第14話◆学生長、辞めました


「……お前のゴッデススキルについてだ」

 教室で、メリッサ教官と二人でソータのゴッデススキルについての話をすることになった。


「俺のゴッデススキルですか……」


「お前のゴッデススキル、経験値10倍と天賦の才について……お前はどう思っている?」


「……経験値10倍はレベル上がるのも早いし便利だなぁと。天賦の才はよく分からないです」


「その割には入学試験の時はレベルが低かったな?」


「あの時は模擬戦はやったことがありましたが、実戦は初めてだったので経験値が少ないだけかと……」


「そうか……。お前には話しておくが、ゴッデススキルが二つあること……他の学生には悟られないようにしろ」


 いやいや、そんな事言われてもなぁ……というのがソータの意見だった。

 もうすでにポニ子にはバレている訳だし……


「ポニ子は能力透視でもう知ってますよ」


「ぽにこ……?」


 あ、やってしまった。いつも通りの呼び方で呼んでしまった。ええっと……アイツ本名なんだっけ?


「能力透視ということは……クレリア・ラピスのことか?」


「あ! そうです! クレリアがポニ子です!」割と大きめな声で言った。


「変なあだ名を付けているんだな……仲が良いのは悪いことじゃないが。クレリアがお前のゴッデススキルを知っているのなら、彼女には周りに漏らさないようにしてもらうしかあるまい」


 アイツ約束守ってくれるかなぁ……? 別にポニ子を信用していない訳ではないが、12,3歳くらいの女子は噂が好きだったりするものだ。

 口を滑らせてしまっても何ら不思議ではない……これは中学、高校時代の経験則から言える。前世で昔付き合ってた彼女も色々友だちの秘密を俺にぶち撒けてたっけ。


「とにかくお前は、錬成学院創設以来……というより、人類史初のゴッデススキル二つ持ちだ。くれぐれも周りには気をつけろよ。妬みの対象にもなりえる。……実際私も羨ましくて仕方がないしな」


「分かりました」とだけ返しておく。

 ただ、エンに言われた言葉が過ぎる……。俺が開けた金のカプセルは1000個中1個だと言っていた。1000分の1の確率が人類史初というのはどういうことだろうか?



 メリッサ教官とは、そういった話をして、すぐに学生長会へ向かった。


 ――学生長室。


 扉の奥から声が沢山聞こえる。さぞしっかりとした会議をやっているんだろう。

「――であるから、最近の風紀の乱れにはより一層……おいお前らちゃんと聞けぇ!!」「あ! ミレイユちゃん? オレオレ! 今日この後デート行こうぜ~!」「ぐごぉ~……ぐごぉ~……」


 ……前言撤回。

 ソータは扉を四回ノックすると奥から「開いてますよ!」と返ってきた。


「失礼します!」ドアを開けて部屋に入った。部屋の中にいる学生長たちが一斉にソータの方を見た。


 ドアを閉めてそのまま挨拶をする。「初めまして、一年のソータ・マキシです!」ドアの前でお辞儀をしたのだが……


「私は六学年の学生長リトン・アーフェイだ。ゴッデススキルは……」と言いかけたところで、ソータの顔を見て話をやめる。

 自分が言ってしまえば、ソータは自分のゴッデススキルを言う羽目になる。ゴッデススキル二つ持ちは隠したいはず……

 そんな事を考えてくれた最高学年のリトンは髪は紫色のロングヘアだが、細い三つ編みを二本額の上から後頭部へ持って行き、後ろで一つに縛っている。かわいらしさの残る女性だ。

 瞳の色は暗い茶色なので、遠目から見たら髪色以外は普通に日本人女性に居そうな印象を受けた。


 ソータは「どうも」とだけ返して周りを見渡す。


「マァジで!? じゃあ今日の夜7時半に噴水公園で待ち合わせな!」「ぐぅ~……すぴぃ~……」「…………」


 彼女らしき人と魔導携帯電話で電話している男、寝ている女、真面目そうに見えてリトンの話を全く聞かずに無言で勉強だけをしている女。

 ……そこにあったのは自由という名の無責任。学生長としての仕事に参加するつもりが無いような学生たちだった。


「あの、これは……」ソータは驚きのあまりリトンに目を向けるが……


「あぁ……錬成学院の名物と言っても過言ではない。先生もある程度は容認している……」ため息混じりにそう言い切ったリトン。

 いやいや、ダメだろ! ちゃんと真面目に会議しろよ!


「というのも、各学年で特に強い者たちだからな、先生方も未来の国を担う若者を無下に出来ないんだ。階級は関係ないとは言いつつも、ここのほとんどが貴族の子だしな」


「……何だコイツら」ボソッと言ったが、勉強をしていた女子には聞こえたらしく、素早く顔を上げた。


「なに?」自分よりも少し子供に見える女の子……これが年上か。

 彼女は二年生の学生長セリーナ・クロウリー。薄い茶色の髪のボブヘアの女の子だ。頭には緑色のベレー帽を被っており、顔は眠そうにしている。


「いえ、何も」そう返したソータだったが、セリーナに目を付けられたようだ。「何もじゃないよね? “何だコイツら”って確かに言ったよね? 私、貴族の娘なんだけど? クロウリー家って知ってるよねぇ?」鋭い目で睨みつけてくるセリーナ。


 チッ、面倒くさい女だな……知ってるよ、クロウリー家くらい。伯爵位を持つ父親の家系だ。敵対すれば危険なことは誰でも判る。

 無責任に会議を放棄しておいて、自分が悪く言われると強く反応する女子、セリーナ・クロウリー……彼女も会議に協力しようという、協調性というものが欠片もなかった。


 サッカーをやっていたソータは協調性の無い人間が大嫌いだった。キャプテンをやっていた時もチームの輪に入ろうとしない黙々と練習をする選手は、評価はするがレギュラーに上げることは絶対にしなかった。

 個人々々の強さが相手の方が上だったとしても、チームプレイが本当の意味でしっかり出来ていれば、勝ててしまう事だってあるほど重要だからだ。

 ソータが通っていた前世の高校はサッカー部の部員の能力は中堅程度だったが、名門と呼ばれていた。それはコミュニケーションから入り、チームプレイを固めた為である。そういった理由で、ソータは協調性の無い人間が嫌いなのだ。

 そこで、ソータの中では一つの答えが出た。


「リトン先輩」


「ん?」


「俺、学生長やめます」


「え……? いや、待て待て! それは困る! マトモなのが私とセリーナだけになるじゃないか!」そう言って話を聞かず、ただ勉強をしていたセリーナを指差すリトン。


 リトン……コイツもまさかマトモじゃないのか? セリーナのどこがマトモなんだよ……


「この場にいるがマトモになったら、俺も参加します」そう言ってからは一言も発さずに部屋を出て足早に廊下へ出て行く。



 廊下の途中で、メリッサ教官と会った時には一言「ん? もう学生長会議は終わったのか?」と言われた。

 あんな所に居たくなかったので「学生長、辞めました」とだけ告げて帰ろうとすると「ちょ、ちょっと待て!」と、後ろから呼び止められた。


「……何ですか?」


「どうして辞めるんだ?」


「辞めるんじゃありません。辞めたんです」

 大した違いではないが、強調しておくソータ。


「い、いや、それは分かった。だが理由を教えてくれ」


「アイツらが腐ってるからです」真っ直ぐ教官を見据えて言うソータ。

 そこにはという存在に対する畏怖というものが欠片も無かった。


「彼らは貴族の子だ。そんな事を言ったら、お前もお前の家族もタダじゃ済まないぞ!」


「そうですか……貴族の息子や娘が腐っているという話の時点で否定が無いなら、彼らは一家の恥晒しですね。とても残念です」そう言うと、メリッサ教官は何も言い返す事が出来なかった。

 ソータが言っていることを正しいと感じ取ったからだろう。


 そんなソータは、そのまま真っすぐに帰路に就く。

 学院の敷地内には、夕焼けの橙色に色付けされた何台かの馬車が停まっており、その内の一台がちょうど出発する所だったので、それに乗った。

 中には別の学生が二人乗っていた。顔を知らないという事は先輩で間違いない。

「御一緒よろしいでしょうか?」と言うと、快く許可をもらえたので、同席させてもらった。



 先輩二人は上流階級の家だったらしく二人はそれぞれの家の前で降りていき、馬車に乗っているのはソータと御者だけになった。

 カバンから予定表を出す。……明日からちゃんとした授業が始まるらしい。より一層引き締まる心と共に、この学院で強くなっていこうという意志が更に芽生えるソータ。


 家に着くと、キッチンの方からリエナが包丁で食材を切る小気味良い音がリズミカルに響いてきた。

 その様子を少し見てから「ただいま」と一言。すると音は止み、リエナがキッチンから出てきて笑顔で「おかえりなさい、ソータ」と言ってくれた。


 その不思議と安心出来る言葉を聞くと、自分の部屋へ向かって、明日の準備を始めた。

 今日一日通って思った錬成学院に対する感想は“がっかり”だった。最強の戦士を育てる機関の中があんな感じだったなんて……。

 だが、彼らの強さもまた本物なのだ。ただ貴族だという理由だけで大きな態度をとっているわけではない。彼らも彼らで大きな態度を取れるだけの強さを持ち合わせているのだ。


 ――翌朝。錬成学院の教室で頬杖をついてボーッとしていると、エルディアが声を掛けてきた。

「おい、ソータ・マキシ!」


「なんだよ?」


「なんだよじゃないだろ! お前昨日、学生長の先輩たちに啖呵切って出て行ったそうじゃないか! 今から謝りに行け!」

 強気な口調で言うエルディア。情報早いな、どこからの情報だよ……。


「嫌だよ、悪い事してないんだから」


「ソータ・マキシ! この野郎!!」エルディアがソータの胸ぐらを掴んだ当たりで、教室内にセリーナがやって来た。


「せ、セリーナ先輩! おはようございます!」エルディアは胸ぐらを掴んでいた手を放し、頭を下げた。それと同時に教室内に居た他の学生も頭を下げて「「おはようございます!!」」と挨拶をしていた。ただ一人、ソータを除いて。


 学生靴の音を鳴らしながらソータへ近付いてセリーナは一言。

「おはよう、ソータ・マキシくん」


「……おはようございます」結局は挨拶をすることにしたソータ。流石に名指しで直接されれば返すのは当然だ。


「私のお父様が今学院に来ているわ。相当怒っているけれど……もちろん来てくれるわよね?」


「……それは構いませんが、貴方のお父様に何と申し上げれば?」ハッキリ言ってよく分かっていなかったソータ。


「それこそ、貴方が考えることよ? この学院を首席で合格した程の頭脳と実力なら、私のお父様に伝えるべき言葉くらいすぐ思い付くでしょ?」

 首席で合格とか誰から聞いたんだよ……いや、学生長の立場なら色々知ることが出来るのか……?


「……クロウリー伯爵殿の娘さんにはがっかりしました……とでも言えばよろしいですか?」


「「「!?」」」教室中の空気が凍りついた。


「……ソータ・マキシ!!」憎悪に満ちた顔をする。煽り耐性の無い奴だなぁと思っていると「とにかく来い!!」と怒鳴りながら、セリーナはソータの腕を引っ張った。


 その様子を遠目で見ていた貴族の息子ゼルゲルは「ありゃ、アイツの人生終わったな……」と呟いていた。




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