第29話 隠密刺客

「所長って強いんですね」


 初めて見る所長の戦いに、嬉しさと驚きが共存して少し興奮気味だった。


「ウタルも今まで通りに訓練続ければ、これくらいはできるよ。お前には素質もあるからな」


 誉めて伸ばす。例えその言葉が過剰であっても俺は素直に嬉しく思い、朝からの訓練も続けようという励みになる。


「こいつら意識戻すのに時間かかりますね。それだけ重い犯罪者ってことですよね」


 基準を法律に乗っ取ってるわけではないのだが、人の心を浄化するのに、モラルも含めて基本的に重罪の奴等が意識を戻す時間は長かった。


 浄化された犯罪者は心新たにして自首するのだが、一斉に自首するのも不自然だということで、今回のような場合は警察の検挙で終わらせる。


「そろそろ豚平とんぺいに連絡しとくか。鮭島って刑事は直接の知り合いじゃないからな」


「それにしても今日の"W"は合体なんかして、口から炎も出してヤバい奴でしたね。所長はいつもあんなのと戦っているのですか?」


「あぁ」


 所長の返事は重いように感じた。所長にしては特にピンチではなかったと思うのだが、何か府に落ちない様子だった。


 それに、今日のような"W"を俺一人の時に出くわしたら本当に戦えるのか不安にもなった。所長が使った今日の技を早めに修得しなければと強く思うと、明日からの訓練が少し楽しみにもなった。


豚平とんぺい、終わったぞ。けど、いつもと様子が違うというか、なんていうのかなぁ……」


 『日比谷君、気をつけた方がいい。何か探りを入れてる奴等がいるみたいだ』。


「……探り?」


 『詳しいことはまた明日、そっちにいってから話すよ』。


 電話の内容が良くなかったのか、切った後スマホをポケットに仕舞わないで何か考えているようだった。


 その時、背中越しから大きな音が聞こえ、即座に振り向くと、二階建ての家程ある倉庫の本扉が勢いよく開いていたるところだった。


 分厚い鉄板の扉を、玄関扉を開けるかのうに片手で易々と動かした奴は、二メートルは軽く越えているような巨漢だった。


 対照的に隣にいる奴は細身で小柄に見えたが、あの巨漢が隣に並ばれると誰でも小柄に見えるだろう。


 上下白っぽい同じ服を着た二人はおそらく男だろう。小柄な方は色白く整った顔立ちだが、冷めた目が印象的だった。


 一瞬、ここに来るのなら鯱島という刑事かと思ったが、腰に差している刀を見て違うとわかった。


「誰ですか?」


 所長は応えず、暫く二人を見ていたが。


「こっちもお客さんのようだな」


 こっちも?電話相手の豚平ぶたひらさんにも何かヤバイお客さんが来たのだろう。


 とにかくあの巨漢の怪力、腰に差した刀、油断できるはずないが戦闘態勢であるのは間違いない。いつもの“W”との対戦とは空気が違う気がした。


 たった今、凶悪な“W”と対戦したというのにだ。


「全滅かぁ?使えねぇぜ」


 張り詰めた空気に変化を与えたのは巨漢の言葉だった。


「てめぇらがやったのか?あぁ!?」


 こちらを見て巨漢の男は叫んでいるが、乱暴な口調が性格の荒々しさを表していた。


「なんだてめぇら!結婚式帰りか!?」


「聞いてるのはこっちなんだよ!」


 所長の問いかけに、今度は小柄な方が叫んできた。


「こっちも聞いてんだよ!先に聞くな!」


「所長、煽っちゃ駄目ですよ」


 完全に売り言葉に買い言葉で所長に余裕が見られたが平気なのか?俺はそれどころではない。さっきからこいつら二人のプレッシャーに押されている感覚だった。


「ムカつくなコイツら、ってしまおうぜ、セルフィーオ!」


「慌てるな、ダンパー。どうせならなぶり殺しにしてやるか?」


 怖ろしい発言を、愉快そうに言うコイツらは、何者なのだろうか?。


 麻薬組織の人間にしては何かが違う、そう人間の姿をしているのに人間っぽくない感じを受けるのだ。


 特に二人の目が、爬虫類系のような冷たく、常に警戒心を持って臨戦態勢を整えているような感じだった。この状況だからそう思ったのかもしれない。


 殺す殺さないって発言が、脅しなのか本気で殺しにくるのかはわからなかったが、俺はさっきの強力な“W”に殺されそうになったのを思い出した。


 仮にさっきの“W”が喋れたとしたらと考えると、殺す殺さないって言ってきただろう。


 だとしたらコイツらは人型の“W”ってことか、もしくは“W”に関係ある奴等か、どちらにしても味方ではないってことは間違いなさそうだ。


「う、うぅ……」


 どうやら倒れていた麻薬組織の連中も段々と意識を取り戻してきたようだ。


「大勢が捕まったとあっちゃ、やりにくくなるんでねぇ。ダンパー!」


「へっへっへー」


 巨漢の方が笑いながら両手をだらーんとノーガード戦法のような体勢にしたかと思うと次の瞬間、電気ショックを与えたかのように大きくビクつき、一回り大きくなった。


 それが三度繰り返し終わるころには更に大きくなり、しかも首から上の部分が竜のようになっていた。


 天井に向かって雄たけびをあげる名はダンパーと呼ばれていた巨漢の男、今度は両手がスルスルと伸びて地面に広がる。


 紐状になった腕は先が鋭利になったかと思うと、麻薬組織の連中に狙いを定めるかのようにした後、勢いよく胸を次々と串刺しにしていった。まるで大蛇が獲物を捕獲するように。


 半分くらいの連中が串刺しにされただろう、なんとそいつらを竜の大きな口を開けて噛砕き、喰ってしまったのだ。


 反対の手でも同じように残りの連中も串刺しにして喰ってしまった。


 意識が戻った麻薬組織の奴らの悲鳴はダンパーという竜の化け物の胃袋に消えて行った。


「不味い人間だ」


「よくそんなのが喰えるぜ。おい!お前らも調子に乗ってるとコイツに喰われるぞ!ハッハー!」


 おぞましいものを見せられたが、コイツ等にとっては普通のことなのだろうか。


「趣味の悪い奴に喰われたくないもんでね、断っておくよ」


「お前等に断る権利があると思うなよ」


 これは完全に殺人体制に入っていることだろうか。そうなったら俺は何ができるのだろうか。所長の足手まといになるだけだったらいない方が良かったのかもと、不安が不安呼んだ。


麻薬組織アイツらが喰われるのを黙って見てたのは、恐ろしくて手が出せなかったのか?それとも、麻薬に手を出した屑は助ける余地がなかったということか?あぁ!?」


「さぁな」


 ダンパーと呼ばれていた巨漢の男はその間に元の人の姿に戻って行った。竜か人かどちらが本来の姿なのかはわからないが。


「正義の味方と言っても、悪人は見捨て、勝てない敵には手を出さないってことか?からし屋マタジのエージェントよぉ」


 俺は背中が凍り付いたようだった。突然現れたこいつらが平気で人を殺し、しかも喰うような奴らがマタジの存在を知っていることに。


「こいつは驚いた」


「ハッン!」


 セルフィーオと呼ばれていた小柄の男は所長の言葉を聞いて得意げに笑みを浮かべた。


「あんなに巨大になっても破れないんだな、その服。伸縮自在に驚いてるぜ」


「貴様ぁ!!」


 来る!初心者の俺でもわかるくらいセフィーオの気が大きく爆発しそうなのを感じ取った。


 腰に差した剣を抜いたセルフィーオだったが、突然現れた男に制止された。


「お待ちください、セルフィーオ様!ダンパー様もセルフィーオ様をお止め下さい!」


「あぁ!?ったらいいんだよ!こんな奴等ぁ!」


 ダンパーも臨戦態勢に入る。対戦は免れないのだろうか。


「落ち着いてください!お二人とも!我々の任務は隠密情報収集です。戦闘は極力避けよとの命令です!」


「極力ってのは、時と場合によるんじゃねぇのかよ!」


 セルフィーオは制止できない怒りが爆発してるかのようだった。


「ダンパー様!」


「フンッ、仕方ねえなぁ。セルフィーオ、まあ落ち着け。殺すのは今でなくてもできるだろう」


 ダンパーがセルフィーオを抑えるように片手を出した。


「しかも相手はあの四大明王の一人、日比谷です」


「なに!だったら尚更今殺しとけばいいじゃねぇか!それともなにか?俺じゃ明王共には勝てないって言いたいのか?」


 後から来た三人目の男はひざまずき、黙っていた。


「くそっ!」


 セルフィーオは怒りを誤魔化すように跪いた男を蹴飛ばし、鞘に剣を戻した。


「なんだ?戦わないのか?」


 その光景を見て、ニヤけながら煽る所長に俺は茫然とした。


「命令だから逃がしてやるが、王の復活まで命拾いしろ」


「王の復活?」


 セルフィーオの言葉に俺は反応した。こいつに命令出している組織もあるということか。その王を復活させる為にコイツ等は動いているということなのか。


「我らの王が復活されれば、貴様らなど取るに足らんのだ!」


 自信に満ちたセルフィーオの顔はハッタリではない、王の復活が本当に起こるのだという現れなのだろうか。


「王についてもっと教えてくれよ、おチビちゃんよぉ」


「ぐぬぅ」


 今にも飛びかかってきそうな雰囲気だが、ダンパーが再々制止する。


「我らの王の復活は近い。この国は王の復活の為に破壊され、復活と共に破滅する。数千年の怒りと共に」


 周りの空気が張り詰めた感じになる。


「だが安心しろ日比谷。王が復活して我らの力が全開に戻ったら四大明王は俺がまとめて地獄に落としてやるからな」


「まだ、全開じゃないだと…?」


 俺は驚愕だった。ダンパーの変身も恐らく途中形態だろうが、あの鋭さと凶暴さを備えていた。それがまだ全開じゃないなんて、一体。


 セルフィーオもダンパーと同じかそれ以上の実力だとしたら……。


 王の復活とやらが目前なのかまだ時間が掛かるのかはわからないが、阻止できるものなら復活させない方が良いのだろう。だが、その術が全く見当もつかない。


 もしかしたら所長は戦闘する為に煽っていたのではなくて、何かを聞き出すためだったのだろうか?しかし相手の実力もわからない状態でリスクが高すぎると思うのだが。


「お前らエージェントも薄々おかしいと思っていたんだろ?先の大戦が終わってからは悠々自適に過ごしてきたのに最近、動きが活発になってきてるの知ってるぜ、からし屋マタジの連中がよぉ」


「あぁ、最近の“W”がやけに戦闘的なのと、悪人が“W”を生み出しているというより、“W”が人を飲み込んで悪人に仕立て上げていると思ってたがな」


 先の大戦?俺の知らない大きな戦いが以前にあったということか。


 それに、所長も“W”が今までより違うことに気付いていたのか。俺が最近入社したのも関係あるのだろうか?それは考えすぎか。


「ぬるま湯に浸かったお前等からし屋マタジ、王の復活まで精々命乞いしてろ」


 三人は暗闇に消えていこうとしたが、所長の声で足を止めた。


「王の復活で、この国をどうするつもりだ!」


「破滅にするってさっきから言ってるじゃないですか」


 本気なのか天然なのか、この状況で一番恐ろしいのは所長なんじゃないかと思った。


「色々教えてくれたがお前らの情報が古いんでこっちも一つ教えといてやるよ」


「なんだと!?」


 所長は後ろに身を隠すようにしていた俺の頭の上に手を乗せて前に押し出した。


「お前らが本気出す頃には五大明王になっている。四人だけかと思って挑んで来たら、逆にうちのウタルに全滅させられているんじゃないのか?」


「このガキが、だと!?」


 前に出された俺は、三人の鋭い視線を浴びた。蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかるように、奴等三人の目は冷たい感じがした。ひるんではいけないと自分に言い聞かせ、グッと相手を見ながら歯を食いしばっていた。


 『落ち着け、落ち着け……』俺は頭の中で必死に繰り返していた。


「四大明王の審査基準がお前らなら、今すぐお前を倒して基準クリアしてもいいんだぜ」


「このガキャァ!!」


 とうとう我慢できず、こちらに突っ込みながら腰に差した剣を抜くセルフィーオが勢いよく斬りかかってきた。


 その時、俺は心が落ち着いたのか、周りの雑音が聞こえなくなった。無の状態という表現が正しいのだろうか確かに所長やセルフィーオの声は聞こえるのだが、心の中は不思議な感覚だった。


 周りの景色も真っ暗になり、人物だけがハッキリと見えていた。


 斬りかかってくるセルフィーオの動きが手に取るようにスローに見える。そんな中でも自分の心は落ち着いていて、ゆっくりブラックソードを構える。


 それは『慌てなくても良い』と自分が自分に教えるようだった。


 構えたブラックソードからは炎が出てきてソード全体にまとわりつく。


 セルフィーオの剣と炎のソードが交差してぶつかり合う。その瞬間双方の力比べになったのだが、俺は即座に押し返した。


「ぐおぉぉぉぉ!」


 ダンパーの手が飛ぶ。切断まではしてないが大量の血が吹きあがる。


 セルフィーオの剣とぶつかり合った時に、後ろにいるダンパーが手をひも状にするのがわかったからだ。麻薬組織の連中を串刺しにした技でセルフィーオを援護をするつもりだったのだろう。


 押し返したセルフィーオが怯んだ瞬間にソードを振り、炎状の攻撃をダンパーに与えていた。


 だが、意識は確実にあったのだが、自分の中に別の自分が無意識に表れて戦っていたのだろうか、ダンパーの叫び声によって無意識の自分が消えて行った気がした。


 周りの雑音に意識がかき乱され、敵の動きも先程のスローの状態ではなく目で追うのがやっとだった。


 三人目の男がセルフィーオを制御するように俺との間に立ち塞がり、投げつけてきた煙幕で俺達の視界を奪う。


「くそっ!」


 死角のどこからかの攻撃に備え周りに気を配る。それはこの視界でダンパーの攻撃が来たら交わせないと思ったからだったが、所長に軽く肩をたたかれた。


「奴等はもういないから安心しろ」


「所長……追いかけましょう!追って捕まえないと、あんなのを野放しにしていたら大変ですよ!」


「いや、死に物狂いで逃げる者ほど怖いものはないんだぞ。それに鮮やかな引き際だった。セルフィ―オとダンパーの二人を抱えて一瞬で俺達の前から姿をくらましたあの三人目の奴、ひょっとしたら只者ではないのかもしれないな。喋り口調からしてあいつらよりランクは下のように感じたがそれも演技か、考えすぎかもしれないが仲間内でものし上がるのに騙し合いをしている非情な連中なのかもしれんな」


 一気に力が抜けた俺は立っていることもできず膝を落とした。炎をまとっていたブラックソードはいつの間にか元に戻っていて、床に転がった。


 煙が晴れた倉庫の中には、大量の麻薬と血痕が飛び散っていた。

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