夜の部屋から聞こえてくる男女の声……
………
……
真夜中の駿府城。
廊下に女たちのひそひそ声がした。
「ら、蘭! こ、こんなことして本当にいいのか!?」
「千姫様! ついこのあいだおっしゃってたそうではありませんか! 『つないだこの手は絶対に離さぬ』と。だったら大坂だろうと江戸だろうと駿府だろうと一緒にいたいのでしょう? 秀頼様と」
「そ、それはそうじゃが……」
「だったらつべこべ言わずにやってしまいましょう! 『夜這い』を!」
「ば、ばかものぉ! こ、声が大きいのじゃ!」
なんと千姫。
これから愛する秀頼の部屋にこっそり忍び込んで夜這いをかけると言うではないか。
もちろんそそのかしたのは彼女の侍女、いや元侍女だったか……今はどちらでもよい。とにかく蘭だ。
そして青柳の姿もある。彼女の場合は夫の重成と良い雰囲気になったところに蘭がズカズカと乗り込んできて引っ張り出されただけだが……。あ、ちなみに蘭はというと幸村の部屋にこっそり忍び込んだものの「消えろ」と一喝されている。
……と侍女たちのつまらぬ情事は端に置いておき話を進めると、千姫はついに秀頼の部屋の前までやってきた。
ゴクリと唾を飲み込む千姫。
「ふふ。来年の春にお生まれになったお子に千姫様はきっとこう言い聞かせるのです。『あなたは駿府でできた子なのよ』と」
「ちょっと蘭! 下品にもほどがあるわ!」
「あら? そうかしら? 千姫様はまんざらでもなさそうだけど」
青柳が千姫の横顔に目を移して、思わずぎょっとした。
真夜中でもわかるほどに彼女の顔は真っ赤に染まっていたのだから無理もないだろう。
「さあ、千姫様! 今こそ飛び込むのです! 愛する夫の胸の中へ!!」
蘭が千姫の背中を押しながら声をかける。
……と、その時だった。
「あ……。ううっ……」
なんと部屋の中から若い女のうめき声が聞こえてくるではないか!
思わず青柳が千姫の両耳をふさいだ。
しかし気になるのは、どうも聞いたことのある声だからだ。
そこで蘭が襖に耳を当てて様子をうかがった。
「この声は……。伊茶!?」
そう! それは元は千姫の侍女であり、秀頼の側室まで上り詰めた伊茶の声だったのだ。
慌てた彼女たちはさっそく部屋に乗り込むことにした。
中で事が始まってしまっては手遅れになりかねない。
無礼と言われて斬り捨てられても文句は言うまい。
これも全て愛する主人である千姫のためなのだから。
「こらあ! 伊茶!! 何をやってるの!!」
――スパンッ!
勢いよく襖を開けて部屋の中へとなだれ込む蘭。
その後ろを恐る恐る青柳と千姫がついていく。
もしめくるめく展開が繰り広げられていたらどうしよう……と千姫の胸のうちはモヤモヤと不安の雲がわきあがっていく。
それに気づいている青柳は彼女の小さな手をぎゅっと握っていた。
もし何かあればその手で彼女の両目をふさぐつもりでいたのだ。
……だが、それは彼女たちの杞憂にすぎなかった――。
「伊茶!?」
確かに秀頼のそばには伊茶がいた。
しかし彼らは服を着たままだったし、やましい行為におよんでいる様子もない。
むしろ伊茶の顔から大量の汗がしたたり落ちて、とても苦しそうにしている。
秀頼は難しい顔をして彼女に水を飲ませようとしていた。
「蘭さん……。それに千姫様と青柳まで……」
「秀頼様! どうしてこんなことになっているのか、私たちでも分かるようにお話しください!」
蘭は秀頼につめよったが、秀頼は秀頼で困っているようだ。
「うむ……。お主たちからも言ってはもらえないか。これ以上は無理をするな、と」
「え、あ、はい。伊茶! なんだかよくわからないけど、無理は禁物よ!」
蘭が伊茶の顔の汗を手ぬぐいで拭きながら言った。
しかし伊茶は首を横に振りながら声を張り上げた。
「このままではたっちゃん……秀頼様のお命が危ないの! しかも千姫様も不幸になってしまうのです!!」
と――。
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