第15話 ドリンクバー
「おかえり。結構苦労する勇者なのね」
曜子の待つ席に戻り温かいコーヒーを飲みながらやっとパンケーキにあり付けた。
今度のパンケーキはそのまま置いてくれていたのが有り難く、コーヒーも戻ってくる時に淹れなおしてくれていた。
「コーヒーありがとう。」
「ついでよ。それよりこれ見てよ」
取り出したスマホで動画を再生する。雄叫びをあげながら棒を振り回している危ない奴が画面に映っている。俺だ。衝動的に若造共を退治、正確には若造共の中に潜む“W”を退治しているのだが状況知らない人が見たら暴れている危ない奴に見られるな。
ここに戻って来た時に、クスクスという笑い声とよくやったなという目線を感じたのはこのせいだったと気づいた。
「眼鏡外して見てみてよ」
言われるがままに眼鏡を外して先程の動画を見ると、“W”は映っていなく空を切りながら暴れまわる俺の姿は更に危ない奴のレベルを上げているようだ。
「完全に変質者ね。発狂したニートの末路かしら?」
「完全に人生諦めて責任を社会のせいにしているニートとそうでないニートを一緒にしないように」
「そうなの?」
「恐らく。少なくとも俺は後者だから。それより曜子は動画に映ってる“W”も見えるのか?」
「えぇ、肉眼で見てる時と同じように映ってるのが見えるわよ。この黒いバスケットボールみたいなのがウタルの言う“W”っていう奴なんでしょ?ちなみに仮にこの“W”が見えなかったと想像してウタルを第三者的に見ての感想が変質者だから」
改めて変質者に見える感想を聞いて、今後の“W”との戦い方や場所を選ばないと平和の為に戦う勇者は一般市民からしたら通報レベルの危ない変質者では格好付かないなと思ったが、なりふり構っていられない時は変質者より平和を取るしかないのかな。
それにしてもどうして曜子は肉眼で“W”が見えるのだろうか。一時のものかと思ったがそうでもない様子だ。所長が曜子と仲良くなれと言ったのはその事実を突き止める為に言ったのだろうな。これで連絡先も聞かずに二度と連絡取れませんって言えば使えない新入社員になってしまうな。
「ちなみに曜子は夢とかないの?」
「初対面の女子高生に夢とか聞いちゃう?」
「変かな?」
「ドン引きされちゃうよ?下心あるオジサンが良く使う手口の一つじゃん」
そうなのか?なにも考えず普通に聞いただけだがこれが手口の一つが本当かどうかはわからないが、そうだと言われたら素直にそうだと思ってしまうのは曜子が言い切るからなのかな。女子高生にはそんな勢いで話に信憑性を持たせるパワーがあると思うのは俺くらいなのかな?
「夢というか色んな話して曜子のこともっと知りたいんだ」
「変態オヤジ、ウケるわ」
ケラケラと指さして笑う。いや笑い過ぎだろ。ストローを吸ってジュースを飲んで落ち着いたかと思ったら再び笑い出す。止めてくれ、ただでさえ周りの目線が気になっているのに余計目立って恥ずかしい。
ストローでグラスの中の氷をゆっくり回しながら
「……夢か……」
呟く様に言って曜子は窓の方に目線をやり、頬杖をついて黙り込んでしまった。
曜子の横顔を見ながら当然目は合うはずないのに俺は恥ずかしさを覚えパンケーキに助けを求めるように目線を移して頬張った。コーヒーを飲みながら目線を上げると同時に曜子の耳に掛けた横髪がするりと落ちた。
何を見るでもなく遠くをみる曜子の瞳はどこかもの悲しさを表しているようだった。窓の外には先程の若造五人組が土下座している。とてもシュールな絵だ。
「私のことを知りたいのはあの所長さんにそう言われたからでしょ?素直に言いなさいよ」
確かにそうなのだ。所長に言われて眼鏡無しで“W”が見える曜子と仲良くなれとは言われたけど、言われなかったらそのままハイ、サヨナラって別れていたのだろうか。偶然会うことはあるかもしれないが連絡先も知らなかったら今後二度と会わないかもしれない。
曜子に“W”が見えたとしても直接的に被害が無ければスルーしてもよかったことかもしれない。ホントによかったのかな?自問自答してしまう。
人の人生とは選択の繰り返しなのだ。その後の人生が大きく変化のある選択もあれば影響のない選択もある。
物理的に選択した方のせいで被害が出れば選択ミスだったとわかるが、結果的にそのミスから生まれた選択で良くなる場合も多々ある。受験戦争で志望校に入れなかったとしても結果的に進学した学校で生涯の友人や恩師に出会えるかもしれないし、志望校に不合格だった事実を受け入れる心が強くなり更に勉強の仕方を改善してより良い進学や就職にありつけるかもしれない。目先の結果で見るか常に未来を見据えるかで選択によって生まれた結果の良いか悪いかが分かれるのだろう。ことわざであったなこういうの。たしか……
「ちょっと聞いてるの?ひょっとして私のこと想像してまたイヤラシイ妄想してたんでしょ?変態ウタル丸!」
「俺は漁船か?」
「そのパンケーキ美味しいでしょ?」
にっこりしながらパンケーキの同意を求める瞳に人を漁船呼ばわりした悪気は一切感じられなかった。
「私、〇〇学園の三年生なの」
〇〇学園といえばかなりの進学校だった。三年生なら丁度受験生で大変な時期じゃないか。
「……いろいろあってね、悩んでるの。勉強も遅れがちだし。ついて来れない生徒は置いて行く風習のある学園だから、なんとなくね」
明るい曜子の時折見せる悲しそうな表情に俺は自分の無力さを感じながら本当の素顔はどっちなのだろうかと思ったが問いただす程俺達の距離は近くなかった。
「夢、聞いてきたじゃん。私ね、看護師になるのが子供の頃夢なの。お母さんが看護師だったから子供の時に憧れて今でも夢なの。大変な仕事だってことは分かっているんだけどね。大学も決めてたけどね」
けど?過去形になってるのが腑に落ちない。
「私、お兄ちゃんがいるの。すっごく優しくて勉強もできるの。ウタルみたいにイヤラシイ妄想ばっかりしてないんだから」
どうやら曜子の中では俺は常にイヤラシイ妄想をしているオジサンになってるが、兄がいるならその兄と歳はあまり変わらないはずだぞ?それに妄想は常にしてるがイヤラシイ妄想はたまにしかしてないぞ。
「お父さんは私達をお医者さんに育てたかったみたいでね。お兄ちゃんは医学部に進学したけど私はそこまで賢くなかったから、家の中でも期待外れって感じの空気になって成績落ちてきてもあまり気にもされなくなってね、今もお母さんもお兄ちゃんの世話に付きっきり」
志の高いことは良いことだと思うが、その域に届かないからといって落ちこぼれのような扱いはよろしくない。医学部に入って医者になろうなんて簡単な事ではないはずだ。生半可に息子のの成績が良かったから娘である曜子も出来て当たり前の錯覚になったのだろうか。そうだとしたら厳しすぎる家庭だな。当事者の曜子の話だけで判断はできないが。
家庭環境はどうであれ、成績が落ち続けては看護の大学への進学にも影響が出るんじゃないのか。学校の授業についていけなくて教師や同級生にも引け目を感じながら送る高校生活なんて地獄じゃないか。明るい曜子が本当の曜子ならたまに見せる悲しい姿は極力見たくないと思い自分に何かできることはないか考えた。
「家庭教師になろうか?」
ドリンクバーから戻ってきた曜子はストローでジンジャエールを飲みながらシラケた顔で俺をみる。目が半分程度しか開いてない。わかる、わかるぞその目。ニート時代によく行くコンビニや本屋の店員にされた目だ。確認はしてないがこいつニートだな、と確信をして見下した時の店員の目と同じだ。
「家庭教師のフリして私の部屋で二人っきりになって何かイヤラシイことしようと企んでいるんでしょ?変態ウタル丸!!」
「だから漁船かって。そんなに俺って変態に見える?」
「見える。確信」
「逆にイヤラシイことしてほしいのか?」
「ほら!正体現した!変態!バカ!」
お手拭きを投げつけてくる。冗談が通じなかったみたいだ。つくづく女心の分からない奴だなと俺は実感した。
「勉強教えれる自信あるの?」
「大学受験経験者として対策は伝授できるぞ」
「邪魔しないでよ?」
「家庭教師が女生徒の邪魔するなんて官能小説の中くらいだぞ?」
「ウタルの脳味噌の中身は官能小説よりイヤラシイんでしょ?」
「あえて、答えないでおこうか」
「世の平和の為に戦う勇者が女子高生の家庭教師も兼任なんて忙しいわね」
「曜子の平和も守ってやるぞ」
「……バカ」
無頓着な俺はこの時、曜子の瞳の奥の本当の悲しさには気付くことができなかった。
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