第15話◆エルウィッヒ・クロウリー伯爵
怒りに任せた靴音を鳴らしながら、ソータを引っ張って歩いていくセリーナ。そんなテキパキと動けるなら、ちゃんと学生長会は参加して後で勉強やれば良かっただろ……
「セリーナさん」ソータが呼ぶと、少し沈黙してから一言「……先輩!」と言われた。
「……セリーナ……先輩」
「何?」
「どうして学生長会で勉強してたんですか?」
「宿題よ」
コイツ自習で勉強してた訳じゃないのかよ! 尚更タチ悪いじゃないか!
「家でやれよ……」声にならないほどの呟き……もはや心の声と言っても過言ではないボリュームでボソッと言ったのに「敬語使え、下民が!」と言ってきた。
「……家でやれば良くないですか?」
「前の日の分が終わらなかったからやってただけだよ!」
純粋にコイツは頭が悪いのだろうか? それとも二学年になると学問における授業の難易度が一気に跳ね上がるのだろうか?
「……着いたわ。ここよ、入れ下民」セリーナはそう言うと、ドアを開けてソータを引っ張り込んだ。
――応接室。
錬成学院は室内の装飾がまた美しく、貴族の父兄を待たせるのに不自由をさせないようになっていた。
座り心地の良さそうな金で装飾されたソファが向かいあわせにあり、中央には木製で、これまた脚に金や銀の装飾が施されたテーブルがあった。
ソファには、茶髪でヒゲが揃えられ、肌触りの良さそうな白い正装に黄色に銀の装飾がついたベストを着た40代ほどの男が座っていた。だがどこからか貴族らしさを感じられなかった。気品といったものは感じられるのだが……何故だろうか?
「……連れてきました、お父様! コイツが我が錬成学院の問題児、ソータ・マキシです!」
「問題児はどっちだよ……」頭を掻きながら、呆れ顔で言うソータ。するとセリーナの父親が口を開いた。
「キミがマキシ家のソータ・マキシか……俺はエルウィッヒ・クロウリー……クロウリー伯爵家の当主だ」
「……クロウリー伯爵様に関しましては、存じ上げております」ソータがそう言うと、エルウィッヒは続けた。
「そうか。では早速本題だが、キミはウチの娘に何をした?」物静かに質問をされている状態だが、心の中には怒りがあるのは分かっている。そんな不思議な雰囲気を
「特に何かしたわけではありません。……学生長会の腐敗した環境に対して耐えられなくなり“何だコイツら”と言った後、六学年の学生長であるリトン先輩に“ここの全員がマトモになれば参加します”と言って部屋を退出しました」
「……その言葉に嘘偽りは無いな? セリーナ」
「えぇ、そうですわ! お父様! この下民はクロウリー家の娘であるこの私をバカにしました! 国外の追放すべきかと進言します!!」
「……そうか。わざわざ呼び出してすまなかったね、ソータくん」セリーナとエルウィッヒの間には不自然な温度差を感じた。
「いえ……」
「セリーナ……」エルウィッヒは娘を呼んで続ける。「この大馬鹿者が!! 我々の生活を支えてくれている中流階級の人間を下民呼ばわりとは何事だ!! お前はいつも立場だけで人を見下す! そんな事ではクロウリー家を任せる事は出来ん!!」
あっ、怒るのそっちなんだ。でもエルウィッヒさんが常識のある人で良かった。
「だが……ソータくん、キミも少々言い過ぎな点もあったわけではないかね?」
「……そんな事は一切、無いと思います」実際の貴族を目の前にしても萎縮することがないソータのその様子を見て、エルウィッヒはゆっくりと深呼吸をした。
「……キミの気持ちは分かった。だが、今後は気を付けるべきだ。自分が正しく相手が間違っていても、どうしても平民と貴族の違いのせいで立場が逆転してしまうこともある。簡単に言うと、貴族が黒と言えば、白いものでも黒くなってしまうということだ。今回は娘の落ち度として大目に見るが、次は気を付けるべきだ……これはキミとキミの家族の為に言っている話でもある。……分かるね?」
「分かりました。……ありがとうございます」ソータはその場でハッキリとお礼を言うと、セリーナを見た。顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだ。
「セリーナ! ソータくんに謝りなさい!!」エルウィッヒは先程の怒鳴り声よりは多少落としたものの、怒鳴っていると言って間違いではない勢いでセリーナを叱った。
「……うぅ……ご、ごめん……なさい……」全身を震わせ、悔しさで涙を
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――学院廊下。
とりあえず、事は悪い方向へ進まなかったので、それに関してはエルウィッヒ伯爵には感謝すべきだろう。授業まではまだ時間があるので、歩いて教室まで向かっているとセリーナが声を掛けてきた。
「おい下民」
コイツはもしかして本物のバカなのか……? 怒られた直後に下民呼ばわりかよ……別に俺個人に対して下民と言われる事に対しては気にならないが、家族を馬鹿にされるのは腹が立つ。
「何だよ?」
「下民風情が調子に乗るな! 敬語を使え!」
ここまで行くとちょっとセリーナがかわいく見えてきた。
「セリーナ、お前ってさ。親に怒られた直後なのに態度変えないって、学習能力無いの?」
「くッ……! うるさい黙れ! 下民は下民らしく媚びへつらってペコペコ頭下げてりゃ良いんだよ!」
いい加減うるさいし、話題を変えたかったので適当な話題を急に振ってみた。
「なぁ、そういえば宿題やってたって話してたけど、大変そうにやってる所を見る限りだと二学年の勉強ってそんなに大変なのか?」
「へっ!? あぁ……まぁ、かなり大変だよ!」急に話題を変えたので変な声を出すセリーナ。
「教科書見せてくれよ」
「下民程度じゃまず文章の意味すら理解できないだろうな! そんなに自信があるなら、仕方ないから帰りに食堂で待ってな! 見せてやるよ!」
「あぁ、勉強になるなら楽しみだ」とりあえずそう言っておいたら「ふんっ!」と言って足早に靴音を鳴らして去って行った。
良かった、上手く誤魔化せた。下民下民言ってきて腹立つ奴だけど、手は上げたくないし、流石にそれをやったら父親も黙ってないだろうからな。
――教室。
「遅かったな、ソータ・マキシ。遅刻は厳禁だ。次からは気を付けろ!」教室に入るとメリッサ教官が居て注意された。ここは素直に謝るべきだ。
「すみません! 以後気を付けます!」
「……よろしい。さて、今日からしっかりと訓練をさせてもらう! 今日はまず座学、そして昼食は全員で会食形式、そして自由時間を挟んで最後に戦闘訓練で終わりとする! まずは算数科の教科書を出せ」
この年齡で算数か……などと思いながら、ソータは他の皆と同じように教科書一式を出す。
「さて、教科書3ページの計算……5問あるからそれぞれやってみろ。順番に答え合わせをする。その後で正当率の低いものから計算の仕方を伝えよう」
何々……“一問目:2635+279-164=?”あぁ……入試問題を少し難しくしただけか。入試してからキチンと勉強したかどうかを確認出来る問題ってわけか。
初っ端から頭を抱える皆。おい……「どこから計算すれば……」みたいな呟きが聞こえたぞ。
足し算と引き算しか無いんだからどこから計算しても同じだろ……俺が自分なりに簡単にするなら……279-164をやれば、答えは115になる。
最初の2635は最後の数字が5なので、上手くキリの良い数字になる。よって答えは2750だ。その数字をイコールの先に書き込む。
ええと次は……“455-135-1000=?”なるほど……マイナスの意味を理解してる人にしか答えられない問題か……当然高校生の俺なら……まず320で、そこから1000引いてるから-680か。
この調子でソータはサクサク解いていった。筆算もしっかり使って、問題なく全て終わらせた。
解いている間に黒板に教科書と同じ問題文が書かれ、一人一人指名されて問題を解いていく。今回は5問だったので、たまたまソータは指名されなかった。
しかし、驚いたのは貴族の連中である。あいつら、ちゃんと使用人などから勉強を教わってるものだと思っていたら、+と-を逆に覚えていたり、最悪の場合=の意味すら分からない奴までいた。どうやって合格したんだコイツら……。
対して、スラムで育ったライトラはしっかりと答える事が出来ていた。教育は金がモノを言う事があるが、今回は逆転したな……と思っていた。
クレリアも+と-を逆に覚えていた子の一人で、最初の問題は2520と答え、次のマイナス計算の問題に限って言えば、1590と答えていた。
メリッサ教官はなるほど……と答え、皆に分かるように、“+”と“-”の違いから説明を始めた。正の数と負の数……そして0よりも小さい負の数は“-”を付けて表記する……など、簡単な問題を皆は「なるほど、なるほど!」と納得したように聞いていた。
ソータも最初はこの世界独自の計算法があるかもしれないと思って、集中して聞いてみたのだが、段々眠くなってきた。既に知っている話のみ延々と聞かされるからだ。
眠くはなったものの、眠りはせず、座学は終わった。怒られるのも面倒だし、成績に授業態度のような欄があれば間違いなくマイナスされるからだ。
次は会食形式で昼食を摂った。これはマナーの勉強になる。目上の人間との食事や、般民と貴族との食事、もしくは貴族同士の食事を想定している。
グラディエーターは貴族からも一目置かれる存在である為、貴族と共に食事する事が多いのだそうだ。しかし、マナーの無いグラディエーターはすぐに嫌われるらしい。
これはしっかりと身に着けなければならない教養の一つだと思った。
この授業では前世の高校時代まででは知らなかった、色んな事を知ることが出来た。
香水などの匂いのするものはNG、お手洗いの場所は予め確認して案内出来るようにする、接待する相手のグラスは常に注意を払う、会計は見えないところで済ませておく、手土産は必ず用意して帰り際に渡す……等々、新しく知ることが出来た為この授業に関してはかなり集中して学ぶことが出来た。
メリッサ教官はこの授業中も「そこは違う! 常にこうするんだ!」と厳しくも、しっかりと実演して教えてくれるので勉強になった。
あとは、口を開けたまま咀嚼しないだとか、基本的な食事のマナーも教えてくれた。
こういった事は本来家で学ぶことだが、会食のマナーなどになってくると、家で学ぶものではなくなってくる。さすがにマキシ家でも子供にそれを教える必要はないだろうということで、まだ教わることはなかった。結果、昼食兼会食マナーの授業はかなり勉強になった。
そんな有意義な勉強をしながらの昼食は終わり、しばしの勉強ではない自由な時間を1時間ほど挟んでから、最後の戦闘訓練が始まる。
この授業は一対一のトーナメント制でやるそうだ。この最初の訓練の成績で新学期からのクラスの序列が決まりそうだな……と何となく感じていた。
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