第2章★旅立ち編
第24話◆女神の贈り物
――ソータがグラディエーターになってすぐ、サイダル森林のオーガ出現の原因究明が開始された。
近隣の森林に災害級モンスター出現の知らせは、エルドラド王国の危機となる。だが、無闇にそれを知らせてしまうと国民の不安を煽るだけだ。
とはいえ、サイダル森林はエルドラド王国の重要な流通網の一つ。商人たちには伝える他ないが、簡単に手放せる森林ではなかった。この事態を重く見たエルドラド国王陛下は、数々の冒険者ギルドにオーガ出現の原因究明の依頼を出した。
……しかし、一ヶ月という期限内でも成功者が現れず、やがて国王陛下はその依頼を取り下げ、結局半年後にエルドラド王国軍第一大隊レイザック・トトラーシュを隊長に、第一大隊精鋭100名を向かわせた。
――エルドラド王宮。
「……レイザックさん、これからどこへ?」ミスリルメイルを身に着けて、昼の訓練の準備へ向かうゾルダーはレイザックに声を掛ける。
「ゾルダーか。貴様も知っての通り、俺と貴様の息子の命が危険に晒されたサイダル森林へ出向く。国王陛下から直々にオーガ出現の調査を命じられた」
「そうか……良い報せを待つことにする」
「あぁ、そうしておけ」レイザックはそう言うと、近くにいる兵へ準備を急がせる。
一方、時を遡ること四学年に進級したばかりのソータ達は、相変わらず錬成学院で厳しい訓練に勤しんでいた。
――錬成学院。
「そこまでッ! ――勝者、ロッサ!!」右手を挙げて号令を掛けるメリッサ教官。
「負けたあぁぁぁぁ!!」ソータは頭を抱える。
「ふふっ……私に魔法で勝とうなんて3年早いですわ!」微妙に短い気もするが、腰に手を当てて満足気に言い放つロッサ。
先程まで行われていたのは、魔法技術を用いた戦闘訓練。火力はある程度まで制限され、魔力をどのように扱って戦うか……という基準でトーナメント形式の戦闘訓練が行われていた。
因みに先程の戦闘は準決勝で、そこでソータは敗退してしまった。
意外だったのは、クレリアが第一試合でエルディアに勝ったことだ。偶然、クレリアとエルディアは一勝するだけで決勝へ行けるシード権を獲得していたので、ロッサとクレリアの友人同士での決勝戦となった。
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「そこまで! ――勝者、ロッサ! ……よって、今回の戦闘訓練の優勝はロッサ・パルセノスとする!!」メリッサ教官が号令を掛ける。
その後に行われるのは、戦闘訓練の評定。今回のソータはAだった。今回もかなり成長をしてみせたからだ。
エルディアとロッサもA、クレリアも評定は基本的にB続きだったが、今回はAだった。
エルディアがAだったのは当然、席の問題だ。一学年のあの時から席の移動が出来ていない。そろそろエルディアを評価の上がる席から引き摺り下ろす時だろうか。
そして戦闘訓練の後は、学生長定例会議があった。
――会議室。
「さて、今回は席移動の一騎打ちについて。何か意見のある人は?」六学年の先輩がやる気のないタイプだったので、五学年のセリーナが会議を仕切っていた。
「セリーナさん、その前に良いですか?」ソータが挙手をする。
「……何かしら?」
「コイツをつまみ出そうと思います」そう言ってソータは六学年の先輩の襟首を掴んで会議室の外へ放り投げ、会議室の鍵を閉めた。
会議室の外からは壁に激突する音が聞こえてきた。先輩が何か喚いている気がしたが、無視することにした。
「貴方って人は全く……後先考えてるの?」セリーナがそう言うが、ソータの性格を知っているので何も言うことはなく、むしろ定例会議ではソータを擁護する立場であった。
「……他にやる気のない奴はいるか? いたら前に出ろ!」会議室にいる後輩たちに言ってやると、後輩たちは固まったまま、首を横にブンブン振っていた。「よし、セリーナさん、続けてくれ」
「……もう一度言うけど、席移動の一騎打ちについて、どう思う?」
「はい!」再びソータが挙手をする。
「はい、ソータ」指されるとソータは続けた。「席移動の一騎打ちはいつでも出来るようにすべきかと! また、意味を理解している者同士であれば、一学年でも出来るようにすべきです」
席移動の一騎打ちというのは、今の四学年の教室で言えば、例えばソータがエルディアの席に移動したいとする。
すると、学院で月に一度、席移動の一騎打ちを挑戦するチャンスがあるのだ。その一騎打ちに双方の同意のもと誰か教官が一人審判を行う。
そしてソータが勝利した場合、エルディアと席は入れ替わる形になる。また一騎打ちはその月一度限りで、その場で連続して行えないという決まりがあった。そして席が前列の真ん中に近いほど評定が上乗せされる。拠って、意味の理解出来ている者は座る席を重要視していた。
ソータが進言したのは、その席移動の一騎打ちをいつでも出来るようにすべきだという内容だ。
「なるほど……他に意見のある奴はいるか?」セリーナが言うと、一学年の後輩が挙手して指される。
「えっと……席移動がどう影響するのか分かりませんが、もしいつでも出来るようにした場合、審判の教官への負担が大きくなるのではないでしょうか……?」という意見が出た。
いや、分からなくもないが、強くなるための錬成学院で教官を利用しない手はないだろ……。
「なるほどね……他には?」
――しばらくこういった形で会議が続き、結局、席移動の一騎打ちは週に一度出来るようにしたいという方向が固まった。
このまとまった意見を教官室まで持って行って、問題ないと判断されれば、その旨が記載された新聞が、学院の学生全員に届くようなシステムになっていた。
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「今日もお疲れ様、ソータ」セリーナが声を掛けてきた。
この人随分変わったな……二学年の頃は「下民下民」と口癖のように言ってきたというのに……。
一学年の頃から、時々話し掛けるようにしていると、だんだん心を開いてくれた。それで今のように普通に話すくらい丸くなったのだ。
因みに、ソータはセリーナに勉強を教えたこともあり、彼女の座学の成績はハッキリ伸びている。
「あぁ、お疲れ様です、セリーナさん」
そう言って学院から帰宅する。明日は学院が休みなので、昼にローナと待ち合わせている。一緒に教会へ行くためだ。
ローナに何度か会いにスラムへ行ったが、お互いの学院の休みの都合が付けられなかったのだ。
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――翌朝。
「行ってきます」庭を歩くと、長女のアルマが脚を組んで本を読んでいた。
19歳だった長女のアルマも今年で23歳で、立派な大人として仕事をしている……。今の仕事は、エルドラド王国軍魔法研究部員……だそうだ。
「あれ? どこ行くの?」
「ちょっと教会に……」
「へぇ~……珍しいわね。ソータはお祈りなんてしない印象だったけど……」
「たまにはね……」そう言って、家を出ていくソータ。
それを遠目で見つめてニヤニヤする長女のアルマ。
「怪しいわねぇ~~……アレは女の子に会う目だったわ! ……おねーたんが彼女さんの品定めをしてやろう……ふっふっふ!」そう言ってアルマはコソコソとソータの後をつけることにした。
――教会前。
いつものように、フランスのパリを彷彿とさせる街並みを通り、色とりどりの花が一面に咲いている教会前の道。そこを進むと、ローナがいた。
「あっ……ソータさん……」
ローナが声を掛けてきた。時間的に余裕をもって家を出て、教会前に着いたのは20分前くらいなのに、もう待っていたのだ。
「おはよう、早いね」
「おはようございます。私も今来たところです」そう言ってローナは教会へ入る。その後を付いて行くソータ。
「た、ただのデートかと思ったら本当に教会行ってる……あの女の子誰だろう? 服装から見ればスラムの子だけど……ものすごくかわいいじゃない……!」そう呟いて、アルマも教会へ入ることにした。
教会は広いので、ソータたちが入口から離れてしまえば、入ってきた事は気付かれにくいだろう……。
そんな時、アルマの頭の中でピロリッ! と音がなった。
“新しいスキル【隠術】を修得!”
ちょうど隠密行動がとれるスキルを修得出来た。魔法研究室で先輩部員と隠れんぼをして遊んでいたお陰だろうか? これ幸いと、隠術を発動させて教会へ入る。
――教会――祭壇前。
「……来たぞ、エンさん」するとソータとローナの視界は白くなり、その先にエン・マーディオーが現れた。
「久しぶりね、ソータ」エンが口を開く。
「あぁ、久しぶり」
「お、お久しぶりです、エン・マーディオー様!!」ローナはぺこぺこ頭を下げる。
「ローナ・マクスウェルちゃん、私の使命を全うしてくれてありがとう。心から御礼を言うわ。……これから先辛いことも多いだろうけど、ソータに護ってもらってね」勝手に護衛指名されたが、そんな事は言われるまでもない。ローナは護ってやりたいと思っていた。何故かは分からないが……。
「エンさん、俺は何で呼ばれたんだ? ローナからは何か渡す物があるらしいって聞いてるけど……」
「そうよ! ……これを渡す為に呼んでもらったの」そう言ってエンは紫と金色の美しい布に包まれたある物を渡してきた。それを受け取るソータ。
「……これは?」
「今の貴方にはまともに扱えるか分からないけど……でも強力な魔法武器よ。……装備してみて。きっと今ならギリギリ制御出来るはず」
制御……? 何故今そんな強力な魔法武器を渡してきたのかは謎だが、開けてみるソータ。
「……篭手?」
ソータが開けた布から顔を出したのは、全ての光を吸収するかのような黒さが輝き、禍々しさを兼ね備えた右手用の篭手だった。
「あの金のカプセルを手に入れた人には、更に何か特別な物を与えるルールだったんだけど……すっかり忘れちゃってた。てへっ☆」舌を出しておどけるエン。
おい、やめろよ。俺はともかくこの世界の住人は美しく素晴らしい女神様ってことになってんだから……。
「いつもの忘れてたってアレか」
「神を忘れっぽいみたいに言わないでよ!」と突っかかってくるが、実際忘れっぽいじゃないか。俺の記憶を消し忘れるし……。
「とにかく……これはありがたく使わせてもらうよ」そう言って、早速右手に装着するソータ。
その瞬間、魔力を吸い取られるような感覚に一瞬陥る。一気にMPが吸われてしまったようだ……。
この篭手の溢れるような強大な魔力を押さえる為に、MPを全て消費してしまったのだ。
「うっ! ……け、結構危険な篭手みたいだな」
「その分強さも私、エン・マーディオーのお墨付きよ!」そういってウィンクするエン。本当にコイツといると調子狂うな……。
「それで……この篭手は何ていう篭手なんだ?」
「……その篭手は、魔法の力で全てを護る篭手……“ボルグローブ”よ!」
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「う……嘘でしょ……」遠目でソータたちを見ていたのは先程から尾行していた長女のアルマ。
ソータがゴッデススキルを手に入れた後、エンと話したと言っていたが、今現在エン・マーディオーが現れて、ソータとローナと呼ばれている女の子の三人で話しているのだ。
しかも、神であるエン・マーディオー様から、何かを受け取っているソータ……。
「本当に話してたんだ……」と少し疑っていたものの、今の光景を見ると、お話したことがあるというソータの言葉を、ハッキリ信じるしか無くなった。
「じゃあ、ソータ。……ローナちゃんを絶対に護ってあげてね……この子にそのゴッデススキルを授けたのは、ソータ。貴方が側にいるからよ」
「どうして……?」
「エインヘリヤルの召喚術士……その対を成す存在から彼女を護るのが、貴方の役目なの」
いつも見ないほどのかなり真剣な眼差しで話すエン。
「……おかしいだろ、エン。俺には何をしてもいいって言ってたじゃないか!」
「いいえ、何をしても自由よ。別にローナちゃんを守らなくたって良いわ……でも、貴方ならその道を選ぶと思ったの」
「……ローナを護るという点においては了解した。この子は何も悪くないしな」
「ごめんね……お願い、ソータ……」
エンはそう言うと消え去ってしまった……。
「あの……」ローナは不安そうな顔でソータを見上げる。
「……心配するな。キミを護ろうと思ったのは、出会ったその日からだ。エンさんに言われたから、やるわけじゃない」そう言うと、ソータはローナを連れて教会を出る。
「あ~……腹減ってないか?」突然思い出したかのようにローナに聞く。
「えっ? ……えっと……大丈夫、です……」
「…………」少しの間、ローナの顔を見てから続けた。
「俺は腹が減ったんだ、ちょっと付き合ってくれよ」ソータはそう言って、教会通りの近くにあるパン屋へ行って、一通りの物を購入して店を出てスラム街の方へ歩いていく……。
実際、全く腹は減ってなかったが、ローナの表情を見て、腹が減ってると何となく分かったのだ。
「これ、持って行きな。お前の母さんにもよろしく言っておいてくれ」そう言ってパンが入った袋を差し出すソータ。
「そんな……! いただけません!」そう言って、手で制してきたが、その手を掴んで袋を握らせた。
「俺のエゴかもしれないけど……お前の目、腹が減ってるように見えたんだ。……もし要らなかったら、捨ててもらっても良い」
「……ありがとう、ございます……ホントは、お腹空いてました…………」
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