第34話 PRELUDE
「研修期間も無事終わり、一人前だな」
「ありがとうございます」
俺は所長と梓さんと三人で『BAR PRELUDE』に来ていた。
俺の入社一年のお祝いをしてくれるという二人の優しさに酔っていた。
相変わらず、所長はジンを頼んでいたがジンジャエールである。俺はカシスオレンジをちびちび飲んでいた。酒は普段から飲まないので全く強くならなかったが、特に困ったことはなかたので気にはしていない。
梓さんはもう何杯目だろうかというくらいペースが早い。酔うといつも以上に凶暴になって絡んでくる。酔いつぶれた梓さんを何度二人で事務所まで運んだだろうか。ソファに寝かせて風邪を引いたことはないみたいだが、彼氏は心配しないのだろうかと、余計な心配をしてしまうが、実際いるのかどうかは結局謎のままだ。
「これからは厳しくいくぞ、と言いたいところだが普段と変わらずぼちぼちで行こう」
本当はセルフィ―オなど残党がどれだけの戦力を残して機会を伺っているのが、本部から調査命令がでているはずなのに。これまでは単独調査はさせてくれなかったが、やっと研修期間も終わったのでこれからは少し位は責任ある任務に就かせてくれるのだろうか。
「いえ、今年こそ売り上げ一位を目指すアルパカ支店でびしばし厳しくいきましょう」
梓さんの鼻息が荒いのは、去年、売り上げ一位がしろくま支店でだった為だ。副賞でハワイ旅行に綾女川さんが行ったのがとても悔しかったらしい。
「ちょっと日焼けした素肌を惜しげなく出しやがって、あの露出狂女めぇ」
今日のお酒のピッチが早い理由はこれだろう。どうやら先日行われたコスプレ大会で、日焼けした綾女川さんに人気が集中して、梓さんはそれが悔しかったみたいだ。女のプライド対決は恐ろしいので関与できない。
「まぁ、梓ちゃん、今度勝つためにはヌードで出場すれば注目間違いなしだよ!綾女川にも西園寺にも勝てる!」
「所長は黙っててください」
たしなめられた所長はジンジャエールのお代わりをマスターにお願いしていた。
アーモンドを少し摘まんでからカシスオレンジを一口飲んだ。
「念願の年収一千万だなウタル。使い道決めてるのか?散財には気をつけろよ」
新しく出されたジンジャエールを一口飲んだ所長に言われて、逆に聞き返した。
「所長こそ、若いお姉ちゃんの所ばかりで使っちゃ駄目ですよ」
「あら、知らなかったの?」
三人の真ん中に座っている梓さんは、同じものをマスターに頼んで話に割って入る。
「所長のお人好しは、年収の殆どを寄付してるのよ」
「いいって、梓ちゃん」
所長は照れくさそうな顔をしてジンを飲む。
「児童施設にね。貯金もせず毎年してるのよ。だから結婚できないのよ」
「老後は梓ちゃんに世話になりまーす」
抱きつこうとする所長を必死で押し返す梓ちゃんの顔が赤らんでいるのは酒のせいだろうか?
「所長はなんで寄付してるんですか?」
「俺か?俺みたいなオッサンが自分の為や老後に使うより、これからの子供たちが育っていく為に使った方がお金も喜ぶだろ?老後に困ったら会社に泣きついて再雇用してもらうさ」
明るく笑いながらの所長の言葉にはいつも勇気付けられる。
「俺、奨学金返して、親に旅行でもプレゼントしたいんです」
「いいんじゃない」
所長と梓さんは頷いてくれる。
「今年はそんなに余らないと思うから少ないけど、来年からはたくさん寄付しようと思ってたんです。所長もしてたなんて驚きですけど」
所長は「やるなぁ」と言ってくれた。
梓さんは「貯金もしときなさいよ。結婚できなくなるわよ」と、女性らしいアドバイスをくれた。
「どんなに愛してても、貯金できてなかったら曜子ちゃんに愛想つかされるわよ」
実際「ウタルらしいね」と言ってくれた時の笑顔は今でも忘れない。
「それで、ウタルは何処に寄付するつもりなの?」
「俺ですか。俺は……」
君たちの戦う姿に勇気付けられている人がいるということを忘れないでほしい
できる限りの形で応援させてもらいます
だから忘れないでほしい
君たちの未来は必ず明るいことを
支える人も、見守る人も負けないでください
白血病と戦う全ての人に捧げる
ニートが彼女に気に入られる為に修行してチートになったのを見せつけるには異世界に行くしかないだろう 三月うさぎ @mikadukiusagi
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