第17話 駅前

「昨日の犯人は強盗、恐喝の前科持ちだったみたいだ。自首したけどな」


 曜子のカバンを狙った犯人はその後自首をしたが今までの前科が悪質だったので俺が戦った“W”も比例して強力だったようだ。


「初日の研修からあんな“W”と遭遇するなんてウタルもツイてなかったな。まぁ結果的に退治できたしお前の経験値も上がってかえって良かったかもな」


 所長は笑いながら言うけど、初っ端から死にそうになってこっちは笑ってられないですよ。


「しかしその程度の罪であれほどの“W”が出てくるのは今までに無かったような気がしますね」


「確かにな……」


 梓さんの見解で一瞬にして重苦しい空気に包まれた。やはりあの“W”は犯人が前科持ちだったと考慮しても強力だったのか。でなければ初めてであんなのが出る恐れがあるならいくら研修でもいきなりはないだろう。


「ま、いっか。なんとかなるさ」


 何もわからない新入社員が真剣に考えたのに所長は呑気だった。


「じゃあ、もっと凶悪な犯罪者や例えば殺人犯とかだったら」


「まぁ昨日の“W”より手強いだろうな」


 俺は唾を飲み込んだ。昨日のがまぐれだったとしてもあれより手強い“W”相手に戦えるのだろうか。かなり不安になってきた。


「まぁこれからだよ。火傘車ひがさぐるま程じゃないけど、訓練してウタルも強くなればいいんだよ」


「訓練で強くなる前や強くなった以上に強い“W”が現れあたら?」


「死ぬ」


 梓さんはいつもの口調で過激な発言をしてくれる。


「そんな考えでは死ぬという意味だ。お前はいちいち電車に乗る時に事故したら死ぬとか明日地震が来たらとか餅を食べる時に喉につまらせたら死ぬとか死ぬことばかり考えて生きているのか」


「そういうわけではないですけど」


「人間死ぬ時は死ぬ。予測してなくても死ぬのだ。ただ死なないように事前に回避する術を考えるのも人間だ。強い“W”よりもより強くなる信念で取り組めば自ずと結果はついてくるのだ」


 梓さんの言う通りだ。始めてもないのにマイナスの事を考えていては前に進まない。ネガティブな思考になったのはニート時代に染みついたのだろうか。そもそもなんでもニート時代のせいにすること自体がネガティブ思考なのかもしれない。俺はニートを卒業して確実に一歩踏み出しているのだから。過去の自分は払拭する。そう強く自分に言い聞かせた。


「梓ちゃん、たまには良いこと言うねぇ」


「たまには余計です」


「まぁそういうことだ。死ぬ時は死ぬ、そんな職業だ。ただ簡単に死ぬわけにはいかないから最善の努力をしようってことだ。ウタルにその気持ちがあるなら何時でも訓練に付き合うぜ」


「ありがとうございます」


 心から感謝の気持ちを言ったのを久しく思った。


 この日から俺は所長に空いた時間で訓練を頼んだ。早めに出勤して地下の部屋で自主トレも始めた。所長の訓練は時に厳しい時もあったが自分の体力不足と認め自主トレに励むよう逆境に耐えれる精神も少し成長したような気がした。


 辛い時は逃げ出せばいい。勝てないと思った“W”が出たら逃げて所長に頼めばいいじゃないか。昔の俺だったらこう言って訓練から逃げ出していただろう。いや最初から訓練なんかしないで適当に仕事をしていたかもしれないな。無理なら辞めればいいとか安易な考えだったかもしれない。一歩踏み出すということがどんなに簡単でどんなに人生に大切なことなのか昔の自分に言い聞かせたいくらいだ。


 今日、この一歩を踏み出す選択をしなかったら、あの時よりもっと早くに死んでいただろうなとはこの時の俺は知る由もなかった。


 

   ※


 

 あれから毎日、朝は自主トレをして仕事業務の空いた時間に所長に訓練をしてもらい夜には曜子の家で家庭教師という一見ハードに見える生活だが俺は心身ともに充実感を得ていた。


 一度だけだが曜子の母親にも会えて挨拶をさせてもらった。母親は大学近くに住んでいる曜子の兄の世話と義理の母の世話で昼夜問わず自宅は留守がちだった。自宅に戻っても家事をしてなかなか休まる時も少ない様子だったが、何かに打ち込んでいなければならない性分だと話してはいたが。


 父親にはまだ会ったことないが大学病院で働く医者で家に帰ってこないことも珍しくはないそうだ。おかげで裕福な家庭で育つことができたがそれなりの期待やプレッシャーもあり現在の親子のすれ違いが現状なのかもしれない。しかしこの件は両親の話を聞いてみないとわからないが俺がどこまで踏み込んでよいのやら。家庭教師をしながらタイミングを見計ろう。


 入社して二ヶ月が経った。同時に家庭教師をしてからも二ヶ月が経った。曜子は何かの居残りで帰宅が遅くなるということだったが、丁度からしの配達の時間と場所が近かったので駅で待ち合わせをして一緒に曜子の家に帰る約束をした。直帰させてくれる会社はさぼることも簡単にできるだろうから逆に信用を失わないように意識して業務をこなしていかなければならない。その分、家庭教師が無い時は遅くまで事務処理したりなにかと会社に残っているのだが。引っ越しも無事に終え事務所の上の階に住んでいるから通勤時間の浪費を考えると助かっている。つまり直帰と言っても家庭教師が終わったら会社に帰って上の階の部屋に帰るから一般的に不思議な現象なのだが。


 駅と言う場所は色んな人が行き交う当たり前の場所なんだが、生活水準が全く違う環境で育ってきた人も視界に入るのはやむを得ない。一時に比べたら減ったと言っても未だに喫煙場所以外での喫煙だ。当然のようにタバコのポイ捨てにもなんら悪気なく平然と捨てる。タバコの煙が舞うだけでも不快に思う人もいるだろう。それが喫煙場所であっても煙はその場所以外にも進出してくるからだ。殺害や強盗などの犯罪も直接被害に遭わなければ対岸の火事かもしれないが、直接的に気分が不快になるのは指定場所以外での喫煙とポイ捨てだろうか。ならばしらみ潰しで“W”を成敗するのも意味はあるのな。


 電車も着いたとこだし、ちゃっちゃと終わらしておこうか。


「ここ、禁煙ですよ。それにポイ捨て駄目!絶対」


「なんだお前」


 大抵こんな返事が返ってくる。はい、ごめんなさいって言ったのは若い奴が一人いたくらいで後はだいたいお決まりのパターンで今回も期待を裏切らない。今日の奴らは三人とも俺より年上なんじゃないのか?三十歳前後かな。良い大人が社会のルールくらい守らないから子供達が真似するんだよ。


「ねぇ待った?さっき電車の中で気付いたんだけど学園に忘れ物しちゃったみたいなの。一緒に取りに来てくれるでしょ?だって取りに帰ってる間ここで待ってても仕方ないし。私の通う学園も見てみたいでしょ?あ、学園内で生徒と家庭教師が禁じられた不貞行為をしたら興奮するなって今妄想したでしょ?ったく相変わらずの変態野郎ね。さぁ、さっさと行くわよ。電車来ちゃうから」


 この状況でお構いなしに自分の言いたいことだけを言って、尚且つ俺は何もしてない妄想で変態扱いも忘れないでぶっこんでくる。元々の性格なのだろうけど、“W”を成敗するのに慣れてしまっているのだろうけど、相手からしたら“W”なんてわからないからこの緊迫した状況で本人置き去りで話進める女子高生に唖然としている。わからんでもないが“W”を成敗した後は真面目に生きて今までの悔いを改めよ。そうすれば緊迫した状況に女子高生が割り込んで置いてけぼりになることもないだろうから。


 唖然としている三人組にブラックソードを切りつける。大型犬程の大きさの“W”が出てきたが難なく成敗できたのは所長との訓練の成果が少しはあるようだ。


「もう終わったの?“W”ってやつは出なかったの?」


「なに言ってんだよ。大型犬程の大きさの“W”が出たじゃねーか。まぁ俺の実力で一瞬で成敗したんだけど早すぎて見えなかったか?」


 冗談交えて言ったが曜子は真剣な目で倒れている三人組を見つめている。


「とりあえず電車に乗ってから考えましょ」


 真剣に考えながらも電車に乗り遅れて学園に忘れ物を取りに帰る時間のロスをしない行動に、さっきの冗談を言った自分を恥ずかしく思いながら電車に乗った。

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