花咲くめおと道⑦ 咲かせて見せよう! 笑顔の華を!

「湘南殿に断られてしまったのじゃ……」

「なんと……」


 俺が目を丸くしたのも無理はない。

 

――湘南殿を大坂城までお連れし、見性院殿に引き合わせよう。きっと湘南殿もその時を心待ちにしているに違いない。


 そう言って千姫に彼の迎えを頼んだのだが、どうやらその当ては外れてしまったようだ。

 彼女は申し訳なさそうにうつむきながら、俺に一冊の書物を差し出してきた。

 

「湘南殿は『わたしは自ら望んで見性院様のもとから離れた身でございます。よって自分から会いにおもむくなんてできません。その代わりにこちらをお渡しください』と」

「これは……。『古今和歌集』か」


 俺のつぶやきに千姫が顔をさらに青くした。

 

「見性院殿が餞別に贈ったものじゃ……。これを見性院殿に返すということは、もう縁を切ると言っているのと同じじゃ。ううっ……」


 ついにひっくひっくと泣き出した千姫を前に「どうしたものか」と頭を悩ませていると、冊子をじっと見つめていた宗應がぼそりとつぶやいた。

 

「その竹細工は『夾算きょうさん』でございますか?」

「夾算? ああ、しおりのことか。ふむ、どれどれ……」


 俺は宗應と勝重にも目に入るように、夾算に挟まれた箇所を開く。

 そしてそこに書かれた一遍の歌を目にした瞬間に、心をドンと打つ強い衝撃に襲われたのだった。

 

「これは……」


 宗應が口元を緩め、勝重も笑顔で「うんうん」とうなずいている。

 彼らの様子から『とある確信』を得た俺は、泣きじゃくる千姫を強く抱きしめた。

 

「よくやった! お千! ははは! 本当によくやった!」

「ほえっ? な、なんですか? 急に!? おやめください! 千は恥ずかしいのじゃ!」


 千姫が言葉とは裏腹に嬉しそうな声をあげている。

 そんな彼女をさらに強く抱きしめた俺は、力強い口調で締めくくったのだった。

 

 

「咲かせてみせよう! 笑顔の華を! 万民を笑顔にするのが、われのつとめだ!!」



 と――。


………

……


 一方その頃、大坂城では……。

 

「ふぅ。もうこれ以上は入りません」


 見性院は少しだけ顔を歪めながら、お腹をさすった。

 部屋にずらりと並べられた菓子はほとんど手がつけられていないが、元より食の細い見性院にしてみればそれでも随分と無理をして口に放り込んだのだ。

 あざみにもそれが分かっているから、これ以上の無理強いは難しいと感じていた。

 

「こちらはお腹の調子を整えるお薬でございます」

「ふふ、あざみ殿。ありがとう」

「いえ……」


 見性院は粉末状になった薬を受け取ると、さらさらと口へ流して水とともに飲み込んだ。

 そして姿勢を整えた後、あざみに対して小さくお辞儀をしたのだった。

 

「ごめんなさいね、あざみ殿。秀頼様がなぜわらわを足止めしたかったのか、分からずじまいでしたけど、これ以上お邪魔するわけにはいかないわ」

「も、もうちょっとお待ちいただけねえでしょうか。もう少ししたら戻ってこられると思うのですが……」


 上目づかいで懇願するあざみに、見性院は微笑を浮かべたまま小さく首を横に振った。

 とそこに高台院がコトリと茶碗を差し出した。

 

「口なおしに一杯だけ茶を飲んでいってくだされ。これで本当に終いじゃ」


 見性院はちらりと高台院を見た後、小さくうなずいた。

 そしてゆっくりとお茶をすすり始めたのだった。その様子を見ながら、高台院はふぅとため息をついていた。

 

――おまえさま。まだまだ秀頼殿はおまえさまのようには上手に事を進めることはできねえみたいだな……。


 そして、


「ごちそうさまでした」


――コトッ……。


 見性院はしなやかな手つきで床に茶碗を置いた。

 

「では、ここまでじゃのう。あざみ殿。秀頼殿にはくれぐれもよろしくお伝えくだされ」


「はい……」


 高台院が締めくくる。

 あざみはなすすべなくその場を立ち去っていく見性院たちの背中を見送っていた。

 

――スッ……。


 襖が開けられて廊下へと消えていく見性院と高台院。

 彼女たちは大坂城の広い廊下を侍女に連れられてゆっくりと歩いていった。

 ……と、その直後だった。

 

「なっ……!?」


 なんとつい先ほどまで何もなかったはずの廊下に、二人の男が突如として現れたのである。

 しかも綺麗な姿勢で二人ともひざまずいているではないか……。

 まるで降ってわいたかのような登場に、見性院だけでなく高台院まで言葉を失っていた。

 すると男たちは顔を伏せたまま挨拶を始めたのだった。

 

「それがしは霧隠才蔵きりがくれさいぞうと申します」

「拙者は猿飛佐助さるとびさすけ。お二人を京までお連れせよと、秀頼様からの御命令でございます」


 彼らは秀頼からの迎えの使者であった。しかも気配もなく現れたことから『忍び』であるのは明らかだ。

 きっと秀頼は自分の足で大坂まで戻るのでは時間が足りぬと判断し、彼らを送りこんできたのだろう。

 高台院は顔にこそ出さなかったが、胸のうちで大笑いしていた。

 

――ははは! おまえさん。やっぱり秀頼殿は、おまえさんにそっくりじゃ。見性院殿の件はやはり秀頼殿に任せてよかったわい。

 

 そして戸惑う見性院の肩に、高台院はポンと手を置いた。


「江戸に向かうにしても京は避けて通れぬ。ゆえに秀頼殿にご挨拶してから東に向かっても無駄足にはなりますまい」


 その言葉に観念した見性院は、うなずくより他なかったのだった……。

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