第36話 紅緋

 部屋は前に居た部屋と同じで、水晶のような透明な素材で造られ、部屋全体がキラキラと輝きを放っている。そんな部屋の中央に紅緋がいる鏡が置かれていた。


「……紅緋」


 僕は鏡の中の紅緋に声をかける。紅緋は後ろ向きに座っていたのだが、僕の声を聞いて振り返える。そして、驚きに満ちた顔で僕を見ている。


「未來!」

「うん」


 僕はありったけの笑顔で紅緋に応える。


「どうしてここにいるの?」

「ジョーカーさんに連れてきてもらった」


「そう……」


 僕の方を見て話す紅緋はいつもの元気も笑顔も無く、哀しげな顔でぽつりぽつりと声を溢している。


「紅緋、どうしてそこから出てこないの?」

「それは……」


「そこから出て来て一緒に帰ろうよ!」

「出来ない」


「どうして?」

「私のせいで色々な人に迷惑をかけたし、ここから出ても、たぶんまた迷惑をかける」


 紅緋は自分がいることで他の人に迷惑をかける。それなら、このまま鏡の中にいる方が良いんだと思ってるみたいだ。


 だけど!


 そんなの、僕が納得できない!

 紅緋だけが苦しんでいるなんて絶対にいいわけがない! 


 僕はこんな紅緋が見たくて一緒にいたわけでは無いのだから……。


「紅緋、よく聞いて欲しい。以前にも言ったと思うけど、紅緋は僕のパートナーだから、紅緋が苦しい時は、何も出来ない僕でも少しくらいは役に立ちたいんだ」

「……うん」


「だから、紅緋が迷惑かけたなら僕が謝って許して貰ってくる。これからも迷惑かけるなら、僕と紅緋が一緒に謝りに行けばいいじゃないか!」

「でも……」


「これは僕の勝手なお願いかもしれないけど、紅緋にはずっと僕のそばで笑顔で居て欲しいと思っているんだ」


 鏡の中の紅緋は目を大きく見開いて、それからゆっくりと柔らかな笑顔に変わる。そして、紅緋は立ち上がり鏡の外へと足を踏み出した。


 鏡から完全に出た紅緋の大きな瞳から、大粒の涙が溢れ頬をつたって流れ落ちる。そんな涙を拭いもせずに、紅緋は僕の胸に思いっきり飛び込んできた。


「ごめんなさい……あたし……また未來に心配かけた」


「いや、いいんだ。紅緋が元気に戻ってきてくれただけで僕は十分だよ」


 僕の胸で泣いている紅緋をそっと両手で包み込んだ。


「ありがとう」

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