第15話 帰還?

 なんて清々しい朝なのだろう。

 これが大人の男の余裕というやつなのだろうか。


 隣を見ると、まだ鞘華は気持ちよさそうに眠っている。

 鞘華の頭を何度か撫でて、起こさない様に静かに部屋を出る。


「ふー、すっきりした」


 トイレで用を済ませ部屋へ戻る途中でサーシャに会った。


「おはようございます」

「おはよう、よく眠れたか?」

「……」

「どうした?」


 何か様子が変だ。

 怒っているような、悲しいような表情になっている。


「何かあったのか?」

「何もありません」

「ならどうしてそんな表情をしてるんだ?」

「何もなかったからです」


 頭の中が? マークで埋め尽くされる。


「どうして……」

「え?」

「どうして昨夜は私の部屋に来てくれなかったのですか?」


 どうやら俺がサーシャの部屋に行かなかった事に怒っているらしい。

 しかし、そんな約束をした覚えがない。


「忘れちゃってたら謝るけど、そんな約束したっけ?」

「約束はしていません」


 ほ。

 俺が約束を忘れた訳ではなくてよかった。


「それなら部屋に行かなくてもおかしくないだろ?」

「おかしいです!」


 少し興奮気味になっている。


「昨日はマサキ様に貰われて、妻になって初めての夜です!」


 あ、何となく分かった。


「妻との初夜をすっぽかすなんて信じられません!」


 最後の方は怒声に近かった。

 しかしサーシャがそんなことを思っていたとは。


「どうしたの? 朝っぱらから」


 サーシャの声で起きたであろう鞘華がシーツを身体に巻いて部屋から出てきた。

 このタイミングはマズイんじゃないか?


「おはようございます、サヤカ様」

「おはよう、さっきからサーシャの声が響いてたけどどうしたの?」

「いや、何でもないから鞘華は部屋に戻ってて」


 このままじゃマズイと判断し、鞘華を部屋に帰そうとするが


「サヤカ様、昨夜は何をされていましたか?」


 その問を受けた鞘華が俺の方を見る。

 何か言ったの? という感じだろう。

 俺は首をブンブンと横に振る。


「昨日は普通に寝ただけだけど、どうかしたの?」

「マサキ様が初夜をすっぽかしました」

「えっと、それは誰との?」

「私とのです」


 キッ! と鞘華が俺を睨みつけ、サーシャには笑顔で


「ちょっと正樹と話があるからかりてくわね~」


 鞘華に腕を掴まれ、引きずられる様に部屋に戻った。


「どういうことかしら?」


 笑顔で聞いてくる。

 いつもと変わらない笑顔が恐ろしく見えるのは気のせいだろうか。


「俺にも何がなんだかさっぱりなんだよ」


 俺は今日の出来事を一部始終を話した。

 その間、鞘華はスキルを使って嘘等付いていないか調べていた。

 俺が嘘を言っていない事が分かると今度は何やら考え始めた。


「サーシャがあんな事言うなんて俺もビックリしてるんだよ」


 俺の言葉を無視する様に考えている。

 しばらくして鞘華が口を開く。


「サーシャに悪気はないわ」

「そりゃそうだろ。悪気あってあんな事されたらたまったもんじゃない」

「そうじゃなくて、言い方がわるかったわね。サーシャはシナリオ通りに行動しているだけじゃないかしら?」

「どういう事だ?」

「サーシャはゲームの中のキャラでしかないから、ゲームのシナリオに沿って行動する様にプログラムされてるのかも。シナリオ通りなら昨夜は初夜を迎えるイベントが発生していたという事よ」


 なるほど。

 シナリオ通りに行動しなかったからヒロインであるサーシャに影響が出たという訳か。

 そう考えるとサーシャに自分の意思とかはあるのだろうか?


 プログラムされた通りに俺に従い行動する。

 それでは奴隷と変わらない。


「今、可哀想だなって思ったでしょ?」

「分かるか?」

「正樹はすぐ顔に出るからね」


 自分ではあまり表情に出さないタイプだと思っていたが勘違いだったのか。


「サーシャの事なんだけどね、何とかなるかもしれないわ」

「ホントか?」

「ええ、正樹のスキルを使うのよ」

「そうか! 昨日封印解除したから出来る可能性があるって事か」

「まぁ、その封印も一気に二つ解除しちゃったしね」

「え? キスで解除できるのは一つじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだけど……」


 鞘華は赤面してモジモジしながら


「昨日、その、私とシたじゃない? あれが二つ目の解除条件なの」


 マジかよ。

 陽佳さん何でそんな条件にしたの?

 彼女が何を考えてるのか分からない。


「それじゃ、封印はほぼ解けてるのか」

「うん、ほぼ昔と変わらない力があると思う」

「でもまだ封印は残ってるんだよな?」

「三段階の封印うち二つ解除したからあと一つ残ってるわ」


 最後の解除方法を知るのが怖い。


「どうすれば解除できるんだ?」

「それは知らない。陽佳さんから聞かされたのは二つまでなのよ」

「そうか」

「ただ、最後の解除は正樹次第って言ってたわ」

「俺次第?」


 何だろう? 覚悟を決めろとかそういう事なのだろうか。

 しかし、鞘華の言う事が本当ならほぼ力が戻った事になる。


「鞘華」

「な~に?」

「俺の力で元の世界に戻れるか試してみる」

「そうね、早くこんな世界からおさらばして将嗣をこてんぱんにしないと」

「じゃあ、俺にしっかり捕まっていてくれ」

「わかった」


 そう言って鞘華は俺に抱き着く。

 そこまでしなくていいと言おうとしたが何だか幸せな気分になったのでそのままにした。

 現実世界に戻れるようにスキルを使う。


   ≪元の世界に転移する確率を100%に変更≫


 頭の中でそう念じた。

 これで元の世界へ転移出来るはずだ。


 俺達の頭上の空間が捻じれる様に歪む。

 そして歪みが捻じれの中心に向かって集束し


 パキィィィィィンッ!?


 捻じれた空間がガラスを割った様に砕けて散った。


 この感覚には覚えがある。

 将嗣にスキルを使った時と同じだ。


 どういう事だ?

 俺の力はほぼ昔に近いはず。

 今なら億単位の事象にも干渉できるはずだ。

 将嗣はそれ以上だという事なのか?


「どうなったの?」


 鞘華が心配そうに聞いてくる。


「スキルは発動したが転移出来なかった」

「それってやっぱり将嗣の影響なの?」

「分からない。ただ、今のままだと元の世界には帰れそうもない」

「そっか…」


 将嗣の力が想像以上に強いのか、他に原因があるか分からないが元の世界に帰る道はまだ残っている。


「転移は出来なかったけど、ゲームをクリアすれば帰れるかもしれないだろ?」

「そうよね。それに、今の正樹の力がどこまでゲームに通用するか試してみないとね」

 鞘華の言う通り、今の俺がどこまでゲームに干渉出来るか知っておいて損はない。

「それじゃあ早速だけど試したい事があるんだ」

「なに?」

「サーシャをプログラムから解放させて自我を持たせたい」


 さっきの事もあるしな。

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