第十六話 黒騎士

 フィーリアの口から絶叫が吐き出される。土煙の向こうにシルエットが見える。屋内で振るうには大きすぎる剣、騎士などでは出来ない芸当。

 間違いない。他の勇者だ。


「女神教会のシスターを消せなどと気分の悪くなる命令だ」


 土煙が薄まる中で黒い鎧を纏った男が死体から大きな剣を抜き取る。


「誰からの命令だ?」


 抜剣して目の前の黒い騎士に対して構えを取る。恐らくあの剣を振り回せば壁が断たれ、教会だけではなく被害は広がっていくだろう。


「主だよ。君と同族のね」


 黒騎士は剣から血を拭い取ると布をその場に捨てる。普通に考えれば隙だらけだが、踏み込む事は出来ないし、そんな考えの実行を許さない雰囲気を出している。


「では」


 黒騎士は懐から何かを取り出す。

 その動きを見て直ぐにフィーリアの元に駆け寄り、その腕を掴むとお姫様抱っこで扉を蹴破って外に出る。

 建物に対して背を向けてフィーリアを庇う様に覆い被さると背後から光が飛び出し、霧散した。


「あれ? 何もない」


 安堵の声を漏らすとフィーリアの表情を見た。フィーリアは指で教会を指すと、


「転移系の魔法ですね。その程度しか分かりませんが、でも屋内からうめき声と心音が聞こえます。女神官様は息があります」


 耳をすませば確かにうめき声とも取れるような音がしている。屋内に入ると何故生きているか分からないが、口元が震えている女神官が血溜まりの中に居る。直ぐに二人で女神官の口元に耳を近付けると空気が漏れる音と声が聞こえる。


「あれは、勇者……ですね。あのような、こと、を、させる勇者、に、心当たりが。あります。こくお……」


 事切れた。不思議な事に女神官は血溜まりだけを残して消えてしまった。


「あの勇者、俺よりも実力は上だろう。勝ち目が全くないわけではないが。しかし、パートナーの存在はあったか?」


 呆然とした表情のままフィーリアは首を振る。だとしたら、奴は一人で乗り込んできたことになる。


「だが、あの女神官は言っていたな。王城の中に俺の死んだ場所があると。ならば、次の目標は王城だな」

「アマルティアさんは平気なのですか?」


 破られて開放的になった扉に向けて足を踏み出そうとした所でフィーリアに袖を引かれ、振り向いた。フィーリアは目の前で起きた事がかなりショックな様で瞳孔がせわしなく動き続けている。


「不思議とそこまで動揺は無いな。もしかしたら、こういう経験があったのかもな」


 両膝を付いてフィーリアを安心させる様に包み込む様に抱いた。不安定になった精神のせいか、フィーリアの存在が朧気になっている。それが俺には堪える。


「大丈夫、大丈夫。俺はずっとそばに居るさ。これからもずっと」


 抱きしめる力が強くなる。しかし、それに反発する事が無い。実体を持たないせいなのか。痛みも熱も直接感じなくなったこの体がこの瞬間は本当に嫌いなる。


「ありがとう、ございます。色々と思い出してしまいました。孤児院の事を」


 重みは無いが、フィーリアがこちらに体を預けている。背を柱に預けながら足を伸ばした。フィーリアは反転し背を預けて足を伸ばす。腕をフィーリアの胸前で交差させた。こうしているとホッとする。同時にフィーリアの思いも流れ込んでくるようだ。

 崩れた天井を眺めると空が暗くなっていた。月明かりが顔を照らし、フィーリアの体がピカピカと光っている。


「お、おい? 何か光ってるぞ」


 不安になって声を掛けるとフィーリアは体を捩る。


「大丈夫ですよ。精神が不安定になって、体が保てなくなっているんです。でも、一晩こうして頂ければ、明日には復活してます」


「そう、なのか? 本当にこれくらいでいいのか? 他に何かして欲しい事は?」


 体が保てないという言葉は俺の心を締め付ける。


「あの時とは逆ですね」


 フィーリアは俺の手指に手指を絡める。


「あの時と言われてもピンと来ない。話してくれないか?」

「えぇ、いいですよ。確かその日は温かい日差しも傾いて頃でした。王都の騎士の方が馬を飛ばして孤児院に来てくれまして。今にして思えばどうして分かったのでしょう。貴方の口からも当然私の口からも貴方と孤児院の関係は話していませんのに」


 朧げながらも痛みの記憶は結構残る。それも大怪我をした場合にならば。


「微かだが覚えている。任務の遂行中に攻撃を受けて、やられた。主は守ったはずだ。でなければ、何処かに後悔が残っているからな」


 絡められた指先に力が込められている。実感ではなく、想いを感じるのだ。


「私もそう聞いています。亜人と人の集団に襲われたと。あの時の貴方の血の気の引いた白い顔は忘れる事は出来ないわ。でも、私には孤児院の子ども達も居るから帰ったのだけど」

「そんな事を気にしていたのか? 少しでも君の顔を見られたのなら、俺はそれで満足だっただろう」

「そう、だったらいいですね」


 消え入るようなか細い声が耳に届く。


「そうに決まっているさ。俺が保証する」

「信じますよ?」


 フィーリアは体を反転させるとじっと俺の顔を見つめる。仮面越しでも見透かされている様な感じが何とも気恥ずかしいが、じっと金木犀と同じ色の瞳を見返す。小一時間ほどが経った所で体を預ける様に倒れてフィーリアは眠った。

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