第4話 生徒会長 神凪リサの能力

 放課後 私立翡翠高等学園 一年一組


「今日はここまでにするか」


 6時間目、担任の加藤先生の数字の授業が終わる。放課後となるわけだが、数人の女生徒が加藤先生のところに質問に行っている。グレーのスーツに黒と赤のストライプのネクタイ、髪は柔らかに後ろに流し全体的にシャープな感じで女生徒からも結構人気がある。


「未來! 本当に行くのか?」


 ことさらに、僕の生徒会室行きを和哉は引き止める。


「どうしたの? 和哉らしくも無い。いつもだったら『行ってこい! 生徒会長をナンパしてきなよ!』とか言いそうなのに?」


 僕は和哉の口調を真似て戯けて見せたのだが、和哉は険しい顔のまま一言も発せずに僕を見つめている。


「ごめん、ごめん、僕が悪かったよ。……でも約束だから生徒会室に行ってくるよ」

「分かった。だけど一つだけ忠告しておく。何か起きたらすぐに逃げろ! 絶対に戦おうとするな!」


「戦う……?」


 あまりに真剣な和哉の口調と話の内容に、不思議そうな顔をしている僕に、和哉はバツが悪そうに少し笑いながら言った。


「とりあえず、金髪美少女に迫られたら逃げろってことだ! 未來は俺のものだからな!」

「うん。何かあったらすぐ逃げるよ。それから僕は和哉のものじゃないからね」


 僕はそう言って教室を後にした。


 生徒会室は三階で僕ら一年生のクラスは一階にあるので結構な距離を歩くことになる。

 廊下の窓から夕陽が差し込み、僕の影を実際の身長よりも長く廊下の壁に映し出す。僕はそのオレンジ色の光の中を歩きながら、さっきの珍しい和哉の言動について考えていた。


「あれ程僕を生徒会室に行かせたくないってどういう訳なんだろう?」


 そうひとりでつぶやくと、僕の右手の指にはめられている指輪から声がした。


「和哉だっけ、彼は生徒会室の中にいる誰か、もしくはあの生徒会長が危険な人物である事を知っているのかもしれない」


 今は指輪の形態になっている紅緋の声だ。


「それってどういうこと?」

「生徒会のメンバーの中に妖魔がいるのかもしれないってこと」


「えっ、和哉が何でそんなこと知ってるの?」

「和哉がどうやってその事を知ったかは分からないけど、朝、あの生徒会長が来た後にすぐに精霊と妖魔の気配がした」


「それって、あの瞬間に紅緋以外の精霊と妖魔がいたってこと?」

「そうだと思う」


 紅緋の考えが正しいとしたら生徒会長の神凪先輩が妖魔ってことになる。でも、もしそうであったとしても和哉が知る訳が無い。

 まてよ、紅緋は朝に精霊と妖魔の気配を感じたって言っている。


 それじゃあ、和哉が精霊使いだったら…………ってそんなわけ無いか。僕は自分の考えに苦笑する。


 こんなふうに考えがまとまらないまま生徒会室の扉の前まで来てしまった。


 とりあえず、和哉にも言われているし、気を引き締めて僕は扉をノックした。


「一年一組、新未來です」

「どうぞ、お入り下さい」


 生徒会室の中から明るく澄んだ声で答えが返ってくる。僕は扉を開けて中に入った。


「失礼します」


 生徒会室の中は中央に大きなテーブル、壁側にパソコンデスクが3つ、もう一方の壁には書類などが並べてある棚があり全てが綺麗に整理整頓されている。その中央のテーブルの向こうで柔かに微笑んでいる神凪リサ生徒会長が立っていて、その隣には小柄な女生徒が並んで立っていた。


「わざわざお呼びたてして申し訳ありません」


 神凪生徒会長は丁寧にお辞儀をして、僕に椅子を勧めてくれた。僕が椅子に座ると続いて二人も椅子に腰掛ける。その二人の表情は対照的だ。神凪生徒会長が穏やかに微笑んでいるのに対して、隣の女生徒はきつい表情で僕を睨んでいる。


「単刀直入に聞きますが、僕が此処に呼ばれた理由って何なんですか?」


 僕は神凪生徒会長にストレートに疑問をぶつけた。神凪生徒会長は少し困った様な顔をしながらモジモジした様子で答える。


「一つは私が個人的に新君に興味があったのと、もう一つはその指輪について聞きたい事があったから……」


 神凪生徒会長の僕に興味があったという意味は分からないが、指輪について聞きたいと言うのは、精霊について何らかの事を知っていると考えた方が良いだろう。


「指輪って、この指輪のことですか?」


 僕は右手を広げて神凪生徒会長に紅色の指輪を見せた。神凪生徒会長はその指輪をまじまじと見て、隣にいる女生徒に視線を送る。隣の女生徒は神凪生徒会長に頷き僕の方に顔を向けて話し出した。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はお嬢様の義妹になります神凪茜と申します。こんな背格好をしてますが、新君とは同学年になります。お嬢様と同じ姓になりますから名前の茜で呼んで下さい」


 さっきまでのきつい表情から一転して、無邪気な笑顔で丁寧な挨拶をしている神凪茜は、自分でも言うように身長も低いし、顔も童顔、黒髪のツインテールとちょっと見中学生、いや小学生に間違えられても不思議じゃないくらい小柄である。


「それでその指輪なんですが精霊の指輪ですよね」


 茜は僕の指輪を見て言った。


「え、ええ、まあ」


 僕はごまかすこと無く肯定する。そのやり取りを隣で見ていた神凪生徒会長は嬉しそうな顔で僕に聞いてきた。


「昨日の学校の帰り道に西の方角で時間の流れが変わるのを感じたのですが、新君ですよね?」


「はい。でも、神凪生徒会長が何故そんな事を知っているんですか? もしかして神凪生徒会長も精霊使いなんですか?」

「それは違うわ…………」


 そう言いながら自分の耳元の金髪をかき上げ、耳に着いている紫色のピアスを指差す。


「このピアスには精霊は宿っていないの。でもこれがあるから私は精霊と妖魔を感知出来るし、時間の変化にも対応出来る、あと、人の心の汚れも認識する能力もあるわ」


「人の心の汚れ?」

「そう。無色透明から真っ黒な色までその人の今持っている心の色が見える。そしてその心の色が、精霊使いになれるかどうかの重要なファクターになっているの。当然、澄んだ色の心の持ち主が精霊使いになるんだけど、新君の場合は例外ね」


「例外?」


 神凪生徒会長は僕の目をジッと見つめながら話している。神凪生徒会長には僕の心の色は何色に見えているのだろうか?


「そうね。殆どの人は幼少期に精霊使いになる。何故幼少期なのかっていうのは、人が成長すればそれと同じくして心の色が濁っていくから。でも、不思議な事に新君の心の色はまるでガラスのコップにミネラルウォーターを注いで朝日に照らしたようにキラキラと輝いているの。私も初めて新君を見た時に驚いたのと同時にすごく興味が湧いたの」


 僕の心の色が全く濁って無くてキラキラ輝いているって、それって喜んでいい事なのかな? イコール僕が子供の時のまままるで成長していない気がしてなんとも複雑な気持ちになる。そんな僕の気持ちを察してか神凪生徒会長は優しく語りかけてくる。


「子供の頃の純粋な気持ちを持ったまま大人になれるって素敵な事じゃないかしら。物事を素直に真っ直ぐに見ることができる。私には無理な事ね」


 徐々に神凪生徒会長の顔が悲しそうな寂しそうな笑顔に変わっていく。


「私の家はいつも大人がお金と欲望の為に争っている。そんな中で育った私にいくら精霊の宿る器があっても、精霊が降りてくる訳が無いわね」


 そう言って指でピアスの紫色の石がついている部分をなぞった。


「お嬢様…………」


 茜も悲しげな面持ちで神凪生徒会長を見ている。


 その時!


 ガシャァァーーーーン!


 キャーーーーッ!


 突然、ガラスの割れる大きな音と人の叫び声が響きわたった。

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