第31話 最後の晩餐
今日は久々にゆっくり朝寝をした。
こんなに遅くまで寝るつもりはなかったのだが、昨日の疲れが思った以上に残っていたのだろう、もうすぐ時刻はお昼になろうとしていた。
所長も今日の訓練には出ないと言っていた。なんでも本部から緊急の招集命令が出るだろうってことで。
案の定、事務所は電気も付いてなく休日状態だ。これで招集命令が出ているのに所長がまだ部屋で寝ていたら笑えるのだが。
シャワーを浴び、朝と昼兼用の食事であるパンとコーヒーの支度をして事務所のソファに腰かけた。休みでも土曜日は何着かあるいつものスーツを着ることにしている。今日はクリーニング上がりのを着ることにした。
いつもの所長と梓さんが居ない事務所に一人でいるのはなんだか寂しいような、けど落ち着くような、誰も居ない事務所には少し違和感があった。
出来上がったコーヒーを飲みながら窓の外を歩く人を眺めていると、パンが焼きあがった知らせの音が鳴ったが、そのまま所長が言った昨夜の言葉を思い出していた。
所長が、昨夜の事は一旦忘れろと言った。麻薬組織の連中が死んだ事は止めれなかったが、全ての人間を救える事はできないんだと。
ただ、救わなければならない人もいる、絶対救いたい人もいる、俺達が救う人間を区別することは絶対許されないが、救えなかったとしても一々悔やんでる時間はない。
悔やんでる間にも、救わなければいけない人が悪の心に
コーヒーをお代わりしながら、何か大事なことを忘れているような気がして仕方がなかった。
※
看板に『昭和堂』と書かれているのを見て、俺の勘だが創業は昭和だと睨んでいる。それにしてもこのケーキ屋さんに来るのは何度目だろうか。
店員のお姉さんも、コイツ見たことあるなって感じで思っているのだろうか。
毎回、黒っぽい葬式帰りみたいな恰好でケーキを買いに来たら、普通のお客より印象は残るかもしれないな。いや自意識過剰になってしまったな。メンゴメンゴ。
今日は確実に食べてくれるから安心してほしいが、そんなことは店員さんは知る由もない。
何を何個今日は買うべきか、毎回この段階で悩んでしまう。
色とりどりに並んでいるマカロンに目が惹かれ、全ての種類を一個ずつ選んだ。十五種類もあればまるで色鉛筆のようだな。カシスが好みの色だったのでそれは二個多めに頼んだ。
それとプリンアラモードとティラミスチョコ、レアチーズのミニホールを店員さんに頼んだ。
ポイントカードはお持ちですかと尋ねられたので、持ってないと答えて作ることになった。
もちろん、お餅なわけないだろうとか、古いギャグで店員のお姉さんの愛想笑いを誘うような愚かな行為は絶対しない。不慣れな俺は、ギャグを言っても途中でどもってシャレにならない程に恥をかくのが目に見えているからだ。
折角、ポイントカードを作ったのに次から来にくくなるなんて笑止千万。店員に『どもる餅』とかあだ名をつけられて、今日あれ買うこれ買うとか、行動を把握、もしくは予測の対象になるのは真っ平御免。
注文したケーキ達が箱詰めされてる間、焼き菓子が陳列されてる方に目をやると、ポイントカード発行日はポイント三倍という張り紙が。何故言わない。何故催促しないんだ店員さんよぉ。通常の三倍だぜ?
俺もポイントの為に無駄遣いをするタイプではないが、ポイント多めに着く時は余計な物まで買ってしまうタイプなのは知らせるべきだったかな。
どうせ買っても美味しく頂くのだから、余計な物などないよね、と飛鳥時代から言われてきたが、全くその通りだ。
この和三盆とやらの言葉の響きが気になって好きになったので、追加で買うことにした。今度事務所で皆で食べるために多めに。
決してポイント三倍を意識しての購入ではないことが店員に悟られないような振る舞いができるのが大人のたしなみってものだ。
有難うございましたという見送りの声を聞くたびに俺は物申したい。こんな美味しいものを作って販売してくれて有難うと言いたいのはこっちだと。
もちろん有難うと言ったのだが、経営者が何らかの都合で大富豪になって店を閉めることになったら困るのだ。
ケーキ屋さんは他にあれど、同じ味のケーキは無い一子相伝。
気に入った店はお金出すから頼むから続けてください。そして売ってくれて有難うなのだ。
結局、片手にケーキ達、もう片手に焼き菓子達の入った袋を持って店を出る。
小腹どころか空腹時に食べ物を買うときは余計に買ってしまう傾向があるというが、まさしくそれだな。
なんでこんなに空腹なのだろうかを考えていると、焼けたパンを食べるのを忘れていたことにようやく気付いたのだった。
コーヒー二杯飲んで、パンを取り出すのを忘れてしまったのだった。
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