第十五話 女神官の秘密

 女神官は真剣な眼差しに切り替え、フィーリアに正対した。


「私は生きている間に何かを成した事も、魔法使いとしての活動はしていません。ですが、私は目覚めるとリッチとして多くの魔法が使える様になっていました。ですから、勇者のパートナーとしてやっていくために力を与えられたのでしょうか?」

「確かに勇者の従者として力の足りない者は多いですし、能力にちょっとしたブーストを与える事もあります。ですが、貴女の場合は少し違います。貴女と勇者様が余程好かれていたのでしょう? 聞かなくても分かっているでしょうに」


 フィーリアは少し戸惑いを見せるも直ぐに表情を引き締めて女神官を見据える。それから数度頷くと何かを呟いた。

 俺にも心当たりの様な物があった。それは焼け落ちた孤児院の所で見たフィーリアの中にあり、表出した別な人格。それは単にフィーリアの多重人格の中の一つだと思ったのだが、出て来た人物を知っている様な気がしたのだ。


「貴女は本当にただの女神官なのですか? 神に仕える神官と言う割にはあまりにも多くの事を知っていらっしゃる。それも、私しか知りえないような事を」


 女神官は表情を変えないし、動揺も一切ない。相変わらずにこにことしている。


「私を信じて下さいなどと陳腐な事は言いません。ただ、私はお二方のお味方です」


 それ以上は話してくれそうにない。それでも、俺にもこの女神官には何かあると分かる。もしかして、彼女は神官なのでは無く神そのものではないのかと。それだと色々と辻褄があう。


「味方かどうかは別として、実害を受けてはいない。しかし、色々と不明な部分が多すぎる。だから、まだ判断は下せそうにない」

「それで構いませんよ。あと、私から一つ忠告と申しましょうか、貴方の道標となるのでしょうか。申上げておきましょう。エルプズンデ、国王には注意をなさった方が良いでしょう」

「国王?」


 女神官が浅く頷いた。


「えぇ。彼の国王は地方領主の息子でした。そして、ベルンシュタイン王国の女王と結婚し、王となりました。そして、結婚後十七年ほどが経った頃に女王は逝去されました。私は何かあったのではと思うのです」

「十七年。確か女神教では特別な数字でしたよね?」


 フィーリアは考える様にやや上に視線を向ける。時々、指を折ったり手のひらに文字を書いたりしている。偶に目を閉じる姿に何かがだぶって見えた。


「そう、十七年。女神教ではとても神聖な数字です。最初の信者数とも神官の数とも言われていますが、本当の所は始まりの聖典が十七枚と十七冊から出来ていました。今では失われてしまっておりますけど。やや、話が少し逸れました。この十七という数字は王族になり、そして王位継承権を得る年です」


 あぁ、成程。この女神官の言いたい事は分かった。しかし、それを口にするのは恐れ多い。


「あの男は他国の王族と何かで繋がっているとか。状況証拠ならあるのですが、決定的な物は無いのです」

「私達は国王、ましてやベルンシュタイン王国という物についてすら知らないのです。だから、貴女の言う事がいまいちピンとこないのです」


 フィーリアの言う事はもっともである。例えフィーリアの記憶がちゃんとあったとしても彼女はあまり王都に出入りしていない。つまり、知らないのだ。


「一応はこの世界に来る勇者様には特別にこの世界の情報を召喚と同時に提供しているはずなのですが、貴方方の召喚は特殊なようですね」


 女神官はカップに口を付ける。一息を吐くと棚から一冊の本を取り出す。


「アマルティア様とフィーリア様はこの世界で生きてきたという事で知っているという前提で与えられなかったのかもしれません。しかし、召喚の際に何かが起こって欠損が生じたのでしょう。何か変わった事はありませんか? 自分の記憶とは違うものが見えたとか、裏の人格があるとか」


 女神官の頁を捲る手が止まった。


「あ、あぁ。気にしないでください。これは雰囲気づくりですよ。特に意味の無い」

「一つだけ。前に崩れた教会跡地でミノタウロスに襲われた。その時に体というか頭がその魔物の動きを覚えていた感じがありました。あれは本当に自分の経験だったのか?」


 フィーリアは少し驚いた様に、でもどこか落ち着かないような動きでカップの中身を覗く。それから、持ち上げては下ろすを数度繰り返した。


「今得られる情報ではそれが一番怪しいですね。それが勇者様の記憶に何らかの影響を与えているのかと。首の傷、それは断頭台、つまりギロチンでしょうね。それから、ベルンシュタイン王国で不都合な事実を消す場所は王城の中にあります。そこを……」


 屋外、それも頭上つまりは屋根上だ。


「アマルティアさん、頭上注意です」


 フィーリアの叫びと同時だ。目の前の女神官に何者かに刺されたのだ。しかし、刺されたというよりも潰された。

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