業務上過失致死傷罪ー懲役は3年6ヶ月でした
せせりもどき
かくして、俺は勇者でなくなった
面会室に通される
初めての面会人は被害者の母親だった
その姿を見れば、俺も流石に人の子で
申し訳無さがこみ上げてくる
神妙な面持ちで下を向いて
罵倒の言葉を待っていると
「えっと、ぶち殺してくれてありがとうございました」
その一言目に愕然とする
子供も子供なら親も親だと
…そんな感想しか出てこない
「いつまで経っても自立しない穀潰しで」
「何を思ったか知らないですけど飛び込んでくれてラッキーでした」
…そんな感想も抱くだろう
頭がお花畑の糞ニート
そいつを轢き殺した社会的代償は
業務上過失致死傷罪
…懲役は3年6ヶ月
まぁ、妥当といえば妥当だった
その日のことを俺は思い出す
あれは、何連続勤務の夜だったか
ーー ーー ーー ーー ーー
長い事、勇者をやってた俺はその瞬間
すべてを確信した
「これ、死んでたら懲役刑だ…」と
連勤の疲れ、慢心、環境の違い…
見通しの良い国道の右車線
そこに飛び込む人影に気がついた時には遅かった
ブレーキ操作は間に合わず、人影に吸い込まれる様に、それを轢いてしまう
いつかやるだろうとは思っていたが
…あぁ今日だったか
どこか冷静な気持ちのまま
路肩に停めて、ハザードを焚き
現場に向かう
そこにあったのは、見るも無残な残骸
トレーラーにでも撥ねられたんですかって位に原型を留めていなかった
残骸が持つ茶色の封筒を死後硬直が始まる前に手に取り、それを開けると
「異世界転生してきます」
と書き殴られた便箋が一枚入っていた
「なんなの?」
「どいつもこいつも馬鹿ばっかなの?」
それをビリビリに破り捨てて
怒りに震える…
トラックに轢かれて気が付いたら異世界転生してた…そんなクソ序文のせいだと憤る
飯田(仮)は、怒りに任せて吠える
勘違いしてるなら教えてやるよ
「トラックは異世界へのゲートじゃねぇんだよ!!」
俺の働く運送会社にゲート付きなんて高級車は存在しない
足腰に過負荷を強いる手積みオンリーという
スーパーガテン系の職場だ
「ニートのくせしてAmazonお急ぎ便ばっか使いやがって!」
「そのせいで、意味不明な過労死ローテ組まされるこっちの身にもなってみろってんだよ!」
前衛職たる佐藤さんのシフト知ってんのか
7日間で16勤だぞ?
舐めてんじゃねぇよ!
世の中のニート共に告げてやるよ
勤労感謝の日に休める奴は
勤労じゃ無いからな?
えげつないラスボスは異世界に行くまでもなく、当たり前に居るんだよ
社員契約である「マジ速達!運送」
↓↑
バイト契約である「マジ速達!!運送」
仕事内容は同じだが
会社が違うから連続勤務じゃないよね?
そんな名探偵も真っ青の叙述トリックから生み出される無限ループのコンボ
ドライバーの体力ゲージを蝕み続け
労働監督基準という法の網をくぐり抜ける
1日3交代勤務、皆勤賞
1週間で21連勤という、もはや時間も次元も超越したシフト、そんな悪魔じみたラスボスと戦うのが勇者こと俺、飯田(仮)だった
もはや、
そんな極限の戦いの末がこんな結末…
…やっと現実逃避を終えた俺は
110番に電話する
「あ…事故です」
「いや、もう相手死んじゃてるんで」
「場所?、ごめんなさいちょっと分かんないですけど」
佐藤さん…すまない
魔王は俺の手に負えなかった…
先に向こうで待ってる
かくして俺は勇者から
人を殺めたという咎を背負う罪人へと
ジョブチェンジを果たした…
こう聞けば少しばかりかっこ良く聞こえるかもしれないけれどその実情は
単なる、
そんな経緯で、冒頭の面会に繋がる
「…大変申し訳無いことをしました」
俺は涙を堪えて謝罪をする
「いや、なんか知らないんですけどね」
「死んだはずの息子から手紙が来たんです」
そこには可愛い女の子に囲まれてピースサインをする男、古びた便箋には「異世界サイコー」と書かれていた
「なんか死後の世界エンジョイしてるみたいなんで、あんま気にしないでください」
その写真を見ながら、俺は怒りに震える
……この世界は不条理だ
なんで、勤勉に働いてるのに不幸なんだ?
糞みたいなニートなのに幸せなんだ?
…世の中、逃げたもん勝ちかよ
必死に仕事探して
汗水垂らして、死ぬような思いして
毎日毎日、頭下げてさ
こんだけ働いても手取りで30万残るくらい
そんなもんしか給料は無くて
職場は糞ほどブラックだけど
でも、一緒に働く仲間達は
そんなパーティメンバーは
ホワイトだから辞められなくて…
高坂、佐藤さん、アンドレイ…
誰か一人でも欠けたら瓦解してしまうのを
わかっていたから誰一人辞めなかった
そんな人生から
なんで奪われないといけない?
もっといい思いしてる奴いっぱいいるだろ?
そんなやり場のない怒り
行き場の無い虚しさ
これ以上、そんなことを考えていると
口に出してしまいそうだった
「ごめんなさい、もう良いですか?」
「これ以上お話すること無いです…」
加害者の口から出る言葉とは思えない内容だったが、もうこれ以上堪えきれない
その言葉に軽く会釈をして席を立つ母親
うつむく俺を見て訝しげに
「どこかで、お会いしました?」
そんなことを聞く
「いえ、他人の空似ですよ」
「…よく居るモブ顔なんで」
その言葉を聞いて
母親はゆっくりと頷く
「どんな手品かしらんけど」
「こっから出てきたら」
「あんたの部屋、そのまんまだから」
「次の仕事探すまで居なさい」
その言葉で堪えていた涙が溢れる
みっともなく嗚咽が漏れる
気付かれたら台無しだった筈なのに
それじゃあ贖罪にならないのに
涙はこぼれて
そうなんだよ、俺の人生を狂わせた
トラックに飛び込み残骸になった
……轢かれた糞ニートは俺自身だった
事の顛末は、つまんない話だ
なんの気無しに、人生が嫌になって
そんな馬鹿げた遺書を携えて
トラックに飛び込み
そこで当たり前に終わるはずだったのだ
それなのに、なんの因果なのか
テンプレじみた異世界転生をする事になる
可愛い女の子たちに囲まれて
与えられたチートじみた能力で無双
それはそれは爽快だった
でも、現実に戻った
俺はそれを知ることになる
俺は、二人の人生を台無しにしたのだと
俺を轢いた、運転手の佐藤さん
俺を産んだ、母親
ヘラヘラと糞みたいな自己満無双してる間に
そんな、ニートの思いつきの為に
勤労で、真面目なふたりの人生は狂った
…だから俺は
この物語を異世界転生とタイムリープ物にしようと決めたのだ
佐藤さんの代わりに
俺自身が自分を轢き殺す
誰に轢かれようが
異世界に飛ぶ俺には関係ない
そして、何一つ出来なかった親孝行をやろうと、学歴一つない俺は運送会社に就職した
大した金額ではないけど毎月コツコツと貯金をしてあんなふざけた異世界時代の写真と
手紙と一緒に送った
あんたの息子は、どっかで楽しく過ごしてる
少しでもそう思ってくれたのなら
それだけで、多少救われると
そして、ビリビリに破いた遺書
それさえ無ければ
母親は、運転手の俺を恨むことができる
過失の事故だと俺を憎める
…轢いてしまった相手のことを
ずっと気に病まなくて良いのだ
そんな全ての悪巧みは
結局無駄だったみたいだけど
まだ、俺の戦いは終わってない
だから、今から異世界転生決め込んでる奴に言っといてやるよ
まず飛び込むなら、時間と日にちを覚えてろ
そうじゃないと俺みたいに7日で21勤なんて悪魔じみたシフトをこなすハメになる
もう何人か異世界送りにするとこだった
次だ、そもそもトラックに飛び込みは辞めろ
ここまで読めば理解出来んだろ?
非常に迷惑なんだよ
んで、最後に
まだ、戦うべき余地があんなら抗っとけ
いつか手痛い尻拭いするハメになる
ー ゼロから始める現実生活
お前の人生だって、こんなタイトル嫌だろ?
ラスボスは異世界にはいなかった
本当に戦うべき敵は
ーー ブラック企業と労基
そんな悪魔じみた、
業務上過失致死傷罪ー懲役は3年6ヶ月でした せせりもどき @seserimodoki
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