第8話 「魔人と魔剣」
「……大丈夫か?」
「う……うん」
敵の動きを警戒しながらアシュリーに手を差し出すと、現実を受け止めきれていない顔をしながらだがこちらの手を取ってくれた。
てっきり腰が抜けて動けないとも思ったが、すんなりと立ち上がれたあたり理解が追いついていないのが功を奏しているのかもしれない。
「さて……」
敵の数は7人。
その内ひとりは武装も何もない商人。あとは得物を失った頭らしき大男に剣や斧を持った傭兵が5人。
動揺しているものの助けを呼ぼうとしないあたり、おそらく伏兵などは連れてきていない。獣人の子供を捕まえるだけの仕事だと高を括っていたのだろう。まあこちらとしてはありがたい限りだが。
「最初に言っておく。今すぐここから去れ」
「な……何だと?」
「あ、あなたはこの状況を理解しているのですか? か、かなりの業物を持っているようですが多勢に無勢。逃げた方が良いのはあなたの方ではないのですか?」
確かに一般的にはそうだろう。
だが、あの時代と比べればこの程度の人数差は不利にもなりはしない。この国の騎士団長達が相手なら大人しく降参していただろうが。
「わ、私達の狙いはあくまで獣人。あなたやそこの女騎士には用はないのです。ですから」
「ここで大人しく立ち去るなら見逃すってか?」
「そのとおりです」
どの口で言っている。
いきなり弓矢で狙った挙句、剣で斬りかかったのにも関わらず見逃すだと? どんな馬鹿ならその言葉を鵜呑みにするってんだ。
「あなた方だってその若さで死にたくはないでしょう? さっさと獣人をここに連れてきてください。そうすれば、あなた方の命は保障しましょう。あ、隠しても無駄ですよ。そこの家に獣人が居ることはすでに明白ですからね」
「はぁ……話にならないな」
呆れたようなこちらの態度に商人の顔が引き攣る。
この程度で感情が動くようでは商人には向かないだろう。俺の経験上、一流の商人というものは得てして内に秘めた感情を表に出さない。
まあ奴隷を扱う商人を他の商人と比較すること自体が間違っているかもしれないが。
「俺の言葉が聞こえなかったのか? 俺はお前達にここから去れと言ったんだ」
「ああああなたは自分の立場を理解しているのですか! そもそも、あなたがあの獣人を匿って何の得があるのです」
商人は感情が高ぶったのか、さらに勢いを増して続ける。
「いいですか、あの子供はただでさえ数が少なくなった獣人の中でも滅多にいない灰狼族と呼ばれる獣人なのです。その希少性といったらコレクターや異人が好きな変態達に売れば一攫千金! 下手をすれば、何年も豪遊しても問題なく暮らせる金が手に入るのですよ! もしもここで獣人を差し出すならあなたにも報酬の何割かを差し上げましょう。何なら傭兵として雇ってもいいですよ。どうです? とても魅力的な提案だと思うのですが」
「……言いたいことはそれだけか?」
くだらない。
そう言いたげに問いかけてやると、商人は絶句したような表情を浮かべた。
世の中は金。心からそのように思っているのだろう。それは間違いではない。金がなければ困るのは事実だ。だが……
「あいにく俺は今の生活で満足してる。それに悪事に加担なんてすれば、知り合いにボコボコにされるんでな。何より……お前らと一緒に働くなんてどれだけ金を積まれてもご免だ」
挑発じみた口調で告げると、商人は表情を歪ませ奥歯をすり減らすのではないかと思うほど歯ぎしりをする。
「こ、この……調子に乗り追って。あなた達、あの男を今すぐ殺しなさい! どうしたのです? さっさとやりなさい。何のために高い金を払ってると思っているのですか!」
「行けぇお前ら、奴の首を取れ! 行かねぇ奴はぶっ殺す!」
脅しにも等しい一喝を受けた下っ端達は、血相を変えて襲い掛かってくる。
だが動きに連携などは感じられず、それぞれが自分の好きなように武器を振りかざすだけ。脅威で言えば素人に毛が生えた程度だ。
短く息を吐き意識を切り替えた俺は、最も近い傭兵の懐に即行で飛び込む。
相手の顔が驚きに染まるよりも早く手にした刀を振り抜き、得物を持っていた右腕を斬り飛ばした。鮮血と共に右腕が宙を舞い、斬られた傭兵は声にもならない悲鳴を漏らしながらその場に倒れ込む。
それを見た他の傭兵の顔からは血の気が引いており、こちらを見る眼差しには恐怖の色が窺える。
また俺に明るく話しかけてくれていた少女の顔は、信じられないものを見たかのように青ざめていた。だが今はそんなことを気にしてはいられない。
「どうした? まさか手加減してもらえるなんて思ってたのか。俺は騎士じゃなくてただの鍛冶職人だ。お前らを捕らえる理由もなければ、殺しに来た相手を傷つけない理由もない」
実力差で言えば戦闘力だけ奪うことは可能だ。
だが今後のユウの安全を保障するなら、奴らに二度と手を出してはいけないと思わせなければならない。そのためなら腕だろうが足だろうが容赦なく斬り捨てる。
俺はこの世界に召喚されたばかりの英雄じゃない。出来るだけ人を傷つけないように。そんな甘さはあの地獄に置いてきた。
「もう一度だけ言う。今すぐこの場から去れ」
低い声で冷たく言い放つと、傭兵達がゆっくりと後退り始める。
が、次の瞬間。
「ぐひゃ……!?」
傭兵のひとりの背中に何かが直撃し爆ぜた。
その傭兵は悶絶したかと思うと一瞬にして死に絶える。
傭兵の背中は、まるで爆弾が爆発したかのように鎧ごと消し飛んでおり残った肉や内臓は焦げていた。
魔法でも使ったのかと意識を奥へと向けてみると、そこには頭である大男。彼の左腕は先ほどまでと打って変わって異常なまでに筋肉が膨れ上がっており、肌の色の真っ赤に変色している。
「なっ……何ですかそれは!?」
「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」
大男は変異した鬼のような腕で商人を殴り飛ばす。
人外じみた力をぶつけられた商人は嫌な音を鳴らしながら吹き飛び、何度も転がった末に停止した。見るも無残な姿となり死に絶えていたのは言うまでもない。
「な……何なのあれ」
「――《魔人》だ」
「マジン?」
アシュリーが知らないのも無理はない。
あれを知っているのは地獄を生き抜いた者。つまり魔竜戦役の戦場を経験した者だけだ。
「簡単に言えば……魔法や薬を用いて肉体を改造し、魔物の一部を移植された人間だ」
「なっ……」
ありえない。そんなことありえるはずがない。
そう言いたげな目をアシュリーはしている。だがそんなありえないようなことをあの時代は行っていたのだ。少しでも魔物を殺すために。優秀な兵器を作り出すために。
「言ったはずだ! 逃げる奴はぶっ殺す。さっさとそいつを始末しやがれ!」
「あ……あ……うわあぁぁぁぁぁッ!」
恐怖によって錯乱した傭兵達が襲い掛かってくる。
だがそんな状態でまともに得物が触れるわけもない。最低限の動きだけで回避し、続けざまに2人の手首を斬り捨てる。
最後のひとりと相対した瞬間、同じように手首だけ斬り捨てようと思った。
しかし、傭兵の後ろには砲弾のような火球が唸りを上げて迫っているのが見えた。
俺は重心を落としながら刀を左腰に構え、胴抜きで一閃。火球が来る前に傭兵の胴を断ち切って回避する。
「グヘヘ……容赦のねぇ野郎だ。眉ひとつ動かさず斬り捨てるとはな。お前さん、これまでにどんだけ殺してきた?」
「さあな」
そんなの覚えちゃいない。
そう言わんばかりに刀に付いた血を振り払う。
命を殺すことに慣れてしまっている俺からすれば何気ない行動。だが人を守るために騎士を目指した少女からすれば、強い抵抗を覚えるものだったのだろう。
何の迷いもなく人間を真っ二つにした俺に向けられる瞳は恐怖で染まっており、視線が合うだけで怯えたように身体を震わせる。
命を刈り取るのに躊躇がない者と、それに恐怖を覚える者。
どちらが人として正しいかと問われれば、迷うことなく後者である。
今日を境に彼女との関係性は変わるかもしれない。居候している少女もこの惨状を目撃しているだろう。逃げ出すように姿を消しても文句は言えない。
だがそれでいい。
俺に出来ることは眼前の敵を斬り捨てることだけ。
平和な時代が訪れたとはいえ、今日のような出来事は世界に満ち溢れている。今日という経験を境に少女たちが己が道を改めて考えるだろう。
どんな道を選ぼうと……俺が彼女達に臨むのは命ある限り生きて欲しいということだけだ。
「それより……ここから去ったらどうだ?」
魔物を力を扱える《魔人》は、魔竜戦役時代に置いても確かに強力な兵器だった。
だが魔物は王である魔竜によって活性化する。それは魔物の一部であっても同じであり、戦場に投入された魔人の多くは我を失って暴走。敵味方問わず死ぬまで殺戮の限りを尽くした。
また実験中にも似たような事故があったとされ、手に入れた力を使えば使うほど体内の魔物の細胞が活性化。力を使わなくても徐々に症状は進むとされており、魔人となった者はいずれ脳を侵食されて暴走に至ると言われている。
つまり……遅かれ早かれ魔人となった者は自己を失うのだ。
「お前さんもあの戦いを知ってるなら分かってんだろ。どうせいつかは自分をなくすんだ。なら……てめぇみたいな強者と戦って死んだ方がマシだぁぁぁッ!」
鬼のような手から炎が発生したかと思うと、火球となってこちらに次々と撃ち出される。
弾速はそれなりだが避けられないものではない。だが油断は出来ない。直撃をもらえ十分に即死する威力を持っているのだから。
変異していない右腕の方に回り込むようにしながら移動し、徐々に距離を詰めていく。
何度か見ていた限り、あの火球は一定の大きさにならなければ撃ち出すことは出来ないようだ。連射性に乏しいとなれば、一気に距離を詰めて勝負を決められる。
「グ……」
魔物の細胞が活性化したことで侵食が起こったのか、大男が顔を歪ませた。
その一瞬の隙を狙い、方向転換しながら力強く地面を蹴り抜く。しかし……
大男の口元がニヤリと笑う。
突撃した俺を嘲笑うかのように「死ね!」と叫びながら、これまでより一際大きい火球を投げつけてくる。
最高速で突っ込み、敵との距離も縮まっている今の状態で迫り来る火球の回避は不可能に近い。
だが俺に恐れはなかった。
魔竜戦役から7年。俺はある目的のために魔剣を打つ技術を磨いてきた。
それは《神剣》に変わる力を生み出すため。あの剣は自然回復する魔力ではなく、使用者の生気を糧に力を発揮する。力を使えば使うほど使用者の寿命を削るのだ。
大のために小を犠牲にする。
それは時として必要なのだろう。だが最善なのは小さえも犠牲にしないことだ。
だからこそ、俺は《神剣》に代わる魔剣を打つと決めた。その決意の元、鍛え上げた魔剣のひとつがこの刀だ。
「シ……!」
短い気合と共に一閃。
振り抜かれた刃は火球を真ん中から綺麗に両断する。
この刀は、《
火球を断ち切って現れた俺に大男は驚愕する。
それによって迎撃は一瞬遅れ、その遅れは致命的な隙となった。
懐に入った俺は斬り上げながら鬼の腕を断ち、素早く体重移動しながら返しで肩口から横腹に掛けて一気に斬り捨てる。さらに魔人の生命力を考慮し、そこから抜き胴で上半身と下半身を断ち斬った。
力を失った身体は地面へ倒れる。
大男は身体のほとんどを失った状態でも俺を殺そうとしたのか、繋がっている右腕をこちらに伸ばしながら何か呟く。しかし、それは声にならず……次の瞬間には絶命していた。
お前は善人じゃない。世の中から見ればどうしようもない悪人だ。
だが……もしも魔人にされなかったなら違った未来があったのかもしれない。そういう意味ではお前もあの戦いの犠牲者なのだろう。
だからお前を殺した俺を恨んでくれていい。
でももしも天国なんて場所があってそこに辿り着けたのなら……
「……安らかに眠れ」
死んだ者はもうあの地獄を思い出すことも、悪夢に苦しめられる必要もないのだから。
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