第十四話 女神教会

「フィーリアも召喚主を知らないのか? もしかして、前に言っていた主って言うのが召喚主なのか?」

「いえ違います。私の言う主と言うのは勇者召喚のシステムを作った方です。なので、召喚主とは違います」


 違うという言葉を二つ重ねて否定した。違うのだろう。


「だよな。じゃあ、俺の記憶が戻りそうな場所に心当たりは?」


 質問攻めだなと思いながらも聞かずにはいられない。


「そうですね。実は私、貴方の事を全ては知らないんです。騎士としての仕事の話もあまり話してはくれませんでした。ただ、一度だけ大怪我をしたと聞きましたのでお見舞いに教会に行った事はあります。それぐらいですね。私が王都で貴方を見たのは」

「だよなぁ。心配させる様な話は極力しないよな」


 教会か。アンデット系の俺とフィーリアには入れそうにない。ただ、ぶらぶらと彷徨い歩くのもありだろうな。


「けど、俺が騎士だったのなら俺の事を知っている人間が居るって事だよな。リヒト王子は俺の事を知っている様な口ぶりだったし」


 王城に入る事は正直避けたい。襟巻に手を突っ込むと凹凸に引っ掛かる。これが死因なのは明確でこんな死に方をする方法は数えるほどしかなく、同時に王国が絡んでいるだろう。


「傷痕、痛みます? 幻痛でしょうけど、かなり特殊ですよね。首のなんて」

「痛くは無いよ。考え事をしている過程で、少し思ったんだよ。俺の死に関係しているのは間違いなく王国が絡んでいるだろうって」

「私に話しちゃっていいんです? 私、もしかしたら貴方を裏切るために最初から一緒に居るのかもしれませんよ?」


 フィーリアはニッコリと笑みを浮かべて言った。イリアンソスの様な眩しい笑顔。


「ま、それもいいんじゃね? 最後に見る顔がフィーリアなら」


 フィーリアに試されている気がして、切り返す。フィーリアの顔は先ほどの笑顔のままで少しも焦りを見せはしない。


「冗談ですよ。私は私の知っている貴方も今のアマルティアさんもどちらも愛していますから。それこそ、何かがあれば身を挺すほどに」


 本気とも冗談とも取れないような表情で述べる。

 通りから少し離れると寂れた教会の様な場所に出た。どこかで見たようなマークが付いた門、その奥には女神像が訪れる人間を自身の懐に招き入れる。


「不思議と嫌な感じはないな」


 門の奥は綺麗に刈り取られた芝が敷き詰められ、色とりどりの花が庭を鮮やかに見せる。教会の外壁は風雨によって色褪せ、場所によってはボロボロだ。木枠に嵌め込まれた分厚いガラスにヒビが入るも生活には支障はない。


「随分と古い時代の物ですね。厚く奥が見通せないガラスは所謂一国時代の代物でしたっけ?」


 フィーリアが物珍しそうに教会を見ている。すると、木の扉が開き、一人の女神官が姿を現した。


「珍しいですね。女神教会に人が訪れるなんて」


 女神教会?


「この世界に於いて女神と言われるのは始まりの女神様の事を指します。勇者召喚のシステムを構築したのが始まりの女神です。ですから、今の私達の存在に重要な人物なんです」

「私達? もしかして、勇者様なのですか?」


 女神官は目を丸くして繁々と俺とフィーリアを交互に見ると、扉の中へ入るように促す。中に入ると机に椅子四脚が二つずつ向かい合う。その中央で蝋燭の明かりがゆらゆらと人の出入りに合わせて踊る。


「初めてなんですよ、教会に勇者様をお迎えするのは。それにここは仮の場所ですけどね」


 女神官はベールを脱ぐと想像よりも若い顔がひょこっと出現する。


「あら、そのベールは魔道具か何かで?」


 フィーリアがベールに興味を示した。


「えぇ。一国時代の物だと聞いております」


 声もベールを被っている時と被っていない時では全く違う。


「私、貴女の事を見た事ある気がします。確か、丘の上にあった孤児院に居ましたよね?」


 明るく朗らかな声が部屋に響く。フィーリアは驚いたように女神官を見つめる。


「どうしてそれを?」


 女神官はフィーリアの動揺を気にする事なく陶器のポットに茶葉と湯を注ぐ。その作業と並行する様に戸棚からカップを三つ取り出した。


「別におかしな事ではありません。丘の上の孤児院について知らない都の人はいません。私には子どもの世話は出来ませんから、素晴らしい事だと思っておりましたが全ての人がそう思うわけでは無かったのですね」


 ポットを二回しほどすると茶をカップに注ぎ入れる。白の内面にオレンジ色の様な茶が満たされた。すると鮮やかなコントラストが映える。


「良い香り。ですが、私は遠慮しますね」


 女神官は一瞬だけ残念な表情を表出させるも直ぐに笑顔に切り替えると、


「一応、アンデットでも飲める物を用意したのですが、それでも駄目です? 貴女がリッチで、そちらの方が生ける死体ですよね」


 言い当てられた事に心がざわつき、剣に手を掛けた。しかし、女神官は眉一つ動かさない。鈍感なのか肝が太いのか本当によく分からない。そもそも、俺も人間でなくなってしまうと目の前の女神官は人間では無いのかもと思ってしまう。


「これでも私、勇者召喚のシステムについては世界で最も詳しいんですよ。それにお二方は人間ではない状態で召喚されたのならば、きっと廃墟と化した女神教会の方で現れたのでしょう?」


 柄に掛けた手に迷いが生じる。


「一ついいですか?」


 フィーリアが女神官に言葉を掛けた。女神官は俺から視線を切ると、フィーリアに向ける。その瞳から注がれる温かみに疑問を思うもフィーリアの聞きたい事も気になる。


「私は貴女に似たような方に夢の様な中で、会いました。勇者召喚とは足りない物を補うのですか?」

「それはどういう事でしょうか?」

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