『ルシファーからの贈り物』予告(90秒ver.)

 「ユミはもう寝たのか?」


 残業から帰った俺は、妻からコーヒーを受け取りながらそう尋ねた。二人でベランダに出て、空を見上げる。


 「ええ、いつも通りの時間にね。あの子ったら、サタンさん早く来ないかなーですって。」


 「おいおい、それは来ちゃダメなやつだろ。」


 「ふふふ。あ、いま流れたわね。」


 風になびく髪を押さえて妻が言った。


 「ああ、今年も結構な数が見えるみたいだな。」


 見上げれば、また夜空に輝く流星ひとつ。天からの贈り物だ―――





 おやおや、もうこんな時期か。



 太陽系の辺縁に浮かぶ第十惑星ルシファーは、氷を一粒、その指先重力圏からぽとりと落とした。それはオールトの雲彗星の故郷に別れを告げ、太陽の引力に引かれてゆっくりと、だが着実に加速してゆく。憧れに近づくにつれ高揚する鼓動のごとく、位置エネルギーを運動エネルギーに変換し、第三宇宙速度に到達。ついに燦然と輝く太陽と出会うに至った。恒星の傍らで、核融合の炎にその身を焦がしながら狂ったように氷は踊り、くるりと翻って帰路につく。


 そして氷塊は地球とすれ違う。その身に纏った自身の欠片は星の大気と反応し、無数の光点を夜空に走らせた。憧憬の残滓が燃え尽きる最後の輝きに、地上から歓声があがる。



 此度のダーツも、また外れたようだ。



 天に在りし頃は大天使ルシファー、堕ちて後は悪魔王サタン。彼を堕としめたる神の子らは、今宵も夜空を見上げ、サタン・クロノスからのプレゼントを待ち望む。X-dayを待ち望む―――





 1933年1月、カリフォルニア。セミナーの壇上に立つカトリック教の司祭にして物理学者たるジョルジュ・ルメートルは、宇宙が小さな点から始まったとする、宇宙卵コスミック・エッグ理論を解説していた。1931年に彼が提唱したその理論は、キリスト教の天地創造を連想させるという謂れのない批判を受け、『ビッグ・バン』と揶揄されてきた。


 だが彼は諦めない。その一時、彼は教会とは関りのない、一人の宇宙物理学者ロマンティストとしてその場に立っていた。宇宙卵は神の啓示ではなく、己の理知と弛まぬ研鑽の賜物であるという、確固たる矜持を胸に抱いて。


 そして最後の数式を説明し終えたとき、万雷の拍手が彼を包んだ。彼が最も敬愛する物理学者にして、宇宙卵理論に対する批判者達の筆頭たる男が立ち上がる。


 「これは私が今までに聞いた中で、最も合理的で、最も美しい理論だ」


 その男、アインシュタインはそう告げ、「我が人生最大の過ち」と、自身の相対性理論に加えた宇宙項の撤回を宣言した。それはコペルニクスの時代から反目し合ってきた、科学と宗教が融和する瞬間であった。


 手を取り合い、互いに互いを認める二人。だが彼らは知らない。その瞬間に、地球を取り囲むように展開されていた不可視の力場が、夜露のごとく消え失せていったことを。


 それはアインシュタイン本人すら関知していない、まったくの偶然の産物だった。神々の次元にすら干渉する、宇宙の摂理に反した宇宙項絶対防御術式。無意識とはいえ術式を構築した術者自身が解除を宣言したことで、再び地球は堕天使が放つ巨大質量弾の脅威に晒されることとなった―――





 宇宙空間を漂う、直径5 kmに及ぶ氷塊。主人の命にて遠くふるさとを離れ、猟犬のごとく地球を狙い続けた、ふたご座流星群の母天体たるフェアトン。太陽神の子息の名を冠する小惑星が、破壊を齎すべく地球に迫っていた……。


 宇宙項の再構築を試みる者、小惑星を破壊せんとする者、災厄の源たるルシファーの拘束を企てる者……。眼前に迫る試練を乗り越えんとするとき、いま新たな英傑達の物語が生まれる―――


 『ルシファーからの贈り物』、2093年冬、Coming soon……!



 その時きみは、まだ生きているか……?



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