第28話 死をも恐れず乗り越えて

俺達二人はタクシーに乗って港に急いだ。


 港で麻薬取引の捜査ってあぶない警察シリーズみたいだろって言う所長に緊張の欠片もなく感じた。


 港に近づくとタクシーを降りて言われた倉庫まで歩いて行った。


 高級車と言われるような黒色の車が十台は軽く停まっていた。やはりこの現場で間違いないのだろう。


 中の様子を見れる場所がないか、倉庫の周りを探索しようとした俺の案を却下して、所長は正面から入っていくと言った。


 それはあまりにも無謀です!という俺の言葉は流され見張りがいる正面に所長は歩いて行った。


 当然、警戒態勢の見張りが威勢よく所長を制止しようとしたが、その者達は一瞬で地面に倒れこんだ。


 鮮やかな所長のブラックソード裁きは目にも止まらずと言いたかったが、俺が成長したのかハッキリと見えた。


 俺はこの時、所長のレベルに達している事を実感した。


 正面の大きな扉を開け、全員動くなと叫んだ瞬間、倉庫内に銃声が鳴り響いた。


 その銃声を皮切りに鳴りやまない銃声。


 取引組織同士がやり合っているようだ。


 この隙に俺は所長を抱えてタクシーの待つ場所に急いだ。


 アルパカ支店はお前に任す。あと俺の全財産もお前に託す……ガクッ。


 それだけ言い残して所長は息を引き取った」


 


   ※


 


「ガクッじゃねーよ」


 所長のチョップが俺の脳天に突き刺さる。


 ハッと目が覚めた俺は所長と二人でタクシーに揺られていた。


 さっきまでバーでカツサンドを食べていたような気がしたが、いや、所長は拳銃で撃たれて俺に全財産を託して死んだはずだが。


 隣に座っている所長を見て、あれが夢だったことに気付いた俺は所長が生きていて安心してシートの背もたれに身体を預けた。


「勝手に殺すんじゃない。あとなんだ全財産を託すって」


「なんで夢の事を知ってるのですか?」


 どうやらタクシーの中で俺の夢は全て寝言で聞こえていたみたいだった。完全に寝たのではなく、カルアミルクでほろ酔いになったのが寝言になったのだろう。


 事実、麻薬取引の現場にタクシーで向っている途中だから、夢と現実が一緒になったのだろう。


 窓から見える車のライトが無数に流れ、海に照らされた月の光が波に揺れて泣いているように見える。


 俺は海に写る月が好きだった。月の引力によって潮が満ちて、波が途切れることなく永遠に押し寄せるのを見るのがとても好きで、時間を忘れて見ていた昔を少し思い出していた。


 少しだけ窓を下ろして、エアコンのかかった車内に海の香りを取り入れてみる。


 残ったアルコールを醒ましてくれるようだった。


「気持ちいいですね。所長は酔ってないんですか?結構ジン飲んでましたけど」


「酔うわけないだろ。ジンジャエールで」


 ジントニックで飲んでいるのかと思ったがジンジャエールだったとは。そりゃ何杯もお代わりしても酔うはずがない。


「俺、飲めないんだよ」


 毎回ジンを飲んでいたのにジャエールのほうかい!カルアミルクでほろ酔いするくらいだし、俺も酒は控えてみようかな。


 無数に立ち並ぶビルの光を見ながら、この中で今日も新しい命が生まれ、誰かの命が失われていってるのかと思うとまた、曜子の事を思い出してしまった。悩んでも仕方ない、正面から向き合うしかないって所長に言われたばかりなのに気持ちが落ち込んでしまう。


「所長は給料何に使っているのですか?」


 気持ちを切り替えようと自ら空気を変えてみた。


「可愛いお姉ちゃんの居るお店に全部消えてるよ」


「最悪じゃないですか」


 あっけらかんと言う所長の言葉に俺は、計画性を持って貯金しようと誓った。


 


   ※


 


「結局、正面から行くのですか?」


 冗談半分で聞いたら、「良く分かったな」と俺は寝言の通りに行動する所長に簡単に言われて呆れていた。


「ちなみに武器は特殊武器これだけですか?ひょっとして拳銃とか持ってたりしたりとか、ないですよね」


 当たり前だろう?と、逆に驚かれて拍子抜けしてしまう。


「麻薬組織の連中なんて絶対に銃とか持ってそうですよ!」


「そうだな。俺も近距離で銃を撃たれたり乱射されたら困るがな」


 既にタクシーから降りて現場の倉庫に向かって歩いていたのだが、作戦のメドが立たないまま正面の入り口に着いてしまった。


 夜の港は汽笛と波の音がどこか哀愁を感じさせるが、今はそんな状況ではない。


 それらしき車から、人相の悪い奴等が数人出て来た。見張り番なのだろう。


 恐らくこの時点で中の者にも連絡が行ってる筈だ。表にいるのは数えて六、七、八人か......。


「さて」


 俺が数えきる頃に所長が呟き、その後男達は地面に倒れこんだ。


 それは、俺が初日に見た"W"だった。つまりこいつらは強盗や恐喝並みの犯罪者レベルということか。


 八人の男達から一斉に上空に解き放たれた黒い煙は、勢いそのまま所長目掛けて突っ込んで行く。


 俺は危険を感じ、自分のブラックソードに手をやったが、その時には"W"は引きちぎれ、構えた時にはすでに地に横たわり、それぞれ浄化が始まっていた。


 瞬殺、という言葉を今までの人生で何回使ったかわからないが、この時程瞬殺が的確な表現と思ったことはなかっだろう。


「ウタル、こっちだ」


 倉庫の大きな搬入口の横に人間用の出入口扉があった。そこに向かっていたら扉が開き、中から人が除きこむように顔を出してきた。おそらく、外にいた見張りが俺達の確認と同時に連絡したのだろう。


 所長は顔を出した男の顔面にブラックソードを突き刺した。


 男は地に倒れ”W”が現れたが、またも同じく最初に見た程度の大きさだった。どれだけ極悪人が揃っているのかと呆れる程だった。


 一匹だけだったので俺が倒すまで所長は扉の前で待っていてくれた。足が生え揃う前に倒す事ができたのは、俺が成長しているという事だろうと勝手に思うことにした。


 中に入る時に鉄板の扉を開きながら所長は俺に言った。


「この扉を盾にして中を見てろ」


 俺は出て来た男がしたように逆に顔だけ出して中を見た。所長がそうしろと言った意味は銃声によって直ぐに理解ができた。


 倉庫という建物の中だろうか、銃声はかなり大きな音で鳴り響いた。


 俺は慌てて顔を引っ込めて銃声が落ち着くのを待った。時間にして数秒だろう。


 初めての銃声を聞く驚きと恐怖で、所長の安否に気が回らなかったのだっが、銃声が鳴り止んだので、扉から顔を出して中を見回した。


「もう大丈夫だぞ」


 所長の声を聞いて、一安心しながら倉庫の中に入って驚愕した。


 銃声は三発鳴ったのを俺は聞いている。中で倒れている麻薬組織の連中は二十人以上はいるのではないいか。


 恐らく、いや確実に銃は見知らぬ侵入者である所長に向けられ発砲されただろう。その銃声が三発で済み、かつ全員を倒しているのだ。


 テーブルを真ん中に挟み取引をしていただろうと思わせる位置で、連中は倒れていた。


「そうだウタル、お前に新しい技を教えてやる約束だったな」


 確かに教えてくれるとは言いましたが、まさか今ですか?所長の呑気さには呆れて地球一周しそうなくらいだった。


「約束はしましたけど」


「良し、ブラックソードを構えてだな」


 教えてくれてるところに悪いんですけど、左側に倒れてる組織の”W”が一斉に襲ってきた。


 所長はブラックソードを”W”に一振りしてからまた説明に戻った。


「人間の体内に流れる"気”を掴んでる手に集中イメージするんだ」


 言われるままにイメージしようとしたが、残りの右側に倒れている組織の”W”が十体はいるだろうか、全てが螺旋状に天井まで昇りうねっているのが気になって仕方がない。


「ほら、もっと集中イメージして」


 言うは簡単だが、急にはできないし邪念もあるし。


「初日は無我夢中で出来ていたぞ。あれを自在にできるようにコントロールするんだ」


 確かに、曜子と初めて会った初戦の時、無我夢中で炎のような剣になって戦えた。あれをイメージして気をブラックソードに集中して......。


「今日はここまでだな。俺のをよぉく見て盗んでイメージしろよ」


 目を閉じて集中してたのに、急に終わりになって一気に気が抜けたのだが、そうもいかず目を開いたら巨大な”W”が目の前に立ち塞がっていた。


「な、なんだコイツ!合体したのか?」


 恐らくそうなのだろう、他の”W”は見えずその巨大な”W”だけになっている。頭は大きな倉庫の天井に着く程になっている。


 両手にはダンプでも真っ二つにできそうな程の爪がこちらを狙っていた。


「しょ、所長!」


「分か《わー》ってるって!」


 ブラックソードを下段に構えた所長は、大きく息を吸って、一気に吐き出した。


 一瞬!落雷でもあったかのように所長のブラックソードが光ったかと思うと電流が飛び散るように武器ソードに絡みついている。


ざん……」


「あ、ちょっと待ってください。なんだか僕、できそうなのでやらせてもらえませんか?」


 集中している所長を止めて、なんだかさっきの俺が止められた仕返しみたいになってしまったが、目の前の巨大で間違いなく今まで戦った中で一番手強いだろう”W”を倒すことができたら、自分の自信になるし、今までの訓練の成果を試せる気がした。


「やれるのか?そいつは……」


 任せてください、という返事を言う時間さえも惜しく、俺は集中してそっと目を閉じようとした時、”W”が大きく口を開けて吐き出したのは、バックドラフトのように爆発的な炎が俺に遅い掛かってきた。


「え?」


 中学生の時に体験したキャンプファイヤーの時に、わりと離れていても炎っていうのは熱さを感じるものだなぁと思ったが、今はその比ではない燃え滾るような熱量が目の前から襲ってくるのだ。


 たちまち目の前が真っ赤になり、立ちすくむしかできなかったが、横から遮った風が炎を切断するという現象が起こった。


「そいつは炎を口から出すかもしれないから気を付けろ!」


 いやいやいや、先に言ってくださいよ。と言いたいのだが、唖然として言葉にならなかった。


 落ち着きを少しだけ取り戻した俺は所長の後ろに急いで身を隠した。


「すんません所長、僕にはまだ早かったみたいです!」


 ハハハと笑われたが、笑われても仕方ないくらいカッコ悪かった。


「威勢は良かったが、もう少しでウタルの丸焦げが見れてたな」


 何も言い返せない状態で所長の後ろに隠れていた。再び”W”は俺達目掛けて炎を吐き出したが、所長のブラックソード一振りで炎は切断され、威力を失った。


ざん邪気諦観じゃきていかん


 眩しいほどに光輝いた所長のブラックソードは、下段の構えからの一振りで稲妻のように走った光が”W”を真っ二つにした。


 地に倒れた”W”から黒いすすが立ち上り灰になって消えて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る