第6話 妖魔 月白
そう言うと、僕と紅緋の後ろから白い大きな姿がぬうっと出てきて、僕らの前に立ちはだかった。
「よ、妖魔!」
紅緋は驚いた様子で、すぐに後ろに飛び退いて臨戦態勢に移る。
「お嬢ちゃん、そんなに身構えなくても危害を加えるつもりはないよ」
僕らの目の前にいる、白い大きな虎は振り返り楽しげにニヤリと笑った。
「それよりもこの場をなんとかしないとな」
「な、何を言う! 妖魔の分際で!」
紅緋は臨戦態勢を崩さずに言い放つ。
それを見て神凪生徒会長が僕に言った。
「新君、其処にいる月白は茜の妖魔なの。だから、紅緋さんに引いてもらって茜に任せて貰えないかしら?」
「茜の妖魔?」
「そう。茜は妖魔使いなの」
僕は今、蜘蛛の妖魔に遭遇して戦っているので俄かには信用出来なかったが、実際、僕の目の前で茜と月白と言う名前の妖魔が会話をしている。
「月白! どう? なんとか元に戻せそう?」
「茜、少々荒療治になるが構わないか?」
「これ以上の怪我を負わせないというのなら」
「分かった、善処する」
そう言うと月白は蜘蛛の妖魔の所に駆けていく。妖魔は月白の姿に気づき、女生徒の口から生えた牙を大きく開き、月白の頭に噛みつこうとする。月白は上体を一旦沈ませてから、一気に起こし前脚を振り上げ、妖魔の顎に当て組み倒し首すじに犬歯を立てる。
「何をするんだ!」
僕はその光景を見て叫んだ! まるで茜の妖魔の月白に、女生徒の首が食いちぎられそうに見えたからだ。
「少年、そんなに熱くなるものではない。真実が見えなくなるぞ」
女生徒に犬歯を立てていた月白がその歯を抜き、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「妖魔と融合した体は妖魔にしか浄化出来ない。だから私が全て吸い取った。これでこの女生徒は元に戻るだろう」
そう言って女生徒から離れ茜の所に戻って行く。
今、目の前で起きた事を見る限りでは月白が敵とは思えない、僕はそばにいる紅緋に話しかけた。
「紅緋、月白って妖魔なんだよね?」
「そうなんだけど……私、彼のことを知ってる気がする」
「えっ、どういう事?」
「彼は昔…………」
紅緋が話しかけた時に、月白が紅緋の言葉を遮った。
「そこまでだ、お嬢ちゃん、あまりおしゃべりはするもんじゃない」
それっきり紅緋は口をつぐんだ。
そんな会話がなされている中、サングラスに黒服姿の男たちが生徒達を担架で運び出し、壊された窓ガラスの修復をしている。
「時間が戻るまであとどれ位だ!」
「あと一時間二十分です!」
男たちの間でそんな声が飛び交っている。
どうやら神凪生徒会長が呼んだらしい。
「神凪生徒会長、この人たちは?」
「うちの会社の特殊修復部隊です。人に危害が及んだり、破壊活動が行われたりする事を想定して常に待機しています」
「でも、ここは時間の流れが変わっているのに、どうしてこの人たちは普通に動けるのですか?」
辺りにいた生徒たちはスーパースローになっているのに対して、黒服の男たちはテキパキと仕事している。
「それは彼らの耳を見て下さい」
僕は男たちの耳を見た。一応に神凪生徒会長と同じピアスをしている。
「あれは、神凪生徒会長と同じピアス?」
「いえ、私が着けているピアスのレプリカです。うちの会社で私のピアスを研究し、同じ時間に入って事後の収集に当たれるように量産したものです」
そう話している神凪生徒会長の元に黒服の一人がやって来る。
「お嬢様、作業は終了しました」
「お疲れ様。怪我をした生徒達の様子はどうですか?」
「精神状態は安定しています。うちの医療班の話によると数時間で元に戻せると言っています」
「ありがとう。いつも苦労をかけますね」
「いえ、では、失礼します」
そう言って黒服の男は何事も無かったかのように、他の黒服を連れて去って行った。
「時間を戻す前に少しお話ししていいかしら?」
神凪生徒会長は僕たちに笑顔で話しかける。
「えっと、まずは初めましてですね。紅緋さん」
そう言って神凪生徒会長は紅緋に手を差し出す。紅緋は一瞬躊躇した様子だったがすぐにその手を握り返した。
「これで事件も解決して、新君との精霊さんともお会い出来て、めでたしめでたしと言いたい所なんだけどそうもいかないわよね」
神凪生徒会長は茜を見やる。
「まあ、根本的な解決にはなって無いですから……月白、あの蜘蛛の妖魔と女生徒を融合させた妖魔の正体ってわかる?」
「うーむ、あの状態まで融合出来るとなるとかなり上位の妖魔という事になるのだが」
月白は片目を瞑り小首を傾げながら考えている。僕は月白の言った言葉が理解出来なくて聞いてみた。
「月白さん、融合させるってどういう意味ですか?」
月白は瞑っていた片目を開け嬉しそうに答える。
「少年、良い質問だ。人は大なり小なり負の感情を持っている。恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動、そんな感情を持った人は限りなく精神が不安定になる。その弱みにつけこんで上位の妖魔は人と妖魔の融合を企てこの世界を支配しようとしている」
「面倒な話でしょう?」
月白の言葉を受け茜が話す。
「誰だって聖人君子では無いのだから負の感情を持つことだってあるでしょう。そこにつけ込むなんて!」
「そうね」
神凪生徒会長も茜の話に同意している。
「でも、こうしている間にも今回の事件を起こした妖魔は動き回っているかもしれないから気をつけないといけないわね」
「そうですね」
僕はさっきの女生徒の姿を思い出し、同じような事を二度と起こさない為にも、妖魔を早く見つけて倒さなければと思った。
「それでは皆さん、時間を戻しましょう。月白さん、紅緋さん、ありがとうございました」
月白は茜の腕輪に、紅緋は未來の指輪に、戻っていく。そして時間が戻り何事も無かったかのように放課後の時間が進み始める。
「新君、昨日からの生活の変化に戸惑っているでしょうけど、何か困った事があったら私におっしゃって下さい。何時でも相談にのりますから」
神凪生徒会長は優しい顔で微笑んだ。
「ありがとうございます」
僕は一礼してから神凪生徒会長と茜と別れ、自分の教室への帰路についた。窓から入る夕陽の光はオレンジ色から朱色に変わり僕の影を一層長く伸ばしていた。
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