第7話 「ただの鍛冶職人」
玄関で騒がれ続けるのも悪い噂が立ちかねないため、俺はアシュリーとユウをなだめて落ち着かせると居間へと移動した。
一触即発のような空気が漂っていたが、アシュリーにユウの関する事情を説明。どうにかこうにかトラブルらしいトラブルはなく最後まで話すことが出来た。
「まあ……そういうことなら一応納得してあげる」
納得するとは言ったが、アシュリーの目には疑いの色が残ったままだ。
こいつは俺のことを犯罪者としてしょっ引きたいのだろうか。もしそうなら恩を仇で返されるような気分になる。まあ実行されても騎士団には知り合いも居るのでどうにかなるとは思うが。
「ルーク……この女いつまで居るんだ?」
「知らん。ただ用件はすでに終わったはずだ」
「なら帰れ!」
「ひどっ!?」
いや別にひどくはないだろ。
騎士の恰好をしてるってことは非番というわけじゃないだろうし、用が終わったのならさっさと職務に戻るべきだと俺は思う。
「ルーくんはいつもどおりだから良いけど……いや良くはないんだけど、まあ置いておくとして。少なくともあたしはあなたにまだ何もしてないよね。なのにその対応はひどくない? あとそこまで警戒しなくても」
まあ確かにアシュリーは騒ぎこそしたがユウに何かしたわけではない。
ただ俺以外の人間にはまだ警戒心が強いらしく、近所の農家に挨拶されたときも慌てて身を隠して様子を窺うことがある。
それを考えれば、俺の背中に隠れて顔だけ覗かせている状態でもアシュリーと話そうとしているユウは十分に頑張っているのではなかろうか。
「初めて会う人間をそう易々信用できるか。武器も持ってるし」
「確かにいきなりは信用できないかもしれないけど、本当にあたしはあなたに何かするつもりはないから。剣も仕事上必要なものだから身に付けてるだけで。まだまだ新人だけど、これでもあたしは人を守る騎士なんだよ。だから少しは信用して……」
「お前、弱そうなのに他の奴を守れるのか?」
アシュリーの顔に露骨に青筋が浮かぶ。
正直に評価するならアシュリーの実力は決して強いとは言えない。腕力はあるので経験を積めばそれなりに強くなりそうではあるが、現状では騎士団でも下の方だろう。
それはきっとアシュリー本人も分かっている。
だが自分が認めている相手、例えば団長であるシルフィから言われるなら悔しさはあれど納得は出来るだろう。でもよく知りもしない子供から言われたら腹を立てるのはある意味当然。
怒りを我慢出来たのは年下に簡単にキレるのは大人気ないとか、騎士が民間人にどうの……とかそういう精神が働いたからだろう。
「こ、こう見えてもそのへんの男よりは強いんだけど」
「ほんとかルーク?」
「まあそうだな。腕力だけなら人間離れしてるところもあるし」
「なっ……あいつ人間じゃないのか!?」
「人間だから! うら若き乙女だから。そういう誤解を生みそうな発言はやめて!」
シルフィLOVEの奴が乙女とか。
それだとまるで男に興味があるようじゃないか。俺はお前から男の話を聞いたことない気がするぞ。聞いたとしても捕まえた犯罪者くらいだし。
「……で、お前はいつまでここに居るつもりだ? そろそろ昼飯を作らないといけないんだが」
「何でそこまで帰らせようとするのかな!? あたしがここに居たらダメなの? ご飯をもらったらダメなの!」
「ダメだろ」
だってお前、別にここの住人でもないし。何か手伝ってもらったのなら話は別だが。
まあシルフィからの届け物を代わりに持ってきてはくれたけども。でもそれくらいでタダ飯させるのもどうかと思う。現状でも茶くらいは出しているわけだし。
「そんな~今週金欠でやばいのに。ルーくんだけが頼りなのに」
「前々から思ってたがお前って結構金遣い荒いよな。というか、俺を頼らずまずはシルフィを頼れ」
「それは無理!」
「騎士的な評価に響くからか?」
「それもあるけど……シルフィ団長に迷惑は掛けたくないし」
このバカ騎士、顔を赤らめながらモジモジしてんじゃねぇ。
シルフィ団長には迷惑掛けたくない? 俺には迷惑を掛けてもいいってことか?
大体な……俺とお前の関係なんて突き詰めれば店主と顧客だぞ。
団長であるシルフィなら後輩であるお前の世話を焼く理由もあるだろうが、俺には本来そんな理由は何ひとつない。お前はそのことを分かっているのか。
アシュリーに文句を言おうとしたその刹那。
「――っ」
背後に冷たいものを感じた俺は、近くに居たユウを抱え込むと滑り込むようにテーブルの下に潜り込み、窓側へテーブルを蹴り上げた。
その直後、何かがテーブルに突き刺さった音が響く。
宙を舞っていたテーブルと食器が床へと落下。突然の出来事に俺以外のふたりは慌てふためく。
「な、なんだ!?」
「きゅきゅ急にどうしたの!?」
「黙って姿勢を低くしろ」
有無を言わせない言葉にふたりは大人しく従う。
倒れたテーブル越しに顔を覗かせ窓の外を窺うと、そこには商人じみた男と武装した集団が立っているのが見えた。弓を持っている者も確認できるため、先ほど感じた気配は飛来した矢に間違いない。
「何をやっているのです。多少の傷は構いませんが、万が一頭にでも当たって死んだら価値がなくなるのですよ」
「そう言うなよ旦那。窓から見えてたのは男だ。お前さんが狙ってんのは獣人のガキなんだろ? 男が死んだところで問題はあるめぇ」
何を話しているかは分からないが、商人じみた男と話している大男があの集団の頭か。
見るからに傭兵って感じだが練度が高そうには見えない。賊に等しかった連中を雇ったのか、寄せ集めの連中か。
何にせよ、状況から考えて狙いはユウの可能性が高い。そのうちこんな日が来る気はしていたが、思っていた以上に早かった。
「あ、あいつら!」
「馬鹿、顔を出すな」
「ルーくん、いったい何がどうなってるの?」
「外に武装した連中が居る。大方この前ユウを狙った奴隷商人だ」
その言葉にアシュリーの顔に緊張が走る。
無理もない。魔竜戦役が終わって7年が経つ。戦後の争乱も沈静化し、最近騎士になったアシュリーは対人戦の経験なんてあってもナイフを持った強盗くらいなものだろう。傭兵の類との戦闘の経験なんて皆無のはずだ。
さてどうする……。
奴らの狙いはユウだ。外に居る連中だけなら俺だけでもどうにか出来る。だが仮に伏兵が居たらアシュリーやユウだけで凌げるか。
あちらも一度捕獲に失敗しているだけに何かしら手を打ってきているはず。迂闊に動けば事態は難しいへ向かうだけだ。
かといって考えている時間もさほどない。火矢なんて放たれたら外に出るしかなくなる。
どうする……どうするルーク・シュナイダー。
自問したそのときだった。金色の何かが俺の視界を過ぎ去っていく。
窓から外へと飛び出たそれは、腰にある剣に右手を掛けると一気に抜き放ち、その切っ先を武装した集団へと向けた。
「あたしはエストレア王国第一騎士団所属、アシュリー・フレイヤ! あなた達、今すぐ武装解除して大人しく投降しなさい!」
この国の騎士は、かつて俺が居た世界では警察にも等しい組織だ。そのため、アシュリーの名乗りを聞いた集団に動揺が生まれる。
しかし、それも一瞬のことだった。
「狼狽えるんじゃねぇ!」
傭兵の頭らしき大男が一喝するとすぐに動揺は収まる。
大男には騎士という言葉を聞いても臆した様子はない。むしろ喜びを覚えているかのような笑みを浮かべている。
「ガキを捕まえるだけの簡単な仕事かと思ったが……騎士様が居たとはねぇ。見たところまだガキだがこの国の騎士団は優秀らしいからな。さぞお前さんも腕が立つんだろう?」
「ひ……」
遠目で見てもアシュリーが委縮するのが分かった。
あの男、間違いなく戦い慣れしている。傭兵として各地で戦ってきたのか、はたまたあの地獄を生き抜いたひとりなのか。
何にせよ、アシュリーに敵う相手ではない。
「どうした? 腰が……引けてるぞぉぉぉぉッ!」
大男は腰に差していた長剣を抜いてアシュリーに襲い掛かる。
「どりゃあ!」
最上段から振り下ろされる一撃。
それをアシュリーは辛うじて剣で受けたが、衝撃を受けきれずに得物を弾かれてしまう。
本来ならアシュリーには大男にも負けない腕力があるはず。だが、初めてに等しい命懸けの実戦に身体が委縮し動けなくなってしまっている。
「あ……あぁ……」
「とんだ拍子抜けだ……まあ今の騎士なんてこんなもんなのかもしれねぇがな。にしても……お前さん、ガキの割に良い身体してんじゃねぇか」
「っ……!?」
アシュリーの身体が一段と固まり、その顔には嫌悪感が現れている。
もう迷っている時間はない。伏兵が居た時はそのときはそのときだ。
俺はユウにこの場に居るように指示し、壁に掛けてある刀を取りに走る。
「こいつは殺すのは勿体ねぇかもな」
「こ……来ないで!」
アシュリーは傍にあった石を大男への顔面へと投げる。今彼女に出来る精一杯の抵抗。
だがそれは命中したものの、大男の額から微かに血を流すだけだった。
しかし、大男を怒らせるのは十分だったらしく笑みは消え失せアシュリーを見る目には殺意が灯る。
「このガキ……! 死ねぇぇぇ!」
振り上げられた凶器は、一直線にアシュリーの頭部へと振り下ろされる。
アシュリーは己が死を悟って走馬燈でも見ているのか身動き一つしない。このままでは間違いなく殺される。
窓から飛び出し、着地と同時に地面を蹴り抜く。
魔力によって強化された肉体には爆発的な加速が生じ、一瞬にして距離を埋めた。
大男と視線が重なる。
動揺したその目から迫り来る長剣へと意識を移し、上体をわずかに沈める。
右手で左腰に構えていた刀の柄を握り、流れるように抜き放つ。姿を現した刀身は滑るように空間を薙ぎ、鞘走りによって生じた火花は宙に散る。
閃光に等しい一撃は、迫り来る長剣がアシュリーの頭部を叩き斬るよりも早くその間に割り込んだ。
長剣に接触した刀身は、鉄で出来たそれを木の板を斬り捨てるかのように易々と斬り裂いていく。振り抜きと同時に、支えを失った長剣の刃は宙を舞って地面へと落下。
誰もが目を疑ったのか。その場を静寂が支配する。
「……ルーくん?」
うわ言のように呟かれたそれに大男も我に返ったのか、その場から飛ぶようにして後退する。
「だ、誰がてめぇ!」
その言葉に応えるように、ゆっくりと下ろした切っ先を先ほどのアシュリーのように敵へと向ける。
「ルーク・シュナイダー……ただの鍛冶職人だ」
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