第23話◆新しいグラディエーター


 ソータ達が全員無事で王都へ帰還している最中、錬成学院では……。


 ――錬成学院、教官室。


 ドアを思い切り開けて男性教官が入ってくる。

「た、大変です!! サイダル森林に……オーガが現れたそうです!!」一瞬で教官室が凍り付く。


「な、なんですって……!?」メリッサ教官の顔はみるみるうちに青ざめた。



「これから軍のグラディエーターを30名編成して進軍します! メリッサ教官! すぐに試験生を呼び戻しに行ってください!!」


「分かった!!」


「私も高位回復魔法は使えます! お供しますよ、メリッサ教官!」セリーナは進言した。


「すまん、頼む!」


「ソータ……アンタがいないと張り合いがないのよ……!」


 そう言って、メリッサ教官とセリーナはすぐに現場へ急行した。すぐに30名のグラディエーターが来るはずだ。援軍が来るまでの間、ソータたちがオーガと遭遇していない事を祈るしかない……!


「頼む……生きていてくれ、みんな……!!」そう呟きながら、メリッサは全速力で走る。




 ――サイダル森林、中間部。


「もうすぐで入口に到着するはずですが……ここで一晩明かしましょう。夜の移動は危険です」ソータはローナの母親に言った。


「ええ、分かりました……。では、火起こしの手伝いをさせてください」


 一行のうち、今現在左手しか使えないソータは、片手で少々非効率的だが、ライトラ、クレリアと一緒に石と乾いた木を集めに行った。ついでに添え木もそこで手に入れるつもりだ。

 残りのエルディア、ロッサ、そしてローナとその母親は、テントを張ることにした。王都で購入したテントは、4人用の物を二つ購入していたので、女性が二人増えても問題はなかった。


 直径15センチ前後の石を置きに度々ソータたち三人は戻ってくる。テントを二つ組み立て終わると、三人は乾いた木の予備をちょうど持って来たところだった。


「じゃあ火起こしするか」エルディアがそう言うと、ローナの母親が「私に任せてください」と言って、カバンから蝋のような白い物体と、火薬のような黒い粉を取り出して、それぞれ両手においた。


「ゴッデススキル、錬金術発動――!」その瞬間、蝋のような物と黒い粉は互いに引き寄せ合って、一つの灰色の塊になった。そこへマッチで火を点けて、石で囲った乾いた木に投げ入れた。その瞬間、一気に火が強まっていった。


「……珍しいゴッデススキルをお持ちなんですね!」ライトラは感心したように言った。


「このゴッデススキルは戦いに役立てることも出来ますが……私は生活を便利にする為のスキルだと考えています」そう言って、ローナを焚き火の近くの切り株に座らせた。


 そこへ、添え木を付けたソータが歩いてきた。

「保存食を御用意させていただきました。……あまり美味しい物ではございませんが食べ終えましたら、お二人はそのままテントでお休みください」ソータはそう言って、肩掛けカバンから三人前の保存食を出して、二つを渡した。


「ありがとうございます、ご飯までご馳走になってしまいまして……」恐縮するように言うローナの母親。


「ところで二人は、この森で何をしてたの?」クレリアも自分のカバンから保存食を取り出して聞いてみた。


「この森へは、よくお茶の葉と食用のキノコを採りに来るんです」そう言って、ローナの母親はカバンから緑色の葉っぱに白い斑点が付いた葉っぱを取り出して見せた。


「それって……ベルティーの茶葉……?」エルディアは知っているようだった。


「よくご存知ですね!」


「俺の家族は毎朝ベルティーを飲むからな……俺も毎朝飲んでる。クセはあるが俺は好きなお茶だ」


「ベルティーなんて見たことないわ……」とロッサが口をこぼすと、エルディアは答えた。


「無理もないさ。ベルティーは昔、スラム街の人たちが見付けて、滋養強壮に優れ、多少なら空腹感も和らぐことから食に困った時に飲むものとされてきたそうだ。ただ、その美味しさに目を付けた貴族が、スラムの人々から茶葉を購入してベルティーの専門店を出したんだ。そこで上流階級でも広まった。だが、ほとんどの茶葉は上流階級街とスラム街で消費されるから、中流階級の人間でも知ってる人は少ないそうだ」


「へぇ~!」と納得するクレリア。


「その貴族の方々に売るための茶葉を集めていたんです。生活資金になりますから」というローナの母親。大変ながらも、多少は充実した生活は送れているようだ。

 大抵の場合、貴族はスラムの人々からベルティーの茶葉の収穫場所を奪って、自分たちの活動資金にするらしいが、初めにスラムの人々からベルティ―の茶葉を購入したのが、あのクロウリー伯爵家だそうだ。


 そういえば、セリーナさん……随分前よりも立派な貴族の女性になった印象だな……

 ソータはそんなことを考えながら、保存食を口にした。


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 ――深夜。

 闇も一層深くなり、魔物の鳴き声が遠くから聞こえてくる……。


「起きてください」ライトラに身体を揺すられて起きるソータ。


「んん? 交代か……?」目を擦る。「はい、一時間お願いします」そう言ってライトラはソータの首に、紐でくくられた笛を下げた。

 ソータたち五人は、1人1時間で交代で見張りをすることになっていた。もちろん火の番をしながら。


 そして、先程ライトラから首にかけてもらった笛は、もし魔物の襲来があった時に鳴らすことで、とてつもなくデカい音が鳴り響く笛だ。


「分かった、しっかり休めよ」そう言ってソータはテントを出た。


 しばらく火の番をしていると、女性用テントからローナがひょっこり顔を出した。


「ん……? キミはえっと……ローナだっけ?」


「は、はい……」


「寒いか? 一緒に火に当たろう」ソータは手招きをしてやると、ローナはソータの横に並んで座った。



「…………」


「…………」

 二人の間で、しばし流れる沈黙……。


「スープ、飲むか?」火で温めていた飯盒はんごうのような物からお玉で掬って、木のボウルに入れる。


「あ、はい……いただきます」



 ……また沈黙が流れる……



「ソータ・マキシさん」熱いスープから口を離し、声を掛ける。


「ん?」


「王都へ戻ったら、一緒に教会に行ってくれませんか……?」


「……どうして?」


「その……エン・マーディオー様が、貴方を教会へ連れてきてほしいと……」

 ……意外だった。自分以外にもエンと話した人間がいるとは思っていなかったからだ。


「……いいけど、エンさんとどんな会話を……?」


「渡したい物がある……と言ってました」


「そうか……じゃあ帰ったら一緒に行こう」


「はい」ローナはそう言うと、スープを飲み終わり「おやすみなさい」と言って、テントへ戻って行った。

 その横顔はやはり不思議な魅力があった。



「エンさんよ……今度は俺に何の用なんだ……?」ソータは夜空を見上げて呟く……。


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 ――翌朝。

 ソータ達が保存食で朝食を摂り、火の後始末をしてからテントを片付け終えた。


 そのタイミングで、何かの集団が近くへ猛スピードで来ているのに気付いた。魔物だと悟ったが、何故か危険察知スキルは発動しない。


「みんな! 戦闘準備だ!!」ソータは声を飛ばし、各々は武器を構え、ローナとローナの母親の側にはクレリアとライトラが二人をいつでも守れるよう、挟むようにして待機。ソータ、エルディア、ロッサが前衛に立って武器を構えた。


 ……しばらく経つと、音の主がやって来た。

 馬に乗った王国軍のグラディエーター部隊だった……!


「キミたち! 学院の試験生たちだね!?」先頭にいた、兵士が馬から降りながら聞いてきた。


「え……あ、はい……」そう言いながらソータたちは武器を下げる。


「良かった、怪我はしているようだが、無事なようだね……実はこの森にオーガが現れたんだ! 直ちに試験は中止、別の日程でまた試験を行うことになった!」


「オーガって複数体いるんですか?」と質問するエルディア。


「そんなバカな事があるわけが……ってエルディア様!! よくぞご無事で!! ……オーガは群れは成しません。基本的に単体で行動をします」


「ということは、コイツが……」とエルディアはオーガの頭を後ろから引っ張り出した。リーダーであるソータが怪我をしていた為、エルディアが腰に紐を付けて、オーガの頭を結びそのまま引き摺って歩いていたのだ。


「――えっ?!」キョトンとした顔をする兵士たち。


「ま……まさかとは思うがキミたち……そのオーガをたった七人で倒したのかい……?」明らかに動揺している兵士たち。


「あ……ええと……」実際は倒していないので言い淀むソータ。しかしエルディアが答えた。「はい、我々が倒しました!」

 小声で「おい」と肘で小突くと、エルディアは「あの巨人を倒したんだから、これぐらい言っても問題ないだろ」と言った。言われてみれば、確かにそうか。


「す……すごい……!」


 少し遅れてメリッサ教官とセリーナが走ってきた。

「はぁ……はぁ……やはり馬より到着が遅くなったか……! みんな無事――って、オーガの頭!?」かなり驚くメリッサ教官。


 こんな教官の顔を見るのは新鮮だな……


「そ、ソータ……アンタたち、オーガを倒したの!?」セリーナがかなり驚いていた。


「あぁ、まぁ……」


「……だが、何故こんな危険な事をした!? 一歩間違えば……いや、間違えなかったとしても、全滅してしまうかもしれない危険な魔物なんだぞ!!」メリッサ教官は怒り出した。


「いや、だって……森で一番強い魔物を倒せって言ったのはメリッサ教官じゃないですか……」と言うと、メリッサが言葉にならない声を上げて頭を抱えだした。


「でも、大人の力を借りたのは失敗ね。この試験は五人でするものだし……」といったセリーナに、ローナの母親は答えた。

「私は戦っていません。私の娘がオーガに襲われているところを救って下さったと聞いています」


「えっ!? じゃあ……大きな怪我はソータのその骨折程度で……?」と明らかに驚いているセリーナ。



「……何はともあれ、無事で本当に良かった。セリーナ、ソータに回復魔法をかけてやれ」メリッサ教官の言葉にセリーナは頷いた。

「ソータ、こっち来なさい…………高位魔法ハイ・リヒルング……!!」


 ソータの右腕は白く輝き、ゆっくりと砕けた骨がくっついていき、腫れも段々と小さくなっていった。砕けた骨が体内でくっついていっているのに痛みは全くなく、すぐに全回復した。

「動かせる……! ありがとうございます、セリーナさん!」


「無事で良かったよ……ソータ」泣きそうな顔になるセリーナ。



 ゼルゲルたちのチームも、全員無事でタイガーウルフを退治したらしい。


 ・

 ・

 ・


 ――エルドラド王宮、玉座。

 グラディエーターの勲章の受勲式はエルドラド王宮の玉座で行われる。エルドラド国王が直々にグラディエーターの勲章をつけてくれるのだ。


「錬成学院生たちよ! 此度の活躍、見事であった! ……特に、エルディア・トトラーシュ、そしてソータ・マキシ。お主達二人には特に期待している……今後も訓練に励むがよい」


「「はっ! ありがたき幸せでございます!!」」二人は揃って敬礼をする。


 それぞれにグラディエーターの勲章をつけていく国王……。全員につけ終わると、国王は玉座の前に立ち口を開いた。


「……今ここに、この世界の未来を担う、新しいグラディエーターが誕生した!!」国王がそう言うと、玉座の間に集まる大勢の人間が拍手をしてくれた。

 父ゾルダーも嬉しそうな顔で拍手してくれている。



 王宮を出ると、ソータは早速ステータスを確認してみた。

(……ステータス)



 名前:ソータ・マキシ 年齢:15

 職業:グラディエーター

 Lv:94 HP:2054/2054 MP:993/993 SP:962/962

 攻撃力:1496 防御力:1310

 魔攻力:1414 魔防力:1389

 敏捷力:1437 精神力:211

 ゴッデススキル:経験値10倍/天賦の才

 通常スキル:【槍術マスタリー:Lv4】【拳術マスタリー:Lv5】【鎚術ついじゅつマスタリー:Lv3】【刀剣術マスタリー:Lv3】【斧術ふじゅつマスタリー:Lv2】【弓術マスタリー:Lv3】【危険察知:Lv1】【高位魔法:Lv1】【炎属性魔法:Lv5】【氷属性魔法:Lv4】【風属性魔法:Lv2】【回復魔法Lv:4】【闘争心:Lv4】【反骨心:Lv3】【打撃ダメージカット:Lv1】



 オーガを倒したことでレベルアップし、更に強くなったステータス画面……。その画面の職業の表示が、グラディエーター見習いから、グラディエーターに変わっていた。

 その事実を見て、喜びを噛みしめるソータだった。





 第一章★出会い編 終

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