第十九話 お忍び探索その1

 室内には中央に円卓、それを囲む様に六つの椅子が置かれている。円卓の足はしっかりとした物で、装飾もかなり華美な物だ。


「王城、嫌な感じがしますね」


 フィーリアの言葉に頷きをもって返す。言葉では無いのはここがある意味で敵地であり、何処から聞かれているのかも分からない。それだった。

 適当に椅子に座って待っていると軽やかな足音に混ざって複数の金属のぶつかる音が後から続いている。重装騎士が二人ほどにそれ以外が複数。似た編成を見たことがある。それに今の第三王女に専任騎士と騎士団は付いては居ない。ならば、国王付きの騎士達だろう。


「お待たせしました。あ、皆さんは外でお待ちください」


 華やかなドレスを身に纏った第三王女が入って来た。しかし、よく見れば所々にほつれの様な物が見え隠れしている。


「来ていただけたのですね。嬉しくって急ぎました」


 最初に会った時とは違い、今回は最初から笑顔を振りまいている。それが俺にはやや苦痛だった。だけど、その理由を言葉にする術も心当たりも無い。


「アマルティアさんの記憶の手掛かりが王城にあるかもしれないと、とある方が言っていたので伺ったのです」


 フィーリアは第三王女の事を少なからず信頼している様だった。その反対に俺は彼女の事を信用も信頼もしてはいない。国王などと同じようにしか感じてはいない。


「もしかして、アマルティアさんは王城勤めの騎士だったのでしょうか? そうでしたら、王城に居る騎士達から話を伺ってみてはどうでしょうか? 貴方の癖を覚えている方が居るかもしれませんし」


 第三王女は一つの提案を寄越す。この提案自体は有りだし、悪くはない。しかし、王城を王族の許可があるとしても歩き回る事にやや引っ掛かりを覚える。目の前の王女が何かを企んでいるとかそんな事では無い。


「提案はありがたいですし、いいものだと思います。ですが、俺にとって敵地となる可能性のある王城を歩き回る事は避けたい」


 第三王女の表情は暗くなる。僅かな罪悪感を覚えるが、こればかり仕方ない。


「そうですか。でも、貴方が騎士だとしたらそのような危険は無いと存じます」


 俺にはそれを完全に否定する材料を持ってはいない。ただ、俺の記憶と女神官の言葉を信じてここに探りに来た。それだけなのだ。話した所で理解してもらえないだろうし、こちらが不利になるかもしれない。

 この間もフィーリアは俺と第三王女の会話を聞いている。どちらも間違ってはいない。ただ、見方と言うか立場と知っている事が違うからこその対立。


「どうしましょうか? 折角来て貰ったので私が案内するのも良いと思うのですが」


『フィーリア、少しいいか?』


 横に座るフィーリアでは無く、ほぼ無意識に第三王女、その後ろに視線を合わせる。


『はい。でも、ここで暴れてくれと言うのは無しですよ』

『フィーリアの中で俺は乱暴者っと』

『ちょ、ちょっと。冗談ですよ』


「あの、どうしました?」


 黙りこくったまま、第三王女とその奥を見ていたためか第三王女からお声を掛けられる。


「案内、ね。それは遠慮しようかな」


 また第三王女が項垂れる。それを見ていると少し可哀想に思えるから幼く見えるというのは一つの武器だ。


「あのー、私喉が渇きました」


 フィーリアが第三王女に向かって一つのお願いをした。第三王女は一つ手をポンと打つ。


「すいません。お茶の一つもお出しせずに」


 と、軽く頭を下げると席を立つ。その動きにフィーリアは少し慌てた様に立ち上がる。


「えっと、どなたか淹れてくれる方は居ないのですか?」


 驚いたように声を上げると第三王女は首を横に振る。


「いいえ、でもこう見えて私、お茶を淹れるの上手なんですよ」


 声を弾ませて第三王女は胸を張る。

 結構プラス思考なのは何故だろうかと思うが、これは一つのチャンスだと思った。


『フィーリア、俺はこの間に王城を探し回ろうと思う』

『アマルティアさん、気が付かれずにお城の中を歩き回るのは絶対に無理です』


 確かに今の恰好のままで歩き回れば異質過ぎてばれてしまう。けれども、俺はフィーリアに内緒で騎士の鎧を手に入れていた。そして、フィーリアの目を盗んで手入れも行っていつでも着られる様にしていた。


『それは問題ない。既に歩き回るための物を手に入れているからな』


「それでは少々お待ちください」


 第三王女はドアノブに手を掛けると下に引き下げる様に回す。ギィっと音が部屋に響くとカツンカツンと音を鳴らしながら部屋を出て行った。


『さてと、ここに騎士の鎧がある』


 ローブを広げると中から白銀の鎧が出てくる。


『それ、あの子の護衛騎士が着ていた鎧ですよね? いつの間に持って来たのです?』


 それには答えずに懐から兜を取り出した。それにフィーリアは驚き、声を上げる。


『じゃあ、行って来る』


 兜を被ると部屋を出た。幸い、部屋を出ても騎士は居らず、第三王女に僅かながら同情を禁じ得ない。


 ただ、鎧を着て廊下に出て得た最初の感想は懐かしさだった。それは単にここを知っているとかそんな事では無く、匂いや雰囲気が俺の何も感じないはずの肌を刺激している様なのだ。


『アカーツィエ王女が戻ってきたら私が時間を稼ぎます。なので、出来るだけ急いで戻って来て下さい』


 フィーリアの言葉に適当に返事をすると気の向くままに足を進める事にした。記憶が曖昧な状況では俺の体しか信じられる物が無いのだ。しかし、なんだ。この何とも言い難い不快感は……。



          ***



 王城の廊下は思ったよりも警備が薄い。実際の所、王城の敷地には政務用や来客用の屋敷に王や王子に王女たちの屋敷がそれぞれに用意されている。だから、この来客用屋敷に警備が居ないのは王などが居ないからだろう。

 今居る屋敷を出るとそれぞれを繋ぐ渡り廊下があり、その中央と屋敷周辺に警備の騎士達が居る。俺は屋根の有る廊下を避けて植え込みの影を渡りながら足の向くままに進んだ。


「なぁ、この王城には秘密の場所が複数あるらしい。一つは勇者召喚の間と言うらしいが」


 建物の陰に隠れる様にして二人の騎士が職務をサボっているようだ。なので、足を止めてその会話を盗み聞きする事にした。


「シッ、滅多な事を言うものではない。私もその様な話を耳にしたことはあるが、知り過ぎると消される上に存在を忘れられるらしいぞ」


 怯えの様な声色の混じった声で最初に発言した騎士に詰め寄る。しかし、その騎士は気にしては居ない様で、話を続けた。


「知っているか? アカーツィエ王女の専任騎士、居なくなったらしいぞ」


 第三王女の専任騎士? それはエスピオンと名乗った男の事だろうか? 注意深く聞き耳を立てるともう一人の男が俺と同じような事を思ったのか尋ねる。


「あぁ、アカーツィエ王女が選んだのではなく、王が選んだ専任騎士の事か?」

「いーや、王女の初めての専任騎士の話だ。彼は俺と同じ騎士学校の下等部出身でな。俺達にとって希望の光みたいな存在だ。頑張れば専任騎士になれるという事を体現した奴だからな」


 言われた騎士は同じ人物を思い当たったようだ。あぁと相槌を打つと言葉を続ける。


「そう言えば、君は同じなのだったな。私はベルンシュタイン王国に仕えて三十年近くになるが、彼はもしかしたら女王派だったのかもな……」


 声の若い騎士は首を傾げる。俺も年上騎士の言葉の意味を理解しかねていた。


「女王派?」


 若い騎士がオウム返しの様に繰り返すと老騎士は周囲を見回すと頷きを一つ。


「私は女王の近衛騎士団の一員だったのだ。まぁ、それが解散してからは閑職だがな。それに不満は無い。だが、私には忘れる事の出来ない夜があるのだ」


 話の先が気になる。しかし、俺には別件で重要な己自身の任務を思い出した。名残惜しいがこの場を離れれば……。


 カン。


 植込みのレンガを蹴る音が響くと背後で素早く剣が引き抜かれる音が一つ。老騎士のものだろう。


「な、何奴⁈」

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