第10話 ゲームの世界
……き!
ま……き、お……て!
なんだ? 誰かが俺を呼んでる?
「正樹、起きて!」
重たい瞼を開けて意識をはっきりさせてから辺りを見回す。
「よかった! 意識が戻ったのね!」
鞘華が俺の手を握り締め泣いていた。
「ごめん、心配かけたな」
俺が言うが早いか鞘華は俺に抱き着いてきた。
「大丈夫? 何処か痛かったり変な所は無い?」
「どこも何ともないよ。強いて言えば胸に柔らかい感触があって気持ちいい」
「!?」
バッ! っと俺から離れ、顔を赤くさせて
「そ、そんな事考えられるようなら安心ね」
今更恥ずかしがるとは。
さっきまで俺の腕に思いっきり抱き着いて、挙句の果てには俺の子供が欲しい!
と言い切っていたのに。
そこまで考えて思い出した。
「鞘華、ここは何処だ?」
そう、俺と鞘華は将嗣によって転移させられたに違いない。
「分からない。私も気が付いたら正樹の横に倒れてたの」
辺りを見回す。
俺達が意識を失って倒れていた場所は恐らくベッドだろう。
木材を組み立ててシーツを敷いただけの簡素な物だ。
部屋全体はレンガ作りになっており、壁には小さな窓が一つあるだけだ。
木製のクローゼットと勉強机の様な物が置かれているだけの殺風景な部屋だった。
「本当に異世界に来たと思う?」
「どうだろうな。取りあえず外に出て様子を伺ってみよう」
俺達が部屋から出ようとベッドから起き上がると同時に
コンッコンッ
と扉がノックされた。
俺と鞘華は顔を見合わせ、一呼吸置いた後
「どうぞ」
と扉に向かって声を掛ける。
「失礼します」
ガチャッと扉を開け入って来たのはメイド服のような恰好をした見知らぬ女性だった。
髪の毛は赤茶色で肩の所で切り揃えている。
俺がじろじろと見ていると何故か鞘華に肘鉄を食らった。
そんな俺達の様子など気にも留めず
「おはようございます、ご主人様」
え? ご主人様?
鞘華の方を見ると首を横に振っていた。
鞘華の事ではないらしい。
「ご主人様って、俺の事?」
恐る恐る聞いてみる。
「はい。マサキ様はわたくしのご主人様です」
名前まで知ってるのか。
なら、と今度は鞘華を指さして質問する。
「こいつは誰か分かるか?」
「サヤカ様はマサキ様の奥様で御座います」
とんでも回答が飛び出した。
鞘華が俺の奥様?
奥様って嫁って事? いつの間に結婚しちゃったの?
そもそもまだ17だから結婚できないんですけど?
色々な事が脳裏をよぎる中、鞘華は冷静に質問した。
「ここは何処かしら?」
メイドの様な女性は少し首を傾げ答える
「ここはアルカナ地方を治める領主のマサキ様のお部屋でございます」
俺はその地名を聞いて思い出した。
ゲームに出てきた地名だ。
将嗣はこの間買ったゲームの世界へ転移させると言っていたのを思い出す。
女性をよく見てみると、ゲームのチュートリアルで色々教えてきたエリーという女の子そっくりだ。
部屋の中も改めて観察するとゲームでみた風景そのままだった。
もし、ここがゲームの中だとすれば
「エリー」
「はい、如何なされましたか?」
「鞘華と話があるから少し部屋から出て行ってくれないか?」
「かしこまりました。何か御用がありましたらそちらのベルで御呼びください」
そう言い残して彼女が出て行った。
さて。
「鞘華、もう感づいてると思うけど」
「だ、大丈夫、こ、心の準備はできてるわ。でも、最初は優しくしてね」
と言い、鞘華はベッドに横たわった。
全然感づいてなかった!
「いやいや、違うから! ちゃんと話聞いてた?」
「わ、私が正樹の奥さんって事よね?」
どうやら奥様と言われ、そこで思考停止してしまってるらしい。
「人の話はちゃんと聞こう。取りあえず起き上がってくれ」
俺に言われ嫌々起き上がり、肩と肩がぶつかりそうな距離に腰掛けた。
近いよ! と思ったが話が進まないのでそのまま話す。
「ここが何処だか分かるか?」
「えーっと、あるかな地方? って言ってたわね」
「そうだ。俺が彼女の名前を知っていた事について疑問に思わないか?」
「そういえば! どうして知ってるの? 知り合いなの?」
鞘華ってここまで鈍かったっけ?
学校ではきちんとしたイメージだったんだけど。
「俺達は今、ゲームの中にいる」
「将嗣の言った通りになってるって事ね」
「ああ。さっきのエリーはゲームの登場人物だ」
「なるほどねぇ。そして私は正樹の奥様みたいね」
ふふっ。と微笑みながら肩に寄りかかってくる。
「あまりショックは受けてないみたいだな」
「私一人だったら大変だったかもしれないけど、正樹と一緒だから」
ちょっとドキッとしてしまった。
「正樹のスキルを使えば現実に帰るなんて朝飯前だしね」
なるほど、鞘華が落ち着いてるのはそういう事だったのか。
でも
「今の俺じゃ世界間を移動する力はないぞ」
将嗣に対して世界を壊す程の力が必要な様に、世界間を行き来するという事は世界そのものを壊すに等しい力が必要だ。
今の俺には到底無理だ。
「何言ってるの、何のために私が居ると思ってるの?」
そうだった!
鞘華は俺のスキルの封印を解く鍵だった。
封印が解かれれば元の世界に帰れる。
「だからあの時、俺と一緒じゃないと嫌だと言ったのか」
「将嗣は封印の事知らないみたいだったし」
「さすが鞘華! それであんな芝居をして俺達二人が一緒の世界に転移できるようにしたのか」
「それもあるけど、あれはほとんど私の本音よ」
その言葉を聞いてあの時の言葉がよみがえる。
『幸せに暮らそうね』
あれが芝居ではなく、本音だったとしたら……。
「お、俺の子供が欲しいってことも?」
鞘華は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
マジで!
もう恋愛感情とか突っ切ってるんじゃないの?
もしかして鞘華って……。
怖くて途中で考えるのを放棄した。
いや、鞘華は相手の思考が分かるんだった! ヤバイ! どうしよう!
恐る恐る鞘華の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
きょとんと首を傾げて聞いてくる
思考は読まれていないようだ。
というか、今のが演技の可能性が……。
さ、さすがにそれは無いだろう。
「鞘華って触れている人物の思考が読めるんだよな?」
「ええ。正確には触れている対象の思考や記憶ね。これは人間だけでなく、動物や植物、無機質な物、つまり壁とか地面からも記憶は読み取れるわ」
「無機質な物に記憶とかあるのか?」
「もちろんあるわよ。この世に存在して時を経ているのだから、その時を経た分の記憶、或いは経験かしら。それが万物に等しくあるのよ」
物凄いスキルだな。
例えば、俺が人を殺して記憶を消せたとしよう。
記憶を消してるので当然俺からは何も情報は引き出せない。
しかし、鞘華に掛かれば俺の記憶を読み取らなくてもいいのだ。
俺が身に着けている物や、被害者の衣服から記憶を読み取れる。
科捜研も真っ青だ。
女版サイコメトラーエ〇ジだな。
「それと、私のスキルには対象に触れる他にも条件があるの」
「どんな条件なんだ?」
「ふふっ、どんな条件だと思う?」
うーん、対象に触れるだけでは駄目なのか。
考えてみるとそうだよな。
触れるだけで思考を読まれてしまったら誰も鞘華に近づこうとしなくなる。
逆に鞘華の方が人間不信になってもおかしくない。
俺は念じるだけでスキルが発動するからスキルを使う時の条件なんてピンと来ない。
まて、それが逆だったら?
鞘華も念じる事で思考を読み取れるとしたら?
「正解~!」
「引っ掛け問題かよ。ってかナチュラルに思考を読むな」
「念じるだけで読み取れるならどうして対象に触れる必要があるんだ?」
「念じるだけだと読み取りたい対象以外の思考も混ざっちゃって断片的にしか分からないの。それで対象に触れる事で触れている対象のみの思考を読み取る事ができるの」
なるほど。
「俺の思考はいつも読んでるのか?」
「そんな事しないわよ。正樹の思考を読んだのは校舎の隅の時と今だけよ」
「そうなの?」
「ええ。正直、正樹が私の事どう思ってるか~とか、すっごーく気になるけど、そんな事しないわ。それじゃフェアじゃないもの。いつか正樹の口から言わせてみせるんだから!」
ベッドから立ち上がり、腰に手を当てて盛大に言い放った。
俺も自分の気持ち位早く整理しないとな。
鞘華の告白させるわよ宣言から少しして、ベッドの脇に置いてあるベルを鳴らした。
チリリ~ン
ガチャッ
「御呼びでしょうかご主人様」
早!
もしかして部屋の前でずっと待機していたのだろうか?
「今の勢力図か何かあるか?」
「それでしたら会議室の方にございます」
「じゃあ、会議室まで案内してくれ」
「かしこまりました。こちらです」
俺と鞘華はエリーの後を着いて行き、会議室へとやってきた。
「では、失礼いたします」
エリーが退室した後、勢力図を確認する。
ゲームではここでグラムス地方 マラス地方 ヴァギール地方との勢力争いがある事がわかるのだ。
しかし、勢力図を見てみると、グラムス地方とマラス地方が無くなっていた。
俺は慌ててベルを鳴らす。
「何か御用件でしょうか?」
相変わらず早い。
「グラムス地方とマラス地方が見当たらないんだが何か知っているか?」
エリーは訝し気に
「お忘れですか? そちらの領地は先日ヴァギールとの争いで負け、ヴァギールの領地になったではありませんか」
「そ、そうだったな。最近物忘れがひどくて。そうだったそうだった、ヴァギールの領地になったんだったな」
我ながら苦しいいい訳だがしょうがない。
しかし、俺の知ってるゲームと違うな。
まぁ、このゲームは何処かの誰かさんに掴まされたクソゲーだったので攻略前に諦めたんだ。俺の知らない事があっても不思議ではないか。
その後自室へ戻り鞘華とこれからの事について話し合った。
俺が知らない勢力図になっている事や鞘華が俺の嫁になっている事等。
すると、鞘華が何かに気づいたらしく、質問してくる。
「このゲームのクリア条件は覚えてる?」
「確か全ての領地を治めてハーレムを作ればいいんだっけ?」
「大体その通りよ。グラムスやマラスはヴァギールの領地になっている」
「ああ、そうだな。」
「つまり、誰かが領地を奪ってハーレムを作ろうとしているのよ」
「誰かがって、一体誰が……」
思い出した。
将嗣が俺達をこのゲームに転移させようとした時に候補者の一人をこの世界に転移させたと言っていた。
という事は、この世界には俺と鞘華以外にもう一人現実世界から転移させられた奴がいるということだ。
「気づいたみたいね」
「ああ、どうやら封印を解いて俺達だけ帰るって事ができなくなったな」
候補者は、秀儀、葉一、巧の三人だ。
その内の誰かがこの世界に居る。
しかも積極的にこの世界を攻略している。
「将嗣は洗脳もできるわ。三人の内の誰かは分からないけれど洗脳されてると見た方がいいわね」
「俺の数少ない友人に何してくれてんだ、あの青白クソ眼鏡!」
俺が怒りで闘志を燃やしていると
「あともう一つ不可解な事があるわ」
まだ何かあるのか?
今度あったら絶対ぶっ飛ばしてやる!
「何がおかしいんだ?」
「私の存在よ」
おいおい、こんな所で何自分を卑下してるの?
鞘華は立派だよ。
主に胸の辺りが。
「正樹、私でエッチな想像するって本当だったんだ」
鞘華の言葉で気が付いた。
僅かだが手と手が触れあっている。
「お、おま、思考は読まないんじゃなかったのかよ」
「正樹がいきなり可哀想な子を見る目でみてきたから、つい……」
これからは何か考える時はなるべく鞘華から離れよう。
「そ、それよりも私の事、変だと思わない?」
「思う!」
「それ絶対意味ちがうでしょ! そうじゃなくて、私が正樹の奥さんになってる事よ」
他人に向かって『私、この人の子供が欲しい』と宣言しちゃう子は変だと思うよ?
でも、言われてみればおかしい。
このゲームには結婚という物は存在しなかったはずだ。
なのに俺には奥さんがいる。
エリーが奥様と言っていたので夫婦で間違いないだろう。
「確かにおかしいな。結婚ってシステムはなかったはずだ」
「でしょ? でも、別に不自由してる訳じゃないからこのままでいっか」
「下心丸見えだぞ?」
「べ、別に下心なんてないわよ!」
まさか、これを利用してそのままなし崩し的に現実世界でもゴールインしちゃおう!
とか考えてないよね?
「は、話を戻しましょう」
あ、逃げた。
「恐らく三人の内の誰かがヴァギールの領主とみていいわね」
「そうすると、ヴァギールに攻め込む形になるな」
確かこのゲーム、レベリングがあったな。
そして、奴隷を買って奴隷に戦わせるんだったか。
「何をやるにしてもレベル上げしないとな」
「レベルを上げて物理で殴るのね」
「違う。奴隷を買うんだよ」
鞘華は凍えそうな視線を俺に浴びせながらドン引きしていた。
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