使いなんて作り話フィクションじゃないか」


 お前のあこがれの探偵も作り話フィクションなんだぜ。

 と答えてやりたかったが、そこはぐっと抑えた。


「さっきのはほんの冗談だよ。

 だが、ここだけの話、僕はもう、部屋荒らしの犯人が誰かわかった」

「本当かよ」

「本当さ」

「誰だ?」

。というべきだろうか」

「……お前は最悪だな」


 たとえばそう、家族でクイズ番組を見ている時に、みんなで答えはこれだ、あれだ、って盛り上がっているとする。そして、とうとうその答えが発表されて「ああー、これだったかー」みたいな笑いが起こっている時、ずっとだまりこくってた奴に「俺、実はこれだと思ったんだよね」って空気も読まれずに言われた時と、ちょうど同じ気分だ。


「もちろん、真実が判明する前には明かすつもりだよ。

 クイズ番組で答えが発表された後に『俺、実はこれだと思ったんだよね』って言うような空気の読めない人みたいなことはしないつもりさ。

 ただね。今、君に僕の考えを話したとしても、君は混乱するだけなんだよ」


 こいつ、俺の心でも読んだのか? 少し驚かされた。しかし、わざわざ相手にするほどでもない。「はいはい」と言って俺は軽くながす。今度こそ、仮眠かみんのために事務所の奥にある部屋へかう。


 事務所をかまえてから一週間もっていないため、今から仮眠室かみんしつわりに使おうとする部屋は随分ずいぶん殺風景さっぷうけいだった。ベッドと机、そして椅子いすが一つずつ。机の上には黒川が好んで読んでいる探偵小説が小さな山となってもっていた。それで部屋の中にあるものは全てだった。


 ——僕はもう、部屋荒らしの犯人が誰かわかった

「まさか。ありえない」


 黒川の言葉に俺が反論を呟くとベッドに横になって仮初かりそめの眠りについた。

 何一つ手かがりが無い状態から、犯人なんてわかるはずがない。

 わかるはずがないのだ。

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