第5話

 マックスはレーダー上で明滅する二人の光点と、二機の光点を見比べ、自分の位置を確認しながら走っていた。

 スーツの足音は重い。しかしその動きは俊敏。後方から響くチェーンガンの射撃音を背負い、ジグザグに動き、時に跳躍し、その狙いは絞らせない。


 マックスの足跡をなぞるように、地面や壁に大口径の銃弾によって穴が穿たれ、壁が砕けた。

 グラスホッパーのチェーンガンから放たれる大口径LM弾の破壊力は凄まじく、石の壁などまるで飴細工のようなものだ。

 パワードスーツの軽AM装甲でもまともに喰らえば無事では済まない。狙いを絞らせたらそこで終わりだ。


Blam! Blam! Blam! Blam!


 マックスは素早く振り向いて射撃した。

 それはグラスホッパーではなく、真横の太い支柱に向けられた攻撃だった。

 鉄製の支柱は折れ、支えを失った建物は倒壊を始めた。瓦礫で動きを止めようというのだ。


Beep! Beep!


 しかしそんな策で容易く拘束できるような易しい相手でもなかった。グラスホッパーは跳躍して回避した。

 そしてそれはマックスへの反撃でもあった。踏み潰そうというのだ。


BOOM! 


 凄まじい衝撃!だがマックスも単純な押しつぶしを黙って喰らうような男ではない!


Blam! Blam! Blam! Blam!


 至近距離から連続射撃を浴びせた!如何に電界装甲と言えどこの距離では減衰しきれない。下部装甲の一部が砕け、内部を露出させたが致命的な損害には至らなかった。

 マックスは左腕の杭打ち機を構える。狙うのは脚だ。


 グラスホッパーは地団駄を踏むようにして足元のマックスを潰しにかかる。その様はまるで不機嫌に暴れる子供のような滑稽さであるが充分な脅威だ。

 マックスはたまらず足元から飛び出し、距離をとった。

「やっぱり一人じゃ厳しいな」

 三人一組で行動するのが彼らのやり方だった。ジェリコが惹きつけ、ジーンが援護し、マックスは隙をついて止めを刺す。

 今は一人で戦わなければならない。そして二人の信頼にこたえる為にも。


「ピー! スーツ電力低下。予備電池ニ切リ替エマス」

HUDにスーツの残り稼働時間が表示された。

「いつもより早いな……」眉間に深い皺が寄せられた。

 ジェリコとジーンに比べてマックスの戦い方はスーツの電力を大量に消費する。そこにこの荒野の暑さだ。スーツの消費電力は普段よりも倍近く早かった。

 時間を稼ぎ、二人を待つという選択肢は難しい。


「ブブ……武器をを……捨て、大人……シシく、大人しく投降しなさイ……さい」

 だがグラスホッパーの攻撃の手は緩まない。狂った自立兵器によく見られる、あべこべな行動だ。

「大人しくするのはお前の方だ! ジャンクにして売り払ってやる」

 マックスはアサルトライフルの下部に装着されたグレネードランチャーの引き金を引いた。


KABOOM!!


 だが、爆発は機体の一メートル手前で起こった。電界装甲に阻まれて直撃していなかった。

「これでいい」

 マックスの本当の狙いは爆発ではなく、空気を震わすその衝撃。グラスホッパーはよろけ、体勢を崩した。

 マックスは機体内部の中央制御系めがけ跳躍した。


 密着さえしてしまえば勝機はある。

 左腕の点火型杭打ち器であれば軽量級歩行戦車の装甲など、ホットケーキにフォークを突き立てるようなものだ。


 しかし、突撃は失敗に終わった。

 生物であれば即座に転倒するほどにバランスを崩していたが、奴は機械である。狂ってはいても優秀なAIとその姿勢制御装置は驚異的な働きを見せた。

 体勢をたてなおす動作は同時に反撃と迎撃であり、それは回し蹴りという形でマックスの右側から左脚が迫った。


「しまっ……!!」

 スーツにスラスターの類は無い、跳躍した状態では回避など不可能であった。

 走馬灯めいた光景がマックスに訪れていた。

 マックスの右方からゆっくりと迫る鉄の足に対して、脳細胞は活発に動き、一秒にも満たないこの光景を何倍にも引き延ばしていた。


 マックスは引き延ばされた感覚の中、思考を巡らせていた。いかに被害を最小に、いかにして反撃するかを。

右腕とアサルトライフルを犠牲にした防御の姿勢を……だが脳の働きに対して体の動きはあまりにも重く、遅い。


(動け! 動け! 体よ、動け!)


 流れる時間が変わらない。

 衝撃がマックスの体を貫くように駆け抜け、体は人形のように吹き飛ばされた。

 体は二つの石壁と、一つの民家を貫通し、ダイナーの壁を突き破りカウンターに当たったところでようやく止まった。


 ノイズの走ったHUDにスーツの機能低下が表示された。あわせて体の怪我の状態を表示するが、センサーよりも早く激痛という電気信号が脳へと伝わりマックスは呻いていた。

 右腕は動かない、うまく息ができない、右足を動かそうにも力は入らない。

 首筋に何かチクリとした感覚があったが、右半身を襲う痛みがそれをかき消した。


Thud……Thud…….


 足音の方へと視線を向けた。

 マックスが蹴り飛ばされ、壁に開いた大穴からグラスホッパーが見えた。

 荒野の灼熱の太陽を背に受けて、揺らぐその影はまさに無慈悲の殺戮マシーン。


Peep! Peep!


 スーツは警告音を発し、HUDには赤く「ALERT 回避」と表示された。ロックオンされているのだ。

「ここまでか……」

 再び、走馬灯めいた時間がマックスに訪れた。

 赤い閃光がマックスの顔に直進していく。回避するにはあまりにも時間が無く、覚悟をしてその時を迎えるには有り余る時間だった。


 マックスとグラスホッパーの間に何かが割り込んだ。

 それは引き延ばされた時間の中でゆっくりと宙を回転していた。

 マックスの目は、その物体が半透明であることを認識し、物体の中を激しく流動する液体を捉えた。

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