第5話 キング・オブ・ニート

「さて本題です。からし屋なのでからしの本当に配達がある。アルパカ営業所は範囲は広いけど顧客数はそんなに多い方ではないからゆっくり配達してたら終 わるから」


 なんと言えば良いのか、予想してた通りの仕事で。


「商品はからしだけなのですか?ついでにわさびとか」


「ない。からし一筋。わさびは特にライバルだと思って負けないように」


「はぁ」


 ライバル店にわさび屋さんがあるのだろうか?からしとわさびは用途が違うから需要が違うような気もするが。


「私、ニートの見る目には自信があるんです」


 梓さんはマグカップをテーブルに置いた。まだ飲んでいたのか。


 眼鏡をクイッと少し上げて見下ろす目線でドヤ顔してるのだと思うが、眼鏡が曇ってて間抜けな梓さん。


 しかも言ってることはニートの選別に自信があるって、世の役に立つようなことでないですよね。


「確かに僕は働くつもりだったし生活費も自 分の貯金使ってましたから、キング・オブ・ニートにはほど遠いニートでしたが」


 キング・オブ・ニートってなんだ?拳かハートが燃えているのか?


「不潔、不衛生は嫌いです」


 お風呂は毎日入ってました。歯磨きも欠かさず。


「肥満も嫌いです。自分に甘く制御がコントロールできていませんし運動不足です」


 お菓子買う余裕もなかったし、ランニングは学生の時から続けてた。ヨガはチャレンジしてはリタイヤの繰り返しではあるが。


「現実問題そんなニートは少ないです。大抵極端に太いかガリガリの体型に毎日同じ服着て裾が破れたジーパン履いてダサい眼鏡かけて油ギッシュ選手権に出るつもりかってくらいの髪。女の子どころか一般の人とも目を合わせて喋れずキョドキョドしてしまい、女の子と話すことはまずないのですが、あった場合は相手の女の子がドン引きしてるのを気にせず、えんやこらと……」


 10分程梓さんのニートに対する評価というかイメージの説明があったが極度のヲタクと混合してるのではないかとも思わされたが、指摘したらまた長くなったらいけないと思ったのでそのままにしておいた。


「そしてニートは時間が腐るほど余っている。いや腐っている。腐っていると言えば私がレイヤーの時に望遠レンズで私のお尻ばかりを撮ってたあのカメラ小僧です。思えばあの時から目の腐った男共といえば……」


 また10分程今度は昔を思い出し自分を取り巻いていたニートというかヲタクというかカメラ小僧のオッサン達への怒りを思い出していたようだ。


 所長はニコニコしながら隣で黙って聞いている。


「要はニートととしての条件を満たしていたのでスカウトしました。チラシを見て必ず来るとわかっていました。例え条件を満たしていないニートにチラシを渡しても目が腐っている限り絶対きません。働く意思が欠落しているからです」


 梓ちゃんはコーヒーを一口飲んでから俺を指さし


「やっぱり貴方はキング・オブ・ニートよ!」


 ……。


 しばしの沈黙があったが、俺は褒められているのか?


 普通に働く一般人や学生の下がニートだとしたらニートの上位だが一般人以下ってことか?


 相撲で言えば幕下、野球で言えば2軍。いやアマチュアか?


 無口そうな梓さんがあれだけ喋るのだから褒められていることにしよう。


「仕事で使うスーツ代は領収書もらってきてください。髪は常に清潔にして。住むところないならここの3階を利用すれば良いですから早速引っ越してきてください。1年間はここの地域の最低賃金で働いてもらいます。給料は毎月1日に前払いです。研修期間は1年間。無事に研修が終われば年収1000万円になります。なにか質問あれば」


 部屋まで借りれるなら探す手間も省けて通勤も楽だしなんて好条件なんだろうかと思ったが、これでブラック企業だったら逃げられないな。


 新人だったら何聞いても許されるだろうと思い率直に聞いた。


「ちなみに研修期間の条件って何ですか?結構ハードなんですかねぇ? いえどんな条件でもヤル気ありますけどね!」


 からし1000個売ってこいとかだろうかなとか呑気にしながらヤル気だけは本当にあった。


「仕事内容は俺から説明しようか」


 さっきより一つトーン落とした声で日比谷所長は真剣な眼差しで俺を見ながらゆっくりと言った。




「殺し屋です」

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