第9話 来訪者
部屋にはきちんと鍵を掛けている。
いつから居て、どうやって入って来たか色々疑問が浮かぶが、男の顔に見覚えがあった。
ゲームショップの店員の男だ。
そして、陽佳さんの義理の兄であり、鞘華の研究所を壊滅させた男
「
知らず知らず声に出していた。
鞘華は俺を庇うように、俺の前に陣取った。
「いい雰囲気の所邪魔をして悪いね」
将嗣は茶化すように言った。
「そんな事はどうでもいいわ! どうやって私たちの所に来たの!?」
鞘華は敵意むき出しで食って掛かった。
「簡単な事だよ。私のスキルで洗脳した者からこの部屋の場所を聞き出し、私自身がスキルでこの部屋に転移してきたのだよ」
「っ!?」
鞘華は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
話を聞く限り、やはり将嗣は二つのスキルを使える様だ。
「私達に何の用かしら? さっき見た様にいい雰囲気だったんですけど?」
「それはすまない事をしたね。私はただ君たちにこの世から消えて欲しいだけなんだよ。それが済めば存分に続きをしたまえ」
「私達を殺す前に、思い出としてキスだけでもさせてくれないかしら?」
この状況でまだキスに拘るのか! と、思ったが、俺の封印解除を狙っているのか。
やり取りを聞くと、どうやら将嗣は鞘華が封印解除の鍵とは知らないようだ。
そもそも俺の能力が封印状態を知ってるのは鞘華と陽佳さんだけだ。
他の研究者達は突然俺が能力が使えなくなったと思っていた。
きっと将嗣もそうなのだろう。
「何か勘違いしていないかい? 私は君たちを殺すつもり等ないよ。ただ、他の世界に行って貰うだけさ。二度とこの世界には帰れないが死ぬよりはマシだろう?私の慈悲深さに感謝して貰いたいね」
クックックッと嫌な笑いを浮かべて言った。
「もし、私達がそれでも嫌だと言ったら?」
「私はあまり人を殺したくないんだが、その時は……」
きっと俺達は殺されるのだろうと思っていたら
「陽佳を殺そう。居場所なら洗脳した奴らにきけばすぐに分かる」
その言葉を聞いた瞬間に俺は無意識にスキルを使っていた。
≪将嗣が今すぐ心臓発作を起こし死亡する確率0%から100%に変更≫
「正樹!?」
鞘華が何やら叫んだが耳に入って来ない。
完全に思考が将嗣を殺す事だけを考えていた。
パキィィンッ!!
と、何かが弾ける様な音の後に
「躊躇無しに殺そうとするとは行儀がなっていないね」
将嗣がヤレヤレという感じで言葉を発した。
どうして?
何故将嗣は生きている?
スキルは確かに発動したはずだ!
俺が混乱していると
「何故私が生きているか疑問のようだね」
「一体何をした……?」
俺は無意識に問いかけていた。
「私は今やこの世界にとって特別な存在になりつつある。一つの事象として捉えられない位のね。私を殺すという事は世界を殺すという事だ。『今の』君では、私は殺せないよ」
確かに今の俺は一回の能力で一つの事象しか捉えられない。
しかし人間一人が世界と同等の事象を有する事が可能なのか?
俺が困惑していると
「今は殺せないが、この先昔の力を取り戻す可能性はある。可能性がある限り君はやはり他の世界へご退場願おう」
そう言って、一歩づつ近づいてくる
転移させるには対象に触れる必要があるんだったか。
俺は半ば諦めていた。
スキルが通じない以上俺は奴に逆らえない。
俺が逆らえば陽佳さんに矛先が向く。
陽佳さんには今までお世話になったんだ、これ以上迷惑はかけられない。
「可能性がある限りと言ったわね? 候補者たちはどうしたの?」
鞘華は呆然としている俺を庇うように問いかける。
「ああ、彼等なら嬉々として異世界へ行ったよ。三人ともお気に入りのゲームの世界に転移してくださいと自分から懇願してね」
「残りは私と正樹だけという事ね」
三人とも既に転移させられていたのか。
今日学校に来なかったのはそれが原因か。
「この間売ったゲームに入りたいと言っていた奴もいたね。丁度いい、確か君もそのゲームを買っていたな。そのゲームの中に転移してやろう」
そう言うと同時に俺達の目の前で足を止めた。
手を伸ばせば簡単に届く距離に居る。
身体が震える。
死ぬ訳ではないと言っていたが本当かどうか分からない。
俺が恐怖で震えているのが分かったのか、鞘華が腕に抱きついてきた。
鞘華の温もりが伝わってくる。
少し恐怖が和らいだ気がする。
「では、そろそろ消えて貰おうか」
将嗣の腕が伸びてくる。
「最後に、お願いを聞いてくれないかしら?」
鞘華が俺の腕をより一層強く抱きしめながら言った。
「ほう、何だね?」
将嗣の腕が止まる。
「私も正樹と同じ世界へ転移してくれないかしら? 私達今日恋人になったばかりなの。離れたくない、ずっと一緒に居たいの」
恋人同士にはなっていないと思うんですけど。
そう思いながら鞘華の方を見る。
大粒の涙を流しながら将嗣を見つめている。
「異世界へ行くなら正樹と一緒に暮らしたい!正樹の子供が欲しい!だからお願い、私と正樹を一緒の世界へ転移して……ください……」
子供が欲しいとか思ってたの? ビックリだよ!
「乙女心という奴か。いいでしょう、二人とも一緒に転移させてあげましょう」
「ありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀をした後
「幸せに暮らそうね」
と言い、俺を抱きしめる。
俺はどうすればいいのか分からず棒立ちのままだ。
話についていけてない。
「では、今度こそ転移しましょう」
言い終わると同時に将嗣の手が俺の肩に置かれた。
瞬間、意識が途絶えた。
……ここは?
将嗣に触れられた途端意識が無くなって、それからどうなった?
周り一面霞が懸かったように真っ白だ。
その中を当てもなく歩いていく。
先の方の霞が薄れてきた。
思わず走り出した。
ようやく霞を抜ける。
「ここは、教室?」
間違いない、いつも通っている学校の教室だ。
しかし、クラスメイトが若干違う。
思い出した。一年の時のクラスメイトだ。
教室を見渡すと順番に自己紹介をしていた。
その中には俺も居る。
そうか、これは過去の記憶なのかもしれない。
でなければ、あそこに俺がいる説明がつかない。
それに周りは今の俺には全く気付いていない。
突然頭の中に自分の声が響く
『あの子可愛いなぁ。でもどっかで見た事あるような?』
間違いなく自分の声だ。
過去の自分が見ている先を見た。
『峰崎鞘華です。両親の仕事の都合で先月まで海外にいました。至らない所があるかもしれませんがよろしくお願いします』
視線の先には鞘華が居た。
また頭の中に声が響く
『帰国子女ってやつなのかな。俺も同じような理由で自己紹介した。やっぱりどこかで見た事がある』
そりゃそうだ。なんていったって初恋の相手だからな。
そう考えてから疑問に思う。
俺には鞘華に対してもう一人の自分が思ったような記憶がない。
今みている風景は過去じゃないんじゃないのだろうか?
全てのクラスメイトの自己紹介がおわりHRが終わった。
もう一人の自分の考えを除けば記憶にある通りだった。
秀儀、葉一、巧とのファーストコンタクトも記憶と同じだ。
ただそこに居る俺の行動や思考は記憶と違った。
皆が帰り支度をしている時にもう一人の俺が記憶とちがう行動に出た。
『こんにちは峰崎さん、少しいいかな?』
『霧矢くん……だっけ?どうしたの?』
俺はこんな事していない。
この日は秀儀たちと四人ですぐに帰ったはずだ。
『俺達、昔に会った事あるよね?』
『え? そんな事ないと思います。私は先月まで海外に住んでましたから』
『そういう設定にしろと言われたの?』
『設定って、何を言ってるんですか?』
『研究所』
『!?』
『俺も最近まで研究所にいたんだ』
『……場所を変えましょう』
『よくこんな場所知ってたね』
『入学前にいろいろ調べたからね。ここなら滅多に人は来ないわ』
ここは今日俺が連れて来られた場所だ。
『私の事覚えてるの?』
『覚えてるよ。写真でしか見た事ないけど面影が残ってる』
『そっか。どこまで知ってるの?』
『峰崎さんが写真の女の子で、研究所で暮らしていたって事位かな』
『覚えてくれていたのは素直に嬉しい。でもそれじゃダメなの』
『どういう事?』
『普通の学生生活を送りたいんでしょ?なら私の事を覚えてちゃだめよ』
『んぐっ!』
『それは一時的に対象の記憶を消す薬よ。残念だけど私の事は忘れて』
ドサッ
もう一人の俺の意識がなくなるにつれて辺りが暗くなっていき、俺の意識も遠のいていった。
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