第25話 鳴らない電話

 週が明けての月曜日は、からしの注文が溜まっていてわりかし時間が経つのを早く感じる。それでも一般の宅配業者や配送業者に比べると全然対したことではないだろうというのはなんとなくわかる。


 始業から終業まで激務だったらメインの“W”退治に影響がでるからだろう。かと言ってからしの業務も手を抜いて良いものではないので真面目にこなしている。


 世間のいわゆるニートと言われている人々に最初から激務を与えるのが間違いなのだと感じる。


 社会人からすればその考えは甘いと言われるかもしれないが、誰でも最初は初心者で未経験者なのだ。


 慣れて身体が業務を覚えてきて人間は進歩するのではないだろうか。


 いきなり八時間ではなく四時間から始めて行けば、身体も慣れるし会社も教える事が段々とステップアップしていけるので助かるのではないか。


 働くことで得る収入に喜びを感じていけば自分自身の将来を考えていくのが自然だろう。


 一番の問題は今しか見てなくて年数が経ってしまった親の考えだろう。親がいつまでも子供の世話をしているうちは自立が難しいだろう。だから親が子供から卒業しなければならない。ニートも親の責任にしてはいけない前提だが。


 学生も卒業したくなくても学校から卒業を言い放たれると卒業しなければならない、社会に出て行かなければならないのだ。


 子供が欲しいから結婚しようといきなり思い立っても相手は見つからないが、彼女が欲しいからいい人探そうと一歩踏み出せばやがて結婚まで行くことも可能なように、ニートも働こうとい気持ちになることから始めればよいのだ。


 まずその気持ちになれば仕事探したりバイトに行ったりと行動に移し、やがて正社員として企業に居て欲しい人物に育っていくだろう。


 つい先日ニートを卒業したばかりの俺が言うのでは重みがないかもしれないが、前向きな気持ちの一歩を踏み出すことから始めるとよい。



 ニートの事を考えながら会社に戻っている時に曜子から連絡が届いた。腕時計の針が四時を過ぎた頃だった。


 高価な物ではないが大学の合格祝いに両親が買ってくれた腕時計を今でも大事に俺は使っている。


 両親共に高卒だった為か大学に合格したことを随分喜んでくれていた。


 母親は一人暮らしが心配のようだったが父親は親戚とかにも随分自慢をしていたと母親から聞いたことがある。


 高校を卒業して春休みに父親から、人をむやみやたらに信用してはならない話をされた。社会には騙す為に良い人を演じる事ができる人が山ほどいるという話かと思ったがそうではなく、親しい人でも良い話は妬み、悪い話は喜んでしまう人がいるということだった。


 全ての人を疑ってしまっては心許せる友人を作れなくなってしまうから線引きは本当に難しく慎重にすべきだと父親は語っていた。


 人の本質とはそういうものなのかもしれない。全ての人が幸せに生活するということは難しいということだ。


 この話を最初に思い出したのは大学を中退して間もない頃だった。


 親戚等にも自慢していた大学進学の話が中退という結末になったらさぞ手の平返した話題になっているだろうと。


 その時に自分さえ我慢してれば良いのではないと痛感した覚えがある。


 大学中退という文鎮が足枷になりニートになったが今でも両親は肩身の狭い思いをしてるのかと思えばやるせなくなった。


 大学進学して初めて帰省した時は威勢が俺も良かったが、両親は平凡でも真面目に働いて健康で長生きしてくれれば良いと言ってくれた。


 俺が長生きする頃は寿命で両親はいないかもしれないのに、先の長い希望だなと思った。


 希望が叶うかはまだわからないが現状報告も兼ねて今度のお盆は久しぶりに両親の顔を見に帰ることにした。



 曜子から届いた内容は


「身体の調子が悪いのでしばらく家庭教師を休み、良くなった時にこちらから連絡します」


 とのことだった。


 初夏というには暑すぎる気温で流れ出た水分を補給する為、ミネラルウォーターを買う為に近くの自動販売機にお金を入れながら、時間的に学校には頑張って行ったが下校中まで悩んで送ってきた様子だなと俺は勝手に解釈した。


 さて、体調不良という名の気分が乗らない病はいつまで続くのだろうか。勝手に家に行っても逆効果だろうし。しかし、ふと思ったのは落ち着いた曜子が両親と話て本当に家庭教師の問題で変更ってことになったら俺は用無しになる。


 女心と秋の空ではないが、気分一新でありえるかもしれない。


 だけど曜子と親密になるために家庭教師になったのもあるが、その理由である"W"が見える原因がペンダントだと豚平ぶたひらさんが解読すれば、本当に家庭教師を続ける理由もなくなると言うことか。


 それが普通で普段の業務に戻るだけなのだが、面接即採用の初日から出会った曜子との関係が途切れると考えただけで、胸の真ん中にポッカリ穴が空いたような感じだった。


 自動販売機に何度入れても感知されず払い戻しされる百円玉は自分を表している用な気分だった。


   ※


 火曜日、いつもの朝の訓練を終えて言われた。


「心ここにあらず。悩み事か」


 流石所長は鋭い。普段はエロい事しか言ってこないが訓練中の所長は殺意さえも感じる程だ。


 曜子の今後の事を相談しようと思ったのだが、土曜日の悪ノリもあったしもう少し状況を見るため大丈夫ですとかわした。


「怠慢がやがて隙を生むことを忘れるな」


 所長は続けて教えてくれた。今の俺は感心するほど成長していると言ってくれた。だがやがて成長が緩やかになった時に自分は強いと錯覚を起こし慢性的な訓練で成長を怠るようになると。


 人は上手くいってる時は悪い事は考えないものだ。考えても耳に入らないからだ。


 上手くいくことが永遠に続く筈はない。常に状況判断を冷静に分析できるように心掛けよと。


 所長は剣術訓練の事を言ってくれてると思うのだが、今の俺には曜子の家庭教師の事にも当てはめてしまう。


 上の空で訓練しても身に入らないし、油断ではないが集中できずに強力な"W"と対峙した時に命取りになってしまうので切り替えていかねばならないと引き締めた。


「お前は飲み込み早いし素質もあるから今度新しい技を教えてやるよ」


 有難うございますと礼を言ったが、この時は剣術の新しい型だとい思っていたが実はブラックソードの新しい使い方、と言うより本来の危険な使い方だった。


 この後、所長にあの技を教えてもらっていなかったら俺は死んでいただろう。


「技を覚えたのはお前だから命拾いしたのも自分のおかげだろ」


 命の恩人になってもこう言って軽く流してしまうのが所長の懐の深さだろうか。


 只、この時はまだそんな危機感を持つ筈がなく過ごしていたのだが。


   ※


 水曜日、空の雲行きは怪しかったが、心の中はまるで恋人の連絡を待つかのように期待しながら業務をこなし一日を過ごした。


 だが今日も連絡はなく俺の期待は裏切られたのだが、思いがけないところで曜子に会いに行く口実ができたのだった。


 それは夕方、事務所に訪れた相変わらず男の俺が見てもイケメンだと納得する私立探偵の豚平ぶたひらさんが口実と言う名のペンダントを届けにきたのだ。


「ごめんね遅くなって。分析は早くに出来てたんだけどね、思ってた通りだったよ」


 ソファにコーヒーを淹れてくれた梓さんが最後に座って四人でテーブルに置かれたペンダントを眺めた。


「驚いたよ。まさかとは思っていたけど本当に月の欠片かけらだったよ」


 月の欠片という名の石かと思ったが本物だと豚平ぶたひらさんは言った。


 本物ということと、本物だと分析できる豚平ぶたひらさんの二つの事に驚きを隠せなかった。


「ちょっとね」


 そんなことできるのですかと尋ねた俺に対して、笑顔で答える豚平ぶたひらさんは自慢するわけでもなく、サラッと言う姿に只のバイセクシャルなイケメンと思っていた俺の印象は消え失せた。


 所長があの時信頼してペンダントを預けさせるわけだと納得した。


 豚平ぶたひらさんが言うには随分昔から存在していたのではないかと言うのだ。約三千年前という言葉には正直簡単に受け入れるわけにはいかなかったが。


 例えば石が地球に落ちてきたのが約三千年前なら話がわからないでもないのだが、石の加工部分を分析した結果、つまり加工してから約三千年と言うのだから信じ難い。


 それに石の素材が月の物ってこと。何故月の石が地球にあるのか。あとは仮に数千年前の物だとしても曜子の御先祖様が代々受け継いできたのが本当なら国宝どころの騒ぎじゃないんだが。


「石の種類自体は月ではそんなに貴重な種類ではないんだけどね。加工から読み取れる約三千年前っていうのが本当ならこの石の歴史が貴重ってことだよ」


「歴史を紐解くことは難題だが、何かの力が働いて肉眼で"W"が見えるようになったということだな」


 決して冗談で言ってる様子はないのだが、話が飛躍して未だに信じられないでいた。


 ペンダントだけなら長い歴史の中で渡り渡って曜子の御先祖様の手に渡るのも可能性はあるが、鏡も一緒にあるというのが偶然ではないということで話は纏まった。


 豚平ぶたひらさんは鏡も見て分析したいと言ったが、流石に鏡もってなると素直に「ハイ」と持ち出すこともできる大きさでもないし、曜子も不安がるだろう。今のところ危険が及んでいるってわけでもないので鏡は諦めてくれた。


 これは僕の想像の範囲内なのだがと豚平ぶたひらさんは前置きして持論を述べた。


 つまり、古来より魔物から身を守るために月の欠片が使用されていたと言うのだ。俺たちは"W"を倒す為に特殊な眼鏡でその存在を確認して成敗している。逆転の発想で現代の"W"のような古来の魔物の存在を月の欠片で確認して身を隠していたのではないだろうか、ということだった。


 確かに魔物の確認ができなければ魔物に殺される、戦う術が無いのなら逃げて身を隠す。どちらも眼で認識できれば出来ることだ。


「あの神話か……」


「僕もそれを思っていたんだよ。だとしたら後一つ……」


 神妙な顔つきの二人の会話を遮るように外で雷が鳴り雨が本格的な夏の到来を知らしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る