第十八話 後期努力型専任騎士
三度目の王都入り。ディアマンテの風と女神教会への襲撃があったにもかかわらず、何も無かった様に人々が街を行き交う。
「いつもと一緒。それが良い事なのか悪い事なのか、私には断じる事は出来ません。ですが、ちょっぴり怖さを感じます」
「そうだな。けど、ある意味では平和ってこういう事じゃないのか」
徐々に王城に近付くにつれて息の詰まるような感覚を得て驚いた。昨日に近付いている時はそんな事は微塵も感じなかった。今はどうだ。心臓が動いているならば早鐘を打ち、吐き気も催していただろう。
「大丈夫ですか?」
「何がだ?」
多分だが、表情も変えず更には足取りや立ち振る舞いにまで気を払っている。だから、そんな風には見えてはいないはず。
「貴方は昔から、分かりにくい様に見えて本当は分かりやすいんですよ。平然を装うとして、細かい所つまり意識しない所がサインとして表れるんですよ」
言われて口元を中心に顔をペタペタと触る。
「ふっ」
視線をフィーリアに向けると彼女はしたり顔で俺を見ていた。そして、悟った。謀られた事を。
「全部が嘘ではありません。虚実を混ぜる事が相手に信じ込ませるコツです。でも、私が貴方の事を知っている事に変わりはありませんし、それを言うつもりもないのですよ」
俺は謀られた怒りは一切なかった。それは心の何処かに安堵を得られたというのが理由だ。
「黙っておこうと思ったんだけど、何でもフィーリアにはお見通しなようだ」
これ以上言うつもりは無いという予防線を張りながら切り返すとやっぱり、フィーリアは笑っている。
「見えてきましたね」
街並みに対して、煌びやか過ぎる王城が見えてきた。当然、王城手前に城門がドンと構えており、その脇を固める様に石像の様に立っている騎士が四人ほど。
「そうだな」
緊張感は薄れている。が、どうやって王城に入ったものか。
流石に城門手前で引き返すのは怪し過ぎる。それに入れてくれと騎士に頼んだ所で追い返されるのは分かり切っている。
「おい、貴様。そこで何をしている」
鎧がガシャガシャと音を立てる。王城警備の騎士が駆け寄って来たのだ。
「俺達は王都に来るのが初めてなんだ。それで遠目から王城を見ていたのだが、どうしても近くで見たいと思ってな」
兜の視界確保のための隙間から猜疑の視線を感じる。明らかにこちらを疑っている様だ。
「最近は王都も物騒だからな。王城に近付く者は捕まえろと言うお達しが出ているんだ。これ以上近寄るならばこちらもそのお達しを遂行せねばならない」
暗にどっか行けという事だろう。今はそれに従うべきだろう。
「分かった。これ以上は近寄らない。それと忠告をありがとう、騎士殿」
軽く頭を下げると離れようと来た道を戻るべく振り返る。すると、城門の開く重苦しい音が耳に反響する。
「お待ちなさい。そこの者、観光という事でしたが、嘘を吐くのはお止めなさい」
俺とフィーリアは肩を竦め、ゆっくりぎこちなく振り返った。
「貴方、末の妹を助けてくれた方よね? 直接ではありませんが、話は聞いております。どうぞこちらへ」
赤い髪に赤いドレス、裾を短めに幾重にもふわふわとした布がまるで花の様だ。
「あぁ、自己紹介が遅れましたわね。私、ベルンシュタイン王国第一王女のネルケ・ベルンシュタインと申しますわ」
「ネルケ様、お言葉ですがアカーツィエ王女を助けられた方と言えども王城に招き入れるのは危険かと」
羽の付いた兜を被った騎士が反対する。恐らく騎士隊長だろう。その隊長殿の言う事はもっともだ。しかし、ネルケ王女は真っ赤な視線を騎士隊長に向けたまま喋る。
「何かあれば私の専任騎士や勇者が何とかします。それとも私を信じられないの?」
流石にそこまで言われては一介の騎士達がそれ以上を言えるわけが無く、道を空ける。
思わぬ助け船に感謝をと思うのだが、足を進めて良いか迷う。すると、フィーリアが耳打ちをする。
「何だか嫌な感じがします。ご注意ください」
それだけを言うと数歩下がる。恐らく攻守に渡って戦えるフィーリアは集団戦に於いては俺以上だ。だから、俺の後ろに控えていてくれれば俺は十全に戦える。
『後ろは任せる。それにフィーリアは守る』
振り向いては居ないが、フィーリアが頷いてくれているのが分かる。
『あのー。話していないのに聞こえているのは気のせいでしょうか?』
フィーリアの言葉? に一瞬思考を止めた。そして、口を開けた。その動作を疑問に思ったのか第一王女ネルケが眉尻を下げた笑みで俺の動きを見守る。
『理由は分からん。でも、便利だしこのままで』
『はい』
フィーリアの同意の声がして門に向かって進む。
「あの、どうかなされましたか? 気になる事でも?」
ネルケの前、三歩分の距離に立つと一人の騎士が間に腕を割り込ませる様に立つ。リヒト王子の時も思ったが、専任騎士は主を第一に思い行動する意識の高さを身を以って示している。
「いえ、王族の方に覚えてもらえる事に今更ながらに驚いてしまって」
「フフフ。異な事を。仮面を着けた者を簡単に忘れる事など出来るはずも無いですわ。それに気が付いたの、私では無くてよ」
ネルケが横に一歩踏み出すと黒い布を頭に巻き、仮面を着けた小柄な者が立っている。
「彼は私の勇者。無口なのが気になりますが、話し相手は他の方が務めてくれるのでそれで満足です」
異様な雰囲気を感じる勇者だ。今までにプレクシモに黒い騎士を見てきたが、誰とも違う雰囲気を纏っている。それに恐怖とも思える仮面の勇者だが、恐怖の方向性が黒い騎士とは根本的に違う。
「そう畏まる必要はありませんわ。貴方方は末の妹の恩人。もし、何かあったら末の妹に何と説明したら良いか……」
『アマルティアさん、ネルケ第一王女私苦手です』
フィーリアが警戒を感じさせる声で告げる。俺にはネルケよりも勇者に気を取られていたので、言われなければそう思う事も無かっただろう。
「ツィトローネ、彼らを応接間に案内して差し上げて」
ネルケの専任騎士は返事をすると、勇者に軽く頭を下げるとこちらに黄色の瞳を向ける。
「では、応接間の方に案内させて頂きます。私、ネルケ・ベルンシュタイン様の専任騎士のツィトローネと申します。こちらへ」
専任騎士は兜を被らない様だ。ツィトローネは白銀の鎧に映える見事な緑髪を一つに束ねて風にそよがせる。歩き方も隙は無い。が、これは天性のモノでは無くて努力の賜物と見受けられた。
「足元、何か気になりますか?」
視線を下げて歩いていると前方を行くツィトローネが振り向かずに言葉を飛ばしてビックリした。
「いや、何処でそこまでの技を学んだのかと」
ツィトローネは僅かに歩みを緩める。それは驚きもあっただろうが、跳ねる緑髪を見て、
『何か嬉しい事もでも言われたのでしょうか?』
フィーリアが俺の思考に割り込むように思念を飛ばしたのだ。
「いえ、これは私が専任騎士になってからです」
この言葉に俺は彼女を同じタイプの人間だと判断した。何かのために努力の出来るタイプ。ただ、切っ掛けは俺と違う様だけど。
「ここだけの話ですが、私は実力では無く見た目で専任騎士に選ばれたんですよ。それが悔しくて……。あ、すいません。人に聞かせる話では無いですよね」
「気持ちは分かる。俺は昔に周りの騎士見習いに負けない様に必死に訓練をしたからな」
少し照れた様にツィトローネは笑う。細くなった瞼の隙間から見える黄色の瞳が眩しい。
「着きました。少し、ここでお待ちください」
ツィトローネは扉を開けると入室を促した。
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