第16話 初出勤

「おはようございます」


 出勤初日、俺は元気よく遅刻した。


「遅ぇぞ新人、もう昼が来るじゃねぇか!」


 なにこの人、怖い。事務所のソファに大きな態度で座っているその人に初出勤いきなり大声で指摘され萎縮してしまった。所長から十時開店の服屋でスーツを買ってその後眼鏡屋で調整をしてもらってからの出勤と言われていたのだが。


「日比谷が珍しく新入社員入れるって言うからどんな奴かと思って折角見に来てやったのに初出勤で遅ぇ。ったく」


 今度は指をさして二度目の遅いという指摘。大きな声だ。その隣にはお連れだろうか俺と歳が近そうな静かに座っている。


「昨日はご苦労だったな。その後は上手くいったか?」


「は、はい。あの、成り行きで彼女の家庭教師をすることになりました」


「なに?」


 所長の目つきが鋭くなった。副業禁止の会社だったのかな?特殊な仕事だし、しかも入社初日に副業決めてくるなんて非常識だったか。ゆっくり近づいてきた所長は俺の方に手をやり耳元で呟いた。


「……着替え中の写真は撮ってこいよ」


「う、うす」


「うす、じゃねーよ」


 梓さんの特殊武器によって俺と所長は壁に吹き飛ばされた。


「相変わらず怖ぇなぁ水沢ぁ。俺の所の綾女川と一緒だな」


「あんなゴスロリ露出狂と一緒にしないでほしいわ」


「確かにゴスロリだが露出頻度は水沢の方が……」


「彼女の露出は品がないただのエロの欲望よ」


「お、おぅ」


 大声で俺を指摘してきた人も梓さんにはタジタジになってしまっている。


 飛ばされた壁から痛そうな鼻を押さえながら戻ってきた所長に紹介され、大声の人がただの態度悪い客人ではないことを知った。


「こいつは、シロクマ支店所長の火傘車仁ひがさぐるまじんだ」


「ヨロシクなー、もやし新人くん」


「もやしって……」


 俺は自己紹介をしたがしばらくはもやしと呼ばれていた。


「こいつ、口は悪いが顔も悪く本部のマタジ女子社員からもデビル雑巾ってあだ名で呼ばれているが、からしの売り上げはそこそこ良い支店の所長で新人育成にも力入れてるけど結局口の悪い人間の姿した雑巾適度に覚えておくといいよ」


 酷い言われようだ。


「そう言うけど日比谷、売り上げも社会貢献もアルパカ支店より数字は良いし有望な社員も結構育ててお前のとこよりかは存在感示してるはずだぜ」


「女子社員の人気以外はうちは完敗だな」


「人気はイーブンだろ」


 梓さんの厳しいジャッジが入る。


「お前も本部の女子社員からセクハラキングと呼ばれてていつか告訴されるぞ」


「おかしぃなぁ、お互い同意のスキンシップのはずなんだがなぁ」


「セクハラする奴は大抵同じこと言うんだよ」


 所長のセクハラは梓さんにだけじゃないことが良く分かった。


「もやしぃ!昨日入社したばっかりで家庭教師のバイトも兼業でやっていけるのか?訓練怠るなよ!」


「訓練?ですか」


「当たり前だろ!どんな“W”が現れても瞬殺できるように日々訓練するんだよ!武器は何使ってんだ?」


 新人育成に定評があると言うのが頷ける熱い所長なのはなんとなく分かった気がした俺は特殊武器を差し出した。


「やっぱりブラックソードか!日比谷と同じ試作タイプじゃねーか!よくこんなのを新人に扱わさせるもんだ。日比谷もやっぱり鬼だな!」


「まぁまぁ、その辺りはおいおいで、うちはうちのやり方でのんびり行くから」


「のんびり育成してたら大会に間に合わねぇぞ!」


「うちは出ないから大丈夫だよ」


「大会ってなんですか?からし作り?」


「お前幸せ脳回路だな!大会ってのは技術格闘大会に決まってんだろ!聞いてないのか?」


 昨日が面接で今日が初出勤だっていうのに聞いてないのですか?と言えば今手に持ってる俺が渡した特殊武器、つまりブラックソードで殺されそうな勢いだから言わないでおこう。


「四年に一度開催されるルーキーによる格闘大会だよ!今回はこいつが出る。おい、挨拶しろ」


「てめぇには負けねぇ」


 隣にずっと置物のように座っていた付き添い人がやっと喋ったと思ったらこれかよ。うちの所長が出ないって言っただろ。聞いてないのかと言いたかったがいきなりキレられると困るので言わないでおこう。


「だいたい俺、あの大会は賛成じゃないんだよ。あんな催し物するくらいなら社員旅行の質を上げてコンパニオンの数を増やすとか色々あるだろ?」


「それで喜ぶのはお前くらいだよ。だったら本部に入って改変すればいいじゃねぇか。以前から本部への昇進を毎回断ってるんだろ」


「俺は、現場で十分なんだよ」


「それより、未だにこの支所を離れられないんだろ」


「……」


 所長はその事に関して何も答えなかった。しかしなんだろうこの取り残された感覚。


 高校入学してすぐの時に知り合いが誰もいないクラスで運良く席が窓際になって新しい学校生活のスタートと孤独を満喫しようとしてたら、自分の席の前後が同じ中学の者同志で自分を跨いで当時の中学時代の話をされて聞きたくもないのに耳に入り放っておいてほしいのに時折話に混ぜようとする、あの時の感覚に似ている。


 

「新人のもやし!もや新人!」


「ウタルです。月野ウタルって名前でお願いします」


「ったく、新人の月野ぉ!家庭教師ってどういうことだ?」


 聞かれた俺は昨日の事を言っていいのか所長に目で返答を求めたらすかさず火傘車ひがさぐるま所長が

「良いに決まってんだろ、俺達は仲間なんだからコソコソ自分らだけの手柄にしたり解決しようとするんじゃねーの」


 仲間……。火傘車ひがさぐるま所長も世を平和にしていく特殊な仕事で昨日のような“W”と命懸けで戦っているんだ。仲間意識も強い人なんだな。そう思った俺は昨日の出来事と曜子の事について説明した。


「そんな事もあるんだなー」


「俺も初めてだな」


 所長達もこの特殊な眼鏡が無くても“W”が見えるという人には会ったことがないみたいだった。


「まぁその女子高生に付いて、色々探るのも正解かもな。家庭教師が本業になって業務と訓練怠りましたってなったら日比谷が許しても俺が許さねぇからな!」


 業務に関してはかなり熱い所長だな。俺、この人のいる支店に配属だったら慣れる前に逃げだしてたかもしれないなー。


「じゃあな日比谷、帰るわ。何か分かったら教えてくれ」


「あぁ」


「水沢、綾女川あやめがわに言伝あるかー?」


「さっさと男作れ、このゴスロリ露出野郎」


「お、おぉ。それ言ったら俺が殺されそうだな」


 火傘車ひがさぐるま所長は男には威勢が良いが異性には弱いのかもしれないな。


「帰るぞ!」


「で、では失礼します」


 付き添いの置物君は火傘車ひがさぐるま所長の後を慌てて追っていった。


「じゃあな」


「てめぇには負けねえぞ」


 だから何にだよ。振り向きながらボソボソ小さな声で聞こえづらかったが大抵こんなこと言っただろうなと予想はついた。結局付き添いの置物君は名前も名乗らず帰って行ってしまった。

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