第5話 融合

「な、何?」


 神凪生徒会長と茜は生徒会室を飛び出し、音のする方へと走り出す。僕はその後に続いた。

 音がした方向はどうやら、三年生のクラスのある所からのようだ。

 窓からは相変わらず、まだ沈みかけていない太陽のオレンジ色の光が差し込み、太陽の光を遮っている窓と窓との間の壁が影になって、走っている僕にオレンジ、黒、オレンジ、黒と色彩感覚を麻痺するような気持ちの悪さを感じさせる。


「未來! 嫌な妖気が漂っている!」


 今は指輪になっている紅緋が、走っている僕に声をかける。


「えっ、あの音は妖魔の仕業なの?」

「そうみたい。戦う準備をしておく方が良いかもしれない」

「分かった!」


 そう答えてはみたものの、何を準備すればいいのか全く分からない僕は、何を見ても驚かない心の準備だけはしておこうと思った。


 そして、その音がした場所に着いた時に、先程した心の準備が無駄にはならなかったことを感じることとなる。


 其処で僕が目にしたのは、廊下中に張り巡らされた蜘蛛の糸と無数の蜘蛛の妖魔、そして蜘蛛の糸に絡められている沢山の生徒たちの姿だ。


「わっ! なんだ。この数!!」


 神凪生徒会長もこの惨状にどう動けば良いのか、判断に困っているようだ。


「とりあえず、止めないと! 紅緋! お願い!」


 みんなを助けたかった僕は、神凪生徒会長と茜のことを気にも留めずに紅緋を呼び出した。


「未來! 任せて!」


 紅緋はすぐさま右手に炎の短剣を持ち、蜘蛛の妖魔の中に飛び込んでいく。張り巡らされた蜘蛛の糸の上で、軽くステップを踏む様に右に左に飛び跳ねて、蜘蛛の妖魔を炎の短剣で倒していく。


 しかし、紅緋が懸命に蜘蛛の妖魔を倒しているのだけれど、数が多いためか減っている感じがしない。


「この数は異常ですね」


 神凪生徒会長は難しい顔をして、茜に問いかける。


「はい。今、調査中ですが、たぶん何者かが呼び寄せた下級妖魔たちでしょう」

「では、何処かにこの妖魔たちを操っているものがいると?」

「そう考えるのが妥当かと思われます」

「そうですか」


 僕は紅緋ひとりが妖魔たちに立ち向かっている姿を見て、何も出来ない自分に苛立ちを覚えていた。


「神凪生徒会長! 僕に何か出来ることはないんですか?!」

「残念ながら、一般の人間に出来ることは無いわ。戦う術の知らない人が、妖魔に立ち向かっても足手まといになるだけよ」


 くっ! 見てるだけしかないのか!


 蜘蛛の妖魔を倒して奥に進むのだが、奥に行くにしたがって蜘蛛の巣がどんどん増えていって、紅緋の行く手を遮る。


 そんな中、紅緋は僅かに見える教室側の壁と外窓側の壁を蹴り、左右に飛びながら一匹ずつ確実に倒していく。


 軽快なリズムで妖魔を葬る紅緋だが、一匹の蜘蛛の妖魔が吐いた糸が、紅緋のブーツに絡み紅緋の動きを止める。


「紅緋! 危ない!」


 動けなくなった紅緋の頭上の天井から、蜘蛛の妖魔が大口を開けて降りてくる。

 紅緋は必死にブーツに絡んだ蜘蛛の糸を外そうとするが簡単には外れない。


 このままだと紅緋が噛まれてしまう!


 そう思った時には、僕の体は自然と動いていた。

 とっさに近くにあったモップを手に取り、蜘蛛の妖魔の頭部に一撃を与える。妖魔は頭部から緑の液体を撒き散らし、裏返って動かなくなった。


「未來、ありがとう!」

「うん!」


 後ろで神凪生徒会長と茜が驚いた顔をしているが、そんなもの、知ったことではない。

 今は微力でも、紅緋を手伝って早く生徒のみんなを助けてあげたい。


 僕はそのままモップを手に、紅緋と二人で蜘蛛の妖魔を減らすことに専念した。


 あらかたの妖魔を倒して、先に進むと廊下の突き当たりに、ひときわ大きな蜘蛛の妖魔が蜘蛛の巣の真ん中で、甲高い耳触りな声で鳴いていた。


「よし! こいつを倒せば終わりだ!」


 そう言って僕がモップを上段に構え、妖に向かって行こうとした僕を紅緋が止める。


「待って! あれを見て!」


 紅緋は蜘蛛の妖魔の頭部の方を指差す。それは今までの蜘蛛の妖魔と違い、頭部は女生徒の顔で口から三十センチくらいの牙が伸びている。


「えっ! 人……?」


 僕はその気味の悪い姿に絶句した。そんな僕の前に紅緋は立ち、少しずつ僕を後ずさりさせる。


「人だけど妖魔と融合してしまっている!」

「どうすればいいの?」


「私の能力では、彼女を助ける事は出来ない。倒す以外に方法がない」

「じゃあ、彼女はもう助からないの」


「ごめん。……未來」


 紅緋は目を伏せ頭を僕の胸に当てる。その間にも、女生徒の顔をした蜘蛛の妖魔は僕たちに迫って来ていた。


 そんな、どうする事も出来ない僕たちの後ろから、ゆっくりとした力強い声が聞こえてくる。


「ここは私の出番かな?」

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