第十七話 蘇る記憶②

 夢を見た。懐かしさのある夢だ。

 騎士学校の宿舎。俺が孤児院の出身だからか、訓練と名前の付いた暴力を受けた。しかし、それが俺を強くした。元々、狩りなどで孤児院の食料を確保していた俺には野生の勘とも言えるものが培われていた。身体能力もそこら辺の貴族の子どもよりも格段に上で、別にそれを自慢したりすることも無い。

 俺には目標があった。それは専任騎士になる事では無く、生まれや育ちが全てでは無いと見せ付けてやる。これだった。まぁ王族の二人とは接点があるという事は重要な機会を与えてくれていた。


「騎士学校の下等部なら驚くほどだけど、まだまだだね。遠慮せず打ち込んで来なさい」


 満月の夜にはリヒト王子の専任騎士であったノイト様が手合わせをしてくれた。


「ノイト、あまり虐めてはいけない。彼はアカーツィエのお気に入りだ。あまり酷い目に遭わせると私が怒られてしまう」


 リヒト王子はランタンの明かりで何かを読んでいる。


「お言葉ですが、彼が騎士になるのとアカーツィエ様が専任騎士を選ばれる年は同じなのです。ですから、それまでにアカーツィエ様をお守り出来る力を付けるのです。それに……」


 ノイトが口を閉じる。リヒト王子を見るとキッと鋭い視線をノイトに向けたのだ。


「ノイト、滅多な事を言うものでは無いよ」


 リヒト王子は再度書物に視線を落とした。


「君は無意識に踏み込む事をしない。それは確かに悪くはない判断だ。踏み込めばこちらの攻撃が強力になる。しかし、それは相手も同じだ。だから、踏み込まないという判断は生死を分ける事にも繋がる。それでも、相手の懐に潜り込まなければならない。こんな感じで」


 木剣を構えていたノイト様がゆらりと動き始めた。見失わない様に木剣を構えているとフラッと消えた。


「行くよ」


 既に動き始めていたが、何処から来る。右か左か?

 顔前でピタッと木剣が止まった。反応できなかった。そもそも、斬られるという瞬間まで何も感じなかったのだ。


「ね。これは例としてはあまり良くは無かったけど、攻めた方が安全な場合もあるからね」


 一筋の冷汗が胸から流れた。



          ***



 目が覚めると昨日の状態のままだった。夢を見ていたのだが、夢は目が覚めればほとんど覚えていないことのほうが多い。例によってはっきりとは覚えてはいないのだ。それでも何かしらはどこかに刻まれているだろう。


「ふぁぁ。アマルティアさんもう起きていましたか。直ぐに退きますね」


 フィーリアの体は陽光を浴びても昨日ほど透けてはいない。それを見てホッとしたのは言うまでも無いが、生きていたら多分泣いていただろう。


「大丈夫そうで良かったよ。置いて行かれると震えながら眠っていた気がする」


 振り返るフィーリアが俺に近寄ると膝立ちで抱きしめられた。花の香りが鼻腔をくすぐり、喉が震えて声とも言えないような音が響いた。それが今の俺の泣き声だった。


「私は何処にも行きません。私の居場所は貴方の隣にしかありません。今は私の胸の中で生まれたばかりの赤ちゃんの様に泣きなさい。私はそれを受け止めます」


 俺は召喚されて初めて安堵の中に居る。懐かしい気分だ。

 フィーリアの体に体重を預ける様にただただ声を上げた。

 ひとしきり泣いて顔を上げた。そこにはフィーリアの顔があり、同時に俺の記憶が揺さぶられた。


「なんだか恥ずかしいですね。こうするのも随分久しぶりですし、貴方が幼い時はよくしていたのですけど」


 言われてかぁーッと顔が熱を持つ感じがする。実際にそんな事は起きるはずが無い。何故なら俺の体に血は巡りはしないのだ。だけど、生前の感覚が疑似的にある。


「さてと、俺は王城に行こうと思う。あの女神官が嘘を言っているとも思えないし、嘘を吐くメリットも無いからな」

「そうですよね」


 フィーリアの面差しは映えない。


「何か気になる事でもあるのか?」


 フィーリアに問い質してみると首を振るばかりで答えてはくれない。理由は何となく想像は出来ていた。それは俺の死んだであろう場所に行くと言うのだし、俺の死の周りには何かがあると思っているのだろう。


「前に進まなきゃ何も無いし、多分安全なままだ。だけど、俺は俺自身に危険があるとしても俺の記憶を取り戻したい。それに俺はフィーリアの、君の事を思い出したい」


 フィーリアの周りに緑の光が走ると次々に色とりどりの花が咲く。花はフィーリアの感情に呼応するかの様に咲き誇る。魔法で出来た花畑の中央、顔を両手で挟んだフィーリアが今まで見た中でも最高で最大の笑顔が咲いているのだ。


「フィー、リア? これは?」


 気が付けば俺も花畑の中に居り、天国に居る様にさえ思える。


「すいません。私、嬉しくってつい。でも、溢れる魔力を制御出来なくて」


 花畑がどんどんと広がりゆく。それを俺は素直に喜ぶ事が出来なくてもやもやする。理由はパートナーであるフィーリアの無尽蔵とも言える魔力に対し、恐怖を僅かでも抱いてしまった。


「そ、そうか」


 言い淀む声に反応したフィーリアが鼻先に顔を近寄せてくる。俺は俺自身への残念に思う感情と彼女への申し訳なさでその顔をまともに見る事が出来ない。


「どうしたんですか? 私の目を見て話して下さい」


 それを知ってか知らずかフィーリアはグイグイ来る。恐ろしいまでに積極的にだ。それが俺を更なる恐怖に駆り立てる。


「ご、ごめん。少し離れてくれ。俺はフィーリア、君に対して僅かでも恐怖を抱いてしまった。どうして、そこまでの魔力があるのかと」

「なぁんだ。そんな事か。てっきり私、嫌われたのかと思いました」


 フィーリアは少し距離を取るとワンピースの裾を円形に広げて座る。それから、近くにあった花を一輪摘むと花の香りを楽しむ。


「俺はフィーリアに対して怖いと思ったんだぞ? それをそんな事って」


 フィーリアは首を横に振ると、


「だって、貴方が私を怖いと思っても逃げずにこうして一緒に居てくれるんだもの。それに私はアマルティアさんと一緒に居られることが嬉しいんだもの。それ以上を望むのは傲慢だわ。だからいいの」


 眩しいばかりのばかりの笑顔が向けられた。そして、同時に俺は思った。この笑顔に救われているのだと。

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