第七話 火精霊の少女

「懐かしいな……」


 視線を右から左へ、ぐるりと見回す。

 村は家と言う家が焼け落ち、焼け焦げた土壌には雑草の一本も生えておらず、生き物の気配も感じない。


 ざっと見回しただけで、この村を襲った魔物の凄まじさをありありと感じた。

 数年前に一度だけこの村を訪れたことがあるのだが、当時の活気は見る影もない。

 本当に、よくアイラはその魔物から逃げ切れたと思う。


 さて、感傷に浸るのはやめよう。

 アイラの申し出で状況が変わった今、なるべく調査を急がねばならない。


 訓練をするとは確かに言った。だが、やはりあの少女素人を魔物と戦わせるわけにはいかない。


 魔物が見つかる前に、なにか手を考えないとな。


「サラ。起きろ」


 虚空へ向けて名を呼んだ直後、赤い粒子が俺から無数に放たれ、俺のすぐ右隣に収束する。

 その光は徐々に人の外見を形作り、光が消えた頃には一人の少女が立っていた。


 コイツもウル同様、ただの少女ではない。伝説にも謡われる大精霊、火属性を冠するサラマンドラの成体だ。


 隣に降り立ったサラは眠たそうにあくびを噛み締め、恨めし気に俺を見た。


「なんじゃあるじ様よ。我はまだ先刻の疲労が回復しておらん。眠いのじゃ。尋常でなくな。それになんじゃここは。我は廃村などに興味はないぞ? ふぁ……」


 遂には我慢するのをやめ、サラは周りの目も気にせず大口を開けてあくびをかます。


 僕(しもべ)のくせになんて太々しい態度だろうか。しかしこの疲労の原因は俺にあるので強くも言えない。

 それに、労いの気持ちも申し訳程度だが確かにある。


 小脇で固めた拳を解いて、俺は一言謝罪し、今回の手短に要件を伝えた。


「すぐに終わる。すまないがサラ。力を貸してくれ」

「仕方がないのう。主にそう言われては断れぬ。何故なら我はぬしの下僕であるからのう。して、主は我になにを望む?」


 俺はもう一度廃村を見回して、俺は昨日から思っていたある疑問をサラに投げかける。


「これは、サラマンドラの仕業か?」


 この村に立ち昇る炎を見て、これは魔物ではなく精霊の仕業ではないかと勘繰っていた。理由は単純に、魔物にしては活動後の気配が薄すぎる点。そしてもう一つ別口の依頼で受けていた、『魔人』の存在への危惧からだ。

 『魔人』とは文字通り魔物の力を有した人間のことである。ある研究者に身体を弄られ、理性を壊された暴力の化身。


 順当に考えるなら。この災禍を引き起こした存在、ソイツこそが『魔人』である可能性が非常に高い。

 しかし事前に仕入れた『魔人』の情報に炎を連想させるモノは一つもない。従って『魔人』と村を襲った魔物は別物だということになるが、それにしては時期が合い過ぎている。


 そう。この場所は強力な魔物が現れるには少々不自然過ぎた。だから俺は、これは魔人が火精霊を隷属させ、村を襲わせた可能性を念頭に置いている。


 それをアイラに伝えなかったのは、情報に確証が持てないから。そして、伝えたところでアイツが戦力に成り得ないことは明白だったからだ。

 彼女が探索の助けになるのであれば話は別だが、現状では余計な混乱を招きく種にしかならない。


 俺の問いに、少しサラは少し驚いたように眠たげな瞳を見開く。

 そして、納得したように平手を打った。


「おぉなるほど! それで主は我を呼んだのか。全く憂い奴よのう。我が居なければこんな初歩も出来んとは。どれどれ、それでは不甲斐ない主に代わって、この我が自ら調べてやるとするかっ!」


 そう宣言すると、サラは人型を崩し、炎の粒子となって廃村に広がっていった。

 コイツは無駄口を叩かねば死ぬ病気にでも掛かっているのだろうか。

 状況が状況であるから抑えてはいるものの、普段ならば既にニ、三発は彼女の頭上に拳が振り下ろされていただろう。


 トコトコと嬉しそうに後ろ髪を揺らし、サラは村の中へと駆けていく。

 そして村の中心に着いたかというところで、実体化を解いて霧のように紅の粒子を振りまいた。


 精霊には基本的に実体というものがない。上位の精霊になれば実体化することも出来るが、"出来る"というだけで根本は下位の者と同じなのだ。

 故に彼女はこうして、自分の身体を無数に振り撒くことで、一度に広範囲の探索を行っているというわけだ。


 夕闇に染まる滅びた村を淡い赤が包み、まるで村がまだ生きているかのような温みのある光景が広がる。


 随分と念入りに調べてくれているようだが、そうなると嫌な予感が脳裏をチラつく。


 サラはざっくりとした性格で、興味のないことにはここまで真剣にならない。逆に興味を示せば周りが見えなくなるほど熱中するのだ。

 服従させるために俺がコイツに勝利した時も、その性格を逆手に取ったりしたものだ。


 数分後、村中に広がっていた光が俺の隣で再び人型を形作った。

 同時に村は元の寂しげな廃村へとその姿を戻した。


「結論から言おう。これは確かにサラマンドラ……その類の『妖精』の仕業じゃ」


 上位の精霊であるサラマンドラだが、下位、中位、上位と精霊に区分があるのと同じように、上位の精霊はその階位の中でもさらに階級ランク分けされる。

 しっかりとは記憶していないが、妖精、小精霊、大精霊という具合だったはずだ。


 恐らく今回アイラの村は、その妖精に襲われたのだろう。


 妖精と言ってもサラマンドラは上位の精霊種だ。それは力のない者からすれば、災害よりも質が悪い外敵に成り得る。

 地震や嵐は知恵を絞って対処出来るが、精霊という意志持つ天災に遭ってしまえばもう、抗う術は存在しないのだから。


「しかし奇妙じゃ。ただの妖精とは違った力を感じる」

「つまり、器を昇華させようとしてるってことか?」


 俺の予想に、サラはゆっくりと首を横に振った。

 そして村から視線を外し、俺の方へ向き直り、顔をしかめた。


「いいや違う。妖精の臭いはまだまだ小物じゃ。この臭いは人間の臭い。何者かがこの幼体を歪めているのを感じる。いや、これは恐らく操っておるのじゃろう」


 やはりかと、俺はサラに小さく相槌を返す。これで先の仮説はほぼ断定されたも同然だ。


「それに、別の精霊の臭いも感じる。今はここを離れたようじゃが、強力な精霊がつい最近までここに居たことは確かじゃ。恐らく大精霊クラスじゃろう」

「なっ!? 間違いないのか?」

「主、我をなんだと思っておるのじゃ? ただでさえ機嫌が悪いのじゃ。あまり不要な発言をするでない。それとも主、我に燃やされたいのか?」


 深紅の長髪を逆立てて、同じく深紅の瞳の奥に怒りの色を浮かべながら、サラは凄む。

 炎を使われたところで俺にはなんの害もないのだが、森が焼けてしまってはたまった物じゃない。


 俺は火を消しに来たのだ。ここで火を放っていては、いよいよ何をしに来たのか分からない。

 ただでさえアイラの修行で依頼の遂行が遅れているのだ。これ以上他に時間をかけるわけにもいかないだろう。


 コイツに気を遣うのは面倒だが、今はそうも言ってられない状況だった。


「悪かった。しかし他の精霊の臭いか……まあもう居ないのならその話は後でいい。それよりも人間が関わってることの方が重要だ。はぁ……これは思ってたより厄介な依頼かもしれないな」


 頭の後ろを無造作に搔きながら、俺はもう一度廃村を見る。やはり何度見ても、なんの変哲もない小さな村だ。

 魔物が通りかかったならまだ無理やり納得が出来たのだが……妖精。それも人の手が加わっているとなるといよいよ怪しさが増す。


「やっぱり、あいつを連れて行くのはやめておいた方がいいかもな……」

「ん、なんじゃ?」

「いいや、なんでもない。ひとまずこれで今日の調査は終わりだ。ありがとう。急に呼び出して悪かったな。ゆっくり休んでくれ」

「礼には及ばん主様よ。我は当然のことをしたまでじゃ。ふぁ……ふぅ。力が完全に戻るまでまだ暫くかかりそうじゃ。それまで我は主を守ることが出来ぬ。少々……いや、欠片も納得がいかぬが、危なくなればすぐにウルや新入りを頼るのじゃぞ? 主は少し無理をし過ぎるけらいがあるからのう」


 あくび交じりにそう言い残し、サラは元の粒子に戻り、俺の中へと入っていった。

 サラが戻った事により、俺の魔力が少しずつ減っていくのを感じる。


「よし、戻るか。アイラもそろそろ風呂から上がってるだろう」


 俺は村に背を向け、キャンプへと向かった。


 道中で明日のアイラの訓練内容を考えながら、同時に夕飯の献立も考える。

 昨日のようなご馳走ではなく、訓練用のアイラ専用メニューだ。

 筋肉が定着しやすく、スタミナもつく食べ物。しかし脂肪分や糖分を多くしてしまうとあまり意味がない。


「ふむ、難しいな……」


 献立にここまで悩んだのはいつぶりだろうか。

 久々の感覚に少し心を弾ませながら、俺は普段よりゆっくりとキャンプ地への歩みを進めた。



 ♢



 初日の経過を見るに、あの少女は案外飲み込みが早い。

 不足していた基礎能力はこの一日で充分固まった。

 だが、まだ足りない。

 使には、決定的に力が及ばない。

 設けた期限は一週間。


 間に合うか?

 いいや、間に合わせるのだ。

 あれから奴に動きはないが、停滞は災厄の予兆を示すものだ。


 急げ。急げ。急げ。

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