第2話 からし屋マタジ

<求人募集>


やる気と正義感があって時間も余っている人

年収1000万円 (研修期間あり)

経験不問 ニート歓迎

住み込み可 制服支給

興味ある方は裏の履歴書に記入して

気軽に面接してみませんか?

面接時の服装は普段着でOK!


 からし屋マタジ




「どう見ても怪しい仕事だろう」


 ニートで時間が有り余っている俺は駅ビルの中にある本屋で用事を済ませ、少し気分転換に商店街のアーケードを目的もなく歩いていたら、可愛いメイド服を着た無表情なバイトの女の子がチラシを手渡してきた。


 金のない俺は、例えお得な情報であっても興味を示すことはなかったのだが、求人募集と記載されていたら無下に捨てるわけにもいかない。


 このままずっとニートをするわけにはいかない。


 好きでなったニートではない。


 貯金を使いながら生きている、言わば計画性のあるニートなのだ。


 だが、その計画では1年以内に就職する予定だったのだが、時が経つのは早いもので3年目の4月が終わろうとしている。


 大学2年の時に単位が足らず留年決定と同時に俺は大学を中退した。


 実家を出て、地方で一人暮らしをしている俺は奨学金を借り、生活費はバイトで凌 いでいた。


 学生専用の格安アパートを借りていた俺は、中退した時にアパートを出なければならなかったのだが、同じ大学だった友達の名前で借りてもらって住んでいたのだが、その友達も一度留年はしたが今年で無事卒業する予定なので新しい住まいを探さなければならなかった。


 バイトのやり過ぎで単位を落として落第。


 おかげで貯金があったのでニートの時の生活費はなんとかなったが、借りてた奨学金の返済がきついので高給の情報は魅力的である。


 だらだらした生活を続けると働くどころか部屋から出ることに億劫になる。


 部屋から出ないと人と接することもないので人と喋ることも面倒になる。


 こうやってひきこもりになり、駄目な人間が完成していくのだと想像できる。


 実際ニートになって思うのだが、誰でも最初は希望があったはずだ。


 中退したけど大学まで行ったのに今はニート。


 世の中には大学を卒業しても、大手に就職しても、結婚してても子供を育ててもニートになる可能性はあるし実際なってる人もいるはずだ。


 ほんの少しのボタンの掛け違いから始まるのだろう。


 小さい子供はボタンの数も少ないからやり直しは簡単にできるし周りの大人が気づいてくれる。


 成長していけばボタンの数も増えて途中で気づかない時もある。


 周りもボタンの掛け違いなど気にしてくれなくなる。


 反抗期には自らボタンを掛けずにいたりもする。


 早期リタイヤした奴は学歴という壁に跳ね返されて大人の社会で苦労する。


 その壁は死ぬまで目の前に立ち塞がる。


 年月をかければかけるほど、ボタンの掛け違いに気づいた時に、気力が一気に失われ絶望へと変わる。


 良い大学、良い企業に勤めた人ほど味わう絶望感が大きいのだろう。


 長い人生でちょっとした掛け違いが人生を大きく左右するというのは、コンティニューも復活の呪文もないハードなロールプレイングか。


 高校受験、大学受験、最近では中学や小学校でも受験戦争だと聞く。


 物事を決める決定権がない年齢から人生を決めていくような受験戦争に巻き込まれ、失敗すればどんどん逸れていく。


 絶望感に耐え切れなくなれば、普通の生活もままならなくなりニートや引きこもりになってしまう。


 全てのニートが精いっぱいチャレンジした結果ではないかもしれないし成功してる者からしたら努力と工夫がたらない甘い人間だと思うかもしれないが


 世の中は一度の挫折に対しての評価が悪魔の制裁に思えるほどだ。


 そこで諦めるかどうかは本人次第なのだが。誰でも時間は必要不可欠だと思う。


 その時間が人生で取り返しがつくかつかないかは誰もわからないのだが。


 俺はニートになって1年くらいだらだらして2年目から重い腰を上げて就職活動をしたが現実は厳しかった。


 大学中退と1年のニートがやはり印象が良くなかった。当然と言えば当然だが。


 貯金もあったし、すぐに就職できると安易に考えていたので大学を中退してからはバイトもせず呑気に過ごしていた。


 今思えば、その呑気さが命取りになって今に至るわけだが。


 後悔しても始まらない。


 まだ若いんだし、奨学金も返せない金額でもないし、やる気があればなんとかなる。


 そう思えばこのチラシに書いてる求人募集で明るい未来が開けるかもしれない。


 立ち止まってそう考えていた俺は振り返ってチラシを渡してくれた女の子に感謝をした。


 こんな事を言える立場じゃないが、頑張ってチラシを配って君も夢があるなら夢をつかんでくれ。


 ガラにもないことを思いながら彼女を見ていたが、前を通る人たちにチラシを配る様子もなくただ、突っ立っていた。


 メイド服を着たツインテールの女の子が無表情で突っ立っている。


「頑張れバイト、仕事しろよ」


 俺は思わず呟いてしまった。

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