第10話 戦闘開始

 俺達三人は駅前に出てきた。


 まばらに人は歩いているが、この中から練習になる人を探さなければならない。


 人は誰しも悪い心を持っているものだ。


 欲望と悪の心を一緒にはできないが欲望を抑えきれなければ悪の心になったり罪を犯す可能性もある。


 欲を持つことは決して悪いことではない。寧ろ無欲より欲がある方が生きている実感が湧いてくる。


 大学を辞めて無気力になった時に、奨学金を返さないといけない気持ちと、脱力感に挟まれだんだん自分が嫌になって。


 借金を返す為だけに働く。欲しいものも我慢して。物欲を抑えて働く。


 物欲を抑えきれなければ無計画に買って返済が滞り、強盗や詐欺などの罪を犯す人もいるだろう。


 無欲になれば借金返済のみ に集中できるのかと言われれば、無欲で働くことは希望のない未来に託しているようなもので持続することが困難だろう。


 真面目に働いて借金返した後のことが考えられない。ただ生きていく為に働いていいるだけで住む所と食べる物の為だけに働く。想像するだけで明るい未来ではない。


 その自分の未来予想図に絶望してニートになってしまったが誰の責任でもない、自分の責任だろう。


 現に同じ境遇やより過酷な境遇の人でも人生を挽回している人はたくさんいるからだ。


 欲望と悪の心。似て非なるものだが余計な事は考えず仕事として精一杯遂行して俺も人生を挽回しよう。


「ちょっと路地裏の方に移動してみるか」


 俺と梓さんは所長について駅から繁華街にいく為に歩道橋を渡っていた。


「キャッ!ちょ、ちょっと!誰かー!」


 歩道橋から声が聞こえた下の方を見ると女性が歩道に尻もちついている。制服を着ているから女子高生だというのがわかる。


 女子高生が指さす方をみると逃げるように走っている者がいた。ドラマでよく見るパターンだ。確実にアレが犯人だろうとわかる。


 じゃらじゃらとキーホルダーが付いたカバンを持って走っている姿を見てひったくり以外の何かに見ろと言う方が難解だろう。


「タイミングいいですね」


「本当は事件は少ない方が良いんだけどな。練習には丁度良いだろう」


「じゃあ行ってきます!」


「お前はアホか」


 歩道橋から飛び降りようとする俺に梓さんから指摘があって我に返る。


「仕事で悪を退治する正 義の味方になったつもりでも身体は一般の人間だし、ニートで身体なまってんだから準備体操して行け」


「準備体操してたら犯人が逃げちゃうし準備体操で息上がっちゃいますよ」


「じゃあ階段で行け」


「ですよね。行ってきます!」


 言うが早く俺は逃げる犯人に向かって走り出した。




    ※




「待てコラー!」


 こう言って待つ犯人はいないだろうってドラマ観ながら思ったいたがいざ自分がその立場になるとリアルで言うセリフなんだな。これ以外に思い浮かばないのはドラマの影響だろうか?恐るべしテレビのちから。


 俺の声に気付いた犯人が一度振り向いてまた逃げる。


 追いかけていることを知らせることになったので、さっきのセリフは逆効果ってことだな。俺が警察だったら観念する確率もあっ たかもしれないがただの小僧だからな。


 しかし、人相悪い犯人だな。だいたい女子高生のカバンをひったくって金目の物なんか社会人より入ってないだろうし。ただの女子高生好きの変態か?どちらにせよ犯罪行為に間違いないからしばいても“W”は出るから心置きなくしばける。


 距離が縮まってきたところで芝公園に入った。後を追って俺も芝公園に入ったところでひったくり犯人は待ち構えていた。手にはナイフを持っていた。


 条件反射だろうか俺は犯人から猛ダッシュで逃げて距離を取った。


「嘘でしょ?」


 女子高生のカバンひったくり犯を捕まえるのは仕事でなくても表彰ものだがナイフなんて出されて刺し所悪かったら命取りになるんだぞ。かなり凶悪犯か考え無しのバカなのか?


 植木の 下に少し長めの枝が落ちていたのでそれを拾い二刀流で対峙した。


「この特殊武器、ナイフには弱そうだからなぁ」


「へっへっへっ、黙って見過ごしていればよかったのによぉ。俺は虫の居所が悪いんだ。あんまり逆らったら殺しちゃうよ?」


「勘弁してください」


 コイツ、完全に目がいっちゃってるな。脅しじゃなく本気で刺しにきそうだ。


「とりあえずカバンは返してくれないか?」


「俺は人に命令されるのが大嫌いなんだよ」


 でしょうねぇ。ここでカバンは絶対返すなよって命令すれば逆に返してくれるのだろうか?神経逆なでるだけだとマズイのでやめとこう。


 さぁどうしたものか。少しでも怒りを増幅させないように穏便長期戦でいくか?


「ちょっとアンタ馬鹿?カバン返しなさ いよ!馬鹿!変態!」


 俺の穏便長期戦作戦は女子高生の叫びによって却下された。


 どうやら被害者の女子高生が後を追ってきていたみたいで肩で息をしながらも文句は言わずにおれなかったのだろう。


「あーーー!?」


 反射的に女子高生の方に振り向いた犯人は俺に対して一瞬の隙ができた。左手に握っていた植木の枝で犯人のナイフを持つ手をはたき、またはたき、はたいてはたいて子供の頃にしたワニワニパニックが脳裏に浮かんだ。


 犯人が落としたナイフを遠くに蹴り、特殊武器を犯人の頭上から振り下ろした。


 特殊武器は犯人の頭から股まで見事にすり抜けた。日本刀だったら身体は真っ二つになっただろう。すり抜けたが空気を切るのではなく水中で振り下ろしたような感覚だった。


 無 我夢中だったが本当に人をすり抜けるというのは異様な光景だった。


「殺したの?殺したの?ねぇこの人死んじゃったの?」


 仰向けで倒れている犯人に駆け寄り自分のカバンを取りながら女子高生は聞いてきたが、自分の言ってる内容が穏やかじゃない。しかし犯人から血が大量に溢れていたら軽々しい言葉も口にしていないかもしれないな。


「大丈夫。死んではいない、はずだよ」


「そう。ありがと」


 


    ※




 女子高生はカバンを犯人から取返し大事そうに抱きかかえていた。


「大切なものが入っているのか?」


「ちょっとね。それよりこの人本当に死んでないの?黒い煙みたいなのが出てるけど」


「え?」


 そういえば“W”が出てくるはずなんだけどな。倒れている犯人の方に目を向けると確かに身体から黒い煙のようなものに包まれている。


「ちょっとヤバイんじゃないの?燃やしたの?」


「死んでないって言ってるのに燃やすわけないだろ」


「じゃあなにこの黒いの。魔術師とか危ない人?」


「魔術師に会ったことないからわからないけど良い人ではなさそうだな」


 次の瞬間、犯人の身体を覆っていた黒い煙のようなものが胸の辺りに集中して一気に上空に駆け上がっ た。


「なになになになにこれ」


 女子高生は俺の後ろに隠れて怯えながら


「なにこれヤバいんじゃないの?早く逃げようよ。得体の知れないものは警察か自衛隊に頼んでさ」


 確かに普通の感覚なら逃げて警察に連絡するだろうな。“W”の説明が理解されないだろうけど。


 上空に駆け上がったおそらく“W”はうねりながらこちらを見ているようだった。


 長さは車二台分くらい、10メートル位だろうか。大蛇というか龍をイメージさせる感じだった。


「結構デカイけど、この特殊武器が効力無しだったらお手上げだな」


「だから早く逃げようってば」


「ちょっと黙ってろ。俺も頭ん中ぐちゃぐちゃで整理つかないんだよぉ」


「え、バカなの?」


「バカじゃないけどこの場合バカの方が色々考えずに逃げれて逆に賢いかも な」


「じゃあ私も逃げない」


「いやいや、お前は逃げろよ」


「ここは俺に任せてって感じ?俺の屍を超えていけ、みたいな?」


「お前よくこの状況でそんな考えできるな。流石女子高生だな」


 こちらの事情はお構いなしに“W”が突っ込んできた。


 俺は特殊武器を前にかざした。寸前で“W”は回避したが前足に気付かず俺はフッ飛ばされた。


「足なんてあったか?」


「どっちかって言うと手じゃないの?」


「そっか、手か。ってそんな問題じゃねーよ」


「じゃあ前足じゃない?」


 今度は上から、その手が俺に襲い掛かってきた。


 特殊武器を上にかざして防ぐ。すると武器に触れた“W”の手は燃え散っているようだった。


「効果はあるようだな」


 特殊武器が“W”に有効だと分かった俺は今度はこっちから仕掛ける為に全力疾走で“W”に向かっていった。


「ちょっと、どこに向かって走ってんのよ。逃げるのよ!」


 逃げたら実習にならないんだよと言いたかったが構ってる余裕はなかった。


 正面から切り付けようとしたが後ろに振り向いた“W”だったが次の瞬間尻尾が襲い掛かってきた。


 先程のパターンがあったので側面にも注意していたので尻尾を武器で塞ぐ形で切り落とすことができた。


 最初に龍をイメージさせたが手が生え良く見ると足も生えてコモドドラゴンのような形になっていた。巨大なコモドドラゴン。


「なにあれ、大人のコモドドラゴン。オトナドラゴンじゃん」


「いやコモドドラゴンも大人だし、子供みたいだけどコモドって名前だから」


 コモドドラゴンに見えるイメージはこの女子高生とリンクしていたみたいだ。


「ってかお前、“W”が見えてんの?」


「あーーー、初対面の女子高生に向かってお前とか言う?」


「じゃあ名前は?」


「エメラルダ。太田エメラルダって言うの」


「よしエメラルダ、お前あれが見えるのか?」


「まーたお前って呼ぶし、名前もエメラルダなわけないじゃん。冗談に決まってるでしょ」


 女子高生は俺の後ろに隠れてクスクス笑っている。


「この状況で冗談言うか?」


「曜子よ、太田曜子。普通の名前でしょ?」


「名前に普通も普通じゃないも無いよ。」


「おじさんの名前は?」


「おじさんじゃないけど、ウタル、月野ウタルだ」


「ウタル?冗談でしょ?」


「この状況で冗談言うか」


 “W”は手で攻撃してくるが特殊武器が有効で随分燃え散っている。


 怯んだ時に足の方まで近づき片足を昇華させた。


 バランスを崩した“W”を一気に片付けようとしたが、公園の外を小さな子供を連れて歩いている親子に気が逸れた瞬間強烈な痛みと共に俺は“W”の尻尾で飛ばされてしまった。


 直ぐに立ち上がろうとしたが結構足にきていて立ち上がるのに時間がかかった。


 再度、尻尾による攻撃が来そうな時に手に持っていた特殊武器がないことに気づいた。さっきの衝撃の時に手放してしまっていたのだ。


 周りをキョロキョロ見廻して転がっているのを見つけた時に意識が飛んでしまった。更なる“W”の攻撃をまともに受けてしまっていたのだった。


 身体を揺さぶられながら薄っすらと目を開けた。俺を呼ぶ声。誰だろう。聞いたことあるような、けど懐かしいとかそんな感じじゃない。


 ぼんやりとしながら目を開けると女子高生が必死に俺を呼んでいたのだった。


「ウタル!ウタル!目を覚ましなさいよ!」


 どうやら公園の遊具の所まで俺を引きづって連れてきたらしい。俺はやっと現状を理解した。


「大丈夫?血が出てるよ。なんとか逃げれないの?」


「逃げれないことはないかもしれないけど、逃げたくないんだ。それより俺が持ってた黒い武器を知らないか?」


「これでしょ?戦っていた武器。いると思って拾ってきたよ」


「よし、これでなんとかなる……」再度戦闘態勢に切り替えようとする前に隠れていた遊具は“W”によって見事に吹き飛ばされた。


 改めて“W”と対峙する。“W”も弱っているが俺という獲物を仕留めるのに命は惜しまない、そんな気迫が感じ取れる。実習というには少々苛酷ではないか。激痛どころか命の危険まで出てきている。


 特殊武器を“W”に向け構えるがよろけて体勢を崩しそうになったのを曜子が支えてくれた。


「大丈夫なの?」


 さっきまで冗談言ってたのが嘘のような瞳で心配そうに俺を見ている。それほど疲弊しているように見えるのか。女子高生に心配されるようでは情けないな。


「この武器があの黒いのに有効なら私がこれでやっつけてあげるよ」


 俺のもつ特殊武器に曜子が手を掛けた時、武器の周りに電流が流れたように見えた。次の瞬間武器は俺の身長程の長さになり炎を纏っていたが熱さも重さも感じられなかった。


「なにこれ急に!変形したし燃えてるじゃん!裏技あるなら最初から出しなさいよっ」


「いや知らないし。けど強そうになったから一気にいくわ。ここで待ってろ」そう言いながら俺は前に走り出した。


 もしかしてこの炎、飛んだりするのかなと期待して“W”に向けて素振りしたら見事に炎が大きくなりダメージを与えられた。


 二度、三度と攻撃をくらいバランスを崩した隙を逃さず“W”の首元を切り付け怒った“W”は最後の力を振り絞って喰いかかってきたが、その瞬間を狙っていた俺は“W”を頭から真っ二つになる形で倒すことができた。


 頭から裂けピクリとも動かなくなった“W”は瞬く間に燃えカスのように灰になりその灰さえも上空に舞散っていった。

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