第6話 妄想暴走

「ふぇっ?」


 完璧に「殺し屋」と聞こえたが違う意味があるのではないかと必死に脳みそをフル回転して考えた。


 就職したのは「カラシ屋」だ。殺し屋と似てないことはないが「ア」行から始まるのと「オ」行から始まる時点で聞き間違える可能性は低い。


 例えば何かの会話をしながらカラシを探してて、「カラシ無いなぁ」と言われたら「だらしないなぁ」と聞き間違えるかもしれない。


 言われた方はショックで言った方は聞き間違えられて迷惑千万。


 状況を想像するならばカラシを探しているということは料理はおでん。彼女の部屋としよう。


 せっかく料理を作ってくれているのに「だらしない」とか言われた彼氏もしくは良い雰囲気の関係の男友達は気分が悪くなるな。本当にだらしないのなら仕方ないが。


 彼女の方はせっかく料理を作っているのに肝心のカラシを探している状態でぼやいた言葉がまさか彼氏を不愉快にさせているとは思ってもいないだろう。


 たとえカラシが見つかったとしてテーブルに戻ってさあ食べようとしたら彼氏が不機嫌になってる。なぜ?と白目になる昔の少女漫画状態。


 もしくはいい感じの男友達でお互い好意は持ってるけど最後の彼氏彼女の関係になるきっかけまちのような、見てて「男!とっとと告白せんかい!」っていうようなもどかしい関係。


 告白したら彼女の返事は99%わかってる。けど今の微妙な関係も楽しいし、付き合っても別れがくるならずっと友達の方がいいかも?けど他の誰かの彼女になるのを見るのは嫌だ!


 などと腑抜けた考えを持ってて告白を踏みとどまっているのかもしれない。そんな感情を彼女は察していて告白されやすいような状況に持っていってあげているのかもしれない。


 もしくは告白の前に既成事実を作れば彼氏彼女の関係になれるかもしれない。


 しかし彼女も自信はあっても100%ではないからやはり彼氏の方から告白をしてほしいと感じているのだ。


 女性というのはだいたいそんなものだろう。大昔から雄は狩りに出かけ、雌はホコラで食料と家族を守っているものだ。雄が攻撃で雌が守備なのだ。


 告白も男がして女性に決定権が委ねられるのだ。例え答えがわかっていてもだ。


 告白のつもりがなくても、付き合うつもりがなくても女性の方が上手であれば自然と彼氏彼女の関係になるように仕向けられていくのだ。


 男性からすれば自然とそんな雰囲気になって付き合ったと思うが女性からすれば当然の現象の場合も無きにしも非ず。


 男性はやりたいようにやっているつもりでも、所詮お釈迦様の手のひらの上ではないが女性の手のひらの上で踊らされているものだ。


 付き合う前や付き合っている頃も攻撃的な男性が主導権を握っているように思えても女性は冷ややかな目で状況を冷静に判断しているものだ。常に冷静に。


 見切りを付けられたら捨てられるのは男性の方だ。見切りを付けれず判断狂って選択ミスをする女性も中にはいるが結婚しても男性は女性の手のひらの上で踊らされるだろう。一生。


 過去に俺も女性に痛い目に合わされた。しかしあれは俺がまだまだ未熟者な世間知らずだったからだろう。


「……し」「もしもーし!」


 顔を上げると所長がやまびこに声を掛けるかのように俺を呼んでいる。少し妄想に入ってしまったか。しかし妄想にふけってもわずか0.1秒にも満たないはずだ。


「10秒くらい放心状態だったけど大丈夫か?」


 なんという不覚。「殺し屋」と完全に聞こえたのに聞き間違いの妄想で10秒も放心状態とは恥ずかしすぎる。生き恥だ。かくなる上は


「切腹ー!」


「どうした急に。洗濯洗剤のCMか? 」


「いえ、すいません」


 なんということだ。俺は…「あ、妄想にはいらなくていいから。ちゃんと聞いてね」


 三度目の妄想にはいりそうな俺は所長に無理やり現実に戻されてやっと我に返った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る