第30話 属性と特性と秘めたる思いと

「あいつら一体何者だったんでしょうかね?」


「さぁな。ただ、これからはゆっくりしてるわけにはいかないってことは確かだな」


 倉庫を後にして俺達は帰路につく。色々聞きたいことがあるのだが、大丈夫なのか心配でもあった。


 海から聞こえる波の音は、先程の戦いに全く関知せず立っていたはずなのに、どこか心を落ち着かせてくれる。


「今の二人、いや三人か。所長だったら勝ててました?」


「どうだろうな。全開じゃないって言ってたから、王ってのが復活したら何故、力が全開になるか知らんが、想像を超えてたら勝てないかもな」


 逆に取れば、今の状態だったら勝てるということだろうか。しかも三人同時でも?全開になっても想像の範囲内だったら……甘い考えはやめておこう。


 ただ、所長の力はまだ全然底を見せてくれてないってことは確かだ。


「四大明王って他に三人いるってことですか?」


「あぁ、いつからか勝手に言ってるだけで大したことないんだよ。言葉が勝手に独り歩きしてるだけだ。こないだ来た、火傘車もその一人だ。だから大したことないんだよ。後の二人もまたいずれ会うことになるだろうよ」


 火傘車さんが入ってるから、大したことないって意味なのか?それとも火傘車さんも所長レベルの強さだけど、大したことないって意味なのだろうか?


 やる気はある。俺はニートを卒業して晴れて就職をして順調に生活しているわけだが、もしかしたらとんでもない世界に足を踏み入れたのかもしれない。


 逃げる?逃げるなら早いうちが良いだろう。


 何処へ?逃げてもニートの生活が待ってるだけなんだ。


 死んだようにニートで生きてるよりも、死ぬかもしれないけど今の生活を俺は選びたい。だけど易々と死ぬわけにはいかないから死なない努力を積み重ねることしかない。


「先の大戦って、以前にも大きな戦いがあったのですか?」


「あぁ、大昔な。俺がまだ入りたてのぺーぺーだった頃だからな。もう忘れたよ……」


 大きな戦いを忘れるはずがない。忘れたくても忘れられないんじゃないかと思ったが、思い出したくないこともあるのだなと思って、大戦の事を聞いたのを後悔した。


「それよりウタル、最後の集中は良かったぞ。あの状態なら俺の技も出せただろうに」


「ありがとうございます。ただ、あれは無意識になれた状態でして意識的になろうとしたんじゃないっていうか、上手く説明できないんですけどね」


 口で説明もできなければ、今すぐやってみろと言われてもできる自信はなかった。


 ピンチだから、自然とあの状態になれたのだろうか?


 だけど所長も後ろにいたし、ピンチという程でもなかったかもしれない。少なくとも所長に頼り切っていたあの時は。


 無我夢中でもなかった。


「ただ、心を落ち着かせるのに集中してるうちにあの状態になったんです。意識はあるのに、心の中に無意識の自分がもう一人いて、そのもう一人の自分が戦っているような……」


 やはり、口で説明は難しかった。


「今日のはまぐれってことか?それでもいいじゃないか。最初から完璧にできる奴はいない。まぐれでもできるってことは、いつか自分のものにすれば良いだけだ」


「はい」


 ここまでできた自分を常に褒めろ。これは訓練の時に所長が常々言ってきたことだった。


 昨日の自分があるから今日があり、明日の自分が存在するんだ。決して無駄にしなければ自ずと道は開ける。


 初めて聞いた時は、ニートで毎日を無駄に消化してきた自分を恨んだよ。だけど所長は、そんな時代があったから今の自分があると言ってくれた。


 過去に違う選択をしていたら、今ここにいる未来はなかったということだ。その、かもしれない未来が幸せかどうかは関係ない。今が幸せであろうとすることだと。


 自分のした行いが、良い事ならば良く、悪い事ならば悪く物事は進んで行く。


 幸せになるために良い行いをしていけば、良い未来があると。その未来を作ったのが過去の自分。つまり今を意識している自分ということなのだ。


 今日現れた敵は、今後命に関わってくるかもしれない。だけど、逃げるわけにはいかない、逃げても良い事はないはずだ。悪い事が先延ばしになるだけだろう。


「そういえば所長、五大明王って俺が加わるって悪い冗談でしょ?アイツ完全にキレてましたよ」


「宣伝しといたから、これからは名指しで殺しにくるかもな。ハッハッハー」


 笑えない冗談なんですけど。


「ウタル、お前にはなれる素質があるし努力も真面目にする。俺が保証するから自信もっていこうぜ。その前に攻めてこられたらお手上げだけどな。ハッハッハー」


 お手上げなのは、所長にですわ。


「ブラックソードから炎が出てきたのも、偶然ですかね?ああいう仕組みなのですか?」


「そうだな。人にはそれぞれ属性があってだな、俺は雷なんだがウタルは炎って感じでブラックソードが反応するんだ。前にも言ったかもしれないが、悪の心が強くなったらコイツに取り込まれるから気を付けておくようにな。ま、ウタルなら大丈夫だと思うがね」


 俺は炎なのか。普通に考えて雷よりも速度は遅いけど、特性を活かした戦い方をしていけば良いのだな。


 他の人達、アイツ等はエージェントって呼んでたけど、色んな属性を持ってる人がいるってことか。同じ属性を持った人もいるかもしれない、だけど同じ属性なら負けたくないな。同じエージェントで勝ち負けってのはおかしいが、強くありたい。そう考えると、その為の技術格闘大会なのかもしれないな。


 技術格闘大会で思い出したが、火傘車さんと一緒に付いてきてた新人も属性があるってことか?名前も知らないが同じエージェントとしてこれから戦っていくなら、今度名前位は聞いといてやるか。


 


   ※


 


 ふとスマホをみると曜子から連絡が届いていた。


「いつまでサボってんのよ!どうせ女の子の尻でも見てたんでしょ?変態なんだから!聞いてると思うけど、明日退院だから。祝いにケーキくらいは何個か食べてあげるわよ」


 最初の連絡から、随分時間が経っていてその後も『無視するな』とか『なにやってんのよ』とか沢山届いていた。時間的に電話をしたくても遠慮をしたのかもしれないな。最後の方には、『大丈夫?』とか入ってた辺りは、やはり素直にしてれば可愛いやつなんだなと。


 変な心配をかけてしまったが、心配をしているのは俺の方だというのに。


 明日、ケーキの手土産を持って、きっちりケジメをつけてこよう。


 俺の長い一日が終わり、帰りのタクシーの中から夜景を見て、ときは確実に流れていることを実感した。

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