伝う雨は
せせりもどき
雨とバス停
傘なんてささなくても良いような
僅かばかり降る雨
街灯がポツリポツリつき始めた夕暮れ時に
降るそれは、もう少し寒ければ
粉雪に変わったかもしれない
…まだ僅かばかり、暖かさがあってよかった
屋根一つないバス停
そこに佇む、茶色のコートに身を包んだ
黒髪の少女にそっと傘を傾ける
それに気がついた様にこちらを見て
薄く笑う少女
「…濡れちゃうよ?」
コンビニで売られている安物のビニール傘
使い捨てに等しい、薄っぺらなそれは
確かに、二人で入るには少し狭い
肩に掛かる髪を濡らす雨が煩わしいが
それでも、彼女に傘を傾け続ける
「…どうだった?」
少女は申し訳無さそうに少し笑い
「…やっぱり、ダメだった」
「せっかく結衣が、一生懸命頑張ったくれたのにさー」
どうにか明るい声を出そうと
無理に取り繕っているのが余計痛々しい
「別に、私のことなんてどうでもいいよ」
「梓が傷付いて無ければ…それで」
苦々しく梓は笑う
「だってさ、洋服だってデートプランだって一生懸命頑考えてくれたじゃん?」
そして、彼女は下を向いて
傘の下に僅かな雨粒が溢れる
そんなのは私の押し付けがましいエゴだ
梓が気に病む必要なんてないのに
梓はまるで縋るように
彼女は傘をさす、私の袖口を握りしめて
そして、静寂の中に堪えきれない嗚咽
…もう少しばかり車通りが多ければ
聞こえないふりも出来たけれど
幸か不幸か隣にいるのは私しか無くて
ゆっくりと、その肩を抱く
「なんで、結衣は私に優しいの?」
「なんで…」
「別に?」
「…ただ寒かっただけよ」
なんの感情も込めないようにそれを告げる
しばらく、言葉もないまま
そんな風に狭い傘の中で濡れないようにと
体を寄せあい
ゆっくりと
ヘッドライトがこちらに向かってくる
梓は身体を離して、そっと袖口を離す
「…結衣、傘ありがと」
「おかげで濡れないで済んだよ」
濡れないで済んだという癖に
梓の頬は雨粒だらけで
バスのステップに乗り込み
梓はいたずらっぽく笑う
「今日はありがと!」
「最後に、聞きたいんだけど」
「…私を好きって言ったのは嘘?」
その目を見て、私は薄く笑う
「そんなの見ればわかるでしょ?」
困った様に梓は呟く
「分かんないよ…」
それ以上言葉を続けることを拒むように
バスのドアは閉まり、ゆっくりとテールランプは遠くなっていく
…僅かばかりに降る雨の事を
涙雨なんて呼ぶ
だから、梓の頬を濡らしたのは雨で
私の頬を伝うのもやっぱり雨で
広くなったビニール傘をさして
濡れないように、私は独り街灯の下を歩く
まるで、暖かさを失ったように雨は
白くチラチラと粉雪に変わり始め
それでも、頬を伝う雨は
そこに、僅かばかりの温度があったからだ
伝う雨は せせりもどき @seserimodoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます