第24話 梓の謎

「それは残念だったな」


 翌日の土曜日に事務所内でいつもの三人で昨日出番がなかった甘いもの達を食べながら、梓さんの淹れてくれた紅茶を飲みながらくつろいでいる。


 土曜日は基本的に休日なのだが自由に出勤しているのが現状だ。


「ブラック企業ですかね」


「最近はすぐにブラックだ働き方改革だと言ってるが企業と労働者は持ちつ持たれつでいいと思うのだがな。まぁ俺は固定給だし休みが多くてもすることないし、嫌々出勤してるわけではないからな。しかし国はこれらを纏めて取り締まろうとするから困るんだ。」


「確かに違反してる企業も多いでしょうし、言えない労働者も多いだろうな」


 その辺の所はわりかし緩いのがからし屋マタジの良いところだろうか。土日にからしの配達注文は殆どないので”W”対策に時間を費やせれる。


「しかしそのクラスも以上な位ハイレベルだな」


「そうなんです。実際頑張って点数取ったので本当に残念でした」


「残念なのは旅行のことか?」


「ち、違いますよ」


 慌てて俺は否定したが本当のとことはどうだったのか自分でもわからなかった。


 後にこのテストには”W”が関わっていたことが発覚した。なんでも担任に”W”が宿っていてテストのコピーが生徒に出回っていたのだ。おかしいのは意図的なのか曜子にだけ回ってこなかったことだったが、魔女狩り的に曜子を陥れようとすることあ分かったのは更に後になってのことだった。


 どちらにしても一人の少女の自信と希望を打ち崩した罪は思い。今回のテストがフェアに行われていた場合の順位はどうだったのか。実力であの点数を取ったのだからやはり曜子は出来る素材なのだろう。


 この時点では俺はまだ知らなかったことなので本気でクラスの実力が異常であるおもっていたと同時に曜子の落ち込み具合を気にしていた。


「まぁ傷心旅行ってことで俺が曜子ちゃんと旅行に行って混浴風呂で裸の付き合いで励まして来るって案も……」


「ありません。どこのオッサンが女子高生と混浴風呂の旅行計画に鼻の下伸ばしているのですか」


 梓さんに窘められるがごもっともだ。


「じゃあ梓ちゃんと今後のアルパカ支店について混浴風呂で……」


「ありません」


 即却下だった。そう言えば所長は何歳なのだろうか。聞いてもオッサンだよとしか答えてくれない。


「梓さんは休日は予定ないのですか?」


「ある時は忙しいが無い時は一日中寝て過ごして不健康だから出社してる」


「へーそうなんですか」


 余程事務所の居心地が良いのだろうか。


「ウタル、こう見えても梓ちゃんは彼氏いるんだぞ」


「こう見えてってのは余計です」


 確かに居るのが当然の見た目だが、会社での梓さんしか見たことないから彼氏がいるっていうのは実感がわかなかった。


「無茶苦茶イケメンでな」


「ほぉー」


「無茶苦茶変態なんだよ」


「ほぉー?」


 梓さんは面食いなのだろうか?顔だけで決めそうに思えないというか思いたくないのだが、コスプレで豚平ぶたひらさんを認める位だからイケメンが嫌いではないのだろうか。


「昼間は爽やかイケメンなのだが、夜になると変態の本領発揮でな、あんなことやこんなことや〇◆◎※★("^ω^)……」


 所長の熱弁は五分位続いただろうか、まだ午前中だと言うのに楽しそうに話しているが対照的に梓さんは無反応でケーキを食べ終え二つ目のプリンに手を伸ばしている。これはいつものように所長に仕返ししないと言うことは事実ということなのか。梓さんは何も思わないのか。


 しかし所長が何故そんなに詳しいのだ?梓さんが言うのか?それとも現場にいるのか?


 いかん!目の前に本人がいるのが想像に拍車が掛りジュニアが反応してしまう。あんなことやこんなこと。


「梓さん、マジっすか?」


「嘘に決まってるでしょ。それよりもウタル私の変な想像で立って立てれない・・・・・んでしょ?」


「ウタルも若いなぁ」


 ハメられた。またこの二人の悪ノリにハメられた。俺はその悪ノリに反応した部分が事実なことに顔を赤らめ頭を両手でくしゃくしゃにしながら顔をうずめた。


「どこから嘘なんですか!?」


「全部嘘よ」


 梓さんの言う全部が彼氏がいる所からなのか彼氏が変態という所からなのか気になったが、この話題からは一刻も早く離れて欲しかったので問いただすことを止めた。だからか俺の部分も落ち着きを取り戻してきた。


「ウタル、これを見ろ」


 所長が見せてくれたスマホの画像は露出高めのコスプレイヤーだったが、その女性が梓さんだと言うことに気付くのに幾ばかの時間を有した。


「俺が会場に行ったから梓ちゃんサービスしてくれたんだぞ」


「すっぽんぽんよりエロい、見えそうで見えないチラリズムですね!」


 この画像にまた反応してしまったのは言うまでもない。


「こっちの写真が綾女川雅あやめがわみやびちゃんと西園寺要さいおんじかなめちゃん。後ろに勝手に写っているのが豚平とんぺいな」


「なんでマタジの従業員はコスプレイヤーが多いんですか!?しかもSランク級が揃って」


「だろ?本部にはこれより凄いのも居るんだぞ?俺が本部でセクハラするのも頷けるだろ?」


「いや、セクハラは駄目っすよ。梓さんにもですよ」


「どうだウタル?スゲーだろ?」


「皆さんめちゃ綺麗です」


 事務所での梓さんを知っているから尚更ギャップに萌えるのだが、一つの作品として見ても芸術的だった。一般には理解し難い趣味だとは思うが、やってる本人達は真剣なのが世間との悲しい温度差か。


 しかし世間一般に認知や理解を求めていないのだろ。頭の固い大人が肌を露出して写真撮られてって評価をしたところでそんな大人に評価を求めていないだろう。やりたいことを決められた場所ですることに、その他大勢の理解は不要なのだから。



 大学を中退した時に、変なプライドが邪魔をして何をするのにも踏み出すのに躊躇していた時があった。


 只の高卒じゃない、大学行ったんだお前ら高卒とは違うんだとか、環境が整っていれば大学卒業も出来ていたはずだとか、自分の非を認めず周りの責任にして自分のプライドは持っていた。そこが大きく根本的な間違いだと気づくのに時間が掛かりすぎてしまった。


 しかし、時間を無駄にした、もう取り返しがつかない、そう思い込んでいることこそが頭の固い融通の利かないことだと気づかされた。


 学歴がなんだプライドがなんだ、一歩踏み出せばそこに道ができるんだ。今まで自分が歩んできた道もこれから歩む道も自分の道なのだから誰かと比べたり、比べようとする自分の中の余計な者を全て取り払えばいいんだ。


 自分の足に枷を付けて一歩を重くしていたのは自分自身なんだと。



「曜子ちゃんも今度コスプレに誘ってこっちの世界に入ってもらおう」


「無理無理無理無理、絶対駄目ですからね!」


 梓さんは本気か冗談か突拍子もないことを真顔で言うから怖ろしい。


「いいねぇ!」


「絶対言うと思いましたよ」


 所長は乗り気である。


「女子高生コスプレイヤー。法的には大丈夫なんかね?」


「大丈夫でもなくても絶対駄目ですからね!しかも受験生だしそんな余裕ありません」


「じゃあ女子大生コスプレイヤーになるまで我慢するか?」


「女子大生になっても駄目です」


 所長は本気で誘いそうだからもっと怖ろしく油断できない。


「断固否定するがお前ら付き合っているのか?」


「え?付き合っていませんよ?」


 所長の突然の質問に慌てて返答するが、答えに考え悩むほどの時間は必要なかった。


「じゃあどう思ってんの?」


 次の梓さんの質問には考えても直ぐに答えは出てこなかった。


「大切なですかね」


「ダメよ。そんな答えは童貞が必死で考えて出た答え丸出しよ」


 なんでここで童貞が出るのかわからないが、経験豊富な年上女性の意見は尊重するに値するのは間違いないだろう。


 しかし、曜子と普通に接してきて改めてどう思っているかなんて考えたことがなかった。


 家庭教師としての関係で自然と話すことになったが年齢を超えて立場的には対等であると感じている。頻繁に変態呼ばわりされていても腹立たないのはそういった立場的な立ち位置があるからなのかもしれない。


 しかし一人の女性として好きとか感情じゃなく守りたいって感情の方が優先だろうか。


 仮に曜子に好きな人や彼氏が出来たら応援するが、駄目な男に引っかかってないか心配はしてしまう。


 愛情よりも親心の方が強くなってしまう感じか。


 ……けど、時折見せる曜子の笑顔や真剣な時に見せる顔が可愛いって思っている自分がいるのも事実なんだよな。一緒に居て楽というか気を使わないし元々賢いだから話のテンポやリズムも合うし。


 けど、それは曜子の個性であって俺だけじゃなく誰にでも良い子って思われるってことなのだろうか。こういうのを競争率が高いって言うのかな?いや、わからなくなってきた。これじゃまるで俺が曜子を好きな感じじゃないか。


「煮え切らないのね」


「そ、そうですかね」


 心の中を見透かされたようで慌てた。しかし実際自分が高校生の時は高校生同士が付き合っても何も変と思わなかったが、大学生や社会人が女子高生に”好き”とか”付き合いたい”とか女子高生に恋愛感情を持ち独占するのには抵抗があるな。


 曜子との年の差的には俺と梓さん位の差なのだが、相手が学生ってなるとむやみやたらに手出しはしてはいけない責任感みたいなものがあるな。まぁ高校生の時も女子と付き合うなんてチャンスは無かったんだがな。


「好きでも彼女でもないのにコスプレには拒否権を主張する親心」


「えぇ」


「家庭教師という近い立場に居ればその男が良く見えてくるもんだぞ。家庭教師が終われば曜子ちゃんも悪い夢から醒めるんだ。射止めるなら彼女の感覚が麻痺してる家庭教師してるうちだぞ」


「詐欺みたいなもんじゃないですか!それってフェアじゃない!」


 所長は俺の横に座って肩を抱きかかえて


「ウタル、早めに女を知って大人になれよ」


「わ、わかってますよ!」


 俺は残りの紅茶を一気に飲んで恥じらいと現状を誤魔化した。


「所長だって彼女居ないんですか?休みだってのに仕事ばかりじゃないですか」


「俺の恋人は仕事みたいなもんだよ。寂しくなったら梓ちゃんが慰めてくれるしな」


「ウタル、アンタそれを信じてたら地獄まで突き落すわよ」


「何故に俺が!?わかってます!所長の冗談です!わかってます」


 二人の相性は悪くないと思っているのだが、梓さんの拒否の仕方からして仕事以上の関係はこの二人にはないのかな?それとも表向きに感情を押し殺しているのかもしれないが俺が立ち入れる事ではないので考えるのをやめることにした。


 俺は自分でも気づいてない心の中を二人の大人に見透かされていたことに、この時は気付く筈も無かった。

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